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第壱話 花札戦国

こんにちは、間堂です。新作『戦国花札絵巻』、多くの方々に楽しんで読んでいただけると嬉しいなと思います。


『妖刀 修羅道』と言う名の呪具を手に入れた御行奏人。それをきっかけに怪しげな連中に狙われるようになってしまった彼を救ったのは行きつけの茶屋の元部水奈月、清琉菊子で……。

――二×××年。世は戦国。少年少女たちは、『花札』と呼ばれる呪具を用いて戦っていた。




 見渡す限りの草原。そこで二つの軍勢が争いを繰り広げている。

 馬に乗って刀を振り回すもの。旗を背負い槍働きをするもの。戦い方は百人百様だ。

 あちこちで血の飛沫が舞い、骸が倒れていく。

「もうひと押しだ! 我が軍に勝利を収めよ!」



――己の力を見せつけるべく、戦う者もあり。



 その土地は枯れ、やせ細り、民は飢えに苦しんでいた。

 その地を歩く一人の青年は、飢餓のために死にゆく人々の姿を見て、こう誓った。

「俺は、この土地を豊かにしてみせる。誰も苦しまなくていい世の中にしてみせる……!」



――世のため人のため、天下の統一を目指す者もあり。



 小さな家だった。そこに兄妹であろうまだ年端もいかない男女がいる。

「あにさま、やはり行ってしまわれるのですね……」

 少女は寂しげに言った。

「ああ。俺はこんなところでは止まらない。戦国なんてものに留まらず、その先にあるものを手に入れる」

 少年はそう言うと、静かに歩き出す。

「……さよならだ、妹よ」


――そして更なる世界を望み歩を進める者あり。



――この世は地獄か極楽か。それは誰も知る由無し。故に人々は戦い続ける。

――真の理を解くもの、現れん限り……。




第壱話 花札戦国。



 場所は雲麻ゆくさの国。日ノ本の小国の一つである。

 街並みは古く奥ゆかしい雰囲気で統一されている。建物は木材で建てられているものが多く、人々の衣服も和服が大半である。

 この国は娯楽で有名な所で、まだ巳の刻(午前十時)というにも拘わらず、あちこちの店は人々がごった返していた。外観は伝統的な日ノ本の家屋でも、一度中へ入ればそこは最新型の機器が設置されているゲームセンターだったり、カラオケ施設だったり。賭博などが行われる場所もある。

 言わば、ここは国全体が歓楽街のようなものなのだ。ただ、郊外には治安の悪い裏街もあり、物取りなどは日常茶飯事ある。完全に平和とは言い難いが、そこそこな場所である。


 そんな国に暮らす一人の少年がいた。彼の名は御行奏人ごぎょうかなと。歳は十五。彼は任務で得た報酬の資金を懐に持ち、ある店へと向かっていた。

『武具屋』と書かれた暖簾を潜り、店内へと入った。

「いらっしゃい! 上等の『札』が入っているよ!」

 奥にいる、堅のいい男――店長がそう声を張り上げた。奏人はこの店の常連客であり、店長とは顔見知りなのだ。

「ああ。給料が入ったんだ。新しい札を買いに来た」

「そうかい。お前もいい加減、レア以上のやつが欲しいんじゃぁねぇのか?」

「そうだな。いい加減ノーマルとハイノーマルだけじゃ戦い抜くのが厳しくなってきてるからな。そろそろ来てほしいよ。どうせならレジェンドレアとかさ」

「はははっ! 高望みしすぎっと持ってる運も呆れて出て行っちまうぜ。ほらよ。買ってけ」

 そう会話を交わし、奏人はこの店に置いてある機械の元へと向かった。液晶パネルのついた本屋の検索機のような形状をした機械である。ここに『IDカード』を差し込み、金銭を投入すると『花札』が得られる。

「レア以上来いレア以上来いレア以上来い!」

 そんなことをぶつぶつ言いながら硬貨を投入する。すると下の払い出し口から札が出てきた。

 文庫本を半分にしたくらいのサイズが札一枚の大きさだ。レア度は五段階で、下からノーマル、ハイノーマル、レア、スーパーレア、レジェンドレアだ。外見的な特徴としては、レアは銀淵、スーパーレアは金淵、レジェンドレアは全体的に輝いている。種類は五種類。防具(頭)、防具(胴)、防具(脚)、武器、呪術の以上である。

「頼む頼む頼むっ!」

 彼は恐る恐る払い出された札を取り出す。するとそれは――。

「おっしゃあ! 銀淵! レアだぁぁ!」

「おお、よかったじゃねーか奏人!」

「ありがとよオッサン!」

 彼は店長に礼を述べた。そして店を飛び出していく。

「『妖刀 修羅道』か。なんだか強そうだな! 早くこいつを試したいなぁ……」

 うっとりとした表情で札を眺めながら歩く。これで自分も上級者達とも戦えるという感情に陥った。自分もここから飛躍出来るかもしれないと心が躍った。


 花札戦国時代。

 彼らのように花札に秘められた力を解放して戦う者は『プレイヤー』と呼ばれた。その『プレイヤー』達が命を削りあい競いあう。

 これはそんな国、そんな世界での物語である。


     ✿✿✿


 奏人は町の一角にある茶屋『水亀庵』に立ち寄った。ここの料理は美味しい。基本は和菓子などを中心に売っているのだが、普通に定食何かも出したりしている。適当に席を見つけ、座りメニューを手に取った。

「今日は給料そこそこ入ったしなぁ。折角だから普段よりも少し高いものでも食おうかな」

「ご注文はお決まりですか?」

 そこへ、年若い女性の店員がお冷を持って来てくれた。少し青掛かった綺麗な長髪が特徴の人だった。

「ありがとうございます。ちょっと待ってて――」

 注文を求められたので、つい焦ってしまう。

「やっぱりここは安定の日替わり定食か? あーでもちょっと贅沢してカキフライ定食でも。あ! でも駄目だ。金が足りない。さっき札買っちまったからなぁ。一枚金貨二枚てちょっと高価いよ」

 もたもたと決めかねていると、店員さんが話しかけて来てくれた。

「お客様。もしかして『プレイヤー』なんですか?」

「え? ええ。まあ。でもランキングは下の下ですけどね」

「へえ。序列はどのくらいなんですか?」

「一四〇〇〇位です。一応頑張ってはいるつもりなんですけど」

 全国規模で行われているこの戦いは、多くの参加者がいる。総勢およそ二〇〇〇〇人ほど。『プレイヤー』達は序列と呼ばれるランキング方式で強さを測っている。序列を上げる方法は様々だ。

役所で色々な依頼を受け、こなし、報酬を得て地道に上げる方法。奏人はそうしている。だが、最も行われているのは他の『プレイヤー』と勝負をして勝利することだろう。だがこのやり方は、当たり前のように死傷者を出してしまっている。それ故彼のような下位の者はそれを拒む。序列が高い=強者の方式が成り立つので態々自分から上位の者へ挑んで命を落としたくないのだ。

「でもさでもさ! 俺さっき新しい札を手に入れたんだけど。生まれて初めてレアをゲットしたよ! 嬉しいなぁ」

「へえ。それは良かったですね。ちなみに、どんなものを?」

 興味津々に聞いてくる店員さんに、奏人は少し自慢げに語った。

「これなんだけどさ。結構格好いいと思うんだ」

 札にはその中に秘められている武具が描かれている。その札には少し禍々しい形状の日本刀が描かれていた。

「『妖刀 修羅道』――?」

「ああ。名前からして強そうだもんな。ただ、もっとレアリティが高くても良い気がすんだけど。名前負けしてっかなぁ?」

 そこまで言って、彼女の表情を見た。すると、そこには先程までの温厚な様子と違い、険しい顔で冷たい黒い光を放つ相貌があった。

「えっと――。如何かしましたか?」

「はっ! ごめんなさい。なかなかいいデザインだったのでちょっと見惚れてしまいました。あはは。そうだ、あたしったら忘れてた。注文を取りに来たんですよね。お決まりでしたか?」

「あ、俺も忘れてた。えっとじゃあ。日替わり定食でいいや。今日のおかずって何?」

「日替わり定食ですね。本日は鯖の煮込みですね」

「サバミソか。うん。じゃあそれ一つで」

「畏まりました」

 オーダーを受けると、彼女は厨房の方へと駆け込んでいった。

 料理が運ばれてくるのを待っている間、奏人は店内をきょろきょろと見渡していた。店の広さはそこまででもない。飲食スペースは八○平方メートルほど。厨房や店員側の部屋を含めればもう少しあるとは思う。

 今店にいる客は彼を含めて六人。まだ昼食には早い時間帯のため、さほど人は入っていない。奏人は辺りの人間の顔を窺って、溜息をついた。

「いや、彼女は店員なんだからな。こっちに居ないだけで向こうの調理場だったり――」

 一人で考えを巡らせていると、先程の女性店員が注文の品を運んできた。

「はい。こちら本日の日替わり定食になっております。それと、新商品の桜餡蜜です。よろしかったら試食をどうぞ」

 そう言って彼女はピンクの小さな餅が入った餡蜜を差し出してきた。

「お、ありがとう。そういえば君ってさ。もしかして新しい店員さん? 俺この店結構来てるんだけど、初めて会ったよね?」

「ええ。でもあたし、新人ではないですよ。ずっと前からこの店に居ますけど」

「そうなの? じゃあ単に俺が覚えてなかっただけかなぁ?」

「いいえ。先週までは接客はせずに調理場にいましたから。だからだと思いますよ」

「なるほど。そういうことか。一応自己紹介するな。俺は御行奏人。頻繁に来ると思うからよろしくな」

「はい。アタシは清琉菊子せいりゅうきくこっていいます。こちらこそ、です」

 思わず手を差し伸べられた。予想しなかったので少し驚いてしまうが、すぐに握手を交わした。

「ところでさぁ、何か訊くの恥ずかしいけど。今日元部さんている?」

「店長ですか? 本日は私用とかで出掛けられましたけど」

「あ、そうなの。うん。ありがと」

 そう聞いた奏人はテーブルに置いてある食事に手を付け始めた。

「ごゆっくりどうぞ」

 菊子はそう言うと他の客からのオーダーを受けに行った。

「(今日はあの子いないのかぁ。うーん。まぁいっか。その為だけにここに来てるわけじゃねぇし)あ、このサバミソ美味い……」

 彼は先程から、この店の店主であり看板娘の元部水奈月を探しているのだ。簡単に言ってしまうと片想いしているのである。この店に通い続けているのもそれが理由の一つだった。


 奏人は遠い別の国の生まれで、ここ雲麻には風来坊としてやって来た。そしてこの国で最初に訪れたのがこの店だったのである。そこで店の前で客寄せをしていた少女を見かけた。歳は見る限りは自分と同い年くらいだった。あまり着飾ってはいないが、可愛らしい小袖を着て通行人に呼びかけていた。

「美味しいお茶はいかがですか? お茶菓子もご用意していますよ。寄っていきませんか?」

 その姿を見た奏人は、しばらく棒立ちになった。特に理由はなかった。ただその姿を見つめていた。

 だがその視線に気が付いたのか、彼女がこちらへと近づいてきたのである。

「そこのおにいさん。うちに寄らない? 極上の持て成しをしますよ♪」

 そしてそう言いながら笑いかけてきた。

「う、うん。じゃあお言葉に甘えて……」

 戸惑いながらも誘いに乗り、店へと入る。

「一名様ご来店~」

 店内は混んでいるわけではないが、少しは客が入っていた。そんな中、席に案内される。

「ご注文はお決まりですか?」

「えと……。いや、まだ。おすすめとかある?」

「はい。ウチのおすすめはこの抹茶葛切です。あ、定食でしたら生姜焼き定食とかどうですか? スタミナつきますし、旅の方にはおすすめしてます」

 そう言われて驚いた。自分が現在当て所のない旅をしていることを見抜かれたのだから。

「君、どうして俺が旅人て気づいた?」

「え、だってこの辺では見かけない格好ですし。それに疲れていらっしゃるようでしたので、もしかしたら遠くから来てくださったのかなって」

 彼女の洞察眼にはただ驚かされた。まだ出会ったばかりなのに、ここまで見られてしまったとは。

「まあ、そうだね。俺は故郷から飛び出した風来坊さ。それで悪いんだけど、ほとんど金もないんだ。だから、この金で払える範囲のメニュー教えてもらえるかな?」

 おすすめを尋ねておきながら、と言われそうだが、仕方のないことだった。実際彼の所持金は銅貨が五枚だけだったのだから。

 それを見た彼女は、しばらく黙ってしまった。もしかしたら不愉快にしてしまったかと思い、急いで店を出ようとした。

「ごめん! この程度しか持ってないのに茶屋で休憩とか馬鹿だよな。俺出てくよ。さよならっ」

 そう告げると席を立ち、出口へ向かう。

 しかし、予測しなかったことがその時起きた。

「待って!」

 彼女がこちらの手を引いてきたのだ。

「大丈夫です。ご用意出来ますよ」

 笑顔でそう言われてしまう。こうなっては、断るに断れない。仕方なく再び席に着いた。

 彼女は厨房の方へと引っ込んでしまった。だが、数分後にこちらに大きめの皿を運んできた。

「お待たせいたしました。こちら、抹茶葛切の小豆和え、苺乗せになります~」

 皿の中には、冷やした抹茶と、それにとかした葛切。さらには周りに小豆と苺が散りばめられていた。とても美味しそうなのだが、どう考えてもこのなけなしの金を全て払っても足りない。

「困るよ。金も払えないのに運ばれてきても。やっぱ俺――」

「いいんです。実はこれ、まだお客さんには出していない試作商品なんです。失礼なのはこっちですよ。貴方を実験台みたいにして。でも、試しに食べてみてください。お代は結構ですので」

 そうにこやかに言ってくる。少し申し訳ないような気もしたが、手を付けてみた。

 すると――。

「っ! 美味しい! 凄くいいよ!」

 さっぱりしているが、しっかりとそれぞれの味が出ていて美味だった。試作品とは思えない。

「これだったら、普通にお客に出してもいいんじゃないのか?」

「そうですか⁉ ありがとうございます!」

 褒めると、彼女は満面の笑みになった。

「そう言ってもらえるのであれば、今度からこちらもメニューに載せましょうかね」

「ああ。その方が絶対にいい」

「ありがとうございました。あの、ウチ、元部水奈月げんぶみなづきっていいます。この茶屋『水亀庵』を切り盛りしてるの。よかったら、またいらしてくださいね、旅人さん」

「ああ。俺は御行奏人だ。じゃあな」

 その日は、互いに名前を教え、そしてそのまま店を出た。


 その日以来、彼はこの国に住んでいる。役場で色々な任務をこなして、報酬を得て、ここへ住むことにしたのだ。もちろん、ちゃんと仕事をして生活していく上でそのまま根付いてしまったのもあるのだが、やはり一番のことは水奈月だろう。彼女のことを考えると、ここから離れたくなくなったのである。一目惚れしたのだと、自分でも気が付いてはいる。だが、未だに「店の店長と常連客」程度の関係でしかない。脈なんてものも当然存在しない。

「もしかして、貴方店長のこと好きなんですか?」

「ぐふぅっ!」

 過去を思い出していると、ニヤニヤと笑みを浮かべながら菊子が尋ねてきた。

「どうなんです?」

 何一つ間違っていないので反論できない。奏人は箸を止め、その場で固まってしまった。

「図星ですね」

 隣で勝手に話を進めていく。仕方なく、小さくコクリと頷いた。

「ああ。その通りだよ……」

「やっぱりねー。まあ店長美人ですし。いい人ですし。人気出て当然ですよねー」

 完全にこれは遊ばれている。笑いのネタにされてしまっている。凄く恥ずかしかった。

「でもまあ。恋愛感情なんかは人それぞれが持つものですし。咎めたりはしませんよ」

「そうかい。ありがとう。じゃあ、君は彼氏とかいるの?」

 こちらが一方的に知られてしまうのは何だか不公平に思え、問いかけてみる。

「ナンパですか?」

「ちげぇよ。こっちだけだったらフェアじゃねぇだろ」

「まあ、そうですよね。じゃあ教えてあげましょう。彼氏じゃないけれど、好きな人だったらいましたよ」

「? 何で過去形?」

「アタシ、もともと遠い東の国から出てきたんです。子供の頃からお世話になっていたお兄さん的な人がいました。その人が私の初恋ですよ」

「へえ。そうなんだ。その人は今何処にいるんだ?」

「さあ。アタシがこっちに来てからは会えてませんからね。分からないです。何処にいるのかとか何をしているのかとかは」

「そっか……。ちょっと嫌なこと訊いてしまったかな?」

「いえいえ。大丈夫ですよ」

 それくらいの会話を交わすと、菊子は仕事へと戻って行った。奏人もすぐに皿を平らげ、勘定を済ませる。

「ありがとうございました」

 店先で彼女が手を振ってきた。こちらも振りかえし、後にした。


     ✿✿✿


 食事を終えた彼は少し街から離れた空き地へと向かった。その場所は、空き地というよりは雑木林のようで、辺りからの視線を遮ることも出来る。ここは、彼の特訓場所であった。

「早速、こいつを使って特訓してみるか」

 先程手に入れたばかりの札『妖刀 修羅道』を取り出し、装着しようとした。

 その時だった。

 周りに一斉にザザザッ! と人の気配が広がった。

「⁉ 誰だ?」

 見渡すと、そこには虚無僧の姿をした人物が居た。その数、六名。

「なんだお前ら!」

「我々は」「ギルド『白虎大軍』の兵士」「そなたが持つものは間違いない」「『妖刀 修羅道』」「『妖刀 六道』の一振り」「その札貰い受け、大将へと引き渡す!」

 彼らは不気味に、台詞をリレーしながら告げる。

「はぁ? 何言ってんだふざけんな! これは俺のだよ、欲しいんだったらよそに行け」

「生憎だが」「下がる気はない」「うぬが」「その札を寄越すまで」「抵抗するのならば」「奪い取るまで」

 取り囲まれ、彼らが手にしている錫杖を突き付けられてしまった。先端は針のようにとがっており、下手な動きをすればこれで刺されるだろう。間違いなく交戦に入るつもりである。

 ならば話は簡単だ。やられる前に仕掛ければいい。

「札力解放! 装甲装着!」

 奏人は大量に札を入れているデッキケースを取り出し、それを胸の前に掲げた。そしてそう叫んだ。すると、デッキケースから四枚の札がまるで意思を持っているかのように自ら出てきた。すると、その札に描かれている武具が半透明なものとして具現化する。そしてそれらは彼の周りをしばらくぐるぐると飛び回ると、一斉にその身へ纏わりついた。するとどうだろうか。先程までは和服であった彼の姿は鎧武者へと変化していた。

「準備完了」

 奏人はそう呟き、デッキケースを帯の左腰部分に取り付けた。反対に、右側には空のケースを装着する。そちらには武具を具現化させてブランクになった札が吸い込まれていった。

 これが『花札戦国』における戦闘形態である。『プレイヤー』は自らが所持している札に秘められている力を三次元の物へと具現化し、装着する能力を持っている。そしてその武具を用いて戦うのである。

「いざ、尋常に――勝負っ!」

 奏人がそう叫んだとほぼ同時に。六人の虚無僧は錫杖を構えて突っ込んできた。

 ブブブンッッッ!

「うわっ、危ねぇ!」

 ギラリと光る切っ先がこちらを狙ってくる。最初は一本一本を丁寧に避けようとしたのだが、流石に一体六では部が悪すぎた。一人の攻撃を避けても別の一人が。それを避けても、そのまた別の一人がと襲い掛かってくる。

「くそっ。この刀レアの癖してちょっとばかし弱いんじゃないのか? これまで使ってたのと大差ねぇ!」

「それは違う」「うぬが弱いだけである」「猫に小判。豚に真珠だ」「いくら物が良くても」「扱うものがなっていないと機能しない」「それは我らが主にこそふさわしい」「寄越せ」

 そう言われ、奏人は頭にきた。自分が弱いことくらいは知っている。だがそれを今さら、突然現れた赤の他人に言われたのでは気に障らないわけがない。

「うるせぇ! それに順々に喋んな、気持ち悪い!」

 そこで彼は刀の構えを少し変えた。相手の攻撃を防ぐためにそれに合わせて振っていたが、歯を寝かせ、横薙ぎにする。ここから反撃だとでも言うような行動だった。

 ズバッ!

『妖刀 修羅道』が一人の虚無僧の服を裂いた。胸元の布がハラリと落ち、肌が露出する。そこで奏人は見た。そこに傷が出来て、血があふれ出すところを。

「(! 結構深い傷を付けちまった。如何する?)」

 生まれて初めて他人に傷を負わせた。これまで争いごとを避けてきた分、それは強い衝撃だった。自分が原因で他人が死ぬかもしれないと思うと、怖くなった。

 だが。

「死ねい小僧」

 右側から錫杖の切っ先が飛び出て来る。素早くそちらへ反応すると、刀を振り上げた。それで相手の手から武器を落とさせることに成功した。

「うらぁっ!」

 そしてそのまま、武器は使わずに蹴りを頭にお見舞いしてやった。ゴスッ、という鈍い音と共に一人が地面へ倒れ伏す。

 だが二人倒したくらいでは状況は変わらなかった。目の前にいる相手は残る四名。簡単に勝てるわけがない。

 流石にここまでくると息が上がり始める。「ゼェゼェ」と肩をついて、一瞬だけ動きを止めたことが失敗だった。

 ジャキッ! と、正面と背後から相手に挟まれるような形で錫杖を首元へ突き付けられてしまった。

「(マズッた。最悪だ、俺の人生こんな所で終わんのかよ⁉ これじゃあ故郷の皆に顔向け出来ねぇ――)」

 内心で奏人は死を覚悟した。認めたくはないのだが、この状況を乗り切ることは無理だと判断してしまった。

「死ね」「そして刀を主の下へ」「これがあれば」「取り立ててもらえること間違いなし」

 左右にも虚無僧がやって来たため、四方を囲われる状態になってしまった。一斉に錫杖が振り上げられる。

 万事休す。かと思ったが――。

 キキキキキキン! 

 突如辺りに金属音が鳴り響いた。奏人は何が起きたのかその時は判断出来なかった。だが、見るとこれまで自分を取り囲んでいた敵が全員倒れている。

「(何故だ。今一体何が起きた⁉)」

 瞬きして、この状況が幻ではないことを確認する。

 すると背後から声が聞こえた。

「危なかったね。アタシがあの札の正体に気づかなかったら、君は今間違いなく殺されてたよ。まあ、感謝してくれたまえ!」

 ハキハキとした少女の声がした。その声に何処か聞き覚えがあり、ゆっくりと振り返ってその人物の顔を確かめる。そこに居たのは。

「やっほい。いやぁ、店に寄って、しかもアタシに札を自慢しておいて正解だったよ。御行奏人君」

「確か――。清琉菊子、だったか?」

「いえーす」

 先程水亀庵で出会ったウエイターの少女。清琉菊子だった。


        ✿✿✿


「あんた、如何してここに⁉」

 驚いて理由を尋ねる。

「実はアタシもプレイヤーなの。そして、その『妖刀 修羅道』についてのことも知っている。だから貴方が店を出た後こっそりつけさせてもらったの。ごめんね」

 そう言って頭を下げてくる。

 その間、奏人は彼女の姿をまじまじと見つめた。確かにこれはプレイヤーの姿だ。衣装は、鎧というよりはチャイナドレスのようだった。青がベースの衣装に淵は金で刺繍されている豪華なものだ。武器は槍である。と言っても、さっきの虚無僧の錫杖のようなものではなく、もっと攻撃的な印象を与えてきた。丈は彼女の頭よりもう一回り大きいくらい。そして切っ先は突きの部分と斧のような出刃になっている部分に分かれていた。あの金属音はこれで敵の武器を払った際のものだろう。

 風貌を見る限りはかなりの上位序列の持ち主のように思えた。

「あんた、序列何位なんだ?」

「四九位」

 彼女はさらりと告げたが、それに対して奏人は開いた口が塞がらなかった。四九位? プレイヤーの数は全国で約二○○○○人だぞ? 一体如何すればここまで這い上がれるのか。彼には想像もつかなかった。

 だが、それよりも気になることが彼女の発言の中にあった。

「この刀の、一体何を知っているんだ? 何かあるのか?」

「そうか。君は知らないのか。『妖刀 六道』については」

 そう呟くと、菊子は自分の顎に指を添えてしばらく考え込むような素振りをした。そして思いついたように顔を上げると、奏人の手を取った。

「それじゃあ、案内したい場所がある。ついてきてくれるかな?」 

 真剣な眼差しを向けられては、「いいえ」ということが出来なかった。

「分かった」

 そう一言だけ返すと、あとは彼女に手を引かれついて行くだけだった。


        ✿✿✿


 一度中央街へと連れ出され、大通りを進む。なお、現在二人は既に武装を解いている。流石に街中で戦装束のままでいる気はなかった。

 途中で路地裏へ入り、入り組んだ道を通り抜けていく。菊子は慣れているようだったが、初めである奏人にはわけが分からなかった。もはや自分がこれまで通った道すら分からない。

「なあ、何処まで行く気なんだよ。今は何処に居るんだ?」

 問いかけると彼女は振り返りはしないものの、しっかりと言葉を返してくれた。「ごめんね。もうそろそろ到着すると思うから。それに道が入り組んでいるっていうのはいいことなんだよ。敵に簡単に攻め入られたりしないしね。この戦国の世は物騒だから、何が起きるか分からないからね」

「ああ。それは身に染みて分かっている」

 その返答に奏人は唇を噛みしめた。嫌な思い出が脳裏に現れるからだ。

 次の角を曲がった時、菊子が立ち止まった。

「ここだよ」

 そう言って目の前にある建物の扉を開ける。入ると、そこには誰もいなかった。が、何処かの食堂の厨房のようだった。だが、奏人には覚えのある香りがした。

「おい、ここってまさか」

「そのまさかだよ。ここは『水亀庵』の厨房。そしてここが、アタシが案内したい場所の入口」

 彼女が指差したのは、調理道具などを入れておく棚だった。しゃがんで引き戸状の棚を開く。すると彼女はその中に入って行った。

「あんた何してんだ? そんなところに入って――」

「だから言ったじゃん。ここが入口。早くついてきて」

 促され、あまり気は進まないもののその戸を潜る。

 てっきり狭い閉塞的な空間だと思ったが、予想とは全く違っていた。すぐに下りの階段が現れ、普通に立っていられるくらいの天井の高さになった。しばらく下って行くと、あるものがあった。エレベーターである。しかし、ボタンを押せば自由に好きな階へと移動できる自動のものではなく、ゴンドラの脇についているハンドルをまわして上部の滑車に綱を巻かせたりするものだった。

「乗って」

 言われるがままに乗車する。案外ゴンドラは広く、大体大人五人くらいが乗れそうな大きさだった。

 菊子がハンドルを回すと、ゴウン! と音を立ててゆっくり降下していった。降りていく間は真っ暗で周りにはほとんど何も見えなかった。見えたものはせいぜい壁にあるランプくらいである。

 一分程経ったであろうか。地面に着いたような衝撃が奔った。

「着いたよ。この先に会わせたい人がいる」

 すると短めの廊下があり、最奥には襖があった。廊下は床の脇に提灯が置いてあるので暗い印象は受けない。

 菊子の後ろについて歩いて行った奏人は内心恐怖していた。

「(俺まさか上手いこと言い包められて、ついて行ったこの先で殺されたりしないよな?さっきの虚無僧の連中は俺の刀を狙って来ていたし、その可能性だって――)」

 だが、その思考は途中で途切れることとなった。

 すす……。と襖が開けられた。その部屋は和室で、広さは十五畳くらい、その一番奥に、少女は座っていた。

「失礼します。客人をお連れしました」

「了解。二人とも、座れ」

 そう少女は指示した。菊子は言われた通り部屋の隅へとよって正座する。奏人もその隣に座ろうとする。

「こちらが我らギルド『玄武同盟』のギルドリーダーである元部水奈月さまだ」

「こうして顔を合わすのは初めてね。御行奏人殿。ウチがこのギルドのリーダーよ」

 奏人は呆気にとられた。まさか、だって、そんな。彼女がプレイヤーで一ギルドのリーダー? 想像出来なかった。

「ちなみに序列は全国七位。一桁台よ」

 そしてその言葉にさらに驚いた。信じられなかった。こんな少女がそのような猛者であるなんて。

「菊子から聞いた。貴方、『妖刀 六道』の一振りである『妖刀 修羅道』を所持しているそうね?」

「は、はい。さっき武具屋で入手したばかりですが……」

 彼女の醸し出す威圧を受け、ついつい敬語で喋ってしまう。これまで感じていたものとは違う。奏人は何度も『水亀庵』に来ている。そして何度も彼女と会っている。だが、今はまるで初めて出会ったように感じられた。あまりにも雰囲気が違う。物腰柔らかで清らかな百合の花のようだと思っていたのが、鋭く研がれた槍のような印象を与えてくる。

 好意を寄せていたはずなのに、恐ろしくて逃げ出したくなってくる。

 気が付くと歯もガタガタと音を立てていた。

「見せてもらえるかしら?」

 そう言うと水奈月は立ち上がった。そして真っ直ぐこちらを見据えて歩み寄ってくる。彼女の行動は一つ一つが絵になっていた。立ち上がる動作。摺り足で移動する動作。あまりにも美しく、またそれが例え難い恐怖を掻き立てた。

 本当は今にもこの場から逃げ出したかった。だが身体が強張っていて動こうとしても言うことを聞いてくれない。

 どうこう考えている間に水奈月が目の前にやって来ていた。

「……ッ!」

 思わず息を呑む。部屋の端と端の距離でもあれほどの恐怖を煽られたのだ。ほぼ零距離に近い今ではそれが十倍、否、そんなものではない。百倍に感じられた。

「札を渡してくださいます?」

 真っ白な手を差し出してくる。本当は渡したくない。折角手に入れたレアな札を他人に奪われたくない。そう思ったものの、今ここで渡さなければ間違いなく殺される。そんな気がした。

 手の震えを必死に堪えて懐へ伸ばし、そこからデッキケースを取り出した。その中から指名の札を引き抜く。

「こ、こちらです……」

 そしてそれを掌に置いた。彼女は受け取ると、まじまじと見つめ始め、表情を曇らせた。

「おかしい」

「え?」

「こんなこと有り得る訳がない」

「何がですか?」

 横から菊子も口を挟んでくる。すると水奈月は札を奏人に押し当て叫んだ。

「『妖刀 六道』の一振りがレアなんかであるはずがない! 本来ならばレジェンドレアであるべきものよ!」

 確かに、と菊子が呟く。

「翌々考えれば変な話だわ。それに、一般の武具屋に設置されているような機器から払い出されるもの?」

「いいえ。ありえない。けれどこれは――。御行氏。一度これを装着してみて」

「はい⁉」

 驚いた。まさかここで武具を装着するのか? 大丈夫だろうか。だがやはりやらねば命はないように思え、従ってしまう。

 手早くモーションを終え、『妖刀 修羅道』を具現化させる。そしてそれを再び彼女へ手渡した。

「やっぱり。模造刀じゃない。紛れもない本物よ」

「では何故こんなことが?」

「それはウチが訊きたいことだわ。一体何が起こっているの?」

 二人の会話に奏人は取り残されていた。彼女達は一体何の話をしているのだろうか? この武具はそんなに価値の高いものだったのか?

 初めて入手したレアの札がこんな事態を招くとは想像しなかった。

「(俺は如何すればいいんだ? このまま札を渡さなきゃなんねぇのか?)」

 無言のまま、訴えるように二人を見つめる。その視線に気付いたのか、彼女らは一回目配せをして。直後に菊子が口を開いた。

「御行奏人と言ったわね。貴方、このギルドに入りなさい。歓迎するわ」

「――は? 何言ってるんだ?」

「だから。ウチのギルドに入らないかと申しています」

 今度は水奈月が声を掛けてきた。

「今後一人で行動していては、またさっきみたいに狙われかねない。だからこのギルドに入らないかと申し出ているのよ。協力する仲間が必要となるでしょうし」

 二人の申し出に対し、奏人は。

「ここは俺にとって安全だという保障は?」

 そう食って掛かった。まだ如何にも信用することが出来ない。何故だろうか。ついさっきまで彼女に近付きたい、親しくなりたいと思っていたはずなのに、今は恐怖しか感じられなくなっている。

「ウチらの全国序列。それは証明になりませんか?」

 確かに。四九位と七位。それだけの力があれば十分すぎる説得力であろう。

 だが、奏人は過去の経験より知っていた。上位の序列を所持している者どもは大半が己のことしか考えておらず、その圧倒的な力を用いて弱者を食い物にしているのだと。

 しかし、だからこそ。彼女らに逆らえなかった。死ぬのは嫌だ。如何にか今日まで生き延びてきたのだ。こんな所で死んでは故郷の人々に申し訳が付かない。

「大丈夫、安心していいよ」

 そんな時、水奈月が頬を撫でてきた。

「ウチらは裏切らないから。そもそもこのギルドは過去にトラウマを抱えた、身寄りのないような孤独な人達で出来てる。だから他人に裏切られる痛みを知っている。痛みを知っているからこそそれを誰かに与えたりはしない。お願い、信じて」

 少しうるんだ瞳で見つめてくる。奏人はそれが嘘をついているとは思えなかった。その瞳を見た瞬間、信じてみよう。そんな気になった。

「俺はここに居て大丈夫なのか?」

「ええ。絶対に。約束する」

「生活も保障するよ。ただし店ではちゃんと働いてもらうからね」

 菊子も笑いながらそう言ってきた。如何やら住み込み兼バイトという条件らしい。

「如何する? ギルドに入る?」

 水奈月の問いかけに対し、しばらく間を置く。

 そして――。

「ああ。俺はあんたらを信用する。だから、その、これからよろしく頼む」

「はい!」

 たどたどしい返事をしたが、彼女は満面の笑みになってくれた。

「ようこそ。『玄武同盟』へ」

第壱話いかがでしたでしょうか。感想などをいただけると嬉しいです。

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