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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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旅立ち

「こんなもの、かな」


ラグはすっきりとした自室を見回し、一息ついた。


大して多くもない荷物を詰め込み一通り確認した今、部屋のなかは家具以外はがらんとしていた。


今日、ラグはいよいよ軍務実習の派遣先へと旅立つ。


生還が絶望的であろうとも、ラグに退学するという選択肢はなかった。


家の再興の道を閉ざすわけにはいかない。


むしろ、誰一人帰ってきたことのない実習先から生還したならば再興の道に近づくのではないか。


そう前向きに考えおくことにした。


実際には、そうとでも考えねば旅立つだけの意志すら奮い起こせそうにないからだが。


「『おーお疲れ。あのべっぴんさんに呼び出されてから元気だな。それまではくらーい顔ばっかだったのによ』」


ソファーで寝そべって全く手伝わなかったスルトが顔を向けもせずに声をかけてくる。


手伝ってくれと頼んだのだが本を読むか寝ている以外の行動は一切起こしてくれなかった。


まぁ、いつものことだが。


「スルトこそ、あの日からさらにグダグタっぷりに拍車がかかったよね。あのあと何かあったの?」


「『んー? いや、別に』」


いつも通り、自分から話を振っておきながら全く興味なさげにな返事を返すスルトだったが、ふと(半日ぶりに)ソファーから体を起こすと少し真面目な声になる。


「『そういや落ちこぼれ、アルダって名前に聞き覚えはねえか』」


「アルダ?」


突然の質問に考え込むラグ。


いきなり思い付きで話題を変えたり無理難題をふっかけてくるのはいつものことだが、何かを聞いてくるのは実はそう多くもなかった。


「アルダ……有名な人なら、アルダ・スカロウかな」


「『ああ、多分ソイツだ。どんなやつだ?』」


「アルダ・スカロウは【大崩界】が起こった時代の人だね。端的に言えば今の魔法技術の大半を確立した偉人。【三英雄】が救世の英雄とすれば、アルダ・スカロウは再興の英雄ってところかな」


「『再興…………ね』」


「色んな技術が失われて、その技術を扱える人々も多くが死んでしまった。大きく文明水準が低下した世界を、彼がほぼ一人で立て直したんだ。具体的には魔法の属性や適性の体系の再整備、魔力を動力として動く魔導技術の確立、その他消失してしまった魔法に関する膨大な量の資料を後の世の人のために書き残した。千年経った今でも、現存する魔法に関する書物のうち、およそ半分は彼の著作だと言われてるね。僕もスケルトンについて調べるときはお世話になったよ」



アルダ・スカロウはいわゆる天才と呼ばれる人間で、様々な魔法に精通していたらしい。


召喚士としても非凡な才を持っていたようで、【大崩界】で溢れだしたあらゆる魔物の研究を行っていたらしい。


【三英雄】が世界の崩壊を食い止めるまでは無限に魔物が湧いて出てきていたらしいので必要に迫られてという側面もあるだろうが、その研究結果は素晴らしいもので現在の召喚魔法はほぼ彼の研究に立脚している。


ラグがスケルトンを調べるときに見つけた存在昇華に関する記録も彼の著作だ。



「で、その人がどうかしたの?」


「『いや、三英雄についての本読んでたら結構出てくる名前だったから気になっただけだ。妙に引っ掛かるっつうか、記憶を刺激される名前だったもんでな』」


「なるほどね。【大崩界】当時からかなりの実績があって人脈も相当だったみたいだし、三英雄との交流もあったって話だったかな、確かに。でも記憶を刺激される、かぁ」


人名で記憶を刺激される、ということはその人物を知っているということだろう。


つまり、スルトは【大崩界】の際に命を落としたということなのだろうか。


「(うーん、でもアルダ・スカロウは【大崩界】を生き残った数少ない偉人の一人だし、かなりの長命だったって聞くから【大崩界】の後に生まれたって可能性もあるか)」


スルトが生前どんな時代の人間だったのか、というのは記憶を取り戻す上で重要だ。


もし魔導技師などで魔導兵器の扱いに長けていたら、スケルトンであっても戦闘能力は期待できる。


だから早めに記憶を取り戻してもらいたいのだが、まだほとんど記憶は戻っていないようだった。


「『そのアルダってやつは、結局どうなったんだ? 復興とやらを終わらせてから死んだのか?』」


「……うーん、ちょっとそこが曖昧なんだよね。【大崩界】を生き延びて復興に大きく貢献したのは確かなんだけど、その後どうなったかははっきりとは記録に残ってないんだ」


「『そんなに有名な奴なのにか?』」


「うん。不思議だよね。【大崩界】当時で既にそこそこの歳だったはずなんだけど、崩壊が食い止められたあと百年生きて天上界に呼ばれたとか、不老不死になって今でも生きてるって話はあるんだけど、確かなことはわかってない。復興の目処がついた時にはいつの間にか行方がわからなくなってたんだって。かなり人間嫌いというか偏屈な人間だったことでも有名な人で、敵も多かったそうだから恨みを買って謀殺された、なんて噂もあるくらいだよ」


「『天才、って呼ばれてた癖に謀殺か』」


「優れた頭脳を持っている人が、必ずしもそのまま優れた使い手になるわけではないからね」


そう言ってラグは纏め終わった荷物を担ぐ。


「さて、そろそろ西への魔導輸送車が出る時間だね。行こうか」


「『おう、いってら』」


「え?」


「『ん?』」


「いや、スルトも早く行こうよ」


「『は? オレはお前についてくなんて一言も言ってねえぞ』」


「えぇ……?」


「『オレがいてもいなくてもどっちにしろ死ぬだろ。ならオレは一秒でも長くゴロゴロしてたい。お前が死んで俺が消滅するその瞬間までダラダラしてたい』」


「……………………」


ラグは無言で懐から一枚の写真を取り出す。


「これ、派遣先の基地の副官の人の写真なんだけど」


「『主を一人にするわけにはいかねえよな。もちろんオレも同行するぜ』」


「(チョロい)」


備えあれば憂いなし、こんなこともあろうかとである。


スルトの扱い方がわかってきたラグなのであった。




































「『え? 徒歩? マジで?』」


「マジだよ。旧ロストエデン前線基地は魔物の襲撃が激しいから、魔導輸送車の安全性が確保できないんだ」


旧ロストエデン前線基地はロストエデンと呼ばれた瘴気の噴出地点だった土地との境界に存在する。


瘴気に侵された魔物や瘴気そのものから生まれた魔物は通常の魔物よりも遥かに強力なため、その周辺にある基地は必然的に魔物の襲撃に曝されることとなる。


なぜ学園が実習先に指定しているのかが謎なほどの激戦区で、毎年数え切れない殉職者を出し続けている。


未熟な学生では生きて帰って来れないのは当然とも言える場所なのだった。


ゆえに、基本的に魔物の標的になりやすい大型の魔導輸送車は近づくことも出来ず、最寄りの町から徒歩ということになる。


「『うへぇ……さっそく帰りたくなってきたぜ……』」


「まだ出発もしてないのにそれは…………ん?」


早くも泣き言を言い始めたスルトを宥めようとしたラグだったが、正門の魔導輸送車の発着場付近で見覚えのある者たちが騒いでいるのに気付く。


「えぇ~!? 徒歩ですの!? そんなのありえないですわ!」


「なんでお前は派遣先への交通手段すら調べてないんだ……」


「だって、ロストエデンまでは輸送車でも丸一日はかかる距離ですのよ!? 町と町の間ですら徒歩では何日もかかるではありませんの! 寝泊まりはどうするんですの!?」


「それは野宿だろう」


「野宿ぅ!? ありえませんわ! 私はレゼンウッド家の次期当主ですのよ!? 送迎があってしかるべきではありませんの!?」


「だから魔物のせいで無理だと言っているだろう……」


「納得がいきませんわー!」



一人はダンタール、もう一人はリディアーナと呼ばれていた少女だ。


二人ともラグと同じく旧ロストエデン前線基地への軍務実習を言い渡された生徒だが、てっきりもう退学したものと思っていた。


いくら退学は社会的には死んだも同然と言えど、学園に入るだけの権力を持った貴族なら生きていくのに支障はないし、それなりの抜け道なりを心得ているものなので、ラグのように切羽詰まった者でもない限りは死よりは退学を選ぶはずだ。


当然二人もそうしたと思ってあの教室での出来事以来ラグから会いに行くようなこともしていなかったが、ここにいるということはつまり軍務実習に赴くことを選択したのだろう。


一人だけで行くものだとばかり思って不安にさいなまれていたラグは、少し気持ちが楽になった気がした。


未だに騒ぎ続けるリディアーナと辟易しているダンタールに近付き声をかける。


「二人とも、軍務実習に行くことにしたんだね。てっきり退学したんだと思ってたよ」


「ラグか。久しぶりだな」


「あぁー!? あなたはぁ!!」


ラグを指差し身を乗り出したリディアーナに、機先を制したダンタールが止めに入る。


「リディアーナ、落ち着け。ラグのせいではないと何度も言ったろう」


「むむむむむ…………!」


リディアーナはしばらくダンタールの体越しにラグを睨み付けていたが、やがてプイッと顔をそらした。


「すまんな。なんというか、自制の効かない奴なんだ。こう見えてラグのせいではないと頭ではわかっている。悪気はない」


「いや、気を遣わなくてもいいよ。完全に僕のせいだからね。君たちを巻き込んでしまって申し訳なく思ってる」


「そうですわー! 反省しろー!ですわー!」


「リディアーナ」


呆れた顔のダンタールに窘められ、再びプイッと顔をそらすリディアーナ。


今までの話ぶりと態度に、ラグは二人が初対面ではないことを察する。


「仲がいいんだね。二人は長い付き合いなの?」


「いや、そんなことはない。あの野外実習が初対面だ。そのあとヘールバズや軍務実習の発表なんかでなにかと、な‥‥」


なぜか遠い目をするダンタール。


まぁ、今の短い会話だけでもリディアーナの性格は容易に推し量れたので、なんとなく気持ちがわかるラグであった。


「それにしても、二人とも退学を選ばないなんてね。二人とも有力な貴族の出身なんだしやりようはいくらでもあるだろうに」


「いや、それは――――」


「意味がないから、ですよ。ラグ先輩」



そう、会話に割って入ってくる声。


声の方へ目を向けると、涼しげな目をした少女が微笑んでいた。


「お久しぶりです、ラグ先輩」


親しげに声をかけられるが、ラグはその少女に見覚えはなかった。


声も聞いたことがないし、間違いなく初対面である。


「来たか、ミリア。これで全員揃ったな」


ダンタールが少女をミリアと呼ぶ。


その名前には聞いたことがある。


確か、今回派遣される学生の最後の一人が、ミリア・レインダートという名前だったはずだ。


だが、ラグは名前がわかっても彼女のことを思い出せなかった。


名前も聞くまで思い出せなかった以上、間違いなく初対面のはずなのだが、少女は旧知の仲であるかのように話続ける。


「ヘールバズに目をつけられた以上、これは逆らう者たちがどうなるかという見せしめのようなものなのでしょうから。当事者でもない私にまで累が及んでいるのがその証拠。もし今回を退学で切り抜けても、いずれ別の形で死に追いやられることは明白ですから」


少女の言葉に無言で頷くダンタール。


なるほど、確かにラグは当然、ダンタールとリディアーナもあの場に居合わせたから仕方がないにしても、今回の派遣にはもう一人、ミリアの名前が刻まれていた。


ラグのことを先輩と呼ぶミリアはおそらく後輩なのだろう。


ならば、あの場に居合わせた可能性はない。


つまり、彼女はなにかしら別件でヘールバズの怒りを買い、ラグたちと共に死地に追いやられてしまった、ということか。


「本来は私の軍務実習は来年のはずなのに酷い話です……。権力の濫用っていうのは絶対にしてはいけないはずなのに。そう思いませんか、ラグ先輩?」


さっきからやたらとラグへ話を振ってくるミリア。


意を決して、ラグはミリアへと問いかける。


「あの、ミリアちゃん……だっけ? 僕、君とは初対面だと思うんだけど」


「え? 覚えてないんですか?」


悲しそうな顔をする彼女に少し心が痛む。


だが、続く言葉で僅かな痛みごとラグの思考は停止する。


「……仕方がないですよね。ラグ先輩とは兄と一緒にいるときに挨拶しただけですし」


兄。


その言葉にラグの心が何故か震える。


「ああそうそう、兄はまだ意識を取り戻してませんが、お見舞いにすら来てくれなかったのは兄をヘールバズとの確執に巻き込まないためですよね? お心遣いありがとうございます。まぁ、結局私が殺されることになっちゃいましたけど。大丈夫です、ラグ先輩は全然悪くないですから! 私、ラグ先輩のこと全く恨んでなんていませんから安心してください!」


お見舞い。


その単語が出てきたとき、ミリアの家名を思い出す。


レインダート。


ラグの記憶が、初めて聞いたはずのその名前を前に聞いたことがあるのだと通告する。


そう、それは、あの野外実習の日。


人の姿を留めぬ肉塊を見て、ゲイルが呟いたはず――――。


「改めて自己紹介しますね。ミリア・レインダート。アラン・レインダートの妹です。よろしくお願いしますね、先輩♪」


ニコリと微笑む彼女の目は、その実全く笑ってはいなかった。





















魔導輸送車に揺られ、窓から空を眺めながらラグは考える。


これから赴くのは死神の支配する土地。


旅の仲間は三人と一匹。


会話一つない車内で、その四人の顔を気付かれぬように見渡す。




一人目は従魔、スルト。

ラグの頼れる味方のはずだが、全く言うことを聞いてくれず、何を考えているのかもわからない。

さらに記憶を失っており、それが戻る気配もない。


二人目はリディアーナ・レゼンウッド。

ラグを敵視しているのは一目瞭然で、ことあるごとにラグに噛みついてこようとする。

このままでは、とても協力しあえるような関係は築けそうにない。



三人目は、ダンタール・ベンサム。

彼は比較的ラグに友好的でリディアーナとの仲裁もしてくれているが、寡黙な質のようであまり口数は多くない。

ラグのみる限り、なんとしても生きて帰るという気概より諦観が大部分を占めているように感じた。


四人目は、ミリア・レインダート。

微笑みを絶やさない可憐な少女で、一見ラグを先輩と呼んで慕っているように見えるが、先ほど話している間、一度も目が笑うことはなかった。

まるで微笑みを顔に張り付けて話していたように感じ、底知れない不気味さを覚えさせられる。





この四人と共に、一年間を生き残らねばならない。


無意識のうちに、腰に帯びたラグには不釣り合いなほど立派な剣の柄を握りしめる。


同行者がいると知った時に軽くなった不安は、今では元よりもさらに大きくなってラグの心にのしかかっていた。


そんなラグの心情を露知らず、魔導輸送車は走り続ける。


その向かう先の空には、黒々とした暗雲が立ち込めていた。

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