第一回 学年別実技試験
「ま、まいった……」
その言葉を聞いてラグは肩の力を抜く。
「おぉーっとぉー!? これは大番狂わせだぁー!! 初戦敗退濃厚だと思われていたラグ・デオルフ選手がなんとなんと、モブオ・トコ選手を破り二回戦へと駒を進めましたぁー!!」
「『ぷっ、初戦敗退濃厚だってよ。二回戦進んだだけであの言われようとは、想像以上に落ちこぼれだなお前』」
「余計なお世話だよ……」
相変わらず口が悪いスルトにうんざりしながら剣を鞘に納める。
今は実技試験という名の魔法大会の真っ最中。
試験と銘打っているにも関わらずハイテンションな実況とヤジを飛ばす観客による熱気があたりに充満している。
観戦は任意、拡声魔法を使った実況に至っては完全に生徒の独断だが、年に数度の腕試しの場であるので盛り上がるのは当然と言えば当然で、はめを外さない限りは半ば学園公認となっている。
もちろん、観客に紛れて教師が試験の評価はしているのだが。
「『ま、こんな雑魚に負けるようじゃあ家の再興とやらも夢のまた夢だし、俺がいるんだから勝てて当たり前だがなー』」
「割りとギリギリのような気もしたけど……」
初戦の対戦相手のモブオ・トコのトコ家は犯罪者や軍旗違反を犯した者を捕縛することに特化したデュエリストと呼ばれる治安部隊へ優秀な人材を送り込み続ける、学園に通うなかでも名門の貴族だ。
普通に戦ったら到底勝ち目はなかっただろう。
今回はスルトと同時に速攻を仕掛け、相手の初撃であえてスルトに体をバラバラにさせて油断したところを拘束するという作戦がハマったからこそ勝利を拾うことが出来たのだ。
会場から退出し控え室へと戻る道すがら、先ほどの試合を振り替える。
「『確かにモブっぽい顔と名前の癖に剣の腕が異常だったけどな。適当に喰らったふりしようと思ったら見事に両断されたし』」
「あらかじめスルトに復活のための余剰魔力を沢山送っておいてよかったね……。戦闘中に魔力を送ろうとしたら感付かれてたかもしれない。予想通り、対人戦闘に特化したぶん魔物の性質には疎くて助かったよ」
「『そりゃ、スケルトンなんてクソ弱い魔物なんて性質覚えなくてもワンパンだからなぁ? ましてや、従魔になってる場合ならなおさらだ』」
「うるさいなぁ……何回言えば気がすむのさ……」
「『お前が嫌な顔する限り言い続けてやるよ。あとまた口に出してるぞ』」
「『あ、ごめん。ありがとう』」
ラグは大会が始まる前、スルトに念話の仕方を教えてもらってスルトとの会話は基本的に念話でするようにした。
戦場では肉声よりも魔力による念話の方が確実だし、普段一人でぶつぶつ言っている人間だと思われるのは嫌すぎる。
そんなこんなで控え室に戻ってきたラグは、部屋の前に赤い長髪の美女が立っているのに気付いた。
「や。見事だったよ。まさか見習いとはいえデュエリスト相手に勝っちまうなんてね」
「エルフィナさん」
片手を上げて気さくに話しかけてくるエルフィナに会釈を返す。
「『お? なんだなんだ、 スゲーべっぴんさんだな。知り合いか?』」
「『あ、うん。知り合いっていうか、交渉を持ちかけられてるっていうか。エルフィナさんはヤハナ神国の大貴族の出身なんだ』」
「『ほへー』」
大して興味もなさそうに聞いていたスルトだったが、珍しく真面目にエルフィナを見つめていたかと思うと、ぼそりと呟いた。
「『…………D、だな』」
「『え? なに?』」
「『いや、なんでもない。ちょっとしたランクだ』」
「『ランク? 危険度ランクのこと?』」
「『おお……そうだな……。確かにあのプロポーションは危険だ……』」
「……もういいかい、お二人さん」
「あ、すすすみません!」
苦笑いで声をかけてくるエルフィナに慌てて謝る。
「その様子だと従魔に自我が目覚めたみたいだね。ひとまずはおめでとうと言っておくよ。で、えーと……」
「ナマエガオモイダセナインデナ。フホンイダガスルトトヨベ」
「へぇ、人語を操れるのかい。その様子を見ても、ただ自我に目覚めただけってわけじゃなさそうだねぇ」
エルフィナがちらり、とラグを見る。
対するラグは無言。
「まだ手の内は明かせないって? 警戒されちまったもんだね。それはそうとスルトとやら」
「ナンダ」
「あたしはあんたが思ってるよりも、もうワンランク上だと思うよ?」
「ナン……ダト……!?」
「こう見えて着痩せする方なんでね」
「クッ……ソノホソサデE、ダト……!? バカナ……」
「魔力で補強すれば余計な筋肉つける必要もないからね。魔法使いの女はみんな細いだろう?」
「ナルホド……ソウイウコトカ……。コレカラハモットカンサツセネバイカンナ……」
「はっは、随分と愉快な従魔じゃないかラグ」
「……色々とすみません…………」
「いやいや、構わないよ。慣れっこだからね。まさか魔物にまで興味持たれるとは思わなかったけど。いっそ清々しいってもんさ」
そこでエルフィナの目がスッと細められる。
それに気付いたラグも表情を引き締める。
「それで、答えは出たかな」
「……すみません、もう少し考えさせてください」
「そうかい。ま、構わないよ。急かしちまって悪かったね、ゆっくり考えな。デュエリストととの試合見てたら早めに本家に報告するのもいいかと思ってさ」
「…………僕は、エルフィナさんの期待するような働きは出来ませんよ? 彼とは別に親しいというわけではありませんので」
「おや、流石に気づかれてたか」
そこで、拡声魔法によるアナウンスが入った。
どうやらラグの出番らしい。
「……次の試合でおわかりいただけると思いますよ」
「なに、確かにソレが目的なのは確かだけど、あたし個人としてはソレ抜きにしても話に乗ってもらいたいと思ってるからね。ま、期待させてもらうよ」
そう言うエルフィナに一礼し、ラグは踵を返す。
エルフィナの思惑がどうあれ、まずは次の試合に集中しなければならない。
例え、勝つことが絶望的な試合であっても。
「さぁーいよいよ二回戦目が開始されます! 一回戦で戦闘の出来ない者はふるい落とされ、いわばここからが本番! 会場の空気も大いに盛り上がっております!」
実況役の声を聞きながら入場する。
ラグが出てきたのを確認した実況役から紹介が入った。
「まず出てきたのは、スケルトンという最弱の従魔を召喚してしまった、当学園始まって以来ぶっちぎりでナンバーワンの落ちこぼれ! 一回戦は相手の不意を突く姑息な戦法で勝利を掠めとりましたが、二回戦の相手にも通じるのか!? 今大会のダークホース(笑)、ラグ・デオルフ選手だぁー!」
紹介が終わると同時に大ブーイング。
歓迎されていないのは明らかだった。
「『おい、なんか紹介って言うよりも貶されてるぞお前』」
「『あははは……』」
ここまで露骨だと笑うしかない。
そして、ラグの対戦相手も入場してきた。
「対するは、推定危険度ランクAのデュラハンを召喚し、本人の能力も軍の最前線で活躍する魔法使いに匹敵するとまで言われている、【大破界】後では間違いなく最強の召喚士!! 今大会の優勝候補筆頭、大本命中の大本命!! 彼の名を知らぬ者はこの学園にはいないでしょう!! 政治のヘールバズと並び、この国を支える二大貴族、軍事を司るロッテンハイム家の御曹司!! ゲイル・ロッテンハイム選手だぁー!!」
明らかにラグとは気合いの入り方が違う紹介を受け、デュランを従えたゲイルが入場してくる。
歓声や黄色い声援が上がるなか、まるで朝の挨拶のような調子で声をかけてきた。
「よう、ラグ。ずいぶんと怖い顔してんじゃねえか。そういや、従魔含めたガチンコ勝負はやったことなかったっけな。もしかして、俺に勝つつもりじゃあねーだろうな?」
そこまで言って、ゲイルの雰囲気が変化する。
いつもの人を小馬鹿にしたような態度から、国を背負って立つ者の持つ重圧を纏った、王者の風格へと。
「――――自惚れんなよ、落ちこぼれ。二度とそんな幻想を抱けないように、格の違いってもんを教えてやる」
試合開始の合図が鳴る。
最強の召喚士VS最弱の召喚士。
結果の決まった試合が始まった。




