拒絶
「ちょ、ちょっと待って! 君は、スルトだよね!?」
「スルト…? オレノコトカ?」
油断なく、敵意すら感じられるようにラグを見つめながら、スルトは笑う。
「ハハハ、ダトシタラ トンダカンチガイダ。オレハソンナ ヘンナナマエジャナイ。オレハ…………」
そこまで言って、突然スルトは押し黙る。
困惑するラグをよそに、ぽつり、と独り言のようにスルトは呟く。
「オレハ…………ダレダ……?」
「えぇ……?」
それはこちらのセリフだ、とラグは頭を抱えたくなった。
スルトの様子は明らかに自我に目覚めたばかりのスケルトンではない。
先程からずっとスルトの困惑の感情が伝わってきているのが何よりの証拠だ。
生まれたての人格は周囲に対しての疑問を覚えこそすれ、困惑することはないだろう。
であれば、今スルトが覚えている困惑は自分の想定外の出来事に対するものであるはずだ。
本来スケルトンは骨に魔力が宿って動いているに過ぎない。
生前、その肉体に宿っていた魂によってはその残滓がスケルトンの能力や自我の有無、覚醒する人格の傾向に影響することはあるが、魂自体が残っている訳ではないので生前の記憶が残っている事はないし、例えどのような自我に目覚めたとしても召喚者に逆らうような事はあり得ない。
だが、今スルトはラグに敵意をあらわにし、スルトという名前に対して自分の名前ではないと断言した。
これが示すところは、つまり。
「(もしかして……スルトは人間の魂を核にしている、のか……?)」
それならば説明がつく。
ラグが召喚したのはスケルトンという魔物そのものではなく、今スルトの内に宿っている魂をスケルトンという形に落とし込んだもの、ということだ。
つまり、スルトは自我に目覚めたのではなく、眠っていた魂が覚醒した、ということだ。
何故か、記憶を失ってしまっているようだが。
「『ん? おお、なるほどな。主って言ったのはそういうことか』」
「えっ!? だ、だれ!?」
突然、頭の中に少年とも青年ともつかない不思議な声が響いた。
驚いて周りを見渡すが、ラグの部屋なのだからもちろん怪しい人物はいない。
「『俺だ。目の前にいる俺』」
スルトがヒラヒラと手を振る。
ラグは再び驚愕する。
「え、ええ…!? ス、スルトなの!?」
「『だから俺の名前はスルトじゃないって言って……いやまぁ、名前は思い出せないんだが。とりあえず俺で合ってるぞ』」
「どどどどういうこと!? 何で頭の中から声が聞こえるの!?」
「『お前が念話のパスを繋いだんじゃないのか? とにかく落ち着け。ほら、深呼吸深呼吸』」
「う、うん。すー、はー」
深呼吸して気持ちを落ち着けていると、頭の中の声が呆れたように溜め息をついた。
「『はぁ、何なんだよお前は。警戒してた俺がアホみたいじゃないか』」
目の前のスルトが声に合わせてやれやれ、と言わんばかりに肩を竦める。
それを見て、ラグはようやく目の前のスルトが頭の中の声の人物なのだと実感できた。
「『まぁ、念話が繋がってるなら俺が逆らっても無駄なんだろう。とりあえず、俺が骨になってる理由やらなんやらを説明してくれ』」
「『ふうん……。つまり、俺は既に死んだ人間で、魂がお前に召喚された、ってことか』」
「うん、恐らくそういうことだと思う」
スルトを召喚してからの経緯、それにラグ自身の事や家の再興など一通りのことを先程推測した事を含めて説明した。
対面時の態度から自分に関係のない事は聞いてくれないかもとも思ったが、意外なことにスルトはラグの身の上を語りを終えるまで黙って話を聞いていてくれた。
「『まぁ、事情は把握したが……よりにもよってスケルトンとはなぁ。魂を依代にするならもっと他にもあるだろうに』」
「えっと……スルトは、スケルトン、なんだよね…?」
「『…………、何を期待してるかは知らんが、どこからどう見ても純粋培養のスケルトンだな。特に特別な部分も感じられないし、リッチなんかの類いでもない』」
「そっか……」
わかっていた事だが、少しだけ期待していたので落胆する。
人間の魂を依代にした魔物、というのは言葉にすれば大した事がないように感じるかもしれないが、実際には召喚できる魔物の中では当たりの部類に入る。
まず、人間の魂を核にしているので人語が理解できる。
これも大した事にないように思えるが、能力は高いが気性が荒く本能のまま周囲の人間に無差別に襲いかかったりする魔物や、逆に自発的な行動がゼロの魔物も珍しくない中では、常に本能を押さえ込む魔法式を起動し続けたり、逐一魔力を使って命令を送らなければ戦闘もままならない事も多い。
例を挙げれば、デュランも人間の魂を核とした魔物だが(ゲイルが聞いてもいないのに自慢気に語ってきたので間違いない)、デュランの種族である首なし騎士は本来はなくした首を求めて生物の首を狩り続ける危険な魔物だ。
それをデュランという魂を依代にすることで本能を上書きしているのだ。
つまり、本能の制御などの手間を全て省いた上で咄嗟に言葉による意志疎通が可能であり、召喚者と離れ離れになっても独自の思考を持って行動をすることが出来るという大きな利点があるのだ。
また、人間の魂を依代にする魔物は自然発生することはなく、禁呪などを除けば召喚でしか呼び出すことは出来ないので稀少価値が高い。
そう考えると、ラグの召喚自体は一応成功だったと言っていいのかもしれない。
記憶を失ってしまっているとはいえ、召喚以外ではほぼ従魔にするのが不可能な魔物を召喚できたのだから。
だが、しかし。
「……スケルトン、なんだよなぁ……」
「『わざわざ呼び出しておいて随分な言いぐさだな……』」
そう、スルトはスケルトンなのだ。
内に宿る魂が何者だろうと、スケルトンなのである。
魂を召喚出来た場合、最大の利点はその魂が生前に培ったあらゆる経験がそのまま手に入る事だ。
生前が剣の達人だったならば極められた剣の腕が、大魔法使いだったならば様々な強力な魔法がそのまま手に入る、となればわかりやすいだろう。
生前の経歴にもよるが、召喚されるならば大抵なんらかの優れた才を持っているはず。
つまり、他の魔物にも劣らない、強力な武器を手に入れたも同然なのだ。
ただし、それは能力に見合うだけの肉体があれば、の話だ。
どんなに優れた剣の腕があろうと、どんなに強力な魔法が使えようと、それを発揮できるだけの身体を持っていなければ意味がない。
剣を振るうには鍛え上げられた体躯が、魔法を使うには魔法式を演算する脳と魔力を溜めるための肉体が必要になる。
スケルトンは文字通り骨だけ。
剣を振るう筋肉も、魔法を使うための脳も、魔力を練り上げるための肉体もない。
仮にスルトの魂が人類史に名を残すような偉人でも、世界の危機を救った英雄でも、その力は全く発揮できないのだ。
それだけでも最悪の状況かもしれないが、実はスルトに魂が宿っていた事による弊害がある。
その事についてラグが頭を抱えようとした時、スルトが苛立ちを滲ませて声を発する。
「『で、事情は把握したが。はっきり言って、俺はお前に協力する気はない』」
「えっ!?」
「『いや、えっ、じゃないだろう。今の話のどこに俺が協力しなきゃいけない理由があったんだ』」
「だ、だって協力してもらわなきゃ家の復興が……」
「『それこそ俺の知ったこっちゃない。お前の家が復興しようがしまいが俺には関係ない。むしろ勝手に呼び出されていい迷惑だ。死者を弄んで楽しいか?』」
「そ、そんな……」
「『まぁ、俺が何で死んだのかとかどんな人間だったのかは気になるから、とりあえず記憶が戻るまではお前が死んじまいそうな時だけは協力してやるよ。一応魔力を貰って生かして貰ってるんだからな。だが、それ以外は協力する義理はない。そこんとこは勘違いするなよ』」
そう言うと、スルトはソファにゴロンと寝転がってしまった。
もうラグは何が何だかわからなくなって床にへたりこんだ。
唯一の従魔にすら拒絶され、ただでさえ険しかったデオルフ家の復興への道のりは困難を極めている。
いや、仮にスルトの協力を得られたとして、復興が可能になるのだろうか。
ラグの脳裏に、ついさっきまで考えていた事がよぎる。
スルトを存在昇華させ、ラグ自身も修練を積んだ上で新たな従魔を得る。
学園からの支援魔力があれば可能なはずだった。
だが、今わかったスルトの魂の存在。
魂は、転生や禁呪などの特殊な方法でないと自己の存在の変容を拒む。
魂を持つ存在は、自己の存在を変化させることは出来ない。
だから、存在昇華は――――そうなりえる可能性を存在の中に含んでいる魔物の魂を持った魔物、もしくは魂そのものを持っていない魔物にしか起こり得ない。
だから人間の魂を持つスルトは存在昇華を起こすことが出来ない。
ひたすらに混乱し続けるラグは、それでも絶望の波が押し寄せるのを感じていた。




