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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
20/46

死刑宣告

「ありがとうございました」


「治すと言っても限度があるから、あまり無理はしないようにね」


「はい、わかりました」


そう言って部屋から退出する。


数日前の大会から今日までラグは学園の治癒術師から治療を受けていたのだが、あそこまでの重傷をほんの数日で治してしまうあたり、さすがは学園お抱えの魔法使いと言える。


とはいえ、治療中から完治した後もしばらくは無理をしないように、と何度も念押しをされた。


なんでも、ゲイルの使った魔法は治癒魔法の効きを悪くするような効果も含まれており、外見を含めとりあえずの損傷は治したがかなり脆くなってしまっているらしい。


激しい運動などをするだけでも再びぱっくりと傷が開いてしまうそうだ。




確かに少し違和感の残る体の調子を確かめながらラグが教室の扉を開けると、さっそくゲイルから声をかけられた。



「おう、ようやく戻ってきたかラグ。それなら早くアレをどうにかしろよ」


ゲイルの顎で示す先にいるのはラグの席にふんぞり返って座るスルトだ。


まるで親の仇でも見るかのようにゲイルを睨み付けている。


「大会終わってからずっとアレじゃあいい加減うざったいんだよ。隙あらば俺になんかしてこようとするし、デュランに威圧させて大人しくさせたらそれはそれで他のやつらが怯えちまって面倒だしよ。主なら負け犬は勝ったやつの言うことを聞くもんだって教えてやれよ」


そんな負け犬根性を教えるつもりは毛頭ないが、確かにこの数日のスルトの荒れっぷりは少々目に余るものがあった。


勝てる寸前でデュランに介入されて負けたのがよほど悔しかったのか、「クソガキとの勝負に勝ったのは俺」だの「約束も守れない卑怯者」だのと散々な言いようで、ことあるごとにゲイルに突っかかっていこうとするのだ。


ラグもそれを押さえているのだがなかなかに苦労している。


「『スルト、ゲイルに突っかかるのは他の人に迷惑だからやめてって言ったよね?』」


「『……………………』」


つーん、といった感じでそっぽを向いて聞く気配すらないスルト。


ラグはここ最近また増え始めたため息をついた。


ゲイルはあのあと、順当に大会で優勝した。


そのゲイルに勝てる寸前で勝ちをこぼしたのだから悔しいのはラグにもよくわかる。


だが、あの時に見たデュランの強さの片鱗は尋常ではなかった。


試合中はラグも悔しさのあまり負けを認められなかったが、冷静になれば仕方のないことだと割りきることもできる。


最初からデュランが戦闘に参加していれば、ラグたちはなすすべもなく敗北していたのだから。


そう考えると、ゲイル一人が相手で終始劣勢だったとはいえ、あのロッテンハイムの御曹司をあと一歩のところまで追い詰めたのだから、内容としては大金星だ。


試験の評価も悪くはないだろうとラグは思っていた。



「はーい、授業始めるよー」



教師が教室に入ってくる。


ラグはもう一つため息をつくと、スルト用の予備席を持ってきて授業の準備を始めた。




















「というわけで、最近の研究により、かつてこの世界にいた神の名前はある程度絞り込まれていて……」


「『おいラグ。あいつが言ってる神だのってのは何の話だ』」


教師の声が響く教室で、不機嫌な雰囲気を隠そうともせず足をカタカタと鳴らしていたスルトが声をかけてきた。


「『そう言えばスルトはそこらへんの記憶もないんだっけ。今までも魔法の本しか読んでこなかったもんね。説明するよりこれを読む方が早いと思うよ』」


念話は先生に怒られないから便利だなー、などとどうでもいいことを考えながらラグはスルトに世界史の教科書を渡す。


本を読み始めたことで不機嫌な雰囲気が薄らいだらしいスルトにほっとしながら、ラグはラグで考え始めた。





この世界は神に見捨てられた世界だ。


神の加護を失った世界は【大崩界】を起こし、今なおその爪痕は色濃い。





では、何故神は世界を見捨てたのか。


それは神の暮らす『天上界』が原因だ。




さまざまな次元に存在する世界を管理すると言われている神々の暮らす、この世界より高度な次元に存在する世界、『天上界』。


そこで、過去に例のないほど大きな戦争が起こり、それが原因で多くの神が世界を見捨てざるをえなくなった。


その戦争とは、『正神』と呼ばれる世界を管理し人間を造り出した神々と、『悪神』と呼ばれる生きとし生けるものの悪意から生まれた神々との戦争である。


正神は人々の感謝の念や信仰を糧とし、悪神は人々の恐怖や負の感情を糧とする。


存在からして相容れない両者が、何が発端だったかはわからないがついに激突した、というわけだ。


世界を管理していた正神たちは悪神討伐のためにやむを得ず世界の維持を放棄し悪神の殲滅戦へと挑んだが、放棄された世界が崩壊の危機を迎え、乗り越えた今でもその戦争は終わっていないらしい。







これは全て【大崩界】を生き延びた人によって密かに伝えられてきたことだが、貴族の間ではほぼ事実として受け入れられている。


何故なら、【大崩界】後にこの世界に降臨した【妖神】と呼ばれる神がそれを認めているからである。


今、この世界はその神の力によって維持されているのだ。


神々の世界で戦争が起こっているなど、下手をすれば世界全体で恐慌が起こりかねない事実なので、【妖神】によって世界が維持されていることを含め、このことを知るのはこの学園に入学できるような、貴族の中でも高い地位にいる者たちだけである。


ラグのデオルフ家は今でこそ没落しているが、昔は召喚士の大家として隆盛を極めていたのでそのことは伝わっている。


だが、仮に神々の世界で戦争が起こっていようと、ラグはそこまで関係ないと思っていた。


この世界は神々の戦争にさしたる影響なしと判断されて見捨てられたのだろうし、【大崩界】が起こるはるか昔より続いているのだから、ラグが生きているうちに何か起こることはないだろうと思っていたのだ。


つい先日、エルフィナに話を聞くまでは。






























「覚悟が出来てるならいい。回りくどいのは嫌いだし、単刀直入に言わせてもらおうか」


話を聞く覚悟があると言ったラグに頷くと、エルフィナはとんでもない爆弾を落とした。


「――――――【魔神】が、滅せられた」


「――――――――――っ!?」


あまりの衝撃に驚きの声すら出せなかった。


今、エルフィナは何を言った?


あの、【魔神】が、死んだと言わなかったか。


「これは本来、各国の最高権力者たちしか知らないような極秘事項だ。ラグ、これであたしたちアシヤ家がどれだけ本気かわかってもらえたかい」


エルフィナは真剣な眼差しでラグに問うが、ラグはとても返事が出来るような状態ではなかった。













【魔神】。


天上界の事情を知るものならば誰もが知る、ある意味神の中でも最も有名な神。


【裏切りの魔神】とも呼ばれるその神は、神としての歴史が浅く、正神にも悪神にも属さない中立の神として存在していながら絶大な力を持っていた。


曰く、人々の信仰も、人々の感謝も、人々の畏怖も、人々の憎悪も、その全てを糧とし力にすることができる異端の神。


千年にも満たない時間で数多の世界の信仰と悪意をその身に受け、正神と悪神の最高神にも匹敵する力を手にいれた化外の神。


詳しい経緯は不明だが、【妖神】によるとその【魔神】が正神にも悪神にも敵対しているおかげで、正神も悪神も迂闊な行動を起こすことが出来ず、天上界にはつかの間の平和が訪れた、ということらしい。


いつ決壊するともわからない仮初めの平和だが、そのおかげで崩壊する世界に降臨するだけの余裕ができた。


この世界に降臨した【妖神】は正神でも悪神でもない【魔神】と同じ中立の神だが、正神も悪神も今のうちに力を蓄えようと先を争って世界に降臨しているらしい。


神は、全ての力を持って世界に降臨すると、その絶大な力から世界そのものを壊してしまう。


ゆえに、世界に降臨するときは力に制限を加えて世界に影響を与えないようにしてから降臨する。


ラグたちから見ればそれでも全能の言えるほどの力を持っているのだが、天上界からすればその状態の神を滅するのは赤子の手を捻るようなものらしい。


なので、正神と悪神が争っている状況で世界に降臨しているのは自殺行為なのである。


だが、現在の【魔神】が両陣営に睨みを効かせている状況では、敵対している神が世界に降臨していてもおいそれと手を出すことは出来ない。


【魔神】に噛みつかれたらかなわないからだ。


つまり、【魔神】は間接的にラグの世界や他の世界を救う手助けをしたこととなる。


もちろん、【魔神】にそのつもりはないのだろうが。












だが、今エルフィナはその魔神が滅せられたと言った。


それの意味するところは、つまり。



「ちょ、ちょっと待ってください! 【魔神】が滅せられたって……!!」


「ああ、あんたの予想通りだよ。【妖神】がこの世界に降臨している理由は定かではないけど、死の危険があるなら留まっているはずがない。遠からず、この世界を去るだろうね。そして、神がいなくなるということが意味するのは……」


【大崩界】。

千年前の災厄の再来である。


「……………………」


「どうだい、協力してくれる気になったか」


「……僕にそのことを話した理由は、再び訪れる破滅に関して、ではないですよね。仮に【魔神】が滅せられたのが事実だとしても、この世界とは時間の概念が異なる天上界にすぐさま動きがあるわけじゃない。せいぜい、僕達の子の世代に【妖神】が去就の決定をする、というレベルでしょう? なら、【魔神】の死は確かに世界を揺るがす大事件ではあるけれど、現段階で僕のような落ち目の貴族に声をかける必要はない。…………これが、アシヤ家の手法ですか?」



わずかに抗議の色合いを帯びたラグの視線を受け、探るような顔つきで話を聞いていたエルフィナは納得したように頷いた。



「……なるほどね。伊達にロッテンハイムの御曹司とつるんじゃいない、か」


「え? なんですか?」


「いやなに、独り言さね。それより、さっきの話に別に他意はないよ。いつも『何故か』動揺した相手が勢い込んで協力を約束してくれるけれど、こちらとしてはいつも意外に思ってる。【本題を聞くことすらせずにアシヤ家に手を貸すって誓約を受け入れてくれる】んだからね」


「(………………食えない女性だ)」



屋上の入り口に立って誰か来ないか見張っているダンタールが苦虫を噛み潰したような顔をしているのは、そういうことなのだろう。


ラグとて今までデオルフ家に対する扱いを見てきてきたからこそ違和感に気付けたものの、ダンタールのように名門の出身だったら危なかったかもしれない。


冷静に考えれば他国の貴族に声をかける時点でおかしいのだが、【魔神】の死と【大崩界】の再来という衝撃的な事実を聞かされて平静を保てる人間などそうはいないだろう。


実際には、【妖神】がこの世界を去るのも、二度目の【大崩界】が起こるのもはるか未来の話なので、そもそも現時点で直接どうこうすることはできない。


わざわざ学園内部で声をかけているというのも、学生という身分ゆえにこの手の策謀に慣れていない次期党首たちを狙っているからなのかもしれない。


「それにしても、学園きっての落ちこぼれって話だったが、なかなかどうしてやるじゃないか。胆も据わってるし頭の回転も悪くはない。なによりこの国の豚どもとは違って誇りを持ってる。やっぱり、あたしはあんたのことを気に入ったよ、ラグ。アシヤ家としての立場がなければ、もっと仲を深めたいところだ」


「はぁ……それは、どうも」


快活に笑うエルフィナに気のない返事を返すラグ。


アシヤ家の息女に気に入られるのは本来ラグのような落ち目の貴族にとっては棚からぼたもちくらいの僥倖だ。


なので喜んでしかるべきなのだが、ラグにはどうにもエルフィナを測りきれないでいた。


先程のように本題を隠したままラグに誓約を課そうとする彼女と、今ラグのことを気に入ったと言う彼女のどちらが本当の彼女なのかがわからない。


彼女の言を信じれば前者がアシヤ家の人間としての彼女で、後者が一個人としての彼女ということになるのだが、果たして本当だろうか。


どちらもアシヤ家としての彼女で、ラグを懐柔するための仮面を使い分けているだけではないのだろうか、という疑念が拭いきれなかった。


「おやおや、ずいぶんと疑われちまったようだね。ま、それが正常な反応ってやつなんだろうけど」


大げさに肩をすくめて見せるエルフィナだったが、すぐにまたアシヤ家の人間の顔に戻る。


「さて、じゃあ今度こそ本題だ。協力してほしいのはヘールバズに対してだよ」


「ヘールバズに対して、ですか……?」


「ああ」


ラグは少しだけ戸惑う。


話の中心がヘールバズに関してならば、確かに明らかにヘールバズと反目しているラグに声をかける理由はわかる。


だが、必要性は感じられない。


二大貴族であるヘールバズ相手に、ラグになんの協力を求めるというのだろうか。


「【魔神】の一件が伝わったのと同時期に、ヘールバズがキナ臭い動きを見せ始めてね。具体的には、自分たち以外の派閥に属する貴族たちの取り込み、もしくは左遷。特に他国と繋がりの強い貴族を中心に中央から遠ざけられてる」


人が集まれば自然と派閥などが形成されるのはラグの国でも例外ではなく、貴族たちは各々の思惑をもってそれらに属している者が多い。


なかでも政治を牛耳るヘールバズの派閥は最大勢力だが、デオルフ家のように特殊な才能を持つ家は独立独歩の気風が根強いし、いくら政治に興味がないとは言えロッテンハイム家もその強さから軍内部では相当な影響力を保持している。


エルフィナはそれらの貴族の取り込み、ないし排除を行っていると言いたいようだ。


「まぁそれだけならまだ看過できなくもないんだけれど、問題はロッテンハイム家の傘下にも手を出し始めたことだ。この意味、仮にも貴族ならわかるだろう?」


「………………独裁、ですか」


ヘールバズがロッテンハイムの派閥の貴族まで取り込もうとしはじめたということは、そういうことだろう。


今まで政治だけを担ってきたヘールバズが、軍事にまで手を伸ばし国全体を動かそうとしているのだ。


「ですが、それでもヤハナ神国が干渉する理由はないとは思いますが」


「それだけならね。さっきも言っただろう。他国と繋がりの強い貴族が排除されていると。ウチとの折衝にあたる貴族は軒並み頭がすげ替えられたし、ライシナ王国の方も同様だ。それに合わせて、交渉方針が今までの協調路線から一転して強硬路線に切り替えられた。そして、手の込んだ偽装工作をしてはあったが、どうやらヘールバズ家の名義で軍用装備が大量に発注されたらしい。それも対魔物用じゃなく対人用の、ね」


「…………………………」


ここまで言われれば誰でもわかる。


ヘールバズは戦争を仕掛けようとしているのだろう。


【大崩界】後、今の三大国が建国されて以来ずっと守られてきた、人類間での争いはしないという禁を破って。


「……話はわかりました。ですが、やはりわかりません。仮に今の話が事実だったとして、それを正直に話す理由も、ましてや僕に話す理由も」


「正直に話した理由は打算も何もない、あたしなりの誠意さ。ヘールバズ家が戦争を始めようとしていても、あんたはハルメアの貴族。戦争に加担するかどうかはともかく、わざわざあたしたちに協力する義理もない。騎士の誇りをまだ持ってるあんたがヘールバズに協力するとは思えないけど、騙し討ちのように誓約を迫った手前、このくらいはしないとね」


「(…………国を動かす大貴族から他国の底辺貴族への誠意、ね)」


戦争が始まれば多くの血が流れ、有能な魔法使いたちが命を落とすのは間違いない。


【大崩界】が再来するというのなら、それは絶対に避けるべきことだ。


ヘールバズが戦争を始めるというのならば、ラグはそれを止める側に回るつもりだ。


だが、それはエルフィナたちアシヤ家、ひいてはヤハナ神国に協力することとイコールではない。


「僕に話した理由もそれですか?」


「いいや、それは違う。あんたに話したのはヘールバズにつかれると脅威だからさ」


「僕が、脅威…………?」


ラグは今度こそはっきりと困惑した。


スケルトンしか従えていない落ちこぼれの召喚士が、なんの脅威になるというのか。


「ああ、そうさ。戦争において、伝説上にしか存在しないような魔物でも召喚さえできれば従えうる、あんたの並外れた許容量はそれだけ警戒されてしかるべきだ。召喚魔法に詳しくないあたしたちとしては、何が何でもあんたがヘールバズにつくことだけは阻止しなきゃならないのさ」


そう言われ、もし戦争になった場合の事を考える。


戦争となれば総力戦。使える戦力は使うのが当然である。


そして、魔法使いの精鋭たちと単騎で渡り合えるような魔物を使役できる召喚士は、その中でも最も重要な戦力のひとつだろう。


となると、莫大な費用を投じてでもラグに再度召喚の儀式を行わせることも当然あり得る。


強力な魔物を従えることができるという一点においては、ゲイルだろうと到底太刀打ちできないほどの才能をラグは有しているのだから。


「(なるほど、確かにこの言い分は筋が通ってる。今の僕は脅威ではないけど、再召喚の場を整えられるだけの資産を持ったヘールバズがバックにつけばその限りではない、か)」


もちろん、ラグにヘールバズに降るつもりはない。


騎士の誇りを侮辱するような家など頼まれてもお断りだ。


だが、エルフィナたちがラグをヘールバズが懐柔する可能性を無視できないというのは理解できる。


だからこそ、ラグがキオタと反目したこのタイミングで声をかけてきたのだろう。


「これであたしの話は終わりだ。答えを聞かせてくれるかな?」


有無を言わさぬ空気をまとってエルフィナが問う。


ラグはすぐには答えず、じっくりと十秒以上考えてから口を開いた。


「少し、考えさせていただけませんか。今聞いた情報を整理したいですし、落ち着いて考える時間も欲しい」


「…………やーれやれ。このあたしがここまで迫っても折れないとはねえ。肝っ玉の据わった男だよ、全く」


エルフィナは呆れたようにため息をついた。


「ま、構わないよ。あたしとしても、ヘールバズの奴らに【魔神】のことやらで動揺させられて、強引に協力の誓約を課されないようにするのが目的だったしね」


それは今まさにあなたがやろうとしたことなんですが、とラグは思ったが言わぬが花である。


その後、ラグはこの件に関しての他言無用の誓約を交わし、その場を後にした。



















「(ヤハナ神国はあまり召喚魔法の研究が盛んじゃないし、他国の貴族であるアシヤ家につくのはリスクが高い。だけど戦争を起こそうとしてるヘールバズにつくのは論外だ。やっぱり、状況は好転してないのに厄介ごとだけが増えてるじゃないか……)」


エルフィナとの会話を思い出し、状況を改めて整理したラグは教室で頭を抱える。


ただでさえスケルトンを召喚してしまって大変なのに、何故余計な厄介ごとの方から転がり込んでくるのか。


二つの家を上手く利用してやろうなどとは考えられない根っからの落ちこぼれ気質のラグは、ただ呻くことしかできなかった。





















「ラグ・デオルフッ!!!!」


















いきなり響き渡った怒声に、教室が静まり返る。


名前を呼ばれたラグは驚いて椅子から転げ落ちてしまった。


それを見つけた声の主が歩み寄ってくる。


「『ほほう、胸は貧相だが中々の美少女じゃあねえの。この前の赤髪といい落ちこぼれも隅に置けねえ…………ってなんかすげえ起こってるけど何したんだよ』」


他人事のように言うスルトだが、ラグはそれどころではない。


「き、君は確か実習の時の、あ、ちょまっ」


慌てて立ち上がったところで少女に胸倉を掴まれる。


少女の目はいっそ憎悪と呼んでいいほどの怒りに燃えていた。


「あなたの……あなたのせいですわ!! あなたのせいで、わたしは!!」


「ちょ、待って、いったいなんの」


「待てリディアーナ! 落ち着け!」


少女の剣幕にラグがうろたえていると、遅れて入ってきたダンタールがリディアーナと呼ばれた少女を引きはがす。


「話してくださいまし!! この人のせいで私は、私はぁ!!」


「ラグに当たってもどうにもならんだろう! いいから落ち着け!」


「ダンタール、これはどういう……」


リディアーナを引きずって教室から出ていこうとするダンタールに、状況のわからないラグが声をかける。


それに対するダンタールの答えには諦念が滲んでいた。


「……軍務実習の仮入隊派遣先が発表された。それを見ればわかる。言っておくが、お前のせいではない。いつかはこうなっていたことだ」


それだけ言うと暴れるリディアーナを抱え、ダンタールは教室から出て行った。


ラグが教師に目を向けると、事情を知っているらしい教師は無言で頷いた。


一目散に教室を飛び出す。


軍務実習は一年をかけて行われる長期実習で、実際に新兵として軍に入り任務をこなす。


軍の任務だけあり、派遣先によっては死者が出ることもある卒業前の登竜門だ。


だが、ダンタールやリディアーナ、教師の様子を見たラグの頭には、最悪の想像が浮かんでいた。


連絡事項の掲示が行われる場所についたラグは、大急ぎで自分の派遣先の掲示を探す。


そして、それを見つけた時----立っていることができずに膝から崩れ落ちた。


「そんな…………嘘、だろ…………」


ラグが自分の名前を見つけた一枚の紙にはこう書かれていた。













ラグ・デオルフ


ダンタール・ベンサム


リディアーナ・レゼンウッド


ミリア・レインダート




以上四名に【第一級障気噴出地点監視区域第四特務基地】での軍務実習を言い渡す。
















【第一級障気噴出地点監視区域第四特務基地】。


通称、旧ロストエデン前線基地。


【大崩界】において最も有名な三人の英雄が没したとされる最大の激戦区、ロストエデン跡地に存在する軍事基地。


そして、過去100人以上の生徒が派遣され誰一人として帰ってこなかった処刑場である。

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