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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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実習

ラグを待っていてくれた教師に遅刻を絞られたあと、急いで今日の目的地である学園敷地内の森に向かう。


森の前で先に行っていた生徒たちと合流すると、既に他の教師から説明が始まっていた。


「えー、では実習を始める。今日の実習はザーダンの討伐だ」


ザーダンというのは猿のような姿をした小型の魔物だ。


魔物に分類されてはいるが、素早い他は特にこれといった脅威を持たず、野性動物とそう変わりはない。


主に森に生息しており、戦闘訓練の相手としてよく使われる。


「いつもの通り、数人の班でザーダンを狩り、その牙を持ち帰ってもらう。その他詳細もいつも通りだ。何度かやったことのある内容だからといって油断しないように。では、これから班分けを発表する」


今までに何度もやった内容だからか、説明もおざなりだ。


名前が呼ばれた生徒たちがそれぞれ班でかたまって行くなか、ゲイルの名前が呼ばれた時に同じ班の生徒たちから歓声があがった。


召喚士は召喚した従魔を実習に連れてくる。


これは召喚士にとって実習は従魔との連携を高める場であるから当然だ。


ゲイルは高位の魔物であるデュランを連れているから、ザーダン程度の魔物など瞬殺である。


ゲイルと同じ班になった時点でこの実習は好成績が約束されるのだ。


「(実習本来の意義を考えると喜ぶのはどうかと思うんだけど)」


この実習の目的はもちろん戦闘訓練である。


だが、デュランがいればザーダンは瞬殺だ。


ということは、わざわざ生徒たちが戦闘する必要はない。


ゲイルはともかく、その他の生徒たちにとっては訓練の機会が奪われることになるのだが。


「(ま、しょうがないよね。成績はいいに越したことはないし)」


誰だって楽はしたいものだ。


それに彼らはラグと違って貴族の名門の出だ。


やろうと思えばどんな訓練だろうといつでもできる。


わざわざこんな小物相手に訓練する必要もないと思っているのだろう。


彼らにとって実習と座学に差はないのだ。


そんな格差に毎度のごとく嫌になりながら、ラグは振り分けられた班のところに向かった。








同じ班の生徒たちは露骨にガッカリしていた。


どうせ同じ召喚士ならゲイルの方がよかったのに、とかそんなところだろう。


それに気付かないふりをして、あいさつをして輪にはいる。


ラグと同じ班になったのは、ラグを含めて5人。


その中でガタイのいい少年が皆をまとめるように口を開いた。


「よし、じゃあ役割決めとくか。前衛できんの何人いる?」


魔法使いは魔法の適性によって、大きく分けて主に武器や体を強化して戦う前衛型とそれを攻撃魔法や補助魔法で援護する後衛型に分けられる。


大抵はある程度の経験をつむとどちらにも対応できるようになることが多いが、それでも得手不得手がある。


ガタイのいい少年の言葉に、本人を含め二人の少年が手をあげる。


ラグも一応手をあげておいた。


「お?お前、前衛できんの?」


その場の全員から意外そうな目を向けられた。


魔法使いはどちらかというと後衛型に偏る傾向がある。


なかでも召喚士は従魔の使役に特化しているので、後衛に混ざって従魔に指示を出したり補助魔法でサポートする場合がほとんどだ。


前衛はもちろん、攻撃的な魔法も満足に扱えないことも多い。


だからラグのように前衛型の召喚士はほとんどいない。


「一応はね。後衛型の魔法がほとんど使えないから仕方なく、って感じだけど。決して君たちと同等に戦える訳じゃないよ」


「へえ、珍しいな。でも完全な前衛ってわけでもないなら、どうすっかな……」


「僕は戦闘中の周辺警戒でもやっておくよ。スルトもいるから適任でしょ」


そういって後ろのスルトを指す。


「あーそうだな。スケルトンじゃザーダンにやられちまうかもしれねえし、そうしたほうがいいか。じゃあ悪いが頼むぜ」


ラグが頷くと、他の生徒たちも各々役割を決める。


そうして準備を終えると、森へと入っていった。














「いったぞ!」


「任せて!『エアハンマー』!」


「あっくそ、避けられた!」


「もう、すばしっこいわね!」



森に入ってから何体かザーダンを仕留めた。


今も1体を追いかけている最中だ。


周辺に気を配りながら、ラグは感心していた。


今までにも何度かこういった訓練はこなしてきている。


だが、その内容はお粗末なもので、ただ個人で標的を追い回しているに過ぎなかった。


しかし、今回は違う。


全員で連携をとって、確実に仕留めている。


あのガタイのいい少年が上手くまとめているのが理由だろう。


(おかげでずいぶんといいペースできてるし、今回はいい線いけそうだな)


とはいえ、順調に狩れているがゆえに、少々熱くなりすぎているようだ。


現に、だいぶ深いところまできてしまっている。


たいした魔物のいない森とはいえ、深い場所にはそれなりの魔物も生息している。


「(あっちは大丈夫そうだし、僕も仕事頑張りますか)」


後方に気配を感じたラグは、警戒をスルトに任せ、気配の主を確かめるべくその場を離れた。














「あれは……ホブゴブリン?」


他の生徒たちが戦っている場所の少し後ろ。


人間の大人より一回り大きいこぶだらけの魔物がいた。


ホブゴブリン。


鬼系の下位魔物、ゴブリンの亜種だ。


前方をうかがうように目をギョロつかせている。


(血の匂いにつられてきたか……)


おそらく、獲物を求めてきたのだろう。


さほど強い魔物ではないが、ザーダンと戦っているところに乱入されたら少々まずい。


大きな家の子息や軍務を担う家柄の貴族は個人で既にかなりの戦闘経験を積んでいる事が多いが、ラグが見たところ今回の班のメンバーでそのタイプはあのガタイのいい少年だけのようだ。


他のメンバーも実力は申し分ないのだろうが、やはり慣れない実戦に力を発揮しきれていない。


ホブゴブリンはザーダンに比べてもさほど強い魔物でもないが、熱くなって回りが見えていない彼らの前に突然ホブゴブリンが現れたら不測の事態が起きる可能性はゼロではない。


「やるか」


排除することを決め、ホブゴブリンの前に躍り出る。


目の前に現れた獲物に、叫び声をあげてホブゴブリンが向き直る。


下位の魔物とはいえ、油断は禁物だ。


人間の胴ほどもある太い腕で殴られたらただではすまない。


ラグは身体強化の魔法を自分にかけ、剣を構えた。


ジリジリと間合いを測る。


しばらくそうしていると、焦れたホブゴブリンが飛びかかってきた。


降り下ろされる腕を、慌てることなく剣を使って受ける。


力は強いが、直線的な動きのため難なくいなすことができた。


バランスをくずされよろけるホブゴブリンに対し、ラグは体内で練り上げた魔力を使って魔法を発動させながら剣を振りかぶる。





発動させるのは活性魔法。


生物の細胞を活性化させる、ラグが身体強化以外でまともに扱うことのできる唯一の魔法。


全身の細胞を活性化させ、身体強化の魔法に上乗せする。



それにより驚異的な膂力を発揮したラグは、ホブゴブリンの腕を切り飛ばした。





悲鳴をあげて飛び退るホブゴブリン。


離れる前にさらにその足を切り飛ばす。



もんどりうって倒れるホブゴブリン。


なにが起こったかわからず混乱しているようだった。





ラグは召喚士だが、弱い魔物に対しての実践経験はそこそこ積んでいる。


それももちろん、両親がラグにできる限りの教育を受けさせようと必死に知人やツテを使ってその機会を確保してくれたおかげだ。


もちろん軍人の家系の貴族達には及ぶべくもないが、それでも武術と戦闘経験を活かしてホブゴブリン程度なら一人でも難なく撃破できるくらいの強さはあった。





怯えるホブゴブリンの頭に向けて、再び剣を振りかぶる。


「相手が悪かったね」


森の中に哀れな獲物の断末魔が響き渡った。









「あ、いた。なにやってたんだよお前」


班のところに戻るとその中の一人、横幅の大きい少年が突っかかってきた。


不機嫌そうな顔でラグに対して不満をぶつける。


「いつの間にかいなくなってるし。俺らが頑張ってんのになにサボってんだよ」


文句を言う少年にいい気なもんだと呆れ返る。


そもそもはこの少年が他のメンバーの言うことを聞かずにザーダンを深追いするから、こんな深くまで入ってきてしまったのだ。


もしそれなりの強さを持った魔物に囲まれていたら、戦闘慣れしていないこの班の面子では危なかったかもしれない。


実際、あのホブゴブリン以外にもゴブリンやザーダンが数体この班を狙っているようだったので蹴散らしてきたところだ。


班の安全を確保してきたラグに、原因を作った少年が文句を言うとはどういう了見か。


そんな考えが顔に出てしまっていたのか、少年が目を吊り上げる。


「おい!なんとか言えよ!」


「まあまあ落ち着けって。こいつには周辺警戒任せてたんだからそれやってくれてただけだろ」


そこにガタイのいい少年が割ってはいってくれた。


「従魔もほっぽりだしたまんまいくか普通?」


「従魔は俺たちの安全確保のため残していってくれたんだよ。な?」


少年の言葉に黙って頷く。


文句を言っていた方の少年は舌打ちをすると、先に歩いていってしまった。


「ありがとう。助かったよ」


「いいって。それより、何体くらいいた?」


「……気づいてたの?」


「こんだけ深いとこまで来ちまったんだ、それくらい考えるさ。やっぱいたんだな」


「うん。大したことないのばっかりだったけどね」


「はっ、言うねえ」



ガタイのいい少年はニヤリと笑うと手を差し出した。


「アランだ。召喚士のくせになかなかやるみてえだな。よろしく頼むぜ」


「僕はラグ。こちらこそよろしくね」


握手をかわす。


アランは満足げに頷くと、首をならした。


「さって、こんな退屈な実習はさっさと終わらせちまおうぜ」


そういって歩き出すアランにラグも続いて歩き出した。

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