表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
33/46

孫想いの翁

ラグは夢を見ていた。





目の前には虫の息の男。


いかにも上質そうな鎧一式を身につけ、傍らには凹んだ兜が転がっていた。


腹部から大量の血を流し、憎しみの籠った目でこちらを見詰めていた。


ラグの手の中には血にまみれた一振りの剣。


エルフィナにもらった剣ではなく、非常に簡単な作りの、一兵卒に支給されるような長剣。


その剣の血が、目の前の騎士の物であることはすぐにわかった。





ラグは、この夢が何度か見た明晰夢のようなものであると理解する。


以前とは違い、夢であるとはっきりとわかってはいたが。





そして、夢であると自覚すると夢の中のラグが抱く感情が強く感じ取れるようになった。


まず感じたのは恐怖。


ラグは、目の前に倒れる虫の息の騎士に猛烈な恐怖を抱いていた。


そして、それと同じくらい大きな怒り、後悔、葛藤。


とにかく様々な負の感情が混ざりあい、ラグの心は決壊寸前だった。






だが、夢の中のラグはそこで止まることを許さない。


震えの止まらない両手で剣を持ち直し、大きく振り上げる。





ラグには確信があった。


この剣を振り下ろせば、もう後戻りはできないという確信が。


恐怖に、悔恨に、自分の中を暴れまわる感情に剣を取り落としそうになる。


騎士の射殺すような視線に身体が竦む。







なぜ自分が。


こんなことはしたくない。


今からでも投げ出してしまいたい。







そんなことを考えてしまえば、もはや身体は言うことを聞かない。


涙を流し、歯をガチガチと鳴らしながら一歩、また一歩と後ずさる。


もう一歩下がれば全てを放棄して逃げ出せる、そんな誘惑に駆られそうになった時。






一人の女性の顔が浮かんだ。





その瞬間、ラグは今にも走り出そうとする自らの足へと剣を突き立てていた。


経験したことのない激痛に目の前が明滅し、全身が火傷したかのように熱くなる。




だが、これで走るための足はなくなった。


もう逃げ出すことは出来ない。





震える歯を割れんばかりに噛み締め、足へ突き刺した剣を引き抜き、天高く振り上げる。





そしてラグは、声にならない絶叫をあげながら騎士の喉元へ剣を振り下ろした。






































そして、次の瞬間に感じたのは顔面への衝撃だった。


「ぶげっ!?」


何が起こったのかわからず顔をあげると、そこは宿屋の一室であり、目の前にはシーツを持ったスルトが立っていた。


自分が床で寝ていたところを見ると、スルトにシーツを剥ぎ取られてベッドから転げ落ちたのだろうか。




「えっと、スルト? いきなり何を」


「お前、オレの記憶を覗いたな」




ここ最近、聞くことのなかった冷ややかな声にラグは固まる。


スルトの記憶を覗いたようなつもりは全くないが、それらしきことにはすぐに思い至った。


というより、先程のような夢の頻度が最初に見た時から増えてきているので、それ以外に考えられなかった。



「……その、別に見ようと思って見たわけじゃ」


「わかってる。肉体っていう障壁がなく、さらに記憶の入ってる魂そのものをお前が呼び出したっていうのに、こういうことを想定できなかったオレの落ち度だ」



冷ややかな声であるものの、スルトは特にラグに対して怒りを抱いているわけではないことに気付く。



「今日は少し夢見が悪くて早く起きすぎたが、逆にこれに気付けた。いつもはオレの方が遅く起きるからな」


「夢見が悪かった、って……」


「…………記憶は、主に寝ている間に戻るんだよ」



少しだけ気まずそうな声でそう返すと、スルトはばさりとシーツを投げ返しながら踵を返した。



「今までにも似たようなことがあったかもしれねえが忘れろ。これからはオレも気を付けるからこんなことはねえよ。そんなことより、急いで起きねえとまたあのお嬢ちゃんに色々言われちまうぞ」



そう言ってスルトは部屋から出ていった。


しばらく茫然としていたラグだが、しばらくして我に返ると乱れたベッドを整えて急いで身支度をするのだった。

























「ようやく、ここまで来ましたわね……」



緊張したようにリディアーナが言うのも無理はない。


ラグたちはドルテアの町からさらに進み、今はロストエデン前線基地の一つ手前の町まで来ていた。


ここからは物資輸送のための魔導輸送車に乗り、前線基地まで行くことになる。


今日の午後には基地に到着しているのだ、いやがおうにも緊張は高まる。





「それはいいですわ。今さら言っても変わりませんもの。ですが……」





リディアーナはちらりと視線を横に向けると、とある人物に指差して叫んだ。





「なんで貴女がここにいるんですのぉ!?」



「うるっさいわね、朝御飯くらい静かに食べなさいよ」



「質問に!答えなさい!」



「あーもうしつこい!それ聞くの何度目だと思ってんのよ!」




リディアーナとアーヒンが騒ぎ始めたのをよそに、ラグたちはガウディへと視線を向ける。


三人の視線を受け、ガウディは肩を竦めた。





「アーヒンはああなったら止まらねえ。お前さんらもこの数日でよくわかったろう」


「いや、それならそれでついてくるのを止めていただきたかったのですが……。このあとリディアーナさんに八つ当たりされる先輩が不憫です」


「止めたさ。止めたんだがなぁ……」



宿屋の一階の食堂で食事を取りながら、いつもの言い争いにうんざりするラグたち。


食事などで顔を合わせる度にいがみあう二人には、ラグたちも辟易していた。


最初こそ仲裁に入っていたミリアも、懲りることのない二人に諦めてしまっている。




「だから!パパとママが最後に配属されてた基地に行きたいからだって何度も言ってるでしょ!」


「だから!平民ごときが気安く行けるような場所ではない危険な場所だから帰りなさいと何度も言っていますわ!」


「平民だからって馬鹿にして!これだから貴族は嫌いなのよ!」


「貴族とか平民とか言う前に、魔法も使えない人間が行っていい場所ではないと言っておりますのぉぉぉぉ!!」






「まぁ……飽きたら収まるだろう。放っておくのが一番だ」


「ガウディさんはデュエリスト部隊に居たんですよね? 貴族への推挙とかなかったんですか?」


デュエリスト部隊は軍の中でもかなり特殊な部隊だ。


対人特化という関係から、汎用性より極めて優れた一部の能力が求められ危険も多い。


その性質上、貴族であっても適性のあるものは多くなく、平民からとあればかなり稀だ。


とあらば当然、優秀な血筋は囲いこみたいので貴族への推挙があってもおかしくはない。


貴族になれば家名を名乗ることが許され、様々な特権が得られるので断る者はまずいないはずだ。



「いやまぁ、あるにはあったがな。特に部隊長……トコ家の御当主様には分家を継がないかとまで言ってもらった。光栄なことじゃあったが、俺も結構な歳だったしな。どうしようか迷ってるうちに、息子たちがあんなことになっちまったからアーヒンが心配になってよ。無理言って部隊を辞めてドルテアに戻ってきたんだ」


「……貴族への推挙を断った人は初めて聞きました」


「カッカッカ!そりゃそうだろうよ!俺も部隊長には随分と驚かれたもんだ!あんときは申し訳なかったね。あれを断ってなけりゃ今ごろ俺は【ガウディ・トコ】か。カッカッカ、確かにもったいねえことをしたかもしんねえな!」



そうは言うものの、上機嫌そうに言うガウディに後悔するような様子はない。


ラグは、孫を溺愛する豪快な老人の人間性に、少し触れたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ