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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
25/46

襲撃

「はぁっ……はぁっ……くっ……」


息が荒くなるのを自覚する。


ラグは今、ダンタールとミリアと共に凄まじい速さで山を駆け、町を目指していた。


一瞬前にははるかかなたに見えていた木が目の前に迫るのをすんでのところでかわすと、その瞬間には目の前に別の木が現れる。


馬の駆ける速度の倍以上の速さで走っている今、激突すればただではすまない。


全神経を総動員し、強化した動体視力と運動能力でその全てを避けていく。


消費を度外視した魔力の放出による超速度の移動。


本来、移動時に魔力の消費を考えないのは禁じ手だ。


爆発的な速度を出すための魔力放出は身体に多大な負担がかかるし、山の中とあらば木などに激突する危険も出てくる。


また、全身の著しい疲労により他の魔法を使うときに何かしらの不具合が出る可能性もある。


戦場や危機からの緊急離脱、もしくは緊急時に至急連絡を取らねばならない時など、最後の手段的な意味合いが強い。


そのあとに戦闘が想定される場合は使ってはならない、というのが定石である。


だが、ラグたちは敢えて強行することを選んだ。


理由は二つ。


一つは、町の状況が切迫している可能性があること。


まだ町まで相当な距離があったキャンプ地点からでも煙が確認できたということは、間違いなく町全体を巻き込んだ火災が起きている。


そこまでの規模となると、ただの火災というのは考えにくい。


魔物の襲撃などの要因が絡んでいることはまず間違いない。


つまり、一刻も早く状況を確認する必要がある。



二つ目は、ラグたちの適性の問題だった。


魔力の放出による超速移動には体の頑健さ、魔力の放出の衝撃に耐えうる体幹、大量の魔力を放出することができる供給路などの適性が必要になってくる。


後衛型のリディアーナ、魔力を扱えないスルトは仕方がないにしても、他の三人も適性があるとは限らない。


だが、ダンタールとミリアは名門貴族の生まれ。


当然、有事に備えて超速移動のための訓練を積んでいる。


全ての条件を素の状態でクリアしているダンタールはもちろん、ミリアも体の頑健さなどの足りない部分を補うための術式を施してあるらしい。


そしてラグは供給路以外の条件は満たしておらず訓練も積んでいないが、活性魔法という無二の武器がある。


活性魔法は適性を持っている者がほとんどいない珍しい属性の魔法で、その特性も『身体機能の活性』という、普通の強化系の魔法と被っているため研究もあまり進んでいない。


だが、活性魔法は強化魔法と併用できる、という強みもある。


本来ならば超速移動に耐えうるだけの適性を持っていないはずのラグは、この活性魔法を使うことによってギリギリではあるが超速移動に耐えるだけの適性を得ることができるのだ。






町の状況がかなり悪いものであった場合、誰か一人が駆けつけたところで状況を好転させるだけのことはできないかもしれないが、四人のうち三人が駆けつけることができるならば大抵のことはなんとかできるはずである。


ゆえに、ラグたちは事態の緊急性の確認のために最低でも山頂までは超速移動を行うという決断を下したのだ。




「先輩!!」


ミリアの声にはっとする。


わずかに一瞬だけ、だがその一瞬ラグの集中が途切れるのを待っていたかのように、目の前に一際太い木が現れていた。


「しまっ……!?」


慌てて体を捻るが避けきれず、左肩をしたたかに打ち付ける。


完全にバランスを崩し猛スピードで体を投げ出されたラグの目前に別の木が迫る。


「くっ……!!」


覚悟を決めて衝撃に備える。


だが、いつまでたっても衝撃は来なかった。


代わりに、ふわりと体を包み込む柔らかな感覚。


「大丈夫ですか、先輩?」


気がつくと、目の前には心配そうなミリアの顔。


どうやら、間一髪のところでミリアに助けられたらしい。


「あ、ありがとう。ごめん、迷惑かけて」


女の子特有の柔らかさや甘い匂いに若干顔を赤くして立ち上がり、頭を下げるラグ。


「いえ、大丈夫です。たいした訓練も受けずに私たちについてこられるだけでもすごいんですから」


ふんわりと微笑むミリアだったが、ラグはどうしてもその言葉に棘を感じてしまう。


あなたと私は違うのだから、と。


ミリアの口調は本当にラグを気遣うもののそれで、単にラグの劣等感がそう思わせているだけかもしれないが。


「大丈夫か、ラグ」


一緒に立ち止まったダンタールも声をかけてきた。


息も絶え絶えのラグや少し呼吸が乱れているミリアとも違い、全く平静といった様子のダンタールに地力の差のようなものを痛感する。


「うんごめん、大丈夫。急ごう」


そう言って体に力をこめるラグをダンタールが制した。


「いや、すぐそこが山頂だ。来てくれ」


ダンタールに促され、山頂へと登る。


そこからは山の麓にある町の様子が一望できた。


「これは…………」


「酷い、ですね」


ラグたちの目的地であったドルテアの町は、見るも無惨な姿に変貌していた。


そこかしこで家が燃え、原型を留めている建物の方が少ない。


町外れの放牧場とおぼしき場所には動物の死体が転がっていた。


そして、死の町と化したそこに蠢く、大量の影。


「……ラグ、奴らが何かわかるか」


屍食鬼グール…………いや生けるリビングデッド、かな。屍食鬼ならもっと酷いことになってるはずだ」


グールもリビングデッドも不死属に分類される魔物だが、その性質は大きく異なる。


リビングデッドは瘴気や呪いなどなんらかの原因で蘇ってしまったただの死体だが、グールは違う。


グールは誰かが明確な目的を持って造り出したものだ。


その性質は、感染。


グールに襲われた人間は傷口から呪いが入り込み、放っておけばグールへと変異してしまう。


ドルテアの町を徘徊する屍たちは相当な数だが、町の人間がグールになってしまっているにしては少なすぎた。


「リビングデッドか……。だとすると、ラグはあまり戦力にはならないだろうな」


そう断言するダンタール。


手厳しい言葉のようだが、事実である。


不死系の魔物はもともと物理的な攻撃の効果が薄い傾向にあり、リビングデッドなどの死体タイプは頭を吹き飛ばしても動き続けるため炎で燃やしたり凍らせて粉々にしたりなど、魔法で攻撃しなければ倒すのに骨が折れる。


幸い魔法全般に対する抵抗力は皆無なので初歩的な攻撃魔法だけでも使えれば問題はないのだが。


「身体強化と活性魔法しか使えない僕じゃ仕方ない、ね」


そう、ラグは身体強化と活性魔法しか適性がない。


召喚士としての才を考えれば活性魔法の適性があるだけでも幸運ではあるのだが、今この場では活性魔法は役には立たないのだ。


「リビングデッド相手なら広範囲の攻撃魔法で一気に殲滅した方が早い。その場合は前衛がいてはかえって邪魔になる。リビングデッドが町のいたるところを徘徊しているのを見ると、住人は避難したした後だろう。ここまで来てもらって悪いが、俺とミリアだけで行った方がいいだろうな」


淡々と事実のみを告げるダンタール。


ラグとしても下手に気遣われるよりはバッサリと言ってもらえた方が気が楽だった。


「そうですね……。見たところ数は七十といったところでしょうし、私たちだけでも充分だと思います。ごめんなさい、ラグ先輩。すぐ終わらせるのでちょっと待っててください」


「そうだな、あのくらいなら五分もあれば事足りる。ラグはここで移動の疲労を回復しつつ、町全体に気を配って何かあったら俺達に知らせてくれ」


申し訳なさそうな顔で頭を下げるミリアと、あくまで現状最も有効な人材の運用を提言するダンタール。


二人の性格が垣間見えたような気がしたラグは、かすかに笑いながら二人へと頷く。


「わかった、僕も少し休んでからもっと町全体が見渡せそうな場所に移動するよ。緊急時の連絡は音響弾でいいかな?」


「いや、俺の荷物に信号弾が入ってるからそれを使ってくれ。何か外的要因で危機が迫っていたら黄色、生存者を発見したら青、それ以外の緊急事態だと判断したら赤の信号弾を頼む。使い方はわかるか?」


「魔力を込めて飛ばしたい方向に意識を向けて投げればいいんだよね」


「ああ、その通りだ。今ある信号弾は高性能型だからある程度狙いをつければあとは勝手に滞空か着弾を判断してくれる。じゃあ頼んだぞ」


「あの程度の魔物に遅れは取りませんから、無理はせずに休んでいてくださいね、先輩」



そう言ってダンタールとミリアは山を駆け降りていった。


それを確認してラグは近くの木へともたれかかり呼吸を整える。


「やれやれ、無駄足だったかな……」


実際には魔物を殲滅したあとの救助活動など人手が必要なのでそんなことはないのだが、気負っていた分そう思ってしまうのも無理はなかった。


そんな風に気が抜けてしまったからだろうか、ふと既に姿の見えなくなった二人に思考が傾く。


「(ダンタールは見るからに軍人気質。移動中ずっとどこか諦めた感じの印象だったけど煙があがってからの言動は人が変わったかのようだったし、移動ルートや必要な物資の選定でも的確な判断を即座に下していた。ああいうのをスイッチが切り替わるって言うんだろうね。リディアーナと違って僕に恨みを抱いてる風でもなく普通に接してもらえるのはとてもありがたい。……普通に接してくれるって言えば、ミリアは……)」


初対面の時、全く目が笑っていない笑顔が印象的だったミリア。


最初はラグも恨まれているのだろうと身構えていたのだが、その実旅の道中では最もラグに親しくしてくれている。


とても明るい性格で細やかな気配りを見せてくれることも多いし、先ほどの申し訳なさそうな顔も嘘とは思えなかった。


実際、口数の少ないダンタールや険悪な雰囲気になりがちなラグとリディアーナが、なんとか集団としての形を保てているのは彼女が間を取り持ってムードメーカーの役割を果たしてくれているのが大きいだろう。


ラグも彼女の底抜けな明るさに影響されて、ともすればいつ折れてもおかしくない心がいくぶん持ち直していると思う。


だが、それでもラグはミリアに一抹の不安を感じずにはいられなかった。


「(相変わらず笑うときに目が笑っていないとは思うけれど、それは僕の勘違いかもしれないし、何か理由があるのかもしれない。少なくとも、僕に敵意があるならわざわざリディアーナとの仲裁を買って出たりはしないはずだ。でも、だとしても…………)」


そこまで考えた時、町の方が騒がしくなる。


見ると、町中のリビングデッドが全て一つの方向へ向かって動き出していた。


そして、山の近くにある町の入口あたりから聞こえる爆発音や破砕音。


建物に隠れて見えないが、ダンタールとミリアが戦闘を開始したのだろう。


「始まったか。僕も役割を果たさないと」


もたれかかっていた木から体を起こし、町へと目を凝らすラグ。


そうそう緊急事態など起こりようもないが、万一のこともある。


油断なく町の様子を観察していると、すぐにある異変に気がついた。


「おかしい……数が多すぎる……」


先ほどダンタールたちと町を俯瞰していた時よりも明らかに町中のリビングデッドが多い。


もしやリビングデッドではなくグールであったかとも考えたが、それではここからでもわかるほどに魔物の来ている衣類がボロボロ過ぎるし、町全体がもっと殺戮の痕跡にまみれているはずだ。


では何が原因かとしばらく観察し、魔物が現れる方向にバラつきがあることに気づいた。


ラグのいる場所から見て右奥の方から大量のリビングデッドが集まってきている。


「(いくら建物の中や影に死角があるといっても、あの数が隠れていたなんてことはないはず。考えられるとすれば、リビングデッドを引き付けるだけの何かがあって、そこに大量に集まっていた可能性くら、い、で……………………)」


そこまで考えた瞬間、ダンタールの荷物に飛び付く。


目当ての物を引っ張り出した次は、辺りを見渡して背の高い木を探す。


一際大きな木を見付けたラグは、超速移動の要領で魔力の放出を使って枝から枝へと飛び移り、木を登っていく。


「(迂闊だった……! 町に死体らしい死体がないってことは、住人が避難したか何処かに立てこもっているかのどっちかだ! リビングデッドが徘徊して町全体で火事が起こっていたから住人は避難したものと思い込んでいたけれど、そうじゃないとしたら……!)」


木を登りきり、さらに高い位置から町を見おろす。


すると、先ほどは手前の大きな倉庫のような建物に遮られて見えなかった光景が見えてきた。


女神の像が建てられた建物の周囲に、大量の魔物が群がっていたのだ。


既にダンタールたちの方へ向かった魔物たちと合わせると、最初に推測した数の三倍以上はいるだろう。




ダンタールたちはいくら雑魚が増えようとも問題がない。


ただ、倒すのにかかる時間が長くなるだけだ。


問題はその時間の方だった。



「くそっ、やっぱりか!」


魔物たちの群がる建物、教会の庭で隻腕の男が剣を振るっていた。


教会は塀に囲まれているのでまだ魔物たちは雪崩れ込んでいないが、正面の門は肉の圧力に負けて大きく歪み、隙間から数体の魔物が入り込んでいる。


隻腕の男が建物へと向かう魔物を食い止めようとしているが、魔法は使えないのか殺しきることは出来ていない。


男が囲まれて殺されるのは時間の問題で、それ以前に門が破壊されれば教会の扉などひとたまりもない。


自分の迂闊さに歯を噛みしめるラグ。


「せっかく間に合ったっていうのに……! あの量は僕、一人じゃ……!」


ダンタールたちが戦っているとおぼしき町の入口には教会と同じくらいの魔物が集まっており、今すぐラグが二人に知らせにいったとしても即座に教会へと向かうことは不可能だろう。


そして、入口を突破できるようになった頃には手遅れになっているかもしれない。


「……一人だからなんだっていうんだ。国民を見捨てて何が貴族だ、何が騎士だ! まだ、まだ間に合う!! 誰も死なせやしない!!!!」


そう吼えるとラグは教会の方角へ青と赤の信号弾をまとめて投擲し、町に向けて飛び出した。

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