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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
19/46

第一回学年別実技試験 後編

ゲイルの脅しめいた挑発を聞き、それでもラグは言葉を発さずにじっとゲイルとデュランを観察する。


今ラグが相対しているのは今までで間違いなく最悪最強の相手。


この二人を相手にするくらいならばリザードマンの番と戦っていた方が百倍はマシだ。


そのくらいラグとゲイルには実力の差があり、スルトとデュランには力の差がある。


だが、それでも万が一、いや億が一の可能性を掴まねばならない。


戦う前から負けを認めることだけは御免だった。


狙うはゲイルただ一人。


ゲイルを抑えてしまえばデュランは手を出せないだろう。


そもそもゲイル一人ですらなんとかなるかわからないのに、さらにデュランの攻撃をかいくぐりながらとなれば無謀もいいところだが、他に手がないのも事実。


一応試験だけあってゲイルの武器は学園支給の剣のみ、デュランも普段持っている長大な騎士槍は持っていない。


つけ入る隙があるならそこ、だろうか。


とにかく、長期戦になったら勝ち目なぞあろうはずもない。


一回戦と同じく速攻。それしかない。


そこまで考え、ラグはスルトに合図を送るべく息を吸い込んだのだが。


「おい、デュラン」


図ったかのようにゲイルがデュランに声をかける。


機先を制された形になったラグは思わず言葉に詰まり、仕方がなく二人を警戒する態勢に戻る。


「いかがなされましたか、ゲイル様」


「こいつらは俺一人でやる。お前は手出しすんじゃねえぞ」


「……しかし」


「二度は言わねえぞ」


「……承知いたしました」



ラグは耳を疑った。


今、ゲイルはこれから戦おうとする相手の目の前で「手を抜いてやる」と言わなかったか。


「『野郎……舐めやがって……』」


さすがのスルトもこれにはカチンときたようで、声に抑えきれない怒りが滲んでいる。


ラグとしても従魔などいなくとも充分だと言われて笑って流せるほど人間が出来ているわけではない。


「『いい度胸だクソガキ……お望み通りぶっ飛ばしてやるよ……』」


だが、スルトの怒りはラグよりも大きかったようである。


「『ス、スルト?』」


様子がおかしいことに気付いたラグがスルトに声をかけるが少し遅かった。


「『あの世で後悔しろやァァァァァァ!!』」


「ちょっ!? スルト!?」


ラグの制止も聞かずゲイルに対して突っ込んでいく。


その手に握られるのは一振りの剣…………ではなく、ただの木の棒。


支給される剣ですら重すぎて持てなかったためだが、さすがにゲイルたち相手に丸腰は不味いと思い、授業で使う棍を少し改良させて持たせたのだが、見た目は完全に棒切れである。


多少の魔力で強化してあるだけで実際にもただの木の棒なのだが。



「はぁ? 主の命令も聞かねえなんてとんだ不良品だな」


いきなり突っ込んできたスルトに呆れたような視線を向けるゲイルに対し、スルトはますます怒りを顕にする。


「テメエェェェェ!!オチコボレヲバカニスルノハカマワネエガオレヲバカニスルノハユルサネエゾ!!」


「……お前、家の再興以前に従魔の従え方からやり直した方がいいんじゃねえの」


「……………………」


何も言い返せないラグであった。


「チェストォォォォォォ!!」


スルトが大上段に構えた剣(の代わりの棒)を謎の掛け声とともに振り下ろす。


対するゲイルはため息をついただけだった。


「自我に目覚めたってのはわかるけどよ。ちゃんと躾けておくのも召喚士の義務だぜ、ラグ」


そう言って剣を鞘から抜きもせずに軽く上へと突き出した。


それだけで、まるでそこに壁があるかのようにスルトの動きが止められる。


「ヌ、グ……!」


「躾のなってない駄犬にはお仕置きが必要だな」


口の端を歪めながらそう言うと、本当に何気なく、といったように剣を鞘から抜く。


その次の瞬間、スルトは元の位置から動いていないラグの遥か後方まで吹き飛ばされていた。


「ゲフゥ……!?」


体をバラバラに撒き散らしながら吹き飛んでいくスルト。


その声を聞きながら、それでもラグはゲイルから視線を外さない。


気を抜いたら、その瞬間に勝負が決まってしまう。


あらかじめわかっていたことだが、改めてそのことを自覚したラグの頬を汗が伝う。


「おいおい……今さら何を怖じ気づいてんだよ。元々勝ち目のねえ試合だなんてわかってたことだろうが。せっかく手加減してやってるんだ、せめて少しでも評価をあげる努力をしたらどうだ」


冷ややかに見つめるゲイルは余裕そのもの。


明らかにラグを馬鹿にして挑発している。


そして、ラグにはその余裕を崩すだけの力はないのが現実だった。


「……もう勝ったつもりになってるなんて、ずいぶんと気が早いんだね」


だが、ラグは虚勢をはる。


気持ちまで折れることはないという言外の意思を込めて。


「従魔に加勢させるべきだったと、後悔させてあげるよ」


ゲイルはその虚勢を見破った上で、笑う。


「はっ、そうだ。お前はそうじゃなくっちゃな。どっかのチビデブにも、この俺にもへつらうことなく対等であろうとする身の程知らずはそうじゃなくちゃいけねえ。いいぜ、来いよ、ラグ・デオルフ。この国を背負って立つべき者が誰なのか理解させてやる」


もはや言葉は不要。


剣を抜き放ち、ありったけの身体強化と活性魔法を己にかけ、ラグはゲイルに突貫した。


「1分耐えられたら誉めてやるよ。【ボルガ】!」


まばたきをする間に生み出された3つの人の頭ほどの大きさの火球がラグへと殺到する。


だが、ラグは速度を落とすどころかむしろ加速してその火の海へと突っ込む。


「(ボルガは非誘導性である代わりに飛距離が長くなるにつれてその大きさを増す……そして、ゲイルが放った軌道は僕が交代した時の逃げ道を塞ぐ軌道!)」


火球が目の前に迫った時、思いきり跳躍して火球の空白地帯へ飛び込む。


火球の1つが右腕をかすりかけるが、瞬間的に右手から魔力を放出しわずかに軌道を逸らし回避する。


着地時に少しだけ体勢を崩したものの、速度を殺さないままゲイルへと肉薄する。


「はっ、このくらいは対応してもらわなきゃなあ!!そら、次だ!!」


「………………!!」


再びゲイルの周囲に火球が生み出され始めるが、その前にラグがゲイルの肩口へ向け剣を振り抜く。


火球の精製を中止し剣を受け止めたゲイルは、数度打ち合いつばぜり合いの形へと持っていきながら笑う。


「はっはぁ、前にボコボコにしてやった時よりも早くなってるじゃねえかラグ!凡人なりに努力したってわけか!」


ただのつばぜり合いですら地力の差は出る。


話す余裕があるゲイルに対し、歯を食いしばってなお押し込まれるラグは苦しげな息を漏らす。


「ぐっ…………!」


「火属性なんて使って悪かったなぁ!こっからはそこそこマジにやってやるよ!」


ニヤリ、と顔を歪めたゲイルの体から烈風が吹き荒れた。


押し込まれていたところに強風をモロに受け、たまらず膝をつくラグ。


「どうしたどしたぁ!腰がひけてんぞラグ!」


「………………!」


苦しげな顔のまま一瞬だけ剣を押し返したラグは、肩を使って剣の腹を支えるとゲイルへと足払いをかける。


それを躱したゲイルの剣の圧力が弱まった隙に剣を弾き返し、後方へと跳んで距離を取る。


既に呼吸の荒いラグに対し、ゲイルは汗ひとつかいていない。


「おーいおい、そんなに距離とっちまって大丈夫か?遠距離から一方的に攻撃できんのはどっちだったけなぁ」


ラグは身体強化と活性魔法しか使うことが出来ない。


そして、ゲイルの得意属性は風。


ひとたび放たれてしまえば防ぐことの出来ない風の刃が、ゲイルの掌の上で生み出される。


「呆気なかったが、これで幕切れだ。【スラストスコール】!」


「くっ…………!!」


先程の火球のように軌道の先読みが出来ない、不可視の刃がラグへと殺到する。


ラグは放たれた瞬間の空間の揺らぎから当たりをつけて回避するが、到底避けきれるものではない。


不可視の刃はラグの体の至るところを切り裂き、鮮血を吹き出させる。


「が、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


たった1度の攻撃で戦闘に支障が出るレベルの重傷を負ってしまったラグは、あまりの激痛に床を転げ回る。


鋭すぎる風の刃は切断面に無駄な傷を残さない。


かまいたちのようにぱっくりと割れた傷口からは白い物が覗いている部分もあった。


「やれやれ、所詮はこの程度か。思ったよりもやると思ったが、ま、ラグだし仕方ねえ」


剣を鞘に納め、ゆっくりと近寄ってくる。


息も絶え絶えになりながら、それでも剣を構え立ち上がるラグ。


それを見たゲイルは今度は不快そうに眉を潜める。


「……おい、もう決着はついただろうが。それ以上やるのはただ見苦しいだけだぞ」


「はぁ…………はぁ…………」


言葉も発する事が出来ず、それでも剣を構えることをやめないラグに、ゲイルは苛立ちを顕にする。


「チッ、往生際の悪い。そんなに嬲られてえのならお望み通りにしてやるよ」


そう言ってゲイルが拳を握った時だった。


「ヨクヤッタオチコボレ!」


「なにっ!?」


地面に散らばる骨と化していたスルトがいきなり起き上がり、叫んだ。


すっかり存在を忘れていたゲイルは不意を衝かれる。


「(この位置取り……!のたうちまわる振りをしてこの位置まで俺を誘導したってことか……!)」


傷だらけになりながらもしっかりと剣を構えゲイルへと向かってくるラグに目を向けてそう理解しながら、しかしゲイルは迎撃の体勢を整える。


「これしきで俺を倒せると思ったか? ロッテンハイムを舐めるな!!」


右手を剣の柄にかけ、左手で風の刃を生み出しながら吼える。


だが、状況はゲイルの予想を越える方向へと進む。


「ソウカイ。ナラ、コレナラドウダ!」


バァン、と大きな音を立ててスルトが地面を踏みつける。


すると、スルトの立つ場所を中心に光が湧き起こった。


「な、にぃ……!?」


「えっ……!?」


「……………………!!」


今度こそ完全に不意を衝かれたゲイルは体を仰け反らせて硬直し、二人がかりでゲイルに最後の攻撃を仕掛けるつもりだったラグも予想外の自体に動きを止める。


そして、ずっと戦いを静観していたデュランも目を見開いた。



「【天より降りる連環の檻よ、魔によって紡がれし楔をもってその役割を終の果てへと明け渡せ。世界に仇なす我が敵を討つは、今】」


スルトの口から朗々とした詠唱が溢れだす。


その声はそれまでのような片言ではなく、ラグと念話する時と同じ滑らかなものだった。


「(術式詠唱、だと……!?)」


その口から出る言葉が、魔法の起動のための呪文ではなく、その前段階の、大規模魔法の安定化に必要となる術式詠唱であることに気付きゲイルの驚愕はさらに大きくなる。


そしてよくよく見ればスルトの足元に魔方陣が描かれているのを認め、顔を青くした。


「(まさか、こいつ……自我に目覚めたんじゃなく、魂が……!?)」


スケルトンが魔法を、それも術式詠唱が必要な大魔法を使うなど聞いたことがない。


だが、その前例を塗り替えうる事例をゲイルは知っている。


自分の従える従魔のように、偉大な英雄の魂を核としていれば、あるいは。


「【メギドフレア】!!」


「くそっ……!!」


ゲイルの驚きをさしおいて、スルトの詠唱が完了し周囲が閃光に包まれる。


大魔法を使われるなど想定していなかったゲイルには咄嗟に地面に伏せて風の障壁を展開するのが精一杯だった。











そして、その障壁ごと貫く衝撃が…………………………………………………………………………………………来なかった。










「チェストォーー!!」


「………………は?」


いつの間にかゲイルに近づいていたスルトがゲイルの右腕へ思いきり棒を振り下ろす。


思わず唖然としてしまっていたゲイルはそれをまともに受けてしまう。


「あぐぅ!?テ、テメエ!?」


「ヒッカカッタナバァーーーーーーカ!!スケルトンガマホウナンカツカエルワケナイダロウガ!!」


「なっ!」


「えぇ……」


「……………………」


ということはつまり、さっきの詠唱は全くのデタラメで、床の魔方陣もただ光を発するだけの物だった、ということか。


確かに光を発するだけならば魔力を込めさえすれば誰にでもできるのだが。


三者三様の反応をよそに、大口を開けて笑うスルト。


方法はかなりアレだったが、実際状況は好転した。


いくら最弱の魔物とはいえ、利き腕に攻撃をモロに喰らったゲイルは腕が痺れてしばらく剣を持てない。


ゲイルが真っ先にそれに気付き、その様子を見てラグもそれに気付いた。


「チッ!」


「逃がさない!」


距離をとるべく身を翻すゲイルと、それに追いすがるラグ。


だが身を伏せていたゲイルは初速が足りず、ラグはゲイルの肩を掴んだ。


「(あとはこの剣を突きつけさえすれば……!)」


「そこまでです」


だが、剣を突きつけられていたのはラグの方だった。


喉元で静止する鈍い輝きに、剣の柄に手をかけたままラグはその動きを止めざるをえなかった。


「……テメエ」


「申し訳ありません、ゲイル様。命に背いた罰は後程」


「………………チッ」


ゲイルが肩を掴んでいるラグの腕を乱暴に振り払う。


ラグたちから遠く離れた場所に立っていたはずのデュランが目の前に立っていて、スルトはいつの間にか遥か遠くに吹き飛ばされバラバラ。ラグの喉元には剣を突きつけられている。


その現実が信じられなかったが、既にこの試合の勝敗が決した事だけはラグにも理解できた。


「興醒めだ。さっさと帰るぞ」


「かしこまりました。ラグ様、この試合はゲイル様の勝利ということでよろしいですか?」


「……………………」


「ラグ様。どんな状況でも諦めないのは素晴らしい勇気ですが、時にそれは無謀と言われることもあるのです」


「そいつに何を言っても無駄だ。落とせ」


「…………承知いたしました」


その言葉を最後に、抵抗する間もなくラグの意識は暗転した。




















「よろしかったのですか?」


勝ち名乗りを受け、試合場から退場する途上でデュランが声をかける。


「よろしくねえよ。手を出すなって言っただろうが」


「申し訳ありません。ですが、私がお聞きしたのはラグ様のことです」


「ああ……」


思い出したようにゲイルが会場の一角に目を向けるが、すぐに視線を外す。


「別に、俺の知ったこっちゃねえな。わざわざ手を回してやる義理もねえ」


「本当に、よろしいのですか?」


「くどいぞ」


取りつく島もなく言い捨てるゲイルは、会場の出口に差し掛かった時、ちらりと会場で意識を失っている少年を振り返る。


「……ま、家の再興なんて無理難題を掲げてるんだ。あれくらいどうにかしねえとどっちにしろそれまでだ。死ぬのが早いか遅いかの違いでしかねえよ」

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