仲違い
剣を構えたまま耳をすます。
森の中で聞こえるのは葉の擦れる音と鳥のさえずりだけ。
動くもののない静寂の中、ラグは微動だにせず時を待つ。
どのくらいそうしていただろうか。
ふいに強い風が吹き木々の葉を揺らした時、後方から殺気を感じた。
「スルト!」
振り返りながら従魔の名を呼ぶ。
地面で機を待っていたスルトが飛び起き、ラグに飛びかかる影に全力で体当たりした。
地面に散らばった骨だと思っていたスルトに横から衝撃を受け、襲撃者は短く悲鳴をあげて傍らの木に叩きつけられる。
その隙を見逃さず、ラグは両足を活性させると一気に距離を詰める。
慌てて距離をとろうとする獲物に逃げる暇を与えず、両腕を活性させその体を一息に両断した。
悲鳴すらあげることができず、真っ二つになった体が崩れ落ちる。
ラグは1つ息をつくと、血を払って剣を納めた。
すると、どこからか拍手が聞こえてきた。
「おいおい、思ったよりもよっぽどやるじゃねえか。お前ほんとに召喚士かよ」
離れたところで見ていたアランが目を丸くしながら近づいてきた。
アランだけでなく、同じ班の他の生徒も驚いた顔をしている。
今は前回の実習から二週間後のザーダン討伐実習の最中。
また同じ班になったアランが周辺警戒をしていたラグに、いきなり「ザーダンを倒すところを見せてくれ」と言い出したのだ。
アランは前回の実習で一緒になってから何かとラグに話しかけてきてくれるようになった。
スケルトンを従魔にしているラグを馬鹿にする事もなく気さくに接してきてくれるので、ラグもここ最近はアランと共に訓練したりすることが多かった。
「いくら召喚士でもザーダンに負けることはないさ」
そう言うと同じ班の女生徒か首を振る。
「いえ、すごいのはザーダン倒した事じゃなくてあの動きの方ですわ。一瞬で距離を詰めて、しかも一撃。いくらザーダンが相手とはいえ、あそこまで洗練された動きができるのは近接特化の前衛くらいですわよ?」
「近接特化か。まあ、あながち間違ってはいないよ。僕は外魔法は壊滅的で、ほぼ内魔法しか使えないんだ。だから、せめて自分の身は守れるようになろうって思って近接戦闘を徹底的に鍛えたんだ。戦闘技術だけなら前衛型の人にも負けない自信はある」
「なるほど。確かに、召喚士が攻撃魔法も補助魔法も使えないんじゃ足手まといにしかならない。自衛の手段を身につけるのは当たり前というわけか」
「もちろん、本当の前衛の人には敵わないけどね。技術では負けないって言っても、外魔法が使えないから戦術の幅が全く違うし、身体強化の適性にも圧倒的な差があるんだから」
「それにしては、ずいぶんと動けてたみたいだけどな?」
「あれは身体強化以外の魔法も使ってるから……」
「おい!いつまで話してんだよ!」
一人だけ会話に加わっていなかった少年が声を荒らげた。
前回の実習でラグに突っかかってきた例の少年だ。
「ああ、悪いなキオタ。つい盛り上がっちまった」
アランが宥めるように声をかける。
キオタと呼ばれた少年はなおもイライラとした表情で不満を隠そうともしない。
「たまたまザーダン倒せたからってなに騒いでんだよ。運が良かっただけだろ。そんな落ちこぼれに構ってる暇があったら一匹でも多く狩ることを考えろよ」
「おい、落ちこぼれは言い過ぎだろ」
「はぁ?スケルトンなんか召喚するようなやつ落ちこぼれ以外のなんだっていうんだよ。ちょっと動けるだけのゴミクズじゃねえか」
「おい……」
「アラン、いいよ」
あんまりな言いぐさにアランがわずかに怒りをあらわにするが、ラグがそれを制する。
それを見たキオタは、ますますラグを見下してバカにしたような物言いになる。
「はっ、落ちこぼれのゴミクズな上にヘタレ野郎かよ。全く、救いようがねえな!」
再びアランが怒気を発するが、ラグがおさえる。
キオタは鼻を鳴らすとそのまま顎をしゃくる。
「おい、落ちこぼれなんかほっといて早く狩りにいこうぜ。他の班に負けちまうだろうが」
「いや、もう今日はここまでにしよう」
「はぁ!?」
「もうみんな魔力が尽きてきてる。特に後衛組はもう限界だ」
確かに、後衛の生徒二人は疲労色濃く、魔力もほとんど残っていないようだった。
もうこれ以上の戦闘は無理だろう。
「ふざけんなよ、せっかくここまで来たのに引き返せるわけねえだろ!」
「引き返すべきだ。もうずいぶん深いところまで来ちまってる。これ以上は危険だ」
前回同様、キオタと呼ばれた少年のせいで現在地は森のかなり深い部分だ。
「深いからこそチャンスなんだろうが!ザーダンの数も増えてきてんだから!」
「だからこそ危ないんだよ。ザーダン以外の魔物も多くなってる。魔力がない状態で囲まれたら対応しきれない可能性がある」
「んだよお前もただのヘタレじゃねーか!そもそもなんでお前が仕切ってんだよ!」
冷静に危険性を説くアランとは対照的にどんどんヒートアップしていくキオタ。
ついには背を向けてしまう。
「もういい、お前らは勝手に帰れよ!俺だけで狩ってきてやる!お前らは低い評価で満足してりゃいいだろ!」
「おい、キオタ!」
アランの制止にも耳を貸さず、森の奥に向けて走り去ってしまうキオタ。
アランは舌打ちすると頭をかきむしった。
「ああもう勝手なのはどっちだよ!」
「アラン、どうする?」
「ほっとくわけにもいかねえだろ。いくらこの森でも奥にはそこそこの魔物だっているはずだ。キオタ一人じゃヤバい」
「でも、私たちはもう無理ですわ。森から出るだけでも魔力がもつかわからないのに、さらに奥に行くなんて……」
「ああ、悪いが同意見だ」
女生徒が音をあげ、もう一人の後衛の男子生徒も同意する。
「でも、キオタを置いていくわけにもな……」
アランはしばらく迷っていたが、諦めたようにため息をついた。
「しょうがねえ。俺がキオタを連れ戻してくるから、先に戻っておいてくれ。ラグ、前衛としてみんなを頼む」
この班の前衛はアランとキオタだ。
アランがキオタを連れ戻しにいくなら、前衛がいなくなることになる。
「でも、アラン一人じゃ危ないよ。僕はほとんど魔力を使ってないし、一緒にいった方がいいんじゃない?」
「ラグまできたら前衛がいなくなる。帰りにザーダン以外の魔物に襲われるかもしれないことを考えるとそれはできない」
「いや、そいつの言う通りだ。前衛は俺がやるから二人で行け」
そう言ったのは後衛の男子生徒だ。
「俺が入り口まで前衛をやる」
「大丈夫か?」
「本職は後衛だが、前衛の訓練も積んでいる。問題はない」
寡黙な少年でほとんど話しをしなかったが、力強い声で言い切る。
それを見てアランも頷いた。
「わかった。頼んだぜ」
「任せておけ」
寡黙な少年もそれに応じて頷く。
と、そこで疲れた表情で木にもたれていた女生徒から声がかかった。
「ちゃんとキオタ様を連れ帰ってきてくださいませー。私の家はキオタ様の家の傘下ですので何あったら困るのですわ」
「傘下?あのキオタって人、どこか有力な貴族の人なの?」
「ご存じないのですか?キオタ様は我が国の二大貴族の片割れ、ヘールバズ家のご子息でしてよ」
「へ、ヘールバズだって……!?」
「というか、ヘールバズ家の傘下ならアンタは一緒に来なくていいのかよ」
「だってキオタ様の私を見る目がいやらしいんですもの。あんまり助けに行きたいとは思いませんし、貴方方にお任せしますわ」
「あ、そう……いや、それでいいならいいんだけどよ……」
どこかズレたような女生徒の物言いに、どこかげんなりしたような様子のアランだったが、気を取り直したようにラグに声をかける。
「よし。ラグ、悪いけど付き合ってくれるか」
「うん、大丈夫。急ごう」
そうしてラグの班は二手にわかれ、それぞれ反対の方向へ向かった。




