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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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笑顔

「がーはっはっはっは!! いやぁ愉快愉快!! ほら、お前さんも飲め飲め!!」


「あ、ありがとうございます」


魔物の大群の襲撃を退けた日の夜。


火災などの後始末が終わったあと、ドルテアの町では教会で宴会が開かれていた。


「一時はどうなることかと思ったが、まさか誰一人死人を出すことなく切り抜けられるとは! これが飲まずにいられようか!」


ラグの目の前で大ジョッキになみなみと注がれた酒を一気に飲みほすガウディ。


かれこれ数時間は飲み続けているが、潰れる様子は全くない。


むしろ酒気にあてられたラグの方が酔っぱらってしまいそうだった。


「死人がいなかったのは本当に良かったです。僕は何もできませんでしたけどね」


「何を言ってる坊主! お前がこなけりゃ何匹かは教会の中に入り込んでいたかもしれねえ! アーヒンまで助け出してもらっちまって、お前さんには頭が上がらねえってもんよ!」


アーヒンは逃げている時に怪我をしていたようで、今は別室で手当てを受けて休んでいる。


アーヒンと再開した時のガウディの喜びようはそれはすごかった。


がははは、と豪快に笑いながら空になったジョッキにまた酒を満たすガウディ。


その様子は心の底から嬉しそうであった。


「あはは……そう言って貰えるとありがたいんですけどね。やっぱりミリアやダンタールみたいに状況を打開する力はありませんから」


そう自虐気味に言って件の二人を見る。


ミリアもダンタールも他の町人たちから歓待を受けていて、多少戸惑っているように見えた。


「お前さんたちは学園の生徒って話だったな。やっぱ貴族様ってのは下々の民と酒を飲んだりしねえのかい?」


「ミリアやダンタールは、そうでしょうね。二人とも名門の貴族ですから。僕は父に連れられてよく領民と話したりはしていたので、そうでもありませんが」


「へぇ、高慢ちきな貴族にしちゃあ珍しいな。俺が軍に居たときも、そんな奴はそうそういなかった」


「ガウディさんは、やはり退役軍人なのですか?」


「おうともよ。若い頃はデュエリスト部隊で八面六臂の大活躍って寸法よ」


「デュエリスト部隊……そんなにすごい方だったとは」


デュエリスト部隊は人間の犯罪者などを取り締まるための対人特化の戦闘部隊だ。


凶悪な魔法使いの犯罪者などもいるため、軍の中でも精鋭揃いであるとして有名である。


「がはは、貴族様に凄いと言ってもらえるなんて光栄だが、俺は身体強化くらいしか魔法の適性がなかったもんで万年ヒラ隊員よ。魔法も使えないこそ泥や一般人に毛が生えたみたいなチンケな魔法使いしか相手にしちゃいねえよ」


ガウディはそう言って三度酒をあおるが、デュエリスト部隊は空き巣などの軽犯罪程度では出動しない。


ラグが知っている範囲でも、一番簡単な任務ですら大規模な盗賊団や犯罪集団の制圧などの危険な任務のはずだ。


謙遜しているが、こと対人戦闘に関してはガウディはブロフェッショナルである。


物理攻撃の効かないリビングデッドには苦戦していたが、もしそうでなければラグたちが加勢するまでもなくガウディ一人でこの町を守り抜けていただろう。


ガウディが所属していたのはそう判断できるほどの部隊なのだ。


「しかしあれだな、町が襲われたタイミングでお前さんたちが都合よく町に訪れるなんてな。そもそもお前さんたちは何しにこの町に来たんだ」


「……僕たちは…………」


ガウディの言葉に自分の行く末を思いだし、ラグの口が重くなったその時だった。


「た、大変だぁ!! ま、魔物の生き残りが出たぞぉ!!」


「あんだとぉ!?」


「ガウディさん、ここは僕たちが」


そう言ってラグが立ち上がった時には、既にダンタールとミリアの姿はなかった。


ラグも二人の後を追って教会から飛び出す。


だが、すぐに教会の前に集まっている町人たちとその側で突っ立っている二人を見つけた。


「二人ともどうしたの?」


「いや、その……」


ミリアがどうしていいのかわからないと言った様子でオロオロとラグと町人たちを交互に見やり、ダンタールは黙って町人たちの方を指さす。



何事かとラグが町人たちを掻き分け、その中心を覗きこむと。




「オイコラ、ヤメロ! オレハ テキジャネェ!」


「うそつけ! さっきのやつらのなかまだろ!」


「このまちはぼくたちがまもるんだ!」


「ナニヲ ワケノワカラナイ コトヲ…………オイバカヤメロ!! ソコハ……アーッ!!」




町の子供たちにボコボコにされているスルトがいた。






































「ほおー、それが従魔ってやつか。話には聞いてたが、この目で見るとまた驚きだな」


「マッタク、コッチガ テダシデキナイノヲ イイコトニ ナンテガキドモダ」


町人たちに事情を説明して、スルトが町の中に入ることを許可してもらったあと、ラグたちは場所をガウディの家に移した。


火災の被害はないものの、家の中は荒らされていた。


だが、魔物のスルトに怯える町人たちを考えると教会に留まることはできなかった。


「魔物を従えるなんて、あんたもしかして犯罪者かなんかなの?」


ガウディの家には治療を終えたアーヒンも戻ってきていた。


他の町人と違い、魔物のスルトにも怯える様子はなく、ずいぶんと肝の据わった女の子だと内心ラグは思った。


「いや、召喚術は由緒正しい魔法だよ。召喚士で軍で活躍する人もいるんだ」


「こらアーヒン。町の恩人になんて言いぐさだ」


「ふん」


不機嫌そうにそっぽを向くアーヒン。


どうやら魔法使い嫌いというのは本当のようだ。


「ただいま戻りましたわ」


「あ、リディアーナ。どこに行ってたの?」


リディアーナもスルトと共に町へとやってきていたはずだが、スルトのことを町人へ説明している間に姿が見えなくなっていた。


「ダンタールさんに頼まれて周辺に魔物の残党がいないか調べてきましたの。結果は問題なし、ですわ。念のために他の町への街道周辺も調べましたが、特にこれといった脅威はなさそうですわね」


こともなげにそう言うリディアーナだったが、ラグはそれに対して驚きを返す。


「え? 街道まで調べたの?」


「当然ですわ。万が一見落としがあってはいけませんもの」


「いやそうじゃなくて、この短時間で?」


「あぁ……そういえば、貴方は貴族について疎いんでしたわね」


「うっ」


何も言葉を返せないラグであった。


実際、ラグは自分の力を磨くのに精一杯で、他の貴族の詳細や力関係についての知識はほとんどないのだった。


「レゼンウッド家は先祖代々支援魔法を得意とする家系ですの。特に探査魔術はレゼンウッド家の右に出るものはいませんわ」


「軍の中では、任務に失敗したくなければ斥候部隊には必ずレゼンウッド家の人間を入れろと言われているほどだからな」


「あぁ~嬢ちゃんレゼンウッド家の人間なのか。あそこの当主様には現役ん時にはずいぶん世話になったもんだ。何十キロ先にどんな魔法を使うやつが何人くらいいる、とか初めて聞いたときにゃ耳を疑ったね。俺には意識を集中して数百メートル先の魔力を関知するのが精々だってのによ」


「へぇ~……」


やはりリディアーナも超一流の貴族なのだということを再認識するラグ。


「それで、あんたたちはなんでドルテアに来たのよ。こんな辺鄙な町に来る用事なんて普通はないでしょ」


「おおそうだったそうだった。それを聞こうと思っていたんだ」


「それは……」


思わずダンタールたちと顔を見合わせるラグ。


だが、ミリアだけがなんの躊躇いもなく話し出した。


「ああ、それはですね……」


そのまま説明を始めるミリア。


ラグは、そんなミリアの姿に、学園を出発して以来時折感じる薄ら寒さを再び覚えていた。


ダンタールとリディアーナを見る。


二人とも特に表情を変えてはいなかったが、どこか隔意を感じさせる視線をミリアに向けていた。


「(ミリア。君は、出発してからずっと皆に笑顔を振り撒いてムードメーカーになってくれている。おかげでギスギスしがちな空気がいくぶんか和らいでる。僕だって沈みがちな気分がだいぶ持ち直した)」


そう、それは事実だ。


ミリアが三人の間に入っているからこの四人は上手く回っているのは間違いない。


間違いない、のだが。


「(でも、その笑顔が、僕はとても怖いよ)」


そう、いつもミリアの浮かべている天真爛漫な笑顔。


最初は目が笑っていないと不気味に思っていたが、どうやら本心からの笑顔だとわかってからはそこは気にならなくなった。


今、ラグが、いやダンタールたちを含めた三人全員がどうしても理解できない部分はそこではない。


「(ミリア。君は、僕が木に激突しそうになった時も、リビングデッドに殺されそうになった時も、助けてくれた。僕の体を、気遣ってくれた。心配そうな表情を浮かべて、でも最後には笑って、元気づけてくれた)」


言葉にしてみれば、心の優しい少女なのだとしか思えない。


だが、それは普通の状況ならば、だ。


今、ラグたちの置かれている状況では、意味合いは変わる。













「(ミリア。君は、なぜそんな笑顔で笑うことができるんだ? 僕たちは、死刑宣告を受けて刑場に向かう囚人も同然なのに)」















そう、ラグたちが不気味に思っているのは、ミリアが笑顔を浮かべていることそのもの。


裏がない、心からの笑顔だと思うからこそ、解せない。

















何故、彼女は。


恐怖のかけらもなく、自分達の目的地を語ることができるのか。


自分達は、言葉にするだけでも絶望に押し潰されそうなのに。


何故、彼女は。


死へと近づいていく旅路で、他人を気遣うことができるのか。


自分達は、己の感情すら抑えきれていないというのに。


何故、彼女は。


一切の影なく、心の底から笑うことができるのか。



















ラグは、にこやかな笑顔を浮かべながら説明を続けるミリアを、黙って見つめていることしかできなかった。

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