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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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仲裁

ラグは焦っていた。


今まで一部に不和の種を抱えていたとはいえ、ここまで正面からぶつかることはなかった。


だが、今の二人からははっきりと相手に対する敵意が感じられた。


このまま放っておけば今回の衝突だけには留まらず、人間関係そのものに亀裂を入れてしまいかねない。


孤立無援と言っていいラグ達の現状に置いて、それは文字通り致命的だった。



「ふ、二人ともちょっと落ち着いて。一度頭を冷やそう」


「貴方には関係ないでしょう。口を挟まないでいただけますか」


「ここまで言われて、ベンサム家の末席に名を連ねる者として引き下がるわけにはいかない。悪いが黙っていてくれ」



二人を落ち着かせるため割って入ろうとするも、取り付く島もない。


リディアーナが激昂したこともそうだが、ダンタールまでもが冷静さを欠いてしまったのはラグにとって完全に予想外だった。


だが、リディアーナはともかく、ダンタールの方がそうなってしまった理由は、少し考えれば想像はつく。


子供を見捨てるような作戦を提案しようとしたとはいえ、ダンタールもまだ学生の身の上であり、軍人として行動した経験は学園に来る前を含めても数えるほどしかないはずだ。


当然、誰かを自分の意志で見殺しにするような選択をしたことなどあろうはずもない。


表面上は平静を装っていても、内心はダンタールも子供を見捨てる事に納得していたわけではなく、むしろ彼の実直な性格を考えると救出を第一にしたいという想いは強かったに違いない。


その上でなお、あのような提案をしたのは、非情とも取れる意見を述べる役割を己に課したからだというのは想像に難くない。


自分を押し殺してあえて憎まれ役を買って出たダンタールの行動は、決して間違っていたわけではない。


むしろ、ラグとリディアーナの気質を考えると二人がその選択を取れたとは考えづらく、最悪を回避するためには必要な行動であった。





提案に対し、ラグが異論を唱えるのはダンタールも想定していただろう。


だが、リディアーナがあれほど強く反発するとは流石に思っていなかったはずだ。


少々世間ズレした感じのある普段のリディアーナからは想像できない激しさへの驚きは、直接言葉をぶつけられていないラグですら言葉を失ったほどだったのだから、怒りの矛先であるダンタールの動揺は相当なものであったはずだ。


それでも、ダンタールは努めて冷静であろうとしていたように思う。


動揺を表に出すことなく、激昂するリディアーナをなんとか宥めようとしていた。


だが、もしかしたらそれが逆にリディアーナの癪に障ったのかもしれない。


実際にどうだったのかはわからないが、現実として彼女は落ち着くことはなく、むしろその怒りは加熱していった。


無意識下で感じていた子供を見捨てる提案への負い目がリディアーナの予想外の激昂によって刺激され、次第に感情が高ぶり、自身と自らの家を罵倒されるに至ってついに押し殺していた感情が怒りに転化してしまったのだ。





こうなってしまうとラグは迂闊に動けない。



ダンタールが冷静さを失っているのも痛いが、それよりもリディアーナの反応が予想外過ぎて、ラグの発言がどう影響するか予測するのが困難だ。




そもそも、ラグは子供を見捨てるつもりはないが、何の策もなしに突入しようとも思っていない。


今の最善は子供の救出を最優先にしつつ、少なくともラグ達が全滅しないよう退路を確保し、撤退を視野にいれた作戦を立てることだ。





だがそれを言ってしまえば、恐らくリディアーナは子供を見捨てる提案に賛成したと受け取るだろう。


それでラグにも罵声を浴びせてくるだけならまだマシな方だ。


今のリディアーナであれば、ラグがダンタールに味方したとわかれば一人で巣に突入してしまうこともあり得る。




ゆえにダンタールに近しい意見を言うことは出来ないのだが、かといってリディアーナの側に立つこともまた難しかった。




ラグも子供を見捨てる事に反対ではあるが、リディアーナの言っていることはどう考えても理想論だ。


現状、子供を救うことだけを考えてがむしゃらに突撃するのは自殺行為だし、子供を安全に助け出す手立ても今のところない。




それでも無理に救出におもむき失敗した場合、失われる命は拐われた子供だけではないのだ。


ラグ達が共倒れになると言うことは、ここに潜む魔物は野放しになってしまうということであり、その脅威は依然として町を脅かすことになる。


町の人々のことを考えるならば、仮に子供を助けることが出来なかったとしても、ここにいる魔物だけは何としても殲滅しなければならないのだ。



リディアーナはそれらのことを完全に無視していた。


ただ目の前の子供を救うことだけに固執し、失敗した場合のことを欠片も考えていない。


言っている事は高潔だが、いかんせん現実に即していないのだ。


厳しい言い方をすれば、ラグでも妄言としか受け取れないような言い分であり、賛成できるところは全くなかった。



落ち着かせるためにその場しのぎでリディアーナに賛成したとしても、それはそれで勢いづいたリディアーナが危うい行動を起こさないとも限らないし、なによりそれを見たダンタールとの亀裂が決定的になる。


仮にその場を収めるためだったとわかったとしても、一度根付いた感情はそう簡単には払拭できない。


禍根が残るのは間違いなかった。





こうなると八方塞がりである。


ダンタールに味方したらリディアーナが何をするかわからず、かと言ってリディアーナに味方することも出来ず。


放置すれば、ようやく生まれた結束は脆くも崩れ去ってしまう。













「……ふっ、なるほどな」






ラグが焦燥に駆られる頭で何とか解決の糸口を探っていると、不意にリディアーナと睨み合っていたダンタールが表情を緩めた。






「あの噂もあながち間違っているわけではなさそうだ」








だが、その顔には侮蔑の色が浮かんでいた。















「……噂?いきなり何を言っ」


「知っているだろう?学園でまことしやかに囁かれていた、レゼンウッド本家が貴族位を剥奪されそうになっているという噂だ」





















「(ああ、マズイ)」
















これ以上、状況が悪くなることはないとラグは思っていた。


だが、それは甘かったようだ。










今、ダンタールの言葉を聞いた瞬間、リディアーナの顔から感情が剥がれ落ちた。


今にもダンタールに掴みかかろうとしていた腕はダラリと垂れ、義憤に駆られた表情が一瞬にして能面のように無感情な物に変わる。


一見するとそれまでの激情よりも落ち着いたように見えるが、違う。


感情が許容量を越え、自らの内にある感情を出力することすらしなくなっただけだ。




だが冷静さを欠いたダンタールには、それがやり込められて大人しくなったとしか見えていない。




「ふん、図星か。まぁここまで現実の見えない世間知らずが次期当主では、剥奪もやむなしだな。せめてライシナでのあの事故がなければ────」










流れるような動きだった。


あまりに自然すぎて、彼女を注視していたラグですら一瞬反応が遅れた。


まるで違和感を感じさせない動きで、リディアーナは腰の剣に手をかけた。







「待っ…………!!」







一瞬遅れたラグの反応。


その一瞬は、しかし致命的な一瞬だった。



ラグが割って入ろうとするよりも僅かに早く、リディアーナの切っ先は驚きに目を見開くダンタールの胸に狙いを定め────。




























「ぐあああああああああああああああ!?!?」



























────る前に、その軌道上にいたスルトの頭蓋骨を小気味良い音と共に吹き飛ばした。













「……えっ」


「……なっ」


「………………え?」














「いでえぇぇぇぇぇぇぇ!?オレの頭があぁぁぁぁぁぁ!?」







それまでほぼ存在を忘れていたスルトがどこか間抜けな悲鳴をあげてのたうち回る姿に、それまで緊迫した雰囲気で睨み合っていた三人も思わず唖然として固まる。



その中で一番最初に我を取り戻したダンタールが、剣を抜いたリディアーナから距離を取った。






「お、おい!いきなり何を……」


「ナニすんだテメエぇぇぇぇぇぇ!!死ぬとこだっただろうがあぁぁぁぁぁぁ!!」






ダンタールの言葉に被せるように、頭を拾ってきたスルトが怒号を発してリディアーナに飛び掛かる。


いきなり襲いかかってきたスルトにリディアーナも焦りの表情を見せて剣を振り回す。



「あわ、あわわわ!わ、わざとじゃありませんわ!こないでくださいませ!」


「わざとないのにどうやったら剣が頭を直撃すんだゴラァ!!どう考えても故意だろがアァン!?あれで死んだらどうしてくれてたんだオォン!?」


「だからわざとじゃないって言っていましてよ!お、大声を出しながら近付いて来ないでくださいませんこと!?怖いのですわ!」







ギャアギャアと騒ぐ二人とそれを呆然と見つめるダンタールを眺めながら、ラグはボソリと呟いた。



「……スルト、もう死んでるじゃん」








































































「オレの頭を吹き飛ばしたのがわざとじゃねえってんならよ、お嬢」




しばらくジリジリとリディアーナ詰め寄っていたスルトが唐突に動きを止める。





「オレに当たってなかったら、その剣で何をするつもりだったってんだ?」




ハッとした表情で手元の剣に目を落とすリディアーナ。





「そ、それは……」




「見たとこレイピアみてえだけど、それでももしそこに立ってたのがオレ以外なら普通に危なかったんじゃねえの?」




「……………………」







リディアーナは押し黙り、足元に視線を落とす。


その様子を見て、スルトはため息をついた。








「全く……いいか、お嬢」







リディアーナに歩みより、優しく肩を掴んで顔を覗きこむ。




















「そんなんだから貴族の地位を追われちゃうんだヨ?ちゃんとわかってるのかナ?」




「……………………は?」
















落ち着いてきているように見えたリディアーナの顔に再び怒りが灯った。

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