追撃
「おうマスター。こっちだこっち」
丘陵を越えた先に見えた町へと続く道の手前で、少し脇に外れた場所にスルトはいた。
倒木に腰掛け、暇そうに頬杖をついている。
「スルト!拐われた子供は!?」
ここまで駆けてきたラグがスルトに尋ねる。
危機感を感じるラグの声とは対照的に、スルトは弛緩しきった様子で森の奥を顎でしゃくった。
「あっちの方に連れてかれたぜ。町の近くにあった立札によると、鉱山の方向みたいだな。鉱山に連れてかれたかどうかは知らんが」
子供が拐われているというのに緊迫した様子の欠片もないスルトの様子にラグは苛立ちを覚えるが、そこでスルトの近くに小さな子供が倒れているのに気付いた。
「その女の子は?」
「ああ、拐われたガキの連れだよ。オニイチャンオニイチャン煩かったから眠ってもらった」
「眠ってもらった、って……」
「なに、頭の後ろをガツンとな」
「……スルト、君は…………!」
「ラグ。気持ちはわかるが今は子供の行方を探るのが先決だ。従魔との話は後にしてもらおう」
スルトの態度に激昂しかけるラグをダンタールが制す。
「根暗の言う通りだぜマスター。俺は心の底からどうでもいいが、ガキを助けたいなら急いだ方がいいんじゃないか」
スルトも気だるげな感じにダンタールの言葉に同意する。
「……根暗と言うのは俺のことか?」
「他に誰がいるんだよ。なんだ、何か言いたいことでもあんのか?」
「………………いや」
どこか納得のいっていない様子のダンタールだったが、今はそれどころではないので顔を引き締めた。
「拐われた子供を早急に救出しなければならないが、この子供も放ってはおけない。よって、二手に別れる。ラグ、リディアーナは俺と共にこのまま子供を拐った魔物を追う。ミリアはこの子を町に届けて、町の代表者から鉱山の魔物の詳細を聞いてから合流してくれ」
軍人家系として最も経験豊富なダンタールが全員に指示を出す。
ラグとミリアは頷いたが、リディアーナが待ったをかけた。
「ちょっとお待ちください。ミリアさんの役割はラグさんにすべきではないですの?ラグさんが戦闘面でミリアさんに敵うとは思えませんし、町民との接触も普段から平民と接しているラグさんが適任ですわ。今まで平民と接したことのない私やダンタールさんはともかく、ミリアさんも所領の経営をしていたとはいえ、レインダート家の規模ともなれば直接領民と触れあうことはなかったはずですもの」
若干ラグに対して含みがあるような言い方だが、言っている内容はもっともである。
それにダンタールは地面の痕跡などを調べながら応える。
「確かに戦闘面、対人面ともにリディアーナの言う通りだろう。だが、それはラグの従魔……スルトが考慮から外れている」
「何か関係がありますの?」
「ある。スケルトンという不死の魔物がいることにより、反撃を受ける前提の攻撃や生還を考慮しないでいい陽動が可能になる。純粋な戦闘力という点では確かにミリアが上だが、取ることのできる戦術が大きく広がることを考えるとスルトの方が状況対応力は高い。それだけならラグだけを町に向かわせる、という方法もあるように思えるが……」
地面を調べ終わったダンタールがスルトに視線を向ける。
「スルト、お前はラグ以外の命令を聞く気はあるのか?」
「聞く理由があるとでも?」
「こういうことだ。この性格上、ラグがいないとスルトを有効に運用することはできん。それに、ラグは召喚士だ。俺達の誰よりも魔物に対する知識が深い。今回のように魔物の詳細が不明な場合は、僅かな情報から魔物の種類を判別できるラグの方が追跡には適している」
「……理解しましたわ。手間をとらせましたわね」
しっかりとした理由のある人選であったことを把握し、リディアーナも引き下がる。
それを確認してダンタールが改めて全員を見渡した。
「他に意見はないな?」
全員が頷いたのを確認し、森の奥の一点を指差す。
「こちらの方向に何かが引き摺られていった痕がある。恐らく、子供が拐われていった際についたものだろう。ひとまず、これを使って追跡を開始する。一定間隔ごとに目印を残しておくから、ミリアは町での聞き取りが終わり次第それを追って合流してくれ。軍用記号の読み方はわかるな?」
「大丈夫です」
「よし。では急ごう」
「みなさん、お気をつけて。私もすぐに追い付きます」
ダンタールの的確な指示により最低限必要なことを取り決め、行動を開始する。
子供を背負い町へと向かうミリアと別れ、ラグたちは森の奥へと歩を進めた。




