調査
放課後、図書館を訪れたラグは、従魔に関する本を死霊系のものを中心に抜き出して机の上に広げた。
まずはスケルトンという魔物そのものの情報から見直す。
【スケルトン】
死霊系に属する最下級の魔物。人間の魔法使いや高位の魔物によって死者の骨を使って生み出され使役される。魔力によって動き、主に人間の骨が使われる事が多い。基本的に自ら思考するような能力は持っておらず、生み出した者の指示を聞くのみである。契約が破棄された場合、もしくは生み出した者が死亡した場合は野生化し、身体の維持及び生への渇望から、魔力を持った生物を襲うようになる。また、死霊系の魔物全般に言えることだが、個体によって能力の差が著しい。稀に微弱ながら生前の意思を残しているものも存在し、そのような個体は自我を持つことがあり、存在昇華を起こすこともある。
「存在昇華か……」
存在昇華。
ラグもその現象自体は知っている。
魔物が一定の条件を満たすことによって、より上位の魔物へと変化するのだ。
有名なところでは悪魔系に分類される魔物たちが存在昇華を起こす。
悪魔系は他の生き物を殺しその生命力を奪い取ることで、存在昇華が引き起こされるとされている。
存在昇華が起こると、それまでとは比べ物にならないほどの強さを得ると言われている。
ただ、そもそも存在昇華を起こす魔物自体が少ないことと、条件を満たすのに膨大な時間がかかるため、実際に存在昇華を確認したという事例は極めて少ない。
強い魔物ほど存在昇華をする条件は厳しくなっていくので、仮に従魔にしたとしても生きている間に存在昇華を起こすことはほぼ不可能なのだ。
「でもスケルトンが存在昇華を起こせる魔物だったなんて知らなかったな。スケルトンくらい弱い魔物なら前例もあるんじゃないかな?」
そう思いしばらく本の山を引っ掻き回すと、ある1冊にそのような記述を見つけた。
どうやら死霊系を専門に従魔にしていた召喚士のもののようで、スケルトンの存在昇華について実験をしていたようだ。
ざっと流し読みしてみると、かなり参考になりそうな記述がいくつかあった。
まず、スケルトンの存在昇華の条件は魔力。
魔力を蓄えることによって自我を持ち、一定の量を蓄えると存在昇華を起こすようだ。
さらに興味深いことに、スケルトンが存在昇華を起こして変化した種族は、全てさらなる存在昇華が可能な種族らしい。
偶然そのことに気づいたこの本の筆者は、生涯を通して存在昇華を起こさせることに注力したらしい。
生前の意思を残しているスケルトン自体が貴重なこともあり難航したようだが、複数のスケルトンに存在昇華を起こさせることに成功している。
どうやらスケルトンは個体によってどんな種族に変化するかはまちまちらしい。
筆者は生前どんな人間だったかが変化に関係しているのではないかと考察している。
この召喚士が死ぬまでに最も多く存在昇華を起こさせたスケルトンは最終的にゴーストライダーにまでなったらしい。
ゴーストライダーは死霊系の中位に分類される魔物だが、死霊系の中でも特に個体差が激しく、強いものだと上位の魔物を凌駕する力を持つという。
(ゴーストライダーか……ここまで強い魔物にまでなることができるなんて……)
これだけ聞くとスケルトンは将来性のある優秀な魔物かと思うかもしれないが、実際にはそこまで甘くはない。
この本の筆者がスケルトンをゴーストライダーにまで存在昇華させることができたのは生涯をかけてスケルトンに魔力を与え続けたからだ。
記述を見るかぎり相当な資財をつぎ込んだと思われる。
ほぼ身一つであるラグにはとても真似できない。
そもそも、仮にゴーストライダーまで昇華できるだけの資財があったとしても、かかる労力に対して割りに合わないのだ。
わざわざ気の遠くなるような時間と莫大な資財をかけて存在昇華させるよりも、野生にいる魔物を従魔にしたほうがはるかに手っ取り早い。
死霊系の魔物はあまり数が多くないとはいえ、ゴーストライダーくらいまでならば探そうと思えばそう難しいことではない。
特に珍しい魔物に存在昇華するというわけでもないようだし、手間暇かけてまで強くするメリットがないのだ。
「そもそもそんなに優秀なら過去の召喚士たちが放っておくわけもないし、ね」
そう思わず呟く。
だが、それにしても自我があればこちらの指示を聞くだけではなく臨機応変に動いてくれるだろうし、戦術の幅も広がる。
せっかくそれが可能だと言うのだからやらない手はないだろう。
それにしても、あれだけの準備をして召喚した魔物が自我を持たせられるだけとかなぁ、などと思っていると、背後から声がかかった。
「やあ、こんなところにいたんだね。探したよ」
振り返ると、細身の眼鏡をかけた男性。
召喚科の教師、ケレルだった。
「ケレル先生?なにかご用ですか?」
「うん、とりあえずこれを届けにね」
そう言って差し出されたのは1枚の紙。
「これは?」
「召喚の際に計測された従魔の能力値を記したものだよ。まだ渡していなかったからね」
「ああ、そういえば。わざわざすみません」
「いや、それはいいんだけど。ちょっとそれを見てみてくれるかい」
言われた通り紙に目を落とすと、すぐにおかしいことに気づいた。
「うわ、なんですかこれ。何もわからないじゃないですか」
その紙には全ての項目に不明としか書いていなかった。
「どういうことですか?」
「僕たちとしても戸惑っていてね、原因がわからないんだよ」
本来ならここには名前や種族、S~G8段階に分かれた能力値、その魔物が生まれてからの来歴などが記されているはずなのだ。
「まあ、名前に関してはラグ君がつけるのを忘れたからだろうけどね」
「うっ、気づいてたんですか……」
「もちろん。すごくショックを受けてるみたいだから言い出せなかったけど」
「あ、あははは……」
笑うしかないラグであった。
「種族くらいまでは名前のほうの影響という可能性もなくはないけど、さすがに能力値や来歴まではありえない。今、召喚科の方で儀式にミスがなかったか調査しているんだ。悪いんだけど、ラグ君も協力してくれないかな。このあとは空いてるかい?」
「あ、はい、大丈夫です。わかりました」
「ありがとう。助かるよ」
ケレルは微笑むと、おもむろに声を潜めて顔を寄せてきた。
「それと、ここだけの話なんだけど、もしかしたら学園側の準備に不備があったかもしれないって話になっててね。ラグ君の能力や家から持ち込んだ触媒を考えると、スケルトンが召喚されたのは不自然だって他の先生たちもみんな思ってるんだ。だから、もう一度召喚の儀式をやり直せないかって上と掛け合ってるところなんだよ」
「本当ですか!?」
思わず声が大きくなってしまったラグにしーっ、と口に指をあてながらケレルは困ったように眉を下げる。
「ただ、上は特例を作るわけにはいかないの一点張りでね。あまり期待はしないで欲しいんだ」
「そうですか……」
召喚の儀式には多額の資金が必要となる。
そう何度も行えることではないのはラグも承知していた。
それでも学園のせいであるという可能性に不満を覚えずにはいられなかった。
「ただ、見ていたかぎりラグ君の儀式には問題がなかったと思うし、あの計測結果を見るに学園の不備だと僕は思ってる。絶対になにかしらの措置はとらせてみせるよ」
怒ったような表情でそう告げるケレル。
生徒にこんな裏事情を話すくらいだ。
ケレルもお偉方の頑固さには相当頭にきているのだろう。
「ありがとうございます。お願いします」
「うん、任せてよ」
ケレルそういって胸を叩いた。
「それで、測定はどうする?もう一度やり直すかい?」
「そう、ですね……」
正直、来歴がわからなかったのは痛い。
普通の魔物ならともかく、死霊系の魔物は生前別の生物で死後魔物になった場合、生前どんな生を送ったか、能力はどのようなものだったのかなどが個体差を産み出し、それが記されることもあるため、重要になる事が多い。
言葉が話せず骨だけの体であるスケルトンならなおさらだ。
だが、来歴は召喚の時にしかわからないので調べなおすことはできない。
「能力値だけお願いします。名前はもうつけましたし、種族は見たまんまですから」
「わかった。手配しておくよ。じゃあ、儀式の調査に付き合ってくれるかな」
「わかりました」
ラグは急いで本を元の場所に戻すと、ケレルとともに儀式の調査に向かった。
ちなみに調べなおしたスルトの能力値は全て最低のGランクだった。