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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
31/46

それぞれの夜

「……ん」


暗転していた意識が覚醒する。


目を開くと、見慣れたテントの天幕が目に入った。


「ああ、先輩!よかった、目が覚めたんですね!!」


ほっとしたような声に目を向けると、すぐ側にミリアが座っていた。


近くにガウディとアーヒンの姿も見える。


「おお、気が付いたか坊主。いったい何があったんだ」


「そうよ。おじいちゃん達を呼んで戻ってきたら倒れてるんだもの。ビックリしたじゃない」


そう言われ、節々の痛む身体を起こす。


どうやら、ラグはリディアーナのテントでベッドに寝かされていたようだ。


「……僕は、どうなってたのかな」


自分と、特に周囲がどうなっていたのか、その確認のため傍らのミリアに問いかける。


未だに心配そうな顔のミリアが、ラグの身体の調子を確かめながら答える。


「先輩は祠の前に倒れていたんですよ。本当に驚きました。スルトさんも見当たらないし、先輩も怪我してるし。特に魔力の枯渇が著しかったのですが、本当に何があったんですか」


「……………………」


考える。


あの出来事を話してもいいのか。


そもそも、信じてもらえるのか。


数瞬考えた後、ラグはかぶりを振った。


「……わからない。何も覚えてないんだ。祠の内部を調べてもらおうと思って、アーヒンにリディアーナを呼びにいってもらったところまでは覚えてるんだけど」


「そうですか……。何者かの不意討ちでも受けたでしょうか。先輩ほどの人が何もわからないままやられるなんて、考えづらいですが……」


「買い被りすぎだよ。僕は、ただの落ちこぼれだからね。それより、祠の内部は調査したの?」


「はい、リディアーナさんにやっていただきました。扉の奥に僅かな空間があるだけで、他には何もないそうです。恐らく、偶像や御神体などを安置する場所だったのでしょう。中身には学術的興味はありますが、危険性や特異性はないとのことです」


「そう……そうか」


「何か気になることでも?」


「いや、何でもないよ。ありがとう。リディアーナとダンタールはどこに?」


「少し前まで町の復旧作業を手伝っていたと思いますけど……そうだ、お二人にも知らせないと!私、ちょっと行ってきますね!」


ミリアが慌ただしくテントから出ていく。


ミリアの座っていた椅子の近くに、水の張った桶と濡れた手拭いが置いてあるのを見つけ、ラグは心の中でミリアに感謝の言葉をかけた。


「ガウディさん、結界の方は」


「問題ない。優秀な子ばかりだな」


「僕以外は、ですけどね」


「おいおい、お前さんも充分優秀だぞ?もっと自信を持ったらどうだ」


「はは、持てればいいんですけどね……」


流石に、アレを見たあとでは自分がいかに小さな存在かを思い知らされる。


しばらく自信は持てそうにない。


「それよりおじいちゃん!ラグも起きたんだし、もういいでしょ!話の続き!」


「いやだからな……連れてくのは無理だって何度も……」


「ダメって言われても勝手についていくから!!」


「はぁ……とりあえず坊主に迷惑だし外でな……。坊主、まだ病み上がりなんだから大人しくしてろよ?」


ラグが起きた時からどこか機嫌の悪そうだったアーヒンをガウディが背中を押してテントから出ていく。



一人になったラグは、しばらく遺跡での出来事を反芻していたが、再びかぶりを振って胸ポケットにしまってあったものを取り出す。


それは小さな袋だったが、中には小指の先ほどの大きさの白い欠片が入っていた。


それは、ラグがもしもの時に備えて預かっていたスルトの体の一部だ。


「とりあえず、聞かなきゃいけないことはあるよね」


そう呟くと、ラグはその欠片へと魔力を送り始めた。





















「ええ……特に怪しいものは。誰かと連絡を取っていたという痕跡もなく……はい、そうですわね。祠も何の変哲もないものでしたわ。懸念されているようなことはなにも」


ラグのいるテントから遠く離れた、村の外れ。


とある崩れかけた建物の陰で、リディアーナが何事かを話していた。


その耳には、石の台座に紋様の描かれた紙が貼り付けられたものが宛てられている。


まるで誰かと会話するかのように、リディアーナは話続ける。


「……わかっておりますわ。私には後がありませんもの。既に決めたことです。今更、造反しようなどとは夢にも。ですから、どうか本家のことは……」


その顔色は決して優れているとは言えず、表情は暗く沈んでいたが、声に籠る力は確かなものだった。


「……ありがとうございます。感謝してもしきれない思いですわ。このご恩は必ず」


普段の高飛車な口調は鳴りを潜め、平身低頭といった様子のリディアーナ。

努めて感情を声に出すまいとして無表情になってしまっているその顔に、僅かに滲むのは焦燥だろうか。


「……はい。承知いたしましたわ。では、またご連絡致します。……全ては、我が国の栄光のために」


そう言って、リディアーナは台座のようなものを耳から離す。


今の会話を反芻しているのだろうか。


しばらくの間、何をするでもなく立ち尽くす。


そして、チラリと感情のない目で台座を見た。


台座を握る手は白くなっており、相当な力がかかっていることがわかる。


またしばらくそうしていたが、やがてため息をついてそれを懐に仕舞うと、リディアーナは町の中心の方へと歩き出した。






















そして、先程までリディアーナが身を隠していた建物の屋根の上。


半ば崩壊した屋根を器用に使って寝転がり、タバコをふかして夜空を見上げている青年がいた。






「ダンタールさん、盗み聞きはよくないですよ?」







いつの間に来ていたのか。


青年の隣には、ついさっきまでいなかったはずのミリアが座っていた。




「ミリアか。お前も吸うか」


「いえ、結構です。私は煙草吸わないので。それより、先輩が目を覚ましましたよ」


「そうか」



短く答え、また黙ってタバコをふかすダンタール。


ミリアもしばらく付き合って夜空を見上げていたが、再び口を開く。




「放っておいていいんですか?通話の相手、想像はつきますよね」


「リディアーナにはリディアーナなりの考えがある。個人の事情においそれと首を突っ込むものじゃない」


「冷たいですね。先輩がどうなってもいいって言うんですか?」


「そういう訳じゃない。ラグは信の置ける奴だ。今時の貴族には珍しい。だから、何かあったら助ける。その方が、俺も生きて帰れる可能性が高い」


「なら、リディアーナさんを放っておくのは良くないと思いますけど」


「リディアーナがどういう行動を取って、その結果ラグがどう思うかは、俺の干渉すべきことじゃない。あいつらが自分で決めることだ。俺が手を貸すのは最後、自分達でどうすべきなのか結論を出したあとだ」


「……なら、ダンタールさんは先輩の味方、ってことでいいんしょうか」


「……そうだな。裏でコソコソしている人間よりは、真っ直ぐに生きている人間に味方したくなるのが人情というものだろう。少なくともラグは、真っ直ぐに生きている人間だ」


「嫌ですねダンタールさん、それだと私が真っ直ぐに生きていないみたいに聞こえちゃいますよ」


「そう言ったつもりだが」



和やかだった空気に、僅かな緊迫感が混ざる。


ともに夜空を見上げながら、意識はお互いを注視していた。



「こんな素直で可愛い後輩を捕まえて、酷い言いようですね。私悲しいです」


「妥当な評価だと思うがな。そもそも、ここにいるのが不自然だ。俺とリディアーナならともかく、いくらヘールバズでも、アランの妹と言うだけで、学年も違う実習先にそいつを無理矢理ねじ込むという手間をかけるはずがない」


「…………………………」


「お前、何を考えてる?」


そこで、ダンタールがミリアへと顔を向けた。


しばらく、ミリアは黙って夜空を見上げていたが、やがてダンタールへと向き直り――――ニッコリと、花の咲くような笑顔で微笑んだ。



「別に何も。ただ、先輩を近くで見てみたい、そう思っただけです」



天真爛漫としか表現できない笑顔をみて、ダンタールはミリアへの警戒心を一層強くするのだった。

























「……寝起き一発目で見る顔がお前じゃ、気持ちいい朝とはいかねえな」


「まだ夜だしね。せっかく無事に生き返らせてあげたんだから大目にみてよ」


「やーれやれ、男に言われても嬉しくねえんだよなぁ。なんで男に召喚されたんだよオレは」


「それでさ、スルト」



スルトのぼやきを遮るように声をかけるラグ。


スルトでも茶化せないような真剣さがその声には滲んでいた。



「あの場所で叫んだこと、覚えてるよね?」


「………………」


「スルトから話してくれるまで無理強いはしないつもりだったけど、天使様まで出てきたら流石に見過ごせない。話してもらうよ、思い出したこと全て」



誤魔化しを許さないラグの真剣な目を真っ向から受け、スルトは沈黙する。


夜はまだ明けそうになかった。

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