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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
22/46

激励

「うわ、人多いな……エルフィナさんどこだろう……」


スルトに言われ慌てて自室に戻ったラグだったが、扉に正門市場に来てほしいとのエルフィナからの手紙が張られていたので、正門市場にエルフィナを探しに来ていた。


学園は次代を担う魔法使いを育成するための教育機関だが、そこに所属する教師や生徒は世界的にも優秀な者揃いなので独自に魔法の研究を行っている者も少なくない。


魔物の棲む森も敷地内へと取り込んでいる都合上、学園は国の中心地からは多少外れた場所にあるのだが、それでも学園の研究成果をいち早く確認しようと学園内への取材の申し込みなども絶えないため、正門とその周辺の建物を一般解放している。


そこで学園内で行われた研究の成果発表やその他のイベントが絶え間なく行われているのだ。


また、近年では入場料をとって一部施設の見学も許可しているので、ちょっとしたテーマパーク的側面もある。


もちろん、入場料というのも桁を間違えているのではないかと思われるほどの額で、ほぼ貴族専用ではあるのだが。


とにかく、それらの影響で学園には多くの人が集い、またその人々は魔法使いの占める割合が非常に高いため、それらの客層を狙った商売人達が学園の敷地外、特に正門前に多くの店を構え始めた。


それらが時間をかけて発展し、今やちょっとした市場になっているのだ。


学園に通う生徒たちからは正門市場と呼ばれ、放課後や休日にショッピングや刺激を求めて繰り出す格好の娯楽になっている。



















ちなみに、ラグは入学してこの方一度も来たことはない。


召喚士の授業についていくのが精一杯で時間がない。

没落した貴族の家はもちろん貧乏で、貴族御用達の店で買い物をするようなお金もない。

そもそも友人などと呼べるような知り合いもいないので来ようと思ったことすらない。


貧乏暇なし、ラグには全く無縁な場所なのだ。







初めて来た市場に若干気後れしながらエルフィナの姿を探すが、あまりに人が多すぎてとても見つけられない。


かといって人混みに飛び込んでも間違いなく道に迷うだろう。


ラグが途方にくれていると、突然どこからか声が聞こえてきた。



「ラグ・デオルフ様ですね」


「ひゃいっ!?」



驚いて変な声を出してしまったラグは慌てて辺りを見渡す。


だが、声の主は見当たらない。


首をかしげながらスルトの悪ふざけかとも思っていると再び謎の声が聞こえる。


「ラグ・デオルフ様ですね?」


再度の確認に今度はそこまで驚かずに応じる。


「そうですけど……」


「エルフィナ様がお待ちです。こちらへお越しください」


「そう言われても、僕にはあなたの姿が見えないんですけど……」


「失礼いたしました。では、声にて案内致しますので市場の方へとお願いいたします」


「はぁ……」


それなら姿を見せてくれた方が早いのではないか、とも思ったが、この口ぶりではそれも叶いそうにないので素直に声に従って歩き出す。


雑多な市場の中を抜けていく。


その間中、声は近づくともなく離れるともなくラグに追従していた。


いかなる魔法なのだろうか、と不思議に思ったが、そういえばヤハナ神国には特殊な訓練を積んだ隠密衆がいると聞いたことがあったのを思い出す。


「(そういえばエルフィナさんってヤハナ神国の超VIPなんだよね……隠密衆が警護してるのも当たり前ってことか……あれ、そう考えるとなんか急に恐ろしくなってきた)」


今まではあまりエルフィナが偉ぶらずに気さくに話しかけてくれるからあまり感じていなかったが、このように立場の違いというものを実感させられると途端に自分などが話していい人なのだろうかと不安になってくる。


もしや、わざわざ市場に人を遣わしてまで呼び出されるというのは、ラグに限らずほとんどの人が一生に一度あるかないかくらいの一大事なのではないだろうか。


「(あれ、となると部屋に訪ねてきてくれたのに留守にしててエルフィナさんに探させるとか不敬?僕不敬?)」


思考が不安から空回りしそうになったとき、例の声が目的地に着いたことを告げる。


後ろ向きな思考を振り払って顔をあげると、そこは市場の外れにある小さな工房だった。


表にある看板を見ると、どうやら武具の作成を依頼する鍛冶屋のようだ。


武具専門というわけでもなく、一応魔法具に関しても取り扱っているようだ。


一見して、エルフィナのような大貴族が来るような店にも思えない。


だが、既に声は聞こえなくなっており、ラグが声をかけても答えが返ってくることはなかった。



「隠れ家的な名店なのかな……? とりあえず入れってことだよね。すみませーん!」



扉を開けて中に入ると、むわっとした熱気が押し寄せてきた。


思わず目を閉じると、耳には鉄を打つ音が響いてくる。


熱気にたじろぎながらゆっくりと目を開けると、そこは戦場だった。







筋肉の鎧を身に纏った職人たちが、自らの限界と戦いながら灼熱する金属を打ち据える。


熱に負けぬように気合いの掛け声をあげ、ひたすらに己の技術を武具に成る前のモノに注ぎ込み、魂を吹き込んでいく。


敵は自分、内なる意志のせめぎ合いに他ならないが、目の前のモノに全霊をもって対峙するその姿は鬼気迫るものがある。


市場の外れ、小さな工房の中であろうとも、そこは確かな戦場で、彼らは正しく歴戦の戦士たちだった。








思わずその光景に見入っていると傍らからラグに声がかかる。



「やぁ、来てくれたか。わざわざ呼びつけちまって悪かったね」


「い、いえ、大丈夫です。僕の方こそ留守にしていてすみません」


壁際で片手を上げるエルフィナに、微妙に視線を合わせずに近づく。


「いきなり訪ねたのはあたしだからね。気にすることはないさ」


「そ、そう言っていただけると助かります、はい」


「ん? どうかしたのかい? いつもらしくないね」


「い、いえ、その……」


あなたの格好のせいです、とは言えなかった。


エルフィナは今、薄手のタンクトップ型のシャツと膝くらいまでのズボンしか着ていなかった。


しかもそれでもまだ足りないと言わんばかりにシャツの裾をたくしあげ、胸元をパタパタと扇いでいるのだからたちが悪い。


率直に言わせてもらえば、肌色成分が多すぎる。


確かにここは暑い。


工房の熱気が充満しているのだから当たり前だが、だからといってうら若き乙女が薄い布一枚で、しかもそれすらはだけているのはいかがなものか。


身近な女性など母くらいしか知らないラグには刺激的どころの話ではなかった。


見てはいけないと思いつつ、ついつい視線がいってしまう。


纏められた髪から覗く白いうなじ、汗ばんでいっそ扇情的ですらある健康的な太もも、見事にくびれて引き締まった細いウエストはおへそが丸見えで、たった今顎から滴り落ちた水滴が鎖骨を伝ってあまりにも自己主張の激しすぎる豊かな二つの膨らみが作る深い谷間へと――――。


「まぁ、無理もない。一月経ったとは言え、そうそう立ち直れる衝撃でもないだろうさ」


「え!? あ、そうですね!? 僕もそう思います!?」


「……ラグ……あんた、本当に大丈夫かい?」


「だ、大丈夫です。ええ、全く問題ありません」


煩悩にまみれそうになった思考を慌てて引き戻す。


気付かれなくて良かったと思う反面、もう少し配慮をしてくれてもいいのでは、とも思うラグであった。


ラグとて未だ16才、そういうことには興味津々なお年頃なのだから。





だが、今のエルフィナはラグの視線に気付かないだけでなく、そのような配慮をすることに思い至らないほどには表情が暗いことに遅ればせながら気付く。


「そうかい。なら少し、話があってね。すぐに終わるから、聞いてくれないか」


だが、こちらを見たときのエルフィナの顔には既に影はなく――感情を殺したアシヤ家としての彼女がいた。


「前に持ちかけた、アシヤ家に協力してもらうって話。あれの返答は、軍務実習が終わってから聞かせてもらうことにした」


「…………………………」


婉曲な表現をされたが、その言葉に含まれる意味をラグは正しく理解する。


ラグの実習先、ロストエデン前線基地は今まで生きて帰って来た者はいない。


軍務実習は卒業するためには必須の実習であり、ロストエデン前線基地が実習先になった者は死ぬか退学するかの2択しか残されていない。


ほとんどの者は退学を選ぶが、『学園を退学した』という事実は一生付きまとい、社会的には死と同義だ。


つまり、この軍務実習を言い渡された時点でその人間の人生は終わりなのだ。


そして、その実習が終わらせてから返事を聞くというその言葉が示すところは明白である。


「わかりました」


さしたる動揺もなくそう言う。


そもそもからして、ラグに声がかかること自体が異常だったのだ。


それが普通に戻っただけのこと。


わざわざ死にゆく者に施しを与えるほど貴族の世界は甘くない。


「……協力の約束をしているわけではないあんたに、軍務実習に際してアシヤ家が何かしらの援助を行うことはない。その代わり、快い返事を貰ったあとはデオルフ家の復興にアシヤ家も力を貸すと約束しよう」


意味のない空虚な約束。


だが、体面というものを重視する貴族にとってはそれも必要なことだ。


硬い言葉で形式的な言葉を並べるエルフィナに、ラグも感情をのせずに淡々と返す。


「わかっています。もともと、エルフィナさんに縋ろうなどとは考えていませんから」


「……そうかい。ならいい」


そう言ったきり、会話は途絶える。


しばらく無言の時間が続く。


用は済んだからもう帰れ言外に言われているのだろうかと思い、別れの言葉を告げるべきかとラグが思い出したとき、第三者から声がかかった。


「待たせたな、お客さん。ようやく出来上がりましたぜ」


そう言って一人の職人が鞘に入った剣を持ってくる。


質素ながらも最低限の意匠は施され、しっかりとした作りの柄や鞘を見るにかなりの業物のようだ。


それを受け取りながら、エルフィナは傍らに置いてあった皮袋を渡す。


「ご苦労。代金はこんなもので足りるか」


「前金だけでも充分なくらいでさぁ。今後とも御贔屓にお願いしますよ」


「ふ、そうだな。また何かあったら頼むとしよう」


エルフィナは騎士としての振る舞いで礼を言うと、荷物を持ってそのまま入り口に向けて歩き出した。


ラグも職人に一礼し、慌ててその後を追う。


外に出ると、エルフィナは学園の制服を着直していた。


なんとなく立ち去る機を逸したラグは、そのまま立ち尽くしてエルフィナが着替え終わるのを待っていた。


いつもの格好に戻ったエルフィナは、何を言うでもなくただ目を閉じて空を仰いでいた。


所在なさげにその近くに立つラグ。


そして、また訪れる沈黙の時間。


やはりもう別れの挨拶をすべきか、などと再びラグが考え出したとき、図ったかのようにエルフィナから声がかかった。


「ラグ」


「は、はい」


「もう一度言うが、アシヤ家としてあんたにすることは何もない。実習先を変えるように学園に働きかけることも、物質的な援助をすることもありえない」


「はい、わかっています」


先程も交わした会話。


それを再び繰り返し――――この日会ってから初めて、ラグの目を真っ直ぐに見据えながらエルフィナは言った。


「だから、これはあたし個人しての餞別だ」


そう言って、今さっき受け取ったばかりの剣をラグへと差し出した。


「え……?」


状況が飲み込めず、ラグはただ困惑する。


「抜いてみな」


促されるまま、剣を鞘から引き抜く。




それは、白銀の刀身を持つ美しい剣だった。


灰色がかった輝きを放つ白銀の剣に見惚れながら、ラグは疑問の声を発する。


「これは……プラチナ……ではないですよね? プラチナで作る剣は羽のように軽いと聞きますし、輝きに灰色が混じることもない」


「ああ、違うね。その剣はミスリル製だ」


「ミスリル…………!?」


ミスリルといえば、オリハルコン、ヒヒイロカネに次ぐ稀少金属だ。


幻の金属と呼ばれる二つよりは比較的手に入れやすく、また強さではオリハルコンに、魔力の伝導性ではヒヒイロカネに劣るものの、その二つを除けば現状の金属では最も武具に適した金属とも言われており、ミスリルで武具一式を揃えることを目標とする魔法使いも少なくない。


だが、それほど有用であるのだから当然値は張る。


恐らく、この剣一本でもラグが失敗した召喚の儀式をやり直せるだけの費用はかかっているだろう。


「あたし自ら見定めた職人に作らせた一品だ。質は保証するよ」


「そ、そん、そんなことより、これをぼぼ、僕に…………!?」


動揺のあまりどもりまくるラグ。


自分の家の総資産と同等以上の価値がある剣をくれると言われたのだから無理もないだろう。


「本当は召喚の儀式をやり直させてあげるのが一番なんだろうけどね。あまり大々的にやるわけにもいかないんだ。あくまであたし個人としての贈り物だからね」


「い、いや!! そういうことではなくてですね!?」


「死ぬんじゃないよ、ラグ」



押し黙る。


エルフィナの目は、真剣だった。



「出会ってすぐの女が何を言ってるのかと思うかもしれないが、あんたを気に入ったと言ったあたしの言葉に嘘はない。この腐りきった国には、あんたみたいに馬鹿正直で真っ直ぐなやつが必要だ。決して、家柄に胡座をかいてる豚どもの癇癪なんかで潰されていい男じゃない」


エルフィナは冗談や謀略でこんなことを言っているのではない。


死地へ向かうラグにそんなことをしても無意味だし、手に感じる重みが本気であることを物語っている。


「……ありがとう、ございます」


言葉につまり、ただ一言だけそう伝えると、エルフィナは頷いて踵を返す。


だが、歩き出す前に背を向けたまま呟く。


「……すまない……本当は……」


「え?」


「……なんでもないよ。あたしはあと半年で卒業してヤハナに帰る。あんたが帰ってくる1年後にはもう学園にはいない。だから、今度はあんたが来る番だ。国を代表する魔法使いになって、ヤハナまで返事を伝えにきな」


「……エルフィナさんの望む返事とは限りませんよ?」


「はっ、ここまでしてやってるってのに相変わらずのふてぶてしさだね。……でも、会いには来てくれるんだろう?」


「…………はい、必ず」


エルフィナはラグの精一杯の誠実さを込めた返事を聞いて振り向き――――あの日屋上で見た、花の咲いたような笑顔で笑うのだった。

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