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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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旅の終わり

「これがなんちゃら基地への輸送車?乗り心地悪そうね」



食事を終えたラグたちは、基地への物資輸送便が出ている発着場へと来ていた。


ここから先は基地まで町がなく、また魔物のよく出没する地域も通ることになるので、この町から定期的に出ている物資の輸送車に乗せてもらうことになる。




ラグたちの乗る輸送車はアーヒンが乗り心地が悪そうだと言うのも無理のない、いかつい外見をしている。


本来は物資を輸送するための輸送車であり、ラグたちは定期便に便乗する形で乗せてもらうため、実際乗り心地は良くないだろう。


そもそも人を乗せるように出来てはいないので当然ではあるのだが。



「そう思うのなら乗らなければ良いのですわ。今からお帰りいただいても全く構いませんので」


「アンタもしつこいわね。何の不自由もなく育てられた、貴族様らしいねちっこくて我が儘な性格だわ」


「なっ…………!!」


「リディアーナ」



アーヒンの発言が逆鱗に触れたのか、激昂しかけるリディアーナ。


そこにダンタールが割ってはいった。



「落ち着け。アーヒンは平民だから貴族の世界を知らないだけだ」


「………………ッ」



激しかけたことが自分でも決まりが悪いのか、不機嫌そうな顔をしながらも顔をそらすリディアーナ。


ラグからすればいつもアーヒンと口喧嘩をしているときも散々だとは思うが、やはりその時とは質の異なる怒りであったのだろう。



「アーヒンもだ。貴族には貴族なりの苦労がある。あまり先入観だけでものを言わないでくれ」


「……悪かったわよ」



ダンタールも思うところがあったのか、あまり話さないアーヒンにも釘を刺す。


普段寡黙なダンタールに言われたこともあり、アーヒンも口答えをせずに素直に引き下がった。



「まぁ、平民の方々には負担を強いることもありますからね。貴族に対して誤解を抱いてしまうこともありますよ。ほら、あまり遅くなるとご迷惑になりますし早く行きましょう?」



最後にミリアがとりなし、不機嫌な二人もとりあえず車両の方へと歩き出す。


そんなとき、ラグと並んで少し後ろから四人についていっていたガウディがぼそりと呟いた。



「初めて会った時から思ってたが、坊主たちは平民に対して随分と好意的だな」


「そうですか?普通だと思いますが」



むしろリディアーナなどはアーヒンと口喧嘩ばかりで、好意的どころか悪印象すら抱いていると思うのだが。


そう思うラグだったが、ガウディはそうは思わなかったらしい。


苦笑すると緩やかに首を振った。



「あれが普通だと思うなんざ、お前さんの両親はよほどの善人か、それでなきゃ貴族に向いてないような性格なんだろうな」


「それは……まぁ僕もそう思いますが」



ラグの目から見ても両親はお人好しが過ぎる。


そんな両親のことをラグは誇りに思っているが、家のことを考えると本当に大丈夫なのだろうかと不安になるのも事実だった。



「普通の貴族は、もっと平民に対して冷たいもんさ。リディアーナにしたって、案ずる心があるからあんなにしつこく帰るように言うんだ。本当にアーヒンのことがどうでもいいなら、眉を顰めはしてもわざわざ口に出して言ったりはしない。いくら不快でも、平民なんかと口をききたくねえんだ。俺はデュエリスト部隊にいたから幾分かマシだったとは思うが、それでも酷い扱いは受けたもんよ。俺の知ってる貴族は平民のことを人間だとも思ってない奴が大半だ」


「…………………………」



少し前までのラグならば反論しただろうが、今はもう出来なかった。


政治のトップであるヘールバズ家の人間の醜悪さを、この目で見てしまっているのだから。



「ま、トコ家の御当主様みたいにちゃんと平民のことを考えてくれる貴族もいたけどな。そういう貴族はそんなに多くないのに、お前さんたち四人全員が平民に好意的な貴族で驚いただけだ。……ロストエデンなんかに送られるべきはもっと腐った奴らだってのにな」



ラグは黙って言葉を聞くことしか出来なかった。


これから行く先は魔物との戦いの最前線、帰ることを許されない死地だということをいよいよもって認識し、口を動かす気力さえ奪われそうだった。













「ああ、学園からの学生の方々ですね。話はお聞きしてます」



輸送車の積みこみ場の近くで責任者へ輸送車に便乗したい旨を告げる。


既に学園から連絡がいっていたらしく、特に手続きなども必要なくすぐに乗り込めるようだった。



「……ええと、連絡よりも人数が多いようですが、そちらの方は?」



書類を見ながらガウディの方に目を向けられる。


アーヒンは学生で通るとしても、ガウディはどう考えても学生の年齢ではない。



「俺は元軍人でドルテアの町から来た。常駐していた軍人が唐突に引き上げた直後に魔物の襲撃を受け、この学生たちに助けてもらった。一応魔物は排除したが、念のためロストエデン前線基地に軍人の派遣を要請しに行くところだ」


「ロストエデン前線基地に?わざわざあのような危険な場所に行かずとも、近くの駐屯地へ頼めばいいのでは?」


「襲撃してきた魔物が少し厄介な魔物で、特定の魔法が使えないと有効な対策ができないんです。駐屯地の警備隊には使える人がいないような魔法なので、ロストエデン前線基地の魔法使いの方に頼まなければならなくて。予定より人数が増えてしまって申し訳ないのですが、ここまで私たちの道案内をしてもらった恩もあるので、なんとか乗せていただくことはできないでしょうか?」



人数が増えることに難色を示していると感じたミリアが援護する。


言い方は丁寧だが、貴族の言葉に逆らえるような人間はそういない。


輸送車の責任者も渋々とだが頷いた。



「まぁ、少々手狭になってしまっても構わないのであれば。元々貨物用の一室を人が乗れるように整理しただけですので」


「大丈夫です。ありがとうございます」



にこやかに答えるミリアの後ろで『なぜ自分たちが我慢しなければならないのか』とリディアーナが顔で文句を言っていたが、流石に声に出すようなことはしなかった。



「すみません、先にローブを被ったスケルトンが来てませんか?」



乗り込む前に、スルトの姿が見えないことに気付いたラグが責任者に問いかける。


スルトは町で混乱が起こらないよう、人が少ない早朝の内に姿を隠して先に発着場へと来ているはずだった。


発着場の人間には事前に話を通しておいたので、普通の魔物と勘違いされることはないはずなのだが。



「ああ、来てますよ。人間の言葉を話せる魔物なんて初めて見ました。今は物資の集積所の方にいると思います」


「わかりました。ちょっと探してくるから、先に乗っててくれるかな」




ミリアたちにそう言ってスルトを探しに行く。





案内を見ながら物資集積所と書かれた部屋に着くと、中で数人の男たちとスルトが何かを見ながら話し込んでいた。




「そこは……ああ違う違う、そこじゃなくてこっちだ。そこそこ、そこは右に三回左に一回。で、その奥の……そうそれ、それを固定して上のツマミを下に動かして……」




男の一人が手にした何かを覗きこみながら、スルトが何事か指示を出している。


ラグが部屋に入って来たことも気付かないほど熱中しているらしい。


近くまで行って見てみると、棒状の魔導装置の機関部を開いて中の回路を弄っているようだった。




「スルト、なにやってるの?」


「ん?ああ、落ちこ……マスターか。いや、ちょっとな。もう少しで終わるから待っててくれ」




そう言ってまた装置の方へ視線を戻すスルト。


ローブは脱いで姿を晒しているが、男たちは気にしていないようだった。




「えーと、どこまでやったかな。……ああそうそう、あとはさっきのところを右に一回回して最初の蓋を閉めれば終わりだ。試してみろ」




スルトの指示通りに作業を終えた男が、装置の下の方に空いている穴へ小さな石を嵌め込む。


すると、装置の先端へ光が灯った。



「おお、直った!スゲエな骨の兄ちゃん、まさか本当に直るとは思わなかったぜ!」


「これがないと倉庫の奥の方入る時とか輸送車の修理する時によく見えないから困ってたんだよ!助かった!」


「ふふん、これでも生きてる時は魔導機関の研究もしてたんでな、このくらいの道具なら朝飯前だぜ」



男たちの歓声にスルトが胸を張る。


どうやらスルトが装置の修理を手伝っていたらしい。



「んじゃ、マスターも来たし行くとするか。約束通り、これは貰ってくぜ」


「おう持ってけ持ってけ!所長には上手いこと誤魔化しとくからよ!」



大喜びの男たちに手を振るスルトと一緒に物資集積所を出る。



「それで、なにをしてたの?」


「ちょっと暇だったから物資集積所にあるもの見て回ってたら、珍しいものを見つけたんでな。近くにいたやつに聞いてみたら、手違いで届いたものらしくて要らないから市場に卸すところだったらしいんだ。んで、さっきのライト修理する代わりに貰えねえかって交渉したわけだ」


「そうなんだ。魔導装置の修理の方法なんてよくわかったね?」


「ま、【大崩界】で魔導技術の多くが失われたとはいえ、基礎の部分はオレの時代と同じだからな。生前ちょっとかじってたのもあって修理くらいならなんとかな」


「へぇ、じゃあスルトはやっぱり【大崩界】以前の時代の人間なんだね」


「…………口が滑ったな」


「詮索するなって言われたからしないけど、いつの時代の人間かくらいは聞いてもいいかな?」


「…………今さら隠すまでもないか。予想通り、オレは【大崩界】が起きた時代の人間だ。記憶覗いてたんだからある程度は知ってたと思うがな」


「まぁ、多少はね。でも【大崩界】の当時の人間ってことは、三英雄のことも知ってるの?」


「ああ、知ってるぜ。まだ全部記憶が戻ったわけじゃねえが、良くも悪くも話題性のある奴らだったからな。当時はまだ三英雄なんていう大層なくくりなんざなかったから他の有名な魔法使いに混じってだが、それでも奴らは異彩を放ってた。異端と言ってもいい。嫌でも耳には入ってきた」


「……あまり良い感じの言い方ではないね?」


「そりゃそうだ。オレは三人とも大っ嫌いだからな。自分が正しいと信じて疑わない中二病に、戦うことしか考えてない頭のぶっ飛んだ戦闘狂、実現不可能な理想論を追い求める偽善者。どいつもこいつも糞ばっかりだ。思い出すだけでもムカつくぜ」


「チューニビョウ……?いや、なんだかその言い方はまるで……」


「……おい、お前さっきから誘導尋問的に詮索してねえか?」


「そ、そんなことはないよ!」


「……チッ、まぁいい。これ、鞄に入れとけ」


「あ、さっき貰った物だね。これは……ただの白紙?」


「呪符って言うんだ。今はまだなんの呪も入ってねえけどな。いいから入れとけ」



そう言って呪符を押し付けてくるスルト。


強引に話題を逸らされたのはわかっていたが、ラグもそれ以上は追求しなかった。





















しばらくして、町から魔導輸送車が出発した。


便乗する者たちが旅立つ際に乗った輸送車とは大きくかけ離れた、錆び付き色のくすんだ無骨な輸送車。


聞いた人間の気分までもを落ち込ませるような低く唸る駆動音が車内に響く。


ガタゴトと車体を揺らしながら、ゆっくりと輸送車は走り出す。












死が待ち受ける地への旅路が終わろうとしていた。

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