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崖っぷちの魔法使い  作者: 地雷ブルー
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前途多難

「え、じゃあ、エルフィナさんはヤハナ神国の貴族なんですか?」


「ウチの国じゃ貴族とは呼ばないけどね。ま、この国風に言うとそういうこと」


突如現れた赤髪の美女から自己紹介を受けて、ラグは驚きを隠せなかった。


思わずその名前を反芻する。


「エルフィナ・アシヤ。アシヤ家と言えば、確かヤハナ神国で軍事を担う家だったと思うんですが」


「お、知ってるのかい」


「これでも一応貴族ですから。いくらなんでも知ってますよ」



アシヤ家はヤハナ神国の軍事を司る大家だ。


神事を司るツチミカドと共にヤハナ神国を支える双璧としてあまりにも有名である。


「でも、そんな家の方がどうしてこの国に?見つかりでもしたら……」


軍事を司るアシヤ家の人間が潜入したとあれば下手をしたら国際問題に発展しかねない。


そんな心配をするラグをエルフィナは豪快に笑い飛ばした。


「ははははは!心配はいらないよ、あたいはこの学園には留学ってことで来てるんだから」


「留学…………ああ、なるほど、何年か前に話題になったあれですね」


数年前、三国間の親交を深めるためという名目でそれぞれ有力な家の人間がお互いの国に留学をすることになった。


ハルメア皇国からはヘールバズ家の跡取りがライシナ王国に、ヤハナ神国からはアシヤ家の息女がハルメア皇国に来たはずだ。


それは知っていたが、学園にいたとは。


この国で最も有名なのがこの学園なのだから、少し考えればわかることなのだが。


「ここにいる事情はわかりました。でも、そんな方が何の用ですか?僕みたいな落ちぶれた貴族の息子なんかにわざわざ会いに来る理由がわからないんですが」


「それはそうさね。あたしもアシヤの家も、デオルフ家なんて無名の貴族に用はない。あるのはあんたにだったんたが、くく、なるほどねぇ」


「……なんですか?」


「それだよ。あたしがアシヤ家の人間だってわかっても全く物怖じしないその態度。ヘールバズに喧嘩を売ったってのも納得だ」


「あ、いや、あれは……」


ついカッとなってしまったのだ。


ラグ個人としてキオタを殴ったのを後悔してないとしても、デオルフ家の跡取りとしては二大貴族に目をつけられるなど悪手以外のなにものでもない。


「あの嫌みったらしいチビデブをぶん殴ってくれたって聞いてスカッとしたよ。しかも騎士の末裔としての誇りがどうこう言ったんだって?いやあ、まだこの国に騎士の誇りを持ってるやつがいたなんて嬉しいよ。あたいがこの国にきてから会ったやつらはどいつもこいつも誇りもへったくれもない小物ばかりだったからねえ」


「………………」



なにも言葉を返せない。


この前キオタに言われてから調べたが、確かに多くの生徒は騎士の誇りを鼻で笑うような人間ばかりだったのだ。


ラグもそれには酷く落胆したものだ。


「ま、それを聞いて個人的に気になったってのもあるんだけどね。本命はアシヤとしての話だ」


「アシヤ家としての話?」


その言葉にラグは疑問を覚える。


さっきも言ったが、ヤハナ神国の大家アシヤ家とデオルフ家では天と地ほどの差がある。


本来ラグはエルフィナと口をきくことすらできないのだ。


そんなラグに、笑みを消したエルフィナが告げる。


「そうだ。単刀直入に言おう。ラグ、あんたアシヤ家につく気はないかい?」


「っ!?」


エルフィナの言葉に息を飲む。


アシヤ家につく。


それの意味するところは一つだ。


「…………僕に、ハルメアを裏切れって言うんですか?」


敵意を圧し殺し、エルフィナを睨み付ける。


「没落した貴族ならば与し易いとでも思いましたか? だとしたら甘く見られたものですね。我が家は大恩ある祖国を裏切るような恥知らずではありません。他を当たってください」


硬い口調でそう言いきるラグ。


例えヘールバズに目をつけられようとも、祖国を裏切る気など毛頭なかった。


話は終わりだと言わんばかりに立ち上がるラグを、エルフィナはただじっと見つめ――――大声で笑いだした。


「ふふ、ははは、あーはっはっはっはっ!!」


唐突に笑いだしたエルフィナをポカンとした顔で見つめるしかないラグ。


ひとしきり大笑いしたあと、ようやく笑いやんだエルフィナは、それでも面白くて仕方がないといった顔でラグを引き留める。


「まあまあ、そう早まるな。ふふ、いや誤解を招くような言い方して悪かったよ」


「はぁ…………?」


「別に祖国を裏切れっていうんじゃない。まあ聞いてくれないか」


座るよう促すエルフィナに、怪訝な顔をしながらも腰をおろす。


ようやく真面目な顔に戻ったエルフィナが話し出す。


「まずは、確認からだ。これから話すことはちょいと訳ありでね、あまり他言してほしくないんだ。アシヤ家が話したとバレたら都合が悪いし、一般の者たちに知られていい話でもない。それが貴族であってもね。もし誰かに話してしまったら、相応の覚悟をしてもらわないといけない」


「相応の、ですか」


それの指すことは言うまでもないだろう。


「もちろん、それに見会うだけの見返りはある話だ。特に、家の再興を目指してるあんたにはね。もう一度確認するが、話を聞くならば他言しない誓約の魔法を交わしてもらう。乗るにせよ乗らないにせよ、ね」


ラグはしばらく迷ったが、家の再興に関係があると聞いては見逃せない。


「聞きましょう」


「へえ、即決かい?間違いなくデオルフ家にも影響が及ぶんだ、何の相談もなしに決めていいような軽い話ではないよ?」


「構いません。ヘールバズに目をつけられた時点で既にデオルフ家には僕を切り捨てる準備はしてもらっていますので」



周りの人間が騎士としての誇りを鼻で笑うような者たちだとわかってすぐにラグはデオルフ家に連絡をとり、ラグをいつでもデオルフ家から除籍することができるように準備を進めてもらっている。


ラグはキオタに殴りかかった件では、キオタが騎士の誇りを侮辱したのだからある程度の擁護はあると思っていた。


だが、騎士の誇りを保持していないこの国の貴族にそれは望むべくもないだろう。


自分の短慮が招いた事態で家名に更なる汚名を被せるわけにはいかない。


貴族としては致命的なほど人の良い父母は、たとえどんなことになろうとラグは自分達の息子だと言ってくれたが、ラグはそこをおして準備を進めることを約束させた。


その気持ちは涙が出るほど嬉しいものだったが、明らかに家としての判断では間違っている。


両親は若いとは言えないがまだ子供を産めない年というわけではない。


ラグに家督を譲っていない今なら、新たに子を成し跡取りとして育て直すことは可能だ。


苦労してこの学園に入れてくれた労苦を考えると心苦しいが……デオルフ家を潰させるわけにはいかないのだ。


「ふうん……。ずいぶんと無責任な話だね。ちょっとやらかしちまったからって、仮にも貴族の跡取りが家の再興っていう責務を放り出して尻尾巻いて逃げ出すっていうのかい?」


そう言うエルフィナの顔には僅かに不快な色が滲んでいた。


「僕が跡取りでなくなっても、再興の道は潰えません。むしろ僕が跡取りでいることで再興の夢が潰えるというのならば、家名を放棄することになんの躊躇がありましょうか。例え放逐され身一つになろうとも、家のために出来ることがなくなるわけではありません」


失望の感情を孕んだエルフィナの視線を真っ向から見返し、迷うことなく言い切った。


そんなラグをエルフィナも見返し――――花が咲くような笑顔を見せた。


「その家の人間だからではなく、自分の意志で再興への道を志す。ふふ、いいじゃないか!この国の貴族は性根の腐ったドブネズミだけかと思ったけど、あんたみたいな真っ直ぐな男もいるなんてね。まだハルメアも捨てたもんじゃないってことか」


「…………ど、どうも」


エルフィナの笑顔に思わず見惚れてしまい気後れしそうになったラグだが、次の一言で現実に引き戻された。


「ま、それならなおのことヘールバズのチビデブをぶん殴ったのが浅はかな行動だったと思うけどねえ」


「……返す言葉もございません」


「いやなに、確かに愚かな行動だったかもしれないが、あたしは気に入ったよ。騎士は体面よりも志を優先しなきゃね」


そう朗らかに言うエルフィナだったが、その目がスッと細められる。


「だが、それはあたし個人の話だ。アシヤ家としての話には関係ない」


それを見てラグも改めて気を引き締める。

ここからは駆け引きの時間だ。


「さて、話が少し脱線したし、最後にもう一度だけ聞くよ。話を聞いてもいいんだね?」


ラグは深く頷くと、無言で先を促した。
















エルフィナやダンタールと別れ、自室へと向かうラグ。

頭の中ではエルフィナから聞いた話が繰り返し廻っていた。


「エルフィナさんの話が事実なら……いや、まだ答えを出すには早いよな、やっぱり……」


エルフィナから聞いた話にラグは驚愕し、大いに戸惑った。


そして結局決断を下すことは出来ず、話の真偽を見極めるまでは答えは保留させてもらうことにした。


エルフィナも特に嫌な顔はせず、むしろ当然の反応だというような感じだった。


話の内容に関して他言無用の誓約を交わし、エルフィナと別れたラグは一度自室に戻り頭を整理することにした。


「なんにせよ、まずはじっくりと考えてからだな……」


そうラグが独りごちた、その時。


「――――――!?」


脳天から爪先まで稲妻が走ったかのような感覚。


そして燃えるように熱くなる胸、まるで無限に広がっていくような錯覚すら覚える頭の中の魔力の流れ。


その感覚が収束する先に、ラグとリンクが繋がる使い魔の存在を感じた。


「これが……学園から供給される魔力……!?」


まさしく桁外れ。


法外な魔力がラグを通してスルトに流れ込んでいくのがはっきりとわかる。


そして信じられないことに、その魔力の流れは途切れることがないのだ。


「ここまで……凄い、なんて……!」


ただの通り道に過ぎないラグですらその勢いに体をフラつかせるほどだった。


その受け皿となっているスルトの状態は想像もつかない。


しばらく廊下の壁に身を預け、怒濤の魔力の波に体が慣れるのを待つラグ。


ようやく普通の動きに支障がない程度に動けるようになったラグは、安堵とともに深く息を吐き出した。


「学園を支える魔力っていうのは伊達じゃないな……。下手したら僕の一生分の魔力がスルトに注ぎ込まれたんじゃないか……?」


そう思ってしまうほどに膨大な魔力だった。


それでもまだ注ぎ込まれ続けているというのだから恐ろしい。


「……それにしても…………?」


破裂してしまうのではないかと思うほどの魔力を注ぎ込まれたはずのスルトに、全くといっていいほど変化が感じられない。


ただのスケルトンに過ぎないスルトには多すぎる魔力だ、まさか本当に破裂することはないにせよ、すでに存在昇華は起こしていてしかるべきである。


ラグが調べた限りでは複数回の存在昇華を起こしていてもおかしくはないはずだ。


そう不審に思った瞬間、スルトに変化が起こったことを感じ取った。


今まで単調な魔力の波長しか感じなかったスルトから、複雑で様々なパターンの波長を感じられるようになった。


さらに、僅かながら困惑しているような感情が伝わってくる。


これの示すところは、つまり。


「自我の覚醒……!!」


理解したとたん、自室へと一目散に駆け出す。


すれ違う生徒たちに不審な目で見られるのも構わず、全速力で自室へとたどり着いたラグは、息を整えるのも惜しんでその勢いのまま自室の扉を開いた。


大きな音を立てて開いた向こうで、ビクッとしながらこちらを振り向いた骸骨が目に入った。


以前までと異なり、その動作には明確な意志が宿っているように思えた。


「スルト……僕がわかるかい?」


興奮冷めやらぬまま、従魔へと話しかけるラグ。


ラグをジッと見つめたまま何の反応も返さないスルトだったが、やがてラグの耳に酷く片言な声が届いた。


「ダレダ、オマエハ」


「僕はラグ。君の主だ」


喜色満面といった様子でスルトへと歩み寄るラグ。


だが、その足はすぐに止まることになる。


「アルジ?フザケルナヨ」


怒気を孕んだ声で、吐き捨てるようにスルトは言い放った。


「オマエガ ダレダカ シラナイガ オレハ ダレノシタニモ ツクキハナイ。オレニ メイレイデキルノハ オレダケダ」


凍り付いたように動けなくなるラグ。


覚醒し、頼りになるはずだった従魔に拒絶されるという事態にラグの思考は完全に停止する。


ラグの前途は険しすぎるようだった。

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