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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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悪夢

「何をしている!! 早く行け!!」


鉄の臭いが鼻をつく。


狭い通路で片膝を付きながら、力の入らない体を動かそうと意志の力を総動員する。


それでも、ラグの体はよろめきながら立ち上がるのが精一杯だった。


「急げ!! 手遅れになるぞ!!」


目の前では一人の女性が剣を振るいながらラグへと檄を飛ばしていた。


その顔には見覚えがある。


「ここで斃れてどうする!! お前の死に場所はここではない!!」


通路の先から押し寄せる魔物を切り捨てながら、彼女はなおもラグを叱咤する。


常より荒い口調で怒号を発しながら、襲いくる魔物と戦う彼女は既に満身創痍である。


ラグはわかっていた。


後方に扉があり、それを施錠する鍵は自分が持っていることを。


そして、扉の向こうに行くのは自分一人であることを。


ラグは彼女へと何事かを叫び返す。


それを聞いた彼女は眉尻を吊り上げ、さらに大きな怒号を響かせた。


「今さら何を甘いことを言っている!! 私のことは構うな!! 仕えるべき主のいない世でのうのうと生き恥を晒すつもりはない!! だから早く――――」


疲労が限界を越えたのか。


はたまた、ラグが声をかけたせいで集中が乱れたのか。


剣の守りをすり抜けた鋭い爪が、彼女の胸に深々と突き刺さった。


「ぐ、ぶ……」


濁った呻きを漏らし、大量に吐血する。


直後、剣が閃き爪の持ち主の首は胴体と分かたれたが、彼女の胸からは鮮血が流れ出していた。


「い、け……振り返らずに、走、れ……!!」


それでも彼女はラグへ言葉を投げかけ続ける。


くぐもった声で、命の炎を燃やし尽くすかのように、叫ぶ。


「二度とこの世界を魔物の好きにさせてはならん!! 行けッッ!!」


ついにラグは弾かれたように走り出す。


剣戟の音が遠ざかるのを自覚しながら、無我夢中で走り続ける。


すぐに行き止まりにある扉へとたどり着いた。


震えて言うことを聞かない手で鍵を開け、中へ入る。


すぐさま扉を閉め、術式へと手をかける。


二度と開くことのないよう施されたそれを、扉の向こうの空間とこの空間を断絶させるための術式を――――起動した。


「かかってこい有象無象ども!! 貴様らを主のいる天には行かせぬ!! 私とともに地獄まで付き合ってもらおう!!」


術式が成る直前、扉の向こうから声が聞こえ――――何も聞こえなくなった。


彼女の最期の声を背中で聞き、ラグは声もなく崩れ落ちた。


また、死んでしまった。


何度経験しようとも慣れることはない、永遠の別れ。


時間がない。早く行け。


もう聞くことのない声が頭のなかで響き、ラグは足に力をいれる。


だが、ラグの意志に反してその体が動くことはなかった。


血に塗れた顔を涙が洗い流す。


また一人になってしまったラグは――――しばらく、立ち上がることも歩き出すこともできそうになかった。









































「……グ。おい、ラグ!」


名前を呼ばれてハッと目を覚ます。


固くなって痛む体をほぐしながら起き上がると、ラグを起こしたダンタールが少し心配そうに声をかけてきた。


「ずいぶんと、いや今まで見たこともない程うなされていたが、大丈夫か」


「………………うん、大丈夫。大丈夫、大丈夫」


自分に言い聞かせるように大丈夫と繰り返し、気を落ち着ける。


だが、早くなった鼓動はなかなか元には戻らず、大量に噴き出す汗は止まらなかった。


前回の夢よりも、はっきりと覚えている。


全てを投げ出してしまいたくなる深い絶望の余韻を感じながら、必死に心を落ち着かせる。


「(間違いなく……デュランだった……)」


いまだ鮮明に思い出せる夢の中の女性の顔を、現実世界で知る者に重ね合わせる。


「(夢、そう、夢だ。ただの夢、だよ、ね……)」


ただの夢、と割りきるには余りにも現実感の伴う夢。


それでも、ラグは自分にただの夢だと言い聞かせる。


振り払うように頭をあげたラグは周りを見渡す。


ここはテントの中だ。


テントと言ってもかなり広く、ラグたち四人の荷物を置いても軽く二十人以上は寝れるだけの広さがある。


これは、『この私が野宿などありえませんわ!』とどうしても引かなかったリディアーナが、輸送車から降りた町で大枚をはたいて買ったテントで、空間圧縮の魔法がかけられている。


原理はよくわからないが、外からだと1㎡くらいの大きさにしか見えないテントが中に入るとこれだけの広さがあるのだ。


リディアーナ曰くこれでも粗悪品でとても満足のいく代物ではないらしいのだが、ラグからすれば風雨を防げてゆっくりと足を伸ばして寝ることが出来るだけで充分だった。


リディアーナはラグにテントを使わせることを大層嫌がっていたが、ロストエデンが近くなって野生の魔物も出没しやすくなっているため、ダンタールと交代で見張りをすることを条件に使用を許可してくれた。


年頃の男女が同じ空間で寝ることは確かに問題があるかもしれないとラグも思ったのだが、無駄に体力を使うべきではないと主張したダンタールに押しきられた形だ。


寝息を立てる女子二人を起こさぬように声を潜めながらダンタールと話す。


「それで、どうしたのダンタール。魔物が出た?」


「いや、そうじゃない。言うよりも見た方が早い、来てくれ」


そう言って外へと出るダンタールの後へ続く。


外はまだ薄暗く、太陽も出ていなかった。


朝の澄んだ空気を吸い込みながら、ラグはダンタールに問う。


「……静かだね。何か問題が?」


「あっちだ。よく見てくれ」


ダンタールの指差す方向へと目を凝らす。


低めの山が見える以外には特に何もない……と思ったが、山の向こう側で細い煙が立ちのぼっているのに気付く。


かなり離れたこの距離から見えるということは、あの煙の根本の火はかなり大きな規模だ。


「ダンタール、あっちって……」


「ああ、俺たちが目指してるドルテアの町の方角だ」


そこでようやく、ラグはダンタールの言わんとしていることを理解した。


目測で煙との距離を測る。


「……魔力の消費を考えなければ、半日でつけるかな?」


「完全に後衛型のリディアーナを除けば、身体強化をフルに使って数時間といったところだろう。ただ、近接のできんリディアーナ一人を置いていくわけにもいかない」


「それならスルトを置いていくよ。スルトは身体強化を使えないから一緒には来れないし、もしリディアーナが魔物に襲われても不死のスルトが囮になれば逃げるのもそう難しくはない」


「……悪くはないか。あまり余裕のある状況でもないし、やむを得ないな」


「じゃあ僕はリディアーナ達を起こしてくるよ。ダンタールは最低限必要な物を準備しておいて」


「わかった」


必要な事だけを手短に話し、行動に移る。


ドルテアの町は農業を主な産業とするのどかな町だと聞く。


大量の煙を出すような産業はないはずだ。


とすると、あの煙が意味するのは。


最悪の想像を頭の片隅に追いやり、ラグは二人を起こしにかかった。






















その直後、リディアーナを起こそうと肩に手をかけた途端に悲鳴をあげられて頬を引っ叩かれるラグなのであった。

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