暗雲
投稿順に誤りがあったので、今話「暗雲」を次話の前に挿入するよう修正しました。
「ラグ!来てくれ!」
周囲の警戒に当たっていたラグをダンタールが呼ぶ。
スルトと共に近寄ると、リディアーナとダンタールは努めて普段通りにしようとしているものの、まだどこかぎこちなさが残っているように感じられた。
「『わかってんな、マスター。まだコイツらはさっきのから完全に立ち直ってるわけじゃねえ。子供がどういう状況だろうと、あくまで片方の意見に寄らず平等中立に、だ』」
「『ああ、わかってるよ』」
二人に悟られぬよう念話で言葉を交わしつつ、ダンタールへ向き合う。
「何かわかったの?」
「ああ、それが……」
何故か歯切れが悪いダンタールの代わりに、リディアーナがそれに答える。
「拐われた子供がどこにいるのかわかりましたわ。入り口の近くで周囲に魔物もいません」
「いやー罠だろ。子供は諦めるべきじゃねえかな」
スルトがそう言った途端にリディアーナがキッ、と睨み付けてくる。
「『スルト、平等中立って何かな……?』」
「『いやこれはどう考えてもよー』」
軽く頭痛を覚えながらも、ラグはリディアーナに先を促す。
「具体的にはどの辺りにいるの?」
「入り口から真っ直ぐ行ってしばらくすると、脇にそれたところに広くなっている空間があるみたいで、そこですわ。地図で言うとこの辺りですわね」
リディアーナがスルトの持ってきた地図の一点を指差す。
地図上では入り口から続く通路をしばらく進んだ所から少し外れた壁の中だが、作成日の記述を見るに少し古い地図のようなので、新たに作られた通路なのだろうか。
リディアーナ曰く少し広くなっているという話なので、物資の集積所か何かかもしれない。
思わずリディアーナの方に視線を向けてしまうが、彼女が嘘をついている様子もなかった。
「念のために言っておきますが、私が人命救助を優先するあまり嘘をついているとは思わないでいただきたいですわ。それがどれほど危険なことかわからないほど、分別がないわけじゃありませんもの」
「ああ、それは俺もラグもわかっている。大丈夫だ」
「……………………」
「どう見るラグ」
「……罠はないと思う。これまでの痕跡を総合してみても、罠を張るだけの知性を持った魔物が潜んでいる可能性は低い。少なくとも、僕達に気付けないほどの何かが仕掛けられていることはないだろう」
「そうか……」
その答えを聞いてダンタールも思案顔になる。
場の空気が望ましくない方向に向いていることに気付いたスルトが、呻き声を発した。
「マジかよお前ら……。これ絶対なんかあるぞ。捕まえた獲物を見張りもせず放置しとく捕食者がどこにいるんだよ?」
「いや、さっきも言ったように罠が仕掛けられている可能性は低いよ。何かしら事情かあって放置せざるを得なくなったと見るべきだ」
「だ、そうですわよ。それなら助けにいかない理由なんてありませんわよね?」
「……そうだな。わざわざ助けられる命を見捨てるような真似はできない」
「おいおい……勘弁してくれって……」
スルトが天を仰ぐが、既に三人の心は決まっているようだった。
「だが、ラグのお墨付きがあるとは言え、実際にはどんな予想外な事が起こるとも限らん。何かしら異常が感じられた場合には即座に撤退する。それでいいな?」
「構いませんことよ。何事もなく救出できるはずですもの」
「ああ。僕もそう思う」
ダンタールからの念押しに対しても頷いて見せる二人。
自分の魔法や知識に裏付けされた、救出への自信が窺えた。
「よし。では緊急時の対応の確認が終わったら細部を詰めてから突入するぞ」
そう言って地図を囲んで突入後の具体的な動きを話し合う三人。
「やれやれ……どうなっても知らねえぞオレは」
それを眺めながらスルトは呆れたように呟くのだった。




