stageD『Shield of the contradiction』
私が追いかけたあの強さは、私には絶対に手に入れられない強さだった
そうとも知らない私は、無茶をしては彼に呆れられた
それでも私は……
「また負けた……」
ルーミアは膝を折ると剣を闇に戻してうなだれた。
その仕草を見て桔梗はニヤニヤしながら虎鉄を収める。
湖のほとりでルーミアが挑んだ決闘は、またしても桔梗の勝利に終わった。
「太刀筋は前に会った時よりもよくなってきている。だが、まだまだだな」
「くっ……」
ルーミアはさも悔しそうに地面に拳を打ち据える。
それを見て桔梗は鼻の頭をかくと隣にしゃがみ込んだ。
「お前さ、何でそんなに俺に勝ちたいんだ?」
「決まってるでしょ! 自分より強いやつがいるのが気に入らないのよ!」
「強い……か」
その言葉を聞いて桔梗も思わず下を向いてしまう。
自分の強さが原因で引き起こしてしまった惨事が頭の中を過ぎった。
しばらくルーミアの様子を観察していた桔梗だったが、しびれを切らしたのか立ち上がると伸びを一つする。
「よし、決めた」
「は?」
桔梗はルーミアの腕を掴むと、引き寄せてルーミアを無理矢理立たせた。
「えっ、何?」
「行くぞ!」
「ちょっと、行くってどこへ?」
「神社だ!」
そう言うや否や、桔梗はルーミアの腕を引っ張りながら走り出す。
日が沈む中、二人の影がだんだんと長くなっていった……
「あのさ桔梗?」
「ちょっ、待てよ。とりあえずその陰陽玉を下に置こうぜ」
「んー、こうかな?」
霊緋は笑顔のまま陰陽玉を桔梗の頭に振り下ろした。
鈍い音と共に桔梗は頭を押さえて丸くなる。
「ってぇ……何も殴ることはないだろ!」
「夕飯目当てにうちに来るのはやめてって言ったはずよね」
「まあまあ、そう怒るなよ。ほら、おかず用の山菜なら取ってきたしさ」
と、桔梗は自分の上着に包んだ山菜を広げると苦笑いしてみせる。
「…………。」
「…………。」
「もう、しょうがないわね。そっちの人食い妖怪も上がんなさい上がんなさい」
霊緋はさっきから立ちっぱなしのルーミアを上げると、山菜を上着ごと持って台所に入って行った。
ちょうど料理の途中だったようで、すぐにいいにおいが漂いだす。
くつろぐ桔梗の隣にちょこんと座って何やら落ち着かない様子だったルーミアのお腹も、においにつられて鳴った。
最近下級妖怪が増えたせいか人間の警戒心が妙に強まり、人食い妖怪達は苦労を強いられているのだ。
「霊緋ー! まだか?」
「そんなにすぐに出来るわけないでしょ? おとなしくしてなさい!」
「うぅ……」
「ほら、ルーミアの腹は待ってくれないぞ?」
「はいはい出来たわよ。有り合わせだから味は保証しないけどね」
霊緋が湯気の立ちのぼる鍋を持って台所から出て来ると、ルーミアの目が輝きだす。
有り合わせで作られた鍋は山菜とキノコの水炊き、人肉ばかり食べてきたルーミアにとってはちょっと物足りないかもしれない。
それでもルーミアは自分の取り皿を受け取ると、すぐに箸を鍋に伸ばした。
それを見て桔梗と霊緋が同時に吹き出す。
「あっ、ぅぅ……」
桔梗と霊緋の反応に気付いて箸を引っ込めると、ルーミアは恥ずかしそうに俯いて顔を赤くする。
「いいわよ食べて、追加ならたくさんあるから」
「い、いただきます!」
「ずいぶん腹ぺこだったみたいだったけど、人食い妖怪も大変ね」
「それに比べると俺達の生活は安泰だな」
「桔梗、安泰なのはあんただけよ。うちの神社は参拝客が少ないおかげで火の車よ」
「おいおい、俺がたまに食材運んでるからそこまではひどくないだろ」
「にしてもよく食べるわね、見てるだけでこっちがお腹いっぱいになりそう……」
ルーミアは二人の視線に気付くと、口をせわしなく動かしながらも二人の話に耳を傾けた。
「そういえば紹介がまだだったな。こっちは博麗霊緋、話は聞いたことあるだろ? あの博麗の巫女だ」
「どの博麗の巫女かは知らないけどまあよろしく」
ちょっとそっけなく手を上げて挨拶した霊緋はそのまま桔梗の肘を軽く叩く。
「桔梗、食事中は肘をつかない! 常識でしょ?」
「悪い悪い。で、こっちはルーミア、察しの通り人食い妖怪だ」
「知ってるわ。一回見かけたことがある」
紹介されてもルーミアはもくもくと水炊きをかき込んでいる。
「ルーミア」
「?」
不思議そうな顔をするルーミア。
霊緋は笑いかけると、ルーミアの湯のみにお茶を注いでやった。
「おいしい?」
ルーミアは取り皿に乗った具材を口の中に収めると、湯のみのお茶を一気に飲み干す。
「お……おいしい!」
「そ、それはよかった」
幸せそうなルーミアとそれを見て嬉しそうな霊緋。
桔梗は爪楊枝を一本取り出し、二人が気付いてないことを確認してからフラリとどこかへ歩いて行った。
次の日の朝、夜通しルーミアと飲み食いした霊緋が目を覚ますと、そこにルーミアの姿はなかった。
ただ一つ、ルーミアの座っていた所にあまり綺麗とは言えない字で書かれた置き書きが残されていたことを除けば。
『ありがとう
ルーミア』