表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
32/46

和解

「確認なんだが」


長い沈黙のあと、スルトが口を開く。

その声は、先程までとはうってかわって冷えきっていた。


「仮に、オレが記憶を取り戻していたとして。お前に話さなければいけない理由はなんだ?」


刺すような視線。硬い口調。

強く拒絶の意志を示すスルトに、ラグは一歩も退かず相対する。


「もちろん、僕が召喚したからっていうのが一番大きな理由だよ。僕には、君を理解する責任がある。スルトの話し方が片言じゃなくなってるのは、人間だった時の記憶が戻ったからでしょ?」


「理解ぃ?責任だぁ? はっ、笑わせてくれんじゃねえか」


記憶についての質問には答えず、スルトが大仰な仕草で肩を竦める。

その声には最近薄れていた敵意がこもっていた。


「そっちの都合で勝手に呼び出しておいて、随分と身勝手な言いぐさじゃねえか。オレがいつ理解してくれって言った? いつ責任を取ってくれって言ったよ。お前の考えを、あたかもオレが求めたかのように押し付けんな。反吐が出る」


「別に、君が求めているとは思ってないよ。ただ、僕がそうしなきゃいけないだけだ」


「たまたま召喚しただけの奴がよく言う。どうせなら他のやつを召喚すればよかったのによ、どうしてピンポイントでオレを召喚するかね」


「え?」


「あ?」



そこで不思議そうな顔をするラグと、それを怪訝そうに見るスルト。

お互いに何を言ってるんだろうという表情であった(スルトに表情はないが)。



「え、あれ? スルトを召喚したことは偶然じゃないんだけど、僕言ってなかったっけ?」


「……それが本当だとしたら、初耳だ」


「そ、そうだったかな……ごめん」


「……で、偶然じゃないっていう根拠はなんだよ」


「ああうん。根拠はこれだね」



そう言うとラグは懐から御守りのような袋を取り出す。



「このなかには、僕がスルトを召喚するときに使った触媒が入ってるんだ。もう壊れちゃったから触媒としては使えないだろうけど、代々デオルフ家に伝わってきた家宝だからお守りとして持ってるんだ」


「……なるほどな。触媒使ってたとは思わなかったぜ」



召喚術を行使して従魔を召喚する際、その方法は二通りある。


一つは、術式のみで召喚する方法。

この場合は召喚する日時や場所、召喚者の資質や相性、そして運によってどんな従魔が召喚されるかが決まる。


簡単に言ってしまえば、召喚者によってばらつきはあるものの、強力な従魔が召喚できるかは運に左右されるところが大きい。



それを克服するためにもう一つの召喚方法として、触媒を使った召喚がある。


こちらも基本的には術式のみでの召喚と同様だが、その結果に関しては使う触媒によって、ある程度の方向付けができる。

そして、その精度は特定の存在に強い縁を持つものほど高い。


例えば、人骨を触媒に使えば人型の従魔が召喚でき、その骨が過去の有名な人物であったらその魂を呼び寄せることもできる、といった具合だ。



「ゲイルも大昔に自分の家に仕えてた大魔法使いが愛用してた武器を触媒に使うって言って、デュランを召喚してた。だから、たぶん僕の触媒もスルトに関係のある品だったからスルトを召喚したと思ってたんだけど」


「……見せてみろ」



ラグがきつく締められた袋の口を開き、中の物を取り出す。


それは、真ん中で二つに割れてしまっている、翡翠色の櫛だった。

半透明の不思議な材質で、質素ながら丁寧な装飾が施されており、値の張るとは言わずとも決して安物ではないことがわかる。


目の前に置かれたそれを、スルトは食い入るように見つめた。




「これは……………………ああ、そうか。そうだったな」




やがてそう呟くと、ゆっくりとふちをなぞるように指先で櫛を撫でた。



「こんなもんを後生大事に持ってたどころか、家宝にまでしてやがったのか。全く、どこまでいってもガキンチョだな」



懐かしむようにも聞こえるその声は、今までの中で最も穏やかな声だった。



「今日は色々なスルトが見れるね。見覚えがあるの?」


「ああ。見覚えがあるどころか、オレが自分で買ったもんだかな」


「えっ? でも、これは僕のご先祖様が大切にしてた物だって……ま、まさかスルトってデオルフ家の!?」


「ちげーよ阿呆」



驚愕の新事実を思い描いたラグの想像はすぐさま否定された。



「別にお前の先祖に大した縁があったわけじゃねえ。ただ、ちっとばかり困ってたときに世話になっただけだ。その恩はちゃんと返したから貸し借りがあったわけでもねえ。ただ……くっ、はは! いくら時が経っても変わらねえもんは変わらねえな!」


「え、えぇ? いきなりなに?」


「いやなに、お前のご先祖様っつうのもずいぶんな落ちこぼれだったからよ。血は争えねえなって思っただけだ。その櫛は別れる時にあんまりにも不安そうな顔をするもんだから、オレが贈ってやったもんだ。ちょっとしたまじないをかけてな」


「まじない?」


「ああ。本当に些細な、ただ魔力を込めたらそれがオレに伝わるってだけのもんだ。『どうしても助けて欲しかったら使え、暇だったら駆けつけてやる』って言ってな」


「……いや、スルトの時代だとただの人間だったんだろうけど、ご先祖様になんて失礼な……」


「はは、あのガキンチョに失礼もクソもねえよ。まぁそういうわけで、ただの気まぐれで贈ったもんだ。実際それが使われることもなかったし、生きている内に再会することもなかった。だからまぁ、あいつが何をしたかは知らないが、それに込めたおまじないが残ってて、触媒に使われたときにオレを引き寄せたってことだろうな」


「そう、じゃあやっぱりスルトは召喚されるべくして召喚されたんだね」


「不本意ながら、そう考えるのが妥当だろうな。全く、昔のオレも面倒なことをしてくれたもんだ」



そこまで言ってため息をつくスルト。


非常に不本意そうな様子だが、ラグは召還が完全に失敗していたわけではないとわかって嬉しかった。


少なくとも、触媒による召喚は成功していたのだ。



「なんでスケルトンで召喚されちゃったのかはわからないけどね……」


自分で言っておいて悲しくなってきたが、これが現実である。

スルトが先祖に縁のある人物であろうと、今がスケルトンであることには変わりがないのだから。


だが、意外なことにそれに対する返答があった。



「あぁ? 触媒がしっかりと役目を果たしてたってんなら、オレがスケルトンで召喚された理由なんて明白だろうが」


「えっ!?」



今日何度目の驚きかはわからないが、ラグの心は目まぐるしく塗り替えられていた。


もしや、スルトは召還が失敗した理由を知っているのだろうか。



「なぜスケルトンで召喚されたのかわかるの!?」


「……ああ、【大崩界】からまだそんなに召喚術の研究が進んでねえのか。簡単な話だ、オレがスケルトンとして召喚されたのは……」



そこまで言いかけてスルトが口をつぐむ。

失敗の理由がわかると言われては黙っていられないラグは、先を急かす。



「されたのは!? どうしてなの!?」


「…………いや、その前に本題に戻ろう。お前、オレの記憶について聞きたがってたよな」


「……そう、だけど」



なぜここで、その話に戻るのか。

そう思いながらもラグは、このあとスルトがなんと言うかわかるような気がした。



「お前に協力するなんざゴメンだが、あいつとの約束で呼び出されたってんなら無視もできねえ。だから、これは譲歩だ」



表情の動かないスルトの顔が、ニタリと笑みを作ったかのように錯覚する。



「オレの生前の記憶と、召還が失敗した理由。どちらか一つだけ話してやる。好きな方を選べ」


「…………………………」



そう来るだろうとは思った。


だが、それならば答えは決まっている。


失敗の原因を聞いたところで、いまさらどうしようもないのだ。


だがラグが口を開こうとすると、図ったかのようにスルトが言葉を被せてきた。



「ああ、ちなみに失敗した理由がわかると、オレがスケルトン以外の姿になれる可能性もあるな」


「………………!!」


「それに人の過去を根掘り葉掘り聞かない人間には、力を貸したくなるかもしれないなぁ」



ここまであからさまに言われれば、いくらなんでもスルトの言わんとするところはわかる。


どんな理由かはわからないが、スルトはどうあっても自分の過去について聞かれたくはないのだろう。





どうするべきか。


そこまでして隠したい過去というのも気になる。


だが、スルトがスケルトンから進化する方法がわかるかもしれず、協力する姿勢も匂わせているのは、今までのスルトからは考えられない提案だ。



しばらくの間、深く思考の海へと沈む。


やがて、自分の中で答えを出したラグは顔をあげた。




「答える前に、二つだけ質問をさせてほしい」


「……まぁ、内容によっては答えてやらんでもない」


「ありがとう。まず一つ、僕が記憶について聞かせてもらいたいっていった場合、スルトは正直に話してくれるのかな?」


「ああ、それがお前の答えなら話してやる。嘘はつかない」


「絶対に?」


「ああ、絶対だ。なんなら、魂をかけて誓ってもいい」


「わかった。そして二つ目の質問なんだけど」



一度言葉を切り、スルトを真っ直ぐに見る。

スルトも目をそらすことなく見つめ返してきた。



「その正直に話してくれる理由は、僕のご先祖様への義理を通すためなのかな」


「……ああ、その通りだ」


「そう、わかったよ」


そこまで言って息を吐くと、少しだけ笑いながら答えを告げた。


「じゃあ、召還が失敗した理由を教えてもらえるかな」


「……いいのか、記憶の方は」


「いいよ。もし仮に、天使様に裁かれるような罪を犯してしまっていたとしても。それは、スルトが悪い訳じゃないってわかるから」


「なにも知らないのになんでそう思える。実際、オレは善人なんかじゃなく、むしろ追われる立場の人間だった。そう聞いても、お前は言いきれるのか?」


「言いきれるさ。だって、ただの気まぐれでした約束を死んだ後でまで律儀に守ろうとするような人間が、根っからの悪人なわけないだろう?」


「…………どいつもこいつも。やっぱり、血は争えねえってこったな」



諦めたように言うスルトは、しかしどこか満足気だった。



「まぁ、そっちを選ぶなら仕方ねえ。約束通り失敗の原因は話してやるし、前に言ったことは撤回してこれからはお前に協力してやるよ。家の復興とやらのために、な」


「ありがとう。助かるよ」




召喚して、拒絶され、今ようやく和解した。


酷く時間がかかってしまったが、これで最初の一歩を踏み出せた。




「それで、失敗の原因って?」


「ああ、そりゃ簡単な話だ。人間の魂が入ってるって前提になるが、理由は大きく二つ。一つは、召還された者が召喚者をどれだけ受け入れているか。もう一つは、今の状態が生前の人生と符合しているかどうかだ」


それを聞いて、ラグはすぐには理解が及ばなかった。


召喚者をどれだけ受け入れているか、これはスルトの態度を見ればある程度想像はできる。


だが、生前の人生と符合しているかとはどういうことだろうか。


考え込んでいると、スルトがさらに解説を加えてくれた。


「わかりやすく例をあげてやろう。あのムカつく糞ガキ、ゲイルとか言ったか。アイツの従魔、デュランは恐らく生前の人生とかなりの部分で符合しているからこそ、あそこまで強力な種族として肉体を得たんだろうな。まぁ詳しいところはわからんから想像だが、奴の人生において『主への忠誠を尽くす』ってことが大きなウェイトを占めてたんじゃないのか。それと同じくあの糞ガキへ忠誠を尽くしているから、オレと違ってちゃんと肉体があって能力も高いんだ」


「ああ、なるほどね。ようやくわかったよ。ということは、デュランは生前よりも強くなってるってこと?」


「いや、それはどうだろうな。そういう例もないじゃないが、基本的にオレたちは死者だ。生前に近づくことはあっても、越えることは原則ない。デュランは元が恐ろしく強い人間だったってことじゃねえか」


「なるほどね……。じゃあ今肉体すらないスルトは、生前と全く違う状況に置かれてるってこと?」


「まぁ、生前とかけ離れてるのは事実だけどな。オレの場合はそれよりも前者の影響が大きい」


「……それって…………」


「ああ、そういうことだ」


「信頼を得られれば、スルトもデュランみたいな強力な種族に進化するのかな?」


「厳密には進化とは違うが、そういうこともある。ありえないとは思うがな」


そこで話は終わりとばかりに立ち上がり、振り返ることもなくテントを出ていこうとするスルトの背中に慌てて声をかける。



「待って! 僕がスルトに信頼してもらうの無理なのかな!?」


「ああ、無理だな」



取りつく島もなく言い放つ。

その声には隠しようもない怨恨が混ざっていた。




「ようやく苦しかった生から解放されたっていうのに、そこへ引きずり戻した奴を信頼しろっていう方が無理な話だろう?」



それだけ言って再び歩き出すスルトに、ラグはかける言葉がなかった――――――――のだが。



「あ、待って」


「今度はなんだ落ちこぼ……いや、仮にも協力するなら落ちこぼれと呼んだら外聞が悪いか。一応、形式上は主従関係だしな」


「あ、うん、そこを改善してくれるのは助かるけど……じゃなくて、記憶が戻ったなら生前の名前も思い出したんだよね? 何て名前だったの?」



信頼関係を結ぶなら、本当の名前を呼ぶのがその一助になるのではないか。

ラグがそう思ったのを見透かしたのか、鼻を鳴らしてスルトは答える。


「はん、そんな小手先のことで信頼を得られるとでも思ってんのか。まぁいい、オレの本当の名前はシ………………いや」




言いかけてやめる。

それすらも嫌なのかと思ったが、そうではないと言うようにスルトは愉快げに続けた。




「今のオレはスルトだ。お前がそう名付けたんだろ? 余計なこと考えずに好きに呼べよ、マスター」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ