自己紹介をしましょう
「自己紹介をしましょう!」
目的地への向かう道中、ミリアがそう言った。
木陰で軽食をとっていたラグたちは突然の言葉に数瞬沈黙した。
「いきなりどうしたの?」
ミリア以外の全員が思っていることを代表してラグが尋ねる。
ミリアはニコニコと笑いながら大仰に頷いた。
「はい!せっかく皆さんで一致団結したことですし、改めてお互いのことを知っておくのも大切かと思いまして!」
言われてみれば確かに、成り行きで旅を共にしていたとはいえ、しっかりとお互いの来歴などを把握しているかと言われるとそうでもない。
ミリアの言うことも最もであった。
「それにほら、クラットさんも仰ってたじゃないですか?私たちが信頼しあうことが大切だって」
クラットの名を受けて、三人が顔を見合わせる。
いずれも基地から出発する時の彼を思い出していた。
「これから行ってもらう町は鉱山の町として有名な町でね。この国で使われる魔石や希少金属はの大部分はそこで産出されてるんだ」
どんな任務でもこなしてみせるとラグが宣言した日の翌日、ついたばかりの基地から出発するために一行は北東の門に集まっていた。
司令官であるマルティナは相変わらず惰眠を貪っているようだったが、代わりにクラットが見送りに来てくれていた。
既に充分に説明された話を、念押しするようにもう一度語る。
「でも最近、そこに魔物が棲み着いてしまったみたいでね。鉱夫が何人も行方不明になっているんだ。何度か討伐隊も派遣したんだけど、誰一人として帰ってこない。例の配置転換のせいで満足に魔法を使える者もそう多くないし、かといって放置するわけにもいかない頭痛の種だったんだよ。司令官も随分と苦慮してたから、これを解決してくれれば司令官も認めてくれるようになるんじゃないかな。そうそう、そういえば途中に森があるんだけど……」
そう言って道中注意すべきことや目的地までにある休憩できるポイントなどを、あれもこれもとあげつらう。
既に顔を会わす度に何度も聞かされた内容なのだが、クラットはそれでも心配で仕方がないというように同じように繰り返す。
さながら我が子を初めてのお使いに送り出す母親のようであった。
他に言い忘れていることはないかと唸るクラットに、ラグが疑問に思っていたことを聞いてみた。
「一つお聞きしたいことがあるのですが。クラットさんは、なぜここまで僕たちに良くしてくれるんですか?」
その問いかけにクラットはきょとんとした表情で首をかしげた。
「な、なぜって?」
「僕たちはあくまで学園から派遣されてきただけの学生です。まだ学生の身分である者を国の産業に大きく関わる任務に派遣すること自体がありえないでしょうし、司令官に認められていない僕たちをクラットさんの一存で支援するというのも公になったら問題視されるかもしれません。以前この基地に派遣されてきた軍務実習生たちの話が本当なら、とても僕たちに良くしてくれるとは思えないのですが」
ラグの言う通り、彼らはクラットの支援を受けて軍の正式装備である術衣や鎧はもちろん、即効性の回復薬や魔力や土壌などの異常を細かく調査するための各種簡易検査道具、さらには連絡を取り合うことのできる通信機まで、望むものを支給してもらっていた。
特に通信機は高度な技術で作られた非常に高価かつ貴重な物品で、本来は大規模な作戦行動において足並みを揃えるために使われるものであり、決して四人だけの少数部隊が一人一人持つようなものではない。
それ以外の支給品に関しても、貴族として軍務に耐えうるだけの品を整えてきたダンタールたちはともかく、エルフィナから受け取った剣を除けば学園の模擬戦闘用の粗末な装備くらいしかないラグにとってはどれもこれもありがたすぎる代物だ。
そういうラグに、クラットは苦笑いしながら頭を掻いた。
「あ、あはは、そんな大層なことじゃないよ。平民では解決できないけれど、僕と司令官は基地を離れるわけにもいかず、どうしたものかと頭を悩ませていたところに都合よく学園の優秀な学生たちが来てくれて渡りに船だったってだけの話。僕は司令官からかなり広い範囲での裁量を委ねられてるし、問題解決に当たって支援を惜しまないのは当然だよ」
学生に頼らなきゃいけない時点で不甲斐ない話なんだけどね、とクラットは自嘲気味に笑った。
「それに、君たちはこれまでの軍務実習生とは違うようだからね。期待しちゃってるのも確かかな」
今までの軍務実習生とは違う、とは言うものの、ラグたちはつい一日前にやってきたばかりで能力はおろか人となりすらお互いに把握していない状態である。
それなのに、違うと断言できるのはいかなる理由なのだろうか。
そんな感情が顔に出ていたのか、クラットは苦笑いを深くしながら続けた。
「はは、な、なんでわかるんだ、って顔だね。そう思うのも最もだけど、あのセルヒオが素直に司令官室まで案内してきた時点であれ?と思ったし、実際に話してみてわかったよ。今までの実習生と言えば、僕を見下して言うことを聞かなかったり無視して司令官にしか話しかけなかったりだったけど、君たちはちゃんと僕のことを上官として扱ってくれているもの」
視界の端でリディアーナが気まずそうに視線を逸らすのが見えた。
「ぼ、僕も自分が今の立場に相応しい人間に見えないのはわかってるし、実際に司令官補佐が僕の能力に見合った立場なんて到底言えない。それでも、そんな僕を上官として立ててくれている。それだけで、君たちがこれまでの人達とは違うって思うには充分だよ。例え――――君たちの間に、どんな確執があろうともね」
自分から質問したこととはいえ、予想外の答えが返ってきてしまいどう反応すればいいのかわからずラグは沈黙する。
困ったような苦笑いを崩さず、クラットは安心させるように大きく頷いた。
「大丈夫。今は少しギクシャクしててもいずれそれもなくなるよ。四人ともすごく人の良さそうな顔してるんだから、仲良くなれないはずがない。唯一人を見る目だけには自信があるんだ。信じてくれていい」
そこだけはどもることなく言いきるクラットからは、司令官補佐という肩書きに相応しいだけの度量が感じられるような気がした。
「気を付けてね。ちゃんと無事に帰ってきてほしい。君たちが信頼して力を合わせれば、どんなことでもきっと乗り越えられるはずだから」
「というわけで自己紹介です!」
ニッコニコと微笑むミリアに少し気圧されるようにしながらリディアーナが口を開く。
「言ってることはわからなくもないですが、今更そんなことして何か変わるんですの?」
「変わりますよ!私はこの軍務実習からの付き合いですし、先輩たちも以前課外実習で一緒の班になったこと以外は特に交流があったわけでもないんでしょう?一年間一緒に過ごすんですし、ここでキチンとお互いのことを知っておくのが、信頼しあう上で肝心なんじゃないかと思うんですよ」
ミリアの言うことももっともであり、実際ラグは学園に入るだけの実力を身に付けるので精一杯で、貴族の力関係や出自、家格などはあまり学ぶ余裕はなく、有名どころしか押さえていない。
リディアーナのレゼンウッド家、ダンタールのベンサム家は名前を聞いたことがあるしそれなりの名家であることは知っていたが、具体的にどのような家柄なのか詳しくは知らないのだ。ミリアのレインダート家に至っては名前すら聞いたことがなかった。
なので、ラグからしたらありがたい提案で賛成したいところなのだ、が。
チラリ、とリディアーナの方を見る。
ラグの思った通り、リディアーナはあまり乗り気ではなさそうだった。
それもそのはず、つい昨日ラグを許さないと面と向かって言い切った手前、信頼しあうために自己紹介、などというのは決まりが悪すぎる。
仮にここでラグが賛成したりすれば、気位の高いリディアーナの性格上意固地になって反対してしまいかねない。
そうなればまた以前のようにラグとリディアーナの確執が深まってしまうかもしれない。
司令官室で作られた協力的な雰囲気が崩れてしまうのは避けたかった。
リディアーナもそれは望んではいないのか、物言いたげな顔をしているもののはっきりと反対するようなことは言わず、かといって賛成するには彼女のプライドが邪魔をしているようだった。
こんな時、これまでの道中ならばとある少女が空気を読まずに自分の意見をズバズバと言って空気を変えてくれていたのだが、今彼女はここにいない。
今回は危険な任務であると思われるので同行させることはできないのは当然だが、基地を気に入っていない様子だった本人に言うと無理矢理にでもついてきそうな気がしたので、任務のことは彼女の祖父にだけ伝えこっそりと出発してきた。
任務を終えて戻った時に何を言われるのかわからないので、それまでに二人が帰途に就いているのを祈るばかりである。
そんなこんなで重苦しい空気の沈黙にミリアが首をかしげたところで、ダンタールがため息をついて立ち上がった。
「まぁ、ミリアの言うことにも一理ある。俺もそういう方面には疎い、レゼンウッド家はともかくレインダート家とデオルフ家のことはあまり知らん。リディアーナとも知り合ってまだ日が浅いし、この機会にレゼンウッド家についても詳しく教えてくれるとありがたいがな」
「ふ、ふん!ま、まぁそういうことでしたら教えてあげても構わなくってよ」
視線を受けてリディアーナがそっぽを向きながらも同意した。
ダンタールの機転に感謝しつつ、ラグもホッとしながら同意した。
「僕もいいと思うよ。お互いのことをよく知っておいて損はないし」
「決まりですね!じゃあ言い出した私から……」
「待て。今ここでしなくともいいだろう。もう十分に休んだ」
「あ、そうですね。じゃあ自己紹介は歩きながらにしましょうか」
思ったより長くなってしまった休憩を終わらせ、伸びをしつつラグたちは再び歩き出した。




