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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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到着

「貴族様、もう魔物の出没地帯も抜けたんで外出てもらっても大丈夫ですよ。そろそろ基地も見えてくるはずですので」



輸送車の副運転手がそう言いに来たので、ラグたちはガウディとアーヒン、それに狭すぎるので身体をバラバラに分解して寝ているスルトを残し、さっそく外に出てみることにした。


元々が貨物輸送車だけあって、ラグたちの乗る一室も物資の少ない部屋に椅子などを置いただけの簡易的な空間でかなり狭い。


ラグは構わないが、男と顔を付き合わせて長時間座っている女性陣、特にリディアーナはストレスを感じているようだった。


貴族として暮らしてきて狭い部屋に押し込められることなど一度もなかったはずなので無理もないが、裏を返せばこの状態が今のラグたちの状況を端的に表している。





基地が目前に迫り、必然と口数が少なくなり重い沈黙が支配する部屋の中から逃げるようにして外へ出る。


外へ出た途端、猛烈な風がラグたちの全身を打つ。


自然と澱んできていた気持ちも、全て吹き飛ばしてくれるような気がした。


ラグたちの乗る車両は一番先頭の車両なので、目の前に後続の車両を引っ張って走る機関部が見え、そのさらに向こうに地平線を覆い尽くす果ての見えない壁と、その中心に鎮座する巨大な建造物が見えてきていた。




「あれが旧ロストエデン前線基地、か」





第一級障気噴出地点監視区域・第四特務基地。


通称、旧ロストエデン前線基地。





瘴気の溢れる死の大地に蓋をする巨大な壁を要塞化して作られた、人類の平穏を守る防衛線。


果ての見えない巨大な壁は【大崩界】の発端となった瘴気の拡大を防ぐため、三英雄の一人である【絶隔の盾】が生涯ただ一度の大魔法を使い、一夜にして生み出したものだと言われている。





近付くにつれて、その壁の巨大さに圧倒される。


見上げるほど高く、雲さえ引き裂かんとそびえ立つ巨壁を、たった一人の人間が生み出したというのだろうか。


三英雄に憧れを抱くラグにさえにわかには信じがたく、後世の創作を疑ってしまうほど圧巻であった。






基地の細部まで見えるようになるまで近付くと、その前に大小様々な建築物が存在し、大規模な町が形成されているのが見てとれた。




だが、その町の様子はこれまでに見てきたどの町とも違う。




壁や屋根は傾いており材質も一定ではなく、一つ一つの規格や大きさも同じものを見つける方が難しいほどに不揃いでバラバラ。


意図してそうデザインしたものとは到底思えず、明らかに有り合わせの建材で建てましたと言わんばかりの光景である。


通りに見える人々が着ている服も上等なものなど一つもなく、ボロボロに着古したものをさらにつぎはぎして着ているような代物に見えた。




「……これは」


「……思っていたよりも酷いな。まるでスラムじゃないか」




デオルフ家も一応は貴族の端くれ、自らの治める土地はあり、例え村と呼ばれるほど小さなものでも統治している町はある。


学園に行ってから見た町とは比べ物にならないほど質素な暮らしをしている田舎の小さな町だが、それでもここよりは人らしい暮らしをしていたと断言できる。


同情や憐れみを覚えることは無礼に当たると思っていても、そう思わざるを得ないほどこの土地は寂れていた。





では、ここまで町が寂れているのは、旧ロストエデン前線基地が軍の権力を振りかざし圧政を敷いているからだろうか。


もしくは治安を守るという任務を放棄し、町のことを省みず悪人たちをのさばらせてしまっているのだろうか。




答えは否である。




ラグは、いやラグでなくともこの世界に生きるほとんどの人々は、旧ロストエデン前線基地が死力を尽くして任務を遂行していることを知っている。


今、世界の全人類が命の危険に怯えることなく平和に暮らしていられるのは、この基地が存在するからに他ならないのだから。




















【大崩界】が起きたとき、かつて楽園と呼ばれたこの地は息もできぬほど濃密な瘴気に包まれた。


瘴気に蝕まれた生物は存在そのものを変質させ、世界に仇なす魔物となる。


それは人間とて例外ではなく、瘴気の噴出する地に住んでいた人間は【大崩界】が起こった際に『鬼』と呼ばれる恐ろしく強靭な肉体を持つ魔物に変質し、当時の騎士たちと激しい戦いを繰り広げた。




特に、魔力によって身体能力の高まっている魔法使いたちはひときわ苦しみが大きかった。


普通の人間のように一瞬で魔物に変異することもなく、かといって瘴気を完全にはね除けられるわけでもなく。








自分の肉体が魔物へと変貌していく恐怖に狂い、精神を崩壊させた者。


徐々に失われていく己の人間性を嘆き、自ら命を絶った者。


最後まで諦めず治療の術を模索し、努力が実を結ぶことなく本能のままに人を喰らう畜生と成り果てた者。








様々な経緯を辿り、しかし全員が例外なく破滅していく中、なまじ瘴気に抵抗できるだけの高い魔力を持っていたがために、変異した後も自意識を失わなかった者たちは最も悲惨だった。









自分は化け物じゃない。

自分はまだ人間だ。









既に人の言葉を発することのできぬ喉でそう叫び続け、止まることのない涙を流しながら、かつての友と、守るべき家族と、愛を誓いあった相手と血で血を洗う凄惨な殺し合いを繰り返した末に、絶望しながら死んでいった。











研究によってこれらの事実がわかったのは、ほとんどの鬼を掃討した後だった。


多くのものが失われた【大崩界】の後にも、この悲劇の数々は詳細に伝わっている。


それは当時を生きた人々が、この悲劇だけは決して繰り返してはならないと思い、なんとしてでも後世に伝えんとしたからではないだろうか。

















今なお瘴気が噴出し、それに侵された魔物たちが跋扈する終末の地、旧ロストエデン。


最悪の地獄は終わりを告げたとして『旧』という文字を冠するようになったその地は、今を生きる人間たちにとってはいまだ地獄と変わりない。


その防波堤となり、人類を脅かさんと押し寄せる魔物たちを一手に引き受け人類の領域を守り続ける最後の砦こそ、【第一級障気噴出地点監視区域・第四特務基地】である。







度重なる魔物の襲撃によって何度も破壊され、その度に作り直されたこの基地は、現在の第四特務基地となってから既に300年以上の長きに渡ってこの地を守り続けている。


昼夜を問わず幾度となく行われる襲撃に耐え、屈しなかったからこそ、ここには町があるのだ。


いくら寂れていようと、どんなに貧相な街並みに見えようと、この町こそ旧ロストエデン前線基地がその任を果たし続けてきたという証なのである。














ラグはこの町が存在する意味を改めて考え、気を引き締める。



この国のどんな基地よりも名誉ある任務を賜っているこの基地は、しかし当然のごとく他の比ではない危険がつきまとう。


この国における軍人の殉職者のほとんどが、この基地に所属している軍人だ。


この基地の殉職者の占める割合は、全体の実に九割以上にも及ぶ。



プロである軍人たちですら当然のように死んでいく場所である。

温室育ちの貴族が突然放り込まれて生きて帰れる道理はない。


それゆえ、この基地に派遣されることは最上の名誉であると同時に死刑宣告に等しいのだ。






それを理解しながら、それでも背を向けることなくやってきた四人の若い貴族たち。


その理由は様々であろう。


自ら望んで来た者などいるはずもない。






だが、それでも彼らはやってきた。


これより先に待つのは果てることなき無間の地獄。


既に後戻りはできず、あとはただ前に進むのみ。







無言で前を見つめる四人を乗せた輸送車は、やがてゆっくりと速度を落とすと目的地へと到着した。

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