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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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三英雄

軍務実習の派遣先が発表されてから一月、学園のとある一室。


ラグは、壁に掛けられた絵を一心に見つめていた。


その部屋にはその絵をはじめ、他にも様々な絵、甲冑や剣、書物などが飾られている。


「『おい』」


声をかけられ、ラグは我に帰る。


「ああ、スルト」


「『探したぞお前。荷造りするから手伝えって言ってたのに朝起きたらいなくなってるし、なにやってんだよ』」


「ああ、ごめん。ちょっとね」


そう言い、また壁に掛けられた絵に視線を戻す。


それにつられて絵を見たスルトが、なぜか露骨に不機嫌になったのが伝わってきた。


「『……なんだこれ』」


「【三大英雄】の絵だよ。崩壊する世界において決して諦めず、遂に世界を救った救世の英雄たち。崩壊によって何もかもが失われ、復興すらままならない世の中で、この人たちだけは後世に伝えねばならないとして、時の指導者たちが自らの記憶に残る彼らの姿を魔法で焼き付けた、実際に現実に起こっていた光景の切り抜きさ」


三枚の絵を見つめながら、そう解説するラグ。


その説明を聞いているのかいないのか、スルトもいつものように茶化すことはなく絵に見入っていた。







彼らの本当の名前は伝わっていない。


彼らが自らの名を後世に伝えるのを拒んだという話もあれば、【大崩界】の余波によって彼らの名前が人々の記憶を含めて世界中から消失してしまったという話まで、さまざまな憶測が飛び交っているが、実際のところはわからない。


ただ、今は彼らがその強さのあまり尊敬と畏怖を込めて呼ばれていた異名が残るのみである。


壁に掛けられた絵、その一枚は全身を漆黒の重鎧に包んだ騎士。

これから戦場に向かうのであろう兵たちの前で剣を振り上げ、号令をかけている。

その姿は勇壮にして苛烈。

さらには、闘志に満ち満ちている兵士の顔や、傷のついていない部分の方が見つけられない鎧、使い込まれたと一目でわかる剣。

どれをとっても、ラグの想像する騎士の理想像そのものだ。

彼の名前は【絶隔の盾】。

戦に出れば常勝無敗、ただ一人を除けば決闘での敗北もないという彼は『最強の魔法使い』と呼ばれた。

彼は当時最大の国土を誇ったデットバルド帝国の王族に仕える騎士として混乱する世界で騎士たちを纏めあげ、【ロストエデン】と呼ばれた魔物の大量噴出地点に防衛線を構築。

その後、崩れゆく世界を単身巡り、あらゆるものに牙を剥く魔物たちから、およそ世界の半分の人間を護りきったという。



二枚目は、魔物の大群の中で、身の丈を遥かに超える大太刀を閃かせ、およそ想像しうるこの世の地獄というものを体現している、幼子にすら見える少年。

肘の辺りからもがれた左腕を口にくわえ、その全身を自分のものとも魔物のものとも知れない血で染め上げながら、狂ったように笑い魔物を屠る狂気の魔法使い。

彼の名前は【天断の太刀】。

『最悪の魔法使い』と呼ばれ、【絶隔の盾】を一対一の決闘で打ち破り、数々の凶悪な事件を引き起こした大罪人だ。

だが、最期に彼は、人類最後の防衛線である拠点に押し寄せる、地平線まで途切れることなく続く魔物の群れと戦い、その全てを道連れに果てていったという。

この絵はその戦いの最中の光景だそうだが、彼が何を思い、魔物の大群と戦ったのは彼のみぞ知るところである。



三枚目は、緋色の陣羽織をはためかせ、背を向けて立つ青年。

おそらくこの記憶の持ち主は地面に倒れていたのだろう、見上げる視点で描かれているその青年の背中は、まるでこの記憶の持ち主を護ろうとしているかのようだ。

いや、実際に護ろうとしているのだろう。

その青年の背中の向こうには、空を覆い尽くさんばかりの巨躯を持った竜が、まさに今こちらに襲いかからんと空気を震わす咆哮をあげ、迫ってきているのだから。

彼の名前は【万魔の槍】。

【三大英雄】の中でも、特に彼に関してはそのほとんどの情報が消失し、ただ傭兵であったこと、『万能魔法』と呼ばれる幻の属性魔法を使いこなしていたこと、そして『最高の魔法使い』と呼ばれ、ただ一人で世界の崩壊を引き起こす【終末の竜】に立ち向かい、これを降した伝説だけが伝わっている。



ラグは昔からこの三人が好きだった。


騎士であるのは【絶隔の盾】だけだが、全員が世界のために戦った。


ラグは大罪人と呼ばれる【天断の太刀】も、何かしらの信念を持って剣をとったのではないかと思っていた。


だから、あの軍務実習の発表以来、時間があればここまで通っている。


これから死への旅路へと旅立つ自分に、少しでも彼らの加護があるようにと。




「『……はん。救世の英雄、ね』」


「え?」



スルトの言葉に違和感を覚える。


今の言い方は、まるで。



「スルト……まさか、この三人を、知ってるの?」


「『………………、いや知るわけないだろう。記憶がないのに何故知ってるんだ』」


「あ、あはは、そうだよね。ごめんごめん」


「『それより、あの赤髪のべっぴんさんが探してたぞ』」


「本当? というかそれなら早く言ってよ!」


「『オレが美人に頼まれたわけでもないのにお前なんかを探すわけがないだろう。察せないお前が悪い』」


「えぇ……」



相変わらずの無茶ぶりだが、今さら文句を言っても仕方ない。


すぐにエルフィナを探しにいこうとするラグだが、スルトが近くの鎧やらを覗きこんで動こうとしないことに気がつく。



「スルト? どうしたの?」


「『いや、色々と興味深そうな物があるんでな。ちょっと物色していく』」


「物色って……。一般解放されてるとはいえ貴重な物ばかりなんだから、変なことしないでよ?」


「『わかってるわかってる。ほら、さっさといけ』」


「本当に大丈夫かなぁ……」


スルトが何かしでかさないか少し、いやとても不安なラグだったが、エルフィナを待たせるわけにもいかないので足早に立ち去る。


ラグが完全に立ち去ったのを確認したスルトは、もう一度【三大英雄】の絵に向き直った。




「『……………………』」



だが、すぐに端から見ていてもわかるくらいにイラついていた。


足は落ち着きなくパタパタと爪先を動かし、腕はしきりに組んだり解いたりを繰り返している。


それでも、スルトは絵から目を離さない。




「『(……懐かしいな)』」




誰にも聞かれない心のなかで、スルトはそう思った。


この絵、というより絵に描かれている人物たちを見ていると、苛立ち、呆れ、嫉妬といった負の感情が湧きだしてくる。


だが、それらを上回るほど強く、スルトは彼らの姿に懐かしさを覚えていた。



「『(名前は思い出せない。説明を聞いてもピンとこなかった。だが、オレは確実にコイツらを知ってる。それも、単なる知り合い程度じゃない。なにか、切っても切れないような強い繋がりがあった)』」



そう自覚し、スルトは確信する。


自分は【大崩界】とかいう出来事が起こった時代の人間だ、と。



「『(だが、そうすると戻ってきてる記憶との整合性が……チッ、やっぱりまだわかんねえな。記憶が戻るのを待つしかない)』」



わからないことを考えても仕方がない。


記憶が戻れば自ずとわかってくることだ。


そう割りきり、絵の前から立ち去るスルト。


だが、最後にもう一度だけ絵を振り返る。


三枚の絵の中に、一枚だけ。


苛立ちや嫉妬ではなく、強い懐かしさすら塗り潰すほど疎み、同時に殺意とすら呼べる憎しみを感じる人物がいた。


見るだけで吐き気を催すような不快感を覚え、理性をかなぐり捨てて滅茶苦茶に壊してしまいたい衝動を抑えきれなくなるような、そんな感覚。


流石のスルトでも、忘れていてもそこまでの激情を呼び起こす自らの記憶に一抹の不安を感じる。


その不安を振り払うように、今考えても仕方のないことだと自分に言い聞かせ、今度こそスルトはその場を立ち去った。

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