天使
「準備は整ったみたいだな」
襲撃の翌日。
ラグたちとガウディ、アーヒンは街の南にある森の前に集まっていた。
「手間をとらせちまってすまねえな。レゼンウッドの嬢ちゃんを疑う訳じゃねえが、一応自分の目でも確認しときたくてよ」
「いえ、当然ですわ。念を入れておくにこしたことはありませんもの」
「街の恩人にこんな雑用まで任せるなんて。人使いが荒いわね、おじいちゃん」
「そ、そう言うなよアーヒン~。俺一人じゃアンデッド相手にするの厳しいんだよ~」
「ふん、なっさけない。退役したとはいえ軍人でしょ」
実際に情けない声で孫に泣き言をいうガウディと取りつく島もないアーヒン。
どうやらアーヒンは魔法使いに対して辛辣というわけではなく、素でこの性格のようだ。
「アーヒンもついてくるの? 危ないと思うけど……」
「あたしの町をメチャクチャにした奴等に一発お返ししてやりたいの。文句ある?」
「……いえ、ありません…………」
そしてラグはキツい性格の女の子は苦手であった。
「それで、ガウディさん。具体的に何を調べるんですか?」
「ああ、実はこの森の中に昔使われてた集団墓地があってな。俺がまだ若い頃に使われなくなったんだが、今回のアンデッドたちは恐らくそこの死体だろう。なんでアンデッドになっちまったのかってのと、まだアンデッドやそれになりかけの死体が残ってねえか確認しときたくてな」
「なるほど。確かに何故アンデッドになってしまったのかは調べておかないと危険かもしれませんね」
「悪いなぁ。この年になると、どうもそういうのが気にかかっちまってよ」
「いえ、リディアーナも言いましたが、用心してしすぎるということはありません」
「ありがとよ。これが終わったら、責任を持って俺がお前らを『ロストエデン前線基地』まで連れてってやるからよ」
「はい、ありがとうございます」
基地の名前が出た途端にラグ、ダンタール、リディアーナの三人は顔を曇らせたが、ミリアだけが微笑みながらお礼の言葉を返す。
元軍人だけあって事情は理解しているのか、ガウディも何ともいえない表情を浮かべたが、すぐに明るい声で打ち消す。
「んじゃ、ちゃちゃっと片付けて帰るとするかい!」
そう言うガウディに連れられ、ラグたちは森にはいる。
一刻もしないうちに、大量の足跡に踏み荒らされ、獣道のようになっている地面が現れた。
そして、そのすぐ先に件の集団墓地があったの、だが。
「…………こいつぁ………………」
「……なるほど。こういうことでしたのね」
「これなら、アンデッド化するのも無理はないね」
「ええ。むしろ今まで気づかなかったのが不思議なくらいです」
「本来は軍が早期に見つけて対処するはずなんだが……この地域の担当者の怠慢だな」
「え? え? ちょっと、あんたたちだけで納得してないで私にも教えなさいよ。普通の墓地にしか見えないんだけど?」
自分以外が皆納得したような反応をしているなか、何が問題なのかわからない一般人のアーヒンが他の人に食って掛かる。
代表してリディアーナがアーヒンに説明する。
「一見すれば普通の墓地に見えるでしょうが、魔力を扱う者からすればとても普通とは言えませんわ。一言で言えば、ここは吹きだまりですわね」
「吹きだまり?」
「はい。たまにあるんですよ、こういう風に負の気や魔力が溜まってしまう土地が。人間の負の感情がいろんな場所から流れてきて、集まって、澱んでしまうんです。墓地とかはその性質上そうなりやすいので、軍やその土地を治める貴族が定期的に調査したりするものなんですが……」
「……どうやら、軍の人間が調査を怠ったようだ。軽い瘴気と呼べるほどにまで澱んでしまっている」
アーヒン以外の全員が苦い表情で墓地を見る。
ガウディは、足元に落ちていた白骨を見ながらため息をついた。
「こりゃあ、ああなっちまったのも納得だなぁ。むしろあの程度の被害で済んだのは御の字だ。不幸中の幸いは。肉体が朽ち果てた死体は甦らなかったってことか。もしここに残ってる死体がみんなスケルトンになってやがったらマジで街は壊滅してたぞ」
と、そこでガウディが何かを思い出したかのようにある方向を見た。
釣られるようにしてその場の全員がその方向へと目を向ける。
「…………オイ、ナゼ オレノホウヲ ミルンダ」
「いやぁ……実はお前さんもここにいたんじゃねえかなぁってよ……」
「ナンダトォ!?」
「どうどう、落ち着いてスルト」
相変わらず挑発の類いに弱いスルトである。
「でも、瘴気だかなんだか知らないけどどうするのよ。放っといたらまずいんでしょ?」
「そうだなぁ……この墓地にどんくらい死体が残ってるかはわからねえが、このままだとまた動き出しちまうかもしれねえし」
「そんなことになったら今度こそドルテアは終わりじゃない!」
「そうですわね……。早急に軍に連絡するとして、当場を凌ぐための結界などは必要ですわ」
「結界ですか……皆さん、結界魔法の適性がある方は?」
「僕は無理だね」
「同じく」
「俺は人並みには使える」
「私もそこまで適性は高くないですが、使えますわ」
「私も少々かじった程度ですが一応使えます。三人いれば浄化されるまで進行を止める程度の結界なら張れますよね?」
「ああ、おそらくな。残りの死体が魔物化するならば、その兆候が出ているはずだ。進行を止めるだけの結界で問題ないだろう」
「なら解決ですわね。早速取りかかりましょう。ガウディ様、基点を作るのに良さそうな場所はありまして?」
「まぁ、いくつか思い付く場所はあるな」
四人が話し合い、トントン拍子に話はまとまっていく。
その横で話に入れずに手持ちぶさたにしているのはラグとアーヒン、そもそも話に入る気もないスルトだ。
「あの……僕は何を?」
「役立たずは引っ込んでてくださいませ」
「ぐふっ」
「まあまあ。先輩、よろしければ周辺を調べてきてくれませんか? アンデッドが発生した原因はわかりましたが、まだ腑に落ちない点がいくつかありますので」
「そうだな。アンデッドになってしまったのは仕方ないにしても、自我のないそれらが揃いも揃って街に襲撃をかけたのは不可解だ」
「うーん、確かに。生まれたてのアンデッドが、自発的に集団行動を起こすなんて聞いたことないよね。わかった、調べてくるよ」
「ならアーヒン、坊主を案内してやれ。お前はここらへんに詳しいだろ」
「えぇ!? なんであたしが!」
「暇してるだろうが」
「全く、ホントに人使いが荒いわねおじいちゃん!」
雑用を押し付けられたと感じたのか、アーヒンはご立腹のようだ。
その彼女と行動をともにしなければならないラグの気持ちは急転直下である。
「『あー……おい落ちこぼれ、俺もついてかなきゃダメか?』」
「『え? それはもちろん。僕だけじゃ何かあった時にアーヒンを守りながら戦えないし』」
「『まーそうだよな。そうなんだがなぁ……』」
「『何かあるの?』」
「『いやぁ、俺の勘が行かない方がいいって囁いててな……。つまり何となく行きたくない』」
「『えぇ……なにそれ……。わがまま言わないでついてきてよ……』」
「『かわいこちゃんの命がかかってなかったらゼッテー行かないんだがなぁ……』」
「先輩」
スルトと念話で会話をしていると、結界の準備をしていたミリアがいつの間にか近くまで来ていた。
「ん? なに?」
「お怪我をなさってるんですから、無理はしないでくださいね」
「はは、大丈夫だよ。何かあったらミリアたちを呼ぶから」
「お願いしますね」
そう言って、ミリアはまたニコリと微笑むのだった。
「まーったく、鼻の下デレデレと伸ばしちゃって。これだから男ってのは」
気になってた場所がある、と言うアーヒンについて歩くこと数分。
それまで不機嫌そうに黙っていたアーヒンが唐突に口を開いた。
「え? な、なにが?」
「さっきの、ミリアって人に話しかけられた時。確かに可愛い子だけどさー」
「アア、アレナ。アリャア、マサシク テンシノ エガオダゼ、ウン。コイニ コイスル オトメノカオダ」
「……なんか骨に同意されるのも変な感じだけど、そういうことよ。ちょっと顔がいいからって調子のってんじゃないわよ」
「ソーダソーダ。カオガ スベテジャ ネエンダゾ。ナカミダヨ、ナカミ」
「えぇ……? いや、そんなこと言われても……」
確かに、ミリアはすれ違う人が皆振り返ると言っても過言ではない美少女だ。
その彼女に笑いかけられて嬉しくない男はいないとは思う、が。
「…………そんなんじゃないよ。あれは、もっと別の……」
ミリアの笑顔を思い出し――――恋する乙女の笑顔などではないとラグは否定する。
だが、その反応は二人のお気に召さなかったようだ。
「アアン? ベツニ ボクハ カオモ ヨクナイシ、モテタリモ シマセンッテカ? カーッ!! コレダカラ イケメンサマッテノハヨォ!」
「あーやだやだ。下心を見透かされたからって、もっともらしく取り繕おうなんて。これだから男は」
「…………はぁ」
これまで、同年代の人間とあまり話す機会のなかったラグでもわかる。
こういう手合いは何を言っても無駄だ。
早く目的地につかないかと二人の話を聞き流そうと決めた時、ラグはわずかな違和感を感じ取った。
「(…………なんだ?)」
何かがおかしい。
森が静かだ。
静かすぎる。
先程まで空間の澱んでいた墓地にいたから、ここら一帯の空気が澄んでいるように感じていたが、違う。
【澄みすぎている】。
墓地とは正反対、まるで聖地や神殿にいるかのような、そんな清浄すぎる空気。
それが、森の営みすらも遠ざけてしまっている。
ラグの表情が真剣なものに変わったことに気付き、アーヒンが口をつぐむ。
「オレダッテ ニクタイガアレバ ホントハモテモテ…………ン?」
スルトは気にせず話続けていたが、同じく何かに気づいたのか、怪訝そうな声を出して辺りを見渡し始めた。
「『おい落ちこぼれ。こりゃなんだ?』」
「『わからない。ただ、間違いなく言えるのは……』」
「『ああ。なんにせよ、魔物の仕業じゃねえな。むしろ反対だ。こりゃ魔物からしたら、イヤーな空気だ。なんつーか、体がピリピリする』」
「『やっぱりそうか……。だとしたら、これは魔物除けの結界? それにしては魔力を感じないというか、その……』」
「『人為的って感じはしねえな。まるで【この空間そのものが魔物を排斥しようとしている】って感じだ』」
「『……なるほど。スルトがそう感じるのならそうなんだろうね』」
「『どうすんだよ。こんな場所に魔物なんか間違いなくいねえだろうし、俺としちゃあさっさと帰りたいんだが』」
「『いや、進もう。街を襲ったアンデッドたちは、たぶん本能的にこの場所から逃れようとして移動したんだ。そして、その先に運悪く街があった。正解かどうかはわからないけど、何故こんな場所が生まれたかは調べないと』」
「『墓地みたいに吹きだまり?ってのになっちまったんじゃねえのか?』」
「『いや、それはないよ。負の感情は吹きだまりになりやすいけど、正の感情は負の感情と比べるとすぐ霧散する。それに、総量が違うしね』」
人間は、親愛や感謝よりも嫉妬や憎悪を抱きやすい生き物だから――――。
そんなことをラグとスルトが念話で話していると、焦れたアーヒンが口を開いた。
「もう、なんなのよラグ。急に真面目な顔をして骨と一緒に黙りこくっちゃって。なんかあったの?」
「ん、いやちょっと気になることがね」
「気になることってなんなの……っと、話してる間に着いたわね。ここよ」
そう言ってアーヒンが顎をしゃくる。
そこは遺跡と呼ぶのも躊躇われるような、小さな建造物の跡地だった。
石の柱らしきものの残骸と、人が一人入れるかどうかといった大きさの祠がひとつあるきりで、他にはなにもない。
「あの祠も開かないし見た通りなんにもないんだけど、妙に気になるのよねー、ここ。 どう?なんか関係ありそう?」
「……………………」
「アーア……ダカラ イヤダッテ イッタンダ……」
難しい顔をして再び押し黙るラグと、ぼやくスルト。
あからさまな反応に、上機嫌になるアーヒン。
「あ、ビンゴね? ビンゴなのね!? ふふん、ほーらみなさい。このアーヒン様に間違いはないのよ!」
「……うん、そうだね。流石だよアーヒン。一つ聞きたいんだけど、ガウディさんはここについて知ってるの?」
「ええ、知ってるわよ。ここは動物たちが集まるいい場所だって」
「…………だとすると、こうなったのは最近ってことか……。ありがとう、アーヒン。ここまで案内してくれたら充分だ。悪いんだけど、来た道を戻って、結界を張り終わり次第みんなを呼んできてもらえるかな」
明るい声でご満悦のアーヒンに対し、至極真面目な声音で応じるラグ。
アーヒンも、真剣味を増した顔でラグに向き直る。
「……なんかヤバイの?」
「いや、危険は全くないよ。断言できる。みんなを呼んできて欲しいのは別の理由だよ」
真剣なラグの様子に、何かを察したらしいアーヒンは素直に頷く。
「……よくわかんないけど、ラグが呼んでるって伝えればいいのよね?」
「うん、頼むよ」
「任せなさい」
ごねることなく素直に引き受け、アーヒンはすぐに駆け出していった。
「『俺も帰っていいか?』」
「『ダメ』」
「『はぁ……めんどくせぇ……。なんで女の子もいねえのに、こんな居心地の悪いところに居座らなきゃいけねえんだよ……』」
「『まぁ、ここまでいくと、魔物のスルトにとっては居心地が悪いなんてものじゃないだろうね……』」
この異常な空気は、明らかにこの遺跡が原因だった。
遺跡の敷地に一歩足を踏み入れた途端、ラグとスルトはそれを感じ取った。
言うなれば、ここは墓地の吹きだまりの対極。
在るだけで周囲を清める聖なる土地。
もはや、魔物のスルトには焼けた鉄板の上を歩いているようなものだ。
「『ここまでの異常を軍が気付いてなかったとは考えにくい。おそらく、ここがこうなったのは最近のことだろうけど……原因はなんだろう。【大崩界】以前の時代の遺物が何かの拍子に動き出したのかな?』」
【大崩界】時には、多くの文明が失われた。
なので、その以前の時代にはオーバーテクノロジーとも呼べる物品や魔法具があり、ときたまこのような遺跡で発見されることもあるのだ。
「『んなこたーどうでもいい。どうすんだよ。なにもしねえなら俺は帰るぞ』」
「『ごめんごめん、でも我慢してよ。僕一人じゃ調べられない場所とかあるかもしれないし……とりあえず、あの祠だね。開くか試してみよう』」
「『へいへい。まぁ俺も気になるからいいけどよ、本格的にキツくなったら戻るぞ』」
「『わかった。無理はしなくていいよ』」
そう話しながら、ラグが祠の扉の左側に手をつき、スルトが右側へ手をかける。
異変は唐突だった。
「えっ?」
「オオ!? ナンゾナンゾ!?」
扉の表面がツルリと光ったかと思うと、ゆっくりと地面へと沈み始めた。
二人が唖然と見守るなか、扉は完全に地中へと没し、まるで扉などなかったかように跡形もなく消え去ってしまった。
「『おいおい……もしかしてお前、勇者の末裔かなんかなのか? 落ちこぼれが高貴な血筋って、確かにありがちな設定だけどよぉ』」
「『……何の話かわからないけど、ごく普通の貴族であることは確かだね』」
先ほど、アーヒンはこの扉は開かないと言っていた。
なるほど、確かに地面に沈む扉だったのなら開きようもないが、これはそんなトンチのきいた話でもないだろう。
「(あてが外れたな……。扉が開かないと思って、リディアーナを呼びに行ってもらったんだけど。彼女の探査魔法なら、祠の中にあるのが何かの遺物なのか、それとも――――)」
――――地下へと続く階段なのか、わかると思ったんだけど。
どうやら後者だったようだと、ラグは内心独りごちた。
地面に吸い込まれた扉の先には、地下へと伸びる階段が続いていた。
先は真っ暗でなにも見えず、相当深いことが窺える。
「『階段……ねぇ。まーた面倒そうなもんが出てきたな』」
「『ある程度予想はしてたけど、ね』」
ここまでの聖地を作り出すとあらば、その原因となるモノも相応の代物であるのは間違いない。
であるならば、このように地表に露出している祠に保管されているとも考えづらい。
その気になれば、祠の中を調べることも破壊して取り出すこともできるのだから。
なので、ラグはもともと地下の存在を予想していた。してはいたのだが。
「……流石に、扉の方がひとりでに開くのは予想外だよね……」
「『どうすんだよ。いくらなんでも、これは気味が悪いぞ』」
「まぁ……それはそうだけど。でも、魔物はいないだろうし、危険はないなら僕達だけでも探索できるんじゃないかな」
「『そりゃあ、こんな毒の沼地みてえな場所に住むような物好きな魔物もいないだろうけどよ……』」
「とりあえず入ってみよう。何かあったらすぐ引き返せばいいさ」
ため息をついて口を閉ざすスルト。
諦めたのだろう。
自分だけでも引き返すと言わないのは、やはりこの場所がこうなったことに興味があるからか。
そういえば、スルトは研究者だったかもしれないってことを前に言っていたな、などと思い出しながらラグはスルトを伴い階段を降りていった。
「これは……予想以上、だね」
「『関係ないが、痛覚がないはずなのに全身がピリピリするってどうなってんだよ……』」
階段を降りきった先は、大きな広間になっていた。
天井は見上げるほど高く、左右に均等に並んだ巨大な柱が立ち並び、見るものを圧倒させた。
壁には目立たないように控えめな、それでいて精緻な紋様が施され、一種の厳かさを醸し出している。
正面には人が余裕ですれ違えるほどの大きさの扉があり、左右の壁にも幾つか小さな扉が散見された。
「やっぱり、ここは【大崩界】以前の建築物みたいだね。見たところ神殿、かな」
「『あーはい神殿ね。どうりで居心地が悪いわけだ。神様なんて魔物にとっちゃ天敵どころの話じゃないからな』」
「ここまで完全な形で残っている遺跡なんて見たことがないよ。これは凄い発見かもしれないね……」
そう言うラグの声は、しかし明るく弾んではいない。
どこか薄ら寒いものを感じていたからだ。
突如聖地と化した遺跡。不自然に放置されていた吹きだまり。そして、ラグたちが街を訪れたタイミングでの魔物の襲撃。
これは本当に偶然なのだろうか。
あまりにも、出来すぎてはいないか。
「『はぁ、んじゃ手分けしてさっさと原因とやらを見つけるとするか。あのいかにも何かありますって言わんばかりの正面の扉は任せた』」
物思いに耽るラグをよそに、スルトはさっさと扉の一つを開けて中に入っていってしまった。
ラグも深みに嵌まりかけた妄想を頭を振って振り払い、正面の扉へと近づく。
大きな扉だ。高さは軽くラグの身長の倍以上あるだろう。
「これ僕だけで開けられるかな……」
試しに力を込めて押してみる。
すると、意外なほどすんなりと扉は開いた。
「あれ、意外と簡単だっ、た………………な…………………………」
ドクン、と。
心臓が跳ねた。
そこは、質素な部屋だった。
部屋の中央が高くなっており、そこに祭壇のようなものが据えられている。
そして、その祭壇の上に。
一人の女性が、横たわっていた。
「……………………………………………………」
無言で祭壇を、その上に横たわる女性を見つめる。
喉が渇く。
カラカラに渇いたのどを、ラグは知覚していただろうか。
それすらもわからないまま、ラグの視線は女性に縫い止められていた。
ここにいてはいけない。
今すぐ逃げ出せ。
【アレは、出会ってはいけないモノだ】。
そう、本能が警告するが、ラグは指一本たりとも動かせない。
ラグは、その女性に見覚えがあった。
いつ見たかも覚えてはいない。
だが、確かに見た。
そう、あれは確か、降りしきる雨の中――――――――。
意識と体が別々に存在するかのような感覚に襲われているラグの視線の先、横たわっていた女性がふいに目を開く。
「――――――――――――」
言葉を発することもなく起き上がり、頭の上に【光輪】を浮かべた女性は感情の籠らぬ視線をラグに向け。
――――その背に纏った純白の翼を、ゆっくりと開いた。




