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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
45/46

誤断

投稿順に誤りがあったので前話「暗雲」を間に挿入しました。

「なんとお礼を申し上げたらよいか……。本当にありがとうございます」



一方その頃、ミリアは気絶した少女を町へと送り届けていた。


子供がいない事に気付いた母親が酷く取り乱していたが、ミリアが一人を連れて現れたことで少し落ち着きを取り戻していた。




「いえ、当然のことをしたまでです。私達がついた時にはもう一人のお子さんは既に連れ去られていましたが、今私の仲間が救出に向かっています。必ず助けますので安心してください」


「ああ……なんと心強い……。どうか、どうかあの子をお願いします」


「お任せください。まだ周辺に魔物がうろついているかもしれませんので、戸締りをして外に出ないように」


「わかりました」



ミリアはその場に集まっている町民にそう警告し、町長へ向き直る。



「それで、今まで派遣されてきた軍の人間が拠点にしていた場所があるとの話でしたが」


「はい、町の外れの森にある狩猟用の小屋を軍人の方々にお貸ししていました。こちらがその小屋の鍵です」


「ありがとうございます。派遣されてきた人間は、全員鉱山で消息を絶っているということで間違いありませんか?」


「はい……。一度目と二度目に派遣されてきた方たちは最初に向かったっきり。三度目に派遣されてきた方々は二度ほど調査に向かって戻ってこられましたが、二度目に戻ってきたのはお一人だけで、『仲間が取り残されているから助けに行く』と仰って再び鉱山へ向かって……」



そう言って首を振る。


思索を深めながら、ミリアは再度町長へ質問する。



「最後に一人だけで戻ってきたのは何日前ですか?」


「五日ほど前だったかと思います。余裕があれば基地へ状況を説明する人間を遣わして欲しいと言われましたが、軍人様達をもってしても敵わない魔物に怯える我々からは、基地へ向かうことのできる人間はおらず……」


「…………そうですか」



そう聞いてミリアは少し眼を細める。



「(思ったより最近まで調査隊は無事だったようですね。基地への連絡が途絶えたのは最後に戻ってこれたのが一人だけで連絡員を出す余裕がなかったから、ですか。隊が半壊した時点で仲間は諦めて基地へと帰還するべきだったとは思いますが……今さら言っても仕方ないですね。問題は派遣されてきた人間の練度ですが……)」



ミリアが思考を巡らせていると、気絶していた少女が目を覚ましたようだった。



「あれ……ここ、どこ……?」


「ああ良かった、気が付いたのね。あなたは貴族様に助けていただいたのよ」


「お兄ちゃんは……?」


「それは…………」



母親が言葉に詰まり、周囲の空気を感じ取ったのか少女がまた涙目になる。


だが、泣き出すよりも早くミリアが屈んで少女と目線を合わせて笑いかけた。



「大丈夫。お兄ちゃんは、お姉ちゃんが必ず助けてくるから。だから泣かないで、ね?」


「お姉ちゃんだれ……?」


「お姉ちゃんはミリア。貴族だからとっても強いんですよ。魔物なんてすぐやっつけちゃいますから。だからほら、顔を拭いて。可愛いお顔が台無しですよ」



少女を安心させるようにニッコリと笑いかけると、取り出したハンカチで涙や鼻水まみれの少女の顔を拭く。




「ほら、綺麗になった」


「…………ありがとー」


「よしよし。お兄ちゃんを助けてくるまで、お母さんと一緒に良い子にしててね」


「うん」



ミリアは最後にもう一度少女に笑いかけると、身体を起こして町民達に向き直った。



「では皆さん、そろそろ町へ。討伐の際は細心の注意を払いますが、不測の事態が起こらないとも限りません。必ず戸締まりをして、怪しい物音がしても決して外に出ないように」



頷いた町民達がそれぞれの家へと戻っていく。


ミリアは手を振る少女に笑顔で手を振り返しながら、姿が見えなくなるまで見送っていた。


全員が町に戻ったのを確認して、一つ深いため息。




「やれやれ、平民の相手も楽ではありませんね」




ぼそりとそう独りごちると、少女の顔を拭ったハンカチを空中へと放る。


ハンカチは風に舞いあげられた後、突如として燃え上がった。


灰になるハンカチには目もくれず、別のハンカチを取り出して手を拭きながらミリアは踵を返す。



「(さて、あの基地の軍人がどの程度の練度なのか測りに行くとしましょう。私と先輩の足を引っ張らない程度のレベルであればよいのですが)」
























「(ここ、でしょうか。思っていたよりも……)」


町長から聞いた場所までやってきたミリアは、小屋を見て僅かに顔を曇らせた。


狩猟小屋とは聞いていたが、想像よりもかなりボロい。


狩猟用だから狭いのはいいとして、壁は隙間だらけで屋根もところどころ剥がれている。


拠点と言うよりも、ただ雨風を凌げるだけの場所と言ったら風情だ。


「(町民が非協力的だった?いいえ、子供を助けてきた事と私が貴族である事を差し引いても、敵意の類いは感じられなかった。そうなると町の状況が思った以上に逼迫しているか、派遣されてきた者の態度に問題があったかですが……)」



そう考えながら小屋の入り口を開く。



「……どうやら後者だったようですね」



小屋の中は惨憺たる有り様であった。




床の至るところに転がる酒瓶。


食い散らかされた食べ滓。


それに、机や椅子にこびりついて噎せ返るような異臭を放っている汚れ。




前任の軍人が町民に対してどのような態度を取っていたかは明白であった。




「下衆が」




ミリアは吐き捨てるように言うと、もはや収穫を期待していない室内の検分を始める。


虫の沸いた生ゴミや異臭を放つ衣類以外に特にめぼしい物もなく、そう広い小屋でもないので入念に調べるような場所もない。


異臭に吐き気を覚えてきた辺りで、ミリアは期待はずれであったと断じ調べるのを早々に切り上げてラグ達の元へ向かおうと決めたが、扉に手をかけたところであるものを見つけた。



「(これは……)」



取っ手の上部分に真新しい傷がついていた。


自然につくにしては不自然な跡をしているそれは、見る者が見ればそうと理解できる軍の符丁だった。



「(父に教わっていたのが役に立ちましたね。これは確か、『裏へ回れ』と言う意味でしたか)」



軍の符丁を使用しているということは、少なくともこの惨状を作った者達とは別人だろう。


これを行った者達が軍用符丁など扱えるはずがない。


一度部屋から出たミリアは小屋の裏手に回ってみるものの、特に何か目を引くがあるというわけでもない。


しかし周辺に目を走らせると、小屋の壁の一部に他と違う木材で出来ている部分を見つけた。




「これですね」




継ぎ目に爪を引っかけて軽く引っ張ると簡単に外れた。


中には一冊の手帳。丁装から見て軍の支給品のようだ。


一応情報漏洩防止用の呪詛などがかかっていないかを確認してから、手帳を開く。


中身は手帳らしく仕事上の覚えておくべきことや報告すべき事が書き留めてられている。


最近の出来事が書かれているところまでパラパラとページを捲りながら確認するが、重要と思われる部分はわかりづらいようにぼかして書いてあったり、外部に洩らしてはまずい事柄に関しては軍独特の表現や簡易暗号を使うなど、ざっと見た限りでも持ち主の生真面目さや職務に対する意識の高さが窺えた。


この手帳に書かれている内容はある程度信頼できる信憑性の高い情報であるとミリアは判断し、今回の任務に派遣されたあたりの記述から注意深く読み込む。


内容を要約すると、手帳の持ち主とその部下の二人は15日ほど前にこの町に到着したようだ。


すぐに前任者達が町人の心証を損ねていたのに気付き、まずは関係の修復に努める。


数日で信頼をある程度回復することに成功し、以後はこの小屋ではなく町長の家の部屋を間借りして調査を開始する。


町長はそのことは言っていなかったが、恐らくこの手帳を見付けられるかどうかで派遣されてきた者の選別をするためにあえて口止めしていた、といったところだろうか。


そして、肝心の調査の内容に関してだが。


「(随分と難航していたようですね……)」


魔物の痕跡は見付かるものの、魔物そのものに遭遇することは中々なかったようだ。


そして最後の調査の時、今まで通り調査をしていた際に唐突に奇襲を受ける。


持ち主が見たのは、不定形で半液体状の身体から触手を伸ばしてこちらを捕らえようとする魔物の群れだったらしい。


明かりに乏しい廃坑内での遭遇と視認しづらい半液体状の姿、さらに奇襲だったこともあり撤退もままならず、部下が囮になる形で手帳の持ち主が脱出するだけで精一杯だったようだ。


その後、町民に基地への連絡を頼み、囮として残った部下の救出に向かったという記述がこの手帳に書かれている最後の記録だ。



「なる、ほど……」



内容を一通り読み終えたミリアは、状況がかなり悪いものであるということを理解していた。



「(魔物に関する記述から鑑みるに、あの廃坑に潜む魔物は十中八九『スライム』で間違いないですね……)」



【スライム】。


半液体状の身体を持った水棲の魔物。


綺麗な水と補食する小動物があればどこででも繁殖するため、比較的知名度が高い魔物だ。


知能は低く群れを作ることもないため、個体が各々好き勝手に繁殖した結果、周辺の小動物を狩り尽くして家畜や人間まで襲うことのある危険生物である。


また、スライムの最大の特徴として物理的攻撃はほとんど効果がない。


半液体状の身体のため、打撃や切断はほぼ無力化される。


押し潰しなどは多少の効力は認められるが、大質量での圧殺でもない限り殺傷には至らない。


そのため、基本的にスライムの討伐に際しては魔法による攻撃しか有効な攻撃手段がないのだ。


しかし、魔物に対する攻撃に使えるほどの威力を発揮できる魔法適性を持つ平民はほぼいないと言ってよく、さらに物理無効という特性上スライムに有効な魔法は限られている。


つまり、スライムを討伐可能なのは有効な属性の高い魔法適性を持っている者だけ。


そんな者はほぼ貴族にしかいないのである。


また、突然変異で亜種が非常に生まれやすい種でもあるため、討伐の困難さと相まってスライムの危険度はB。


亜種に至ってはA以上の危険度をつけられているものもいる。




「(スライムなら平民出身の軍人では手が出せないのは道理ですが、私がこちらに来てしまったのも非常にまずい。先輩達の魔法適性ではスライムに有効な攻撃手段がありません)」



亜種を含めて、スライムに最も有効な魔法属性は火。


ミリア達四人の中で、火属性を扱える者はミリアだけだ。


ダンタールの雷属性ならば打撃を与えられるはずだが、変異種の存在を考えるとラグがそれを許さないだろう。



「(それに、知性がないはずのスライムが『子供を連れ去った』。明らかにおかしい……まさか知性を持った変異種が……?)」



可能性は挙げられるものの、確たる証拠がない以上は推測の域をでない。


ただし、不可解な点が多いことから、今回の任務がミリアの思っていたよりも危険であるかもしれないと想定すべきではあった。


スライムに対して万能な攻撃手段を持つミリアが合流すれば、討伐自体は問題なく遂行可能だろう。


しかし、ミリアはここで致命的な判断を下してしまう。



「(…………先輩ならば今回の一件に不可解な点が多いことは間違いなく理解できる。魔物がスライムである可能性も想定できるでしょうし、私の合流を待つ選択をしてくれるはず。他の二人も無理に子供の救出を提言するような性格ではありません。となれば、先に町民達にスライムの侵入を防ぐための警告をしにいくのが先決ですね。何か想定外があったとしても、まさか私を待たずに突入するようなことはないでしょう)」



そう考え、手帳を閉じたミリアは一度町へと引き返す。


実際にはそのまさかが起こってラグ達は突入を決めており、ミリアは早急に合流をするべきだったのだ。


しかし、子供の生存やリディアーナの予想外な激発、さらにはそれに起因するラグとダンタールの冷静さを欠いた決断まで予見するのは何も知らないミリアには不可能であり、町民の安全を優先する判断をしてしまうのは無理からぬことであった。

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