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第弐話 白虎大軍

隣国河菜に最大級ギルド『白虎大軍』が制圧されてしまい、それの偵察に向かう奏人と菊子。だが焦土と化した河菜を見てから菊子の様子が少しおかしくて――?


 奏人がギルド『玄武同盟』に入り一週間が経った。今のところは特に目立ったことは起きていない。

 この日までは。

 酉の刻(午後六時)に水亀庵は店じまいをする。水奈月と奏人は二人で店内の掃除をしていた。テーブルを台拭きで拭き、床をモップ掛けする。皿も厨房で洗って消毒して棚へしまう。

 もう掃除が終わる、そんな時に店の外へ出ていた菊子が帰って来た。

「二人ととも聞いて! 大変なことになってる!」

 だが様子がおかしい。汗をかいて息を切らしているし、表情も強張っていた。掃除用具を片付けていた奏人は急いで彼女のもとへ駆け寄った。

「如何かしたのか? そんなに慌てて」

「如何したもこうしたもないよ! この国が大変なんだよ!」

「ちょっと、落ち着いて! ゆっくり話して」

 食器を洗っていた水奈月も厨房から出て来た。

 菊子は一度肩をついて深呼吸をする。そしてそうやって少し気分を落ち着かせると、一字一句しっかりと重みを与えながら伝えた。


「隣国、河菜がギルド『白虎大軍』に呑まれた。今そこに本陣を構えている。間違いなく次にここ、雲麻を落とす気だ」


「『白虎大軍』ですって――⁉」

 水奈月が声を張り上げた。だが奏人はその会話にいまいち付いて行けていない。

「なあ、そのギルドが一体何なんだ? そこまでビビるものなのかよ」

「馬鹿! ウチらみたいな少数派とは規模が違う! 奴らは総勢三〇○ほど。現在分かっている中で全国最大の所なんですよ!」


        ✿✿✿


 この辺でこの国の詳細を説明しよう。

 ここ雲麻は内陸国であり、北と西を山に囲まれている。南東には隣国である河菜が位置しており、国境沿いには高さ三十メートルほどの巨大な壁がそり立っており行き来するには南門、あるいは東門にある関所を通らねばならない。

 北東には『霞の森』と呼ばれる針葉樹林があり、その中に国の中心である城がある。城と言っても別に大名などがいるわけではない。国の役会が置かれている場所であり、その役人たちが寝泊まりしている程度だ。城よりも役所と言った方があっているかもしれない。ちなみに、『プレイヤー』達が仕事を貰うのもここである。

 そして町は二つに分かれており、一つは中央街。もう一つは裏街である。この二か所は山から流れる河川により隔てられている。

 中央街は一般の人々が住まう場所である。住宅街が大半を占め、北半分は商店街がある。その商店街の中に水亀庵はあり、奏人達はその地下に造られたギルドベースで生活をしている。こちらは比較的平和な暮らしであり、人々が安心して生活を送れている。

 反対に裏街とは犯罪者などを取り締まったりする場所だ。――本来は。現在は罪人をかばったりしている逃げ込み宿があったり賭博場、売春宿などで溢れかえっている。ここは役会の監視外であり無法地帯と化している。

 雲麻はこのように光と闇が交わった国なのである。


 一方その隣国河菜。

 こちらは娯楽業で盛んな雲麻とは対照的な農業、漁業中心国家である。

 南側は海に面しており、立派な港がある。そこには多くの漁船が出入りしている。また地質にも富んでおり多様な植物の栽培、家畜の育成が可能となっている。


 方向性は違えど、両国とも非常に豊かな国であった。のだが――。

        ✿✿✿


「不味いわね。この国にはギルドはウチらしかない。一応役会には守護兵団はあるけれど、そんなんでは『白虎大軍』なんて倒せっこないわ!」

 水奈月が叫びながら机にバン! と力いっぱいに拳を叩きつけた。

「如何する。頭」

 少し気持ちを落ち着かせた菊子がそう尋ねる。

 その返答は。

「もちろん、抵抗するわ。そんなもの奴らにとっては蚊みたいなものかもしれない。でもしなければならない。ここを失う訳にはいかないわ」

 その瞳には炎が宿っていた。強い、決意の炎が。

 奏人も菊子も頷く。例え勝ち目がないと知っていても、戦わねばならない時もあるのだ。


        ✿✿✿


 次の日、国中がその噂で持ち切りになっていた。

「隣の国が侵略されたらしい」「花札なんてもので国を乗っ取っていいものか」「奴らはみな外道よ」

 奏人と菊子はある場所へ向かう途中でそんな話声を聞いてきた。

「相当ひでぇ状況みたいだな、隣の国は」

「ええ。でも彼らが恐れているのは次にこの国が襲われて吸収されてしまうこと。明日は我が身と思っているんだよ」

 そうこうしている内に、目的の場所へと着いた。河菜との国境にある壁。その上に建てられている櫓である。二人は梯子を使ってその上に登り、菊子が持参した双眼鏡を覗いて向こう側の様子を伺う。

「確かに。あれは酷い有様だな……」

 奏人は彼女から双眼鏡を渡され自分も覗いてみる。

 するとその先に広がっていた光景は――。

「ひでぇ。ほとんど面影がねぇじゃんか。焼けちまってる」

 そう。田畑で溢れていたはずの隣国は、今は焦土と化していた。それを見た奏人は全身に悪寒が奔った。自分もかつて見たことがある。焼野原になった土地を。その中で苦しんで死んでいく人々を。だから許せなかった。

「『白虎大軍』の連中、絶対に潰してやる……」

 歯ぎしりをして、櫓の手すりを握り締める。

 それを隣で見ていた菊子は何だか不安になり彼に話しかけた。

「――何だか怖いよ? 大丈夫?」

「あ、ああ。すまない。少し昔のことを思い出しちまった。そうしたらつい、身体が強張ってな」

 言い終わると、菊子はさらに表情を曇らせた。

「昔何かがあったの?」

「ああ。俺が生まれ育った村は遠い東の国にあってな。だが一年前。村があるギルドの軍勢に襲われたんだ。そして家は焼かれ人は殺され、だ。そんな中、奇跡的に生き延びた俺は村を出て当て所のない旅を始めた。そんな中、この雲麻にやって来て水奈月と出会ったんだ。旅の疲れで死に掛けていた俺をあの人は助けてくれたんだ」

「ほほう。それで惚れたってわけね」

「うるせぇ。話はそうじゃねぇだろ」

 茶化してくる彼女に奏人は腹を立てた。人が真剣な話をしているというのに――。

「……ごめんなさい」

「は?」

 突然の発言だった。何故彼女がそんなことを言うのだ。関係ないではないか。確かに自分もはっきりと仇の軍勢のことを覚えているわけではないが、記憶にある限り奴らは男性のみで構成されていたはずだ。決して彼女のような少女などいなかった。

「何であんたが謝る必要があるんだよ」

「だって、あたし、あたし――」

 そこで彼女は泣き出してしまった。顔を両手で覆ってひたすら懺悔を繰り返す。あまりにも予想外のことだったので奏人は困り果てた。

「あんたも、過去に何かを抱えているのか?」

 そう発言すると同時に、泣き止んだ。図星だったようだ。

 そう言えば彼女と初めて会った時に何か言っていた。東国の生まれだがこちらへ出て来たのだと。よくよく考えればおかしい。確かに雲麻は有名な娯楽都市である。だがわざわざ自分の国から出てきて住むほどの場所ではない。だが彼女はこちらへ移り住んできている。何か訳ありのようだった。

「あたしね、元盗賊なの」

「え?」

 すぐに意味を理解することが出来ず固まってしまう。だが数秒後に回線が繋がった。

「でも、だからって。今の俺の話に何の関係があるんだよ?」

 尋ねるも、菊子はしばらく黙ったまま口を開こうとはしなかった。その後も何度か声を掛けてみたが反応してくれない。

 もう五分は経過した。そこで彼女が口を開いた。

「ギルドに戻ろうか。水奈月に今の河菜の状況を知らせてあげないと」

「おい、それよりも――!」

 話を聞き出そうとするも、彼女はさっさと梯子を下りて行ってしまう。

 きっともうこの話の続きはしてくれないだろうと直感で思えた。帰ったら水奈月に訊いてみよう。彼女ならきっと知っているはずだ。

 このギルドの陰にある哀しい現実を。


        ✿✿✿


「なるほど――。大体読めたわ」

 水亀庵の地下へ降りてメンバーの居住へ行く。この施設の間取りは結構広くなっており、エレベーターを降りた先の廊下を抜けたところに大広間がある。そこから右手の襖を開けると再び廊下が現れ、左に曲がると和室が五つある。一番奥が水奈月の部屋。その次が現在外出中のもう一人のメンバーの部屋らしい。次が菊子の部屋。そして空き部屋を一つ挟んで一番手前が奏人の部屋である。また大広間の左手の襖を開けると廊下と小さな庭園が。廊下を右へ曲がると調理場、御不浄トイレ、浴場がある。ちょっとした旅館のような作りになっているのであった。

 現在は三人が大広間に集まって状況整理を行っている。菊子が見てきたものを水奈月に説明し、リーダーの彼女がそれを纏めているといった流れだ。奏人はあまり会話には参加していない。単に自分の中での状況整理が追い付いていないだけだが。

「さて、如何したものかしらね。もうここまで侵略が進められているだなんて。人数も違いすぎる。困ったわ――」

 実質こちらは向こう側の兵力の百分の一程度なのである。素人が考えても分かるだろう。勝てっこないことぐらいは。

「どうせ役会の連中は役に立たないだろうし。ウチらがやるしかないわよね」

「頭。見たところまだ河菜を押さえている途中のようでしたので雲麻に入って来るにはまだ時間があるかと。長くて五日」

「あってもその程度なのね。これは――」

 考えたところで何にもならなかった。勝てないことが分かっている現状、いくら頭で策を練っても意味がないのだ。

「仕方ないわ。明日から本格的な作戦を立てる。明後日にはジラも帰って来るって言っていたわ」

「本当ですか? それなら……」

「今日は店を開けてそちらの仕事に専念するわ。強張っていては何も出来ないわ。落ち着くためにも日常を過ごすのは良いことよ」

 そう言って水奈月は立ち上がった。二人もそれに続く。

 大広間を出た三人はエレベーターに乗りハンドルを回して店まで上がって行った。


        ✿✿✿


 その日は結局目立った進展のないまま終わりを迎えた。夕飯を取り、入浴を済ませ後は眠るだけ。そのつもりで奏人は布団に潜り目を瞑った。

次回新キャラいっぱい出ます。

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