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stageC『そしてみんないなくなった』

 一つ話をしよう


 あれは先週のことだ


 今からでもあいつの顔が脳裏に浮かぶぜ


 何があったかって?


 それは今から話してやるからそこで黙って座って聞いてろ、な?

「桔梗、いるかしら?」


 霊緋は桔梗の家にかかる梯を上ると、中を覗いた。


 ツリーハウスなだけあって狭い家だが、意外と片付いている。


 家具は簡単なちゃぶ台とたんす、ふとんが一つと水瓶がいくつか置かれている程度。


たんすの上には写真立てが置いてあって、中には綾音に撮ってもらった写真が飾られていた。


「……面白みに欠ける部屋ね」


「悪かったな、面白みに欠ける部屋で」


「っ!」


 いきなり声をかけられて驚く霊緋。


 振り向くと、桔梗が枯れ枝の束を抱えて立っていた。


 桔梗はそれを床下の収納に投げ入れて、霊緋の方に向き直る。


「今日は何の用だ? 見ての通り俺はそこそこ忙しいんだが?」


「宴会よ宴会。今日の夜に神社でやる予定なんだけど材料が足りなくてね」


「で、また俺を荷物持ちにするつもりか? 悪いが今回はパスだ」


「え?」


 きょとんとした霊緋を尻目に、桔梗はまた下へと降りて行った。


 仕方ないのでしばらく待っていると、桔梗はまた枯れ枝をたくさん抱えて帰ってくる。


「あれ、まだいたのか」


「何やってんのよ」


「ぼろくなってきたから家をちょっと改装しようと思ってな。ついでだから薪も集めてる」


「じゃあ終わったら手伝ってよ」


「言い方がまずかったかな。俺は手伝いもしなければ、宴会にも参加しないつもりだぜ」


「はぁ?」


「この時期は忙しいんだよ。俺の能力は知ってるだろ?」


「確かに秋は忙しいって知ってるけどさぁ……」


「綾音でも誘ったらどうだ? どうせ宴会にも呼ぶんだろ」


 霊緋は少し不機嫌そうな表情を見せると、梯を伝って下に降りて行った。


 そのままふよふよと魔法の森を抜ける霊緋を見送ると、桔梗はため息をつく。


「すまんな霊緋、でも埋め合わせはさせてもらうぜ? きっちりとな」








「桔梗は……来ないっと」


 霊緋は妖怪の山を目指しつつ、宴会に呼ぶ予定だった人のリストに目を通す。


 竹林に住む案内役や薬師のところにはもう行ったし、残りは人間の里と妖怪の山なのだが……。


「…………。」


 霊緋はリストを折りたたむと、少し速度を上げた。


 居眠りしている白狼天狗の上を素通りし、まずは比較的低い場所に住む河童と桔梗以外の四神の元へ向かう。


 が……


「悪いね巫女さんよ。確かに人間や他の妖怪と仲良くしたいのは山々なんだけどこっちも取り込んでてね、また次回にさせてもらうよ」


 それだけ言って河童の長は川に戻った。


 今年は魚が豊漁なため、あちこちで売りさばいているらしい。


 とりあえず一袋一杯に川魚をもらった霊緋は四神の家へ。


 しかしここでも……。


「ああ、霊緋さんお久しぶりですね。どうぞ上がって下さいな」


「お、お邪魔するわ」


 霊緋は家の中に上がると、香澄に連れられて居間に出る。


「香澄姉、俵が足りないんだけど余りってどこだっけ?」


 中ではカンナと椿が収穫された米を俵に詰めて積み上げていた。


「確か納屋の中だけど……」


「納屋の中は既に詰めた俵で一杯よ?」


「今年は豊作だね、積み上げると僕の身長より高いよ」


「椿、サボってないでさっさと積み上げなさい!」


「ちぇっ、なんだよ」


 ここも忙しそうだ。


 とりあえず忙しい中わざわざ用意してくれたお茶に口をつける。


 ちょっと時間が経ってから香澄はバタバタと戻ってきた。


「ごめんなさい、ちょっと今忙しくて……で、今日はどういったご用件で?」


「…………。」


「?」


 霊緋は後ろで米俵と格闘する椿とカンナを見る。


 ここもどうやらダメそうだ。


「いえ、忙しそうだからまた今度にするわ。ごめんなさい」


「いいのですよ、今年が異常なぐらいですから。こちらこそ力になれなくてごめんなさい」


 お詫びにと袋詰めされた米を少し分けてもらった霊緋は、そのまま四神の家を後にした。









「そりゃあ、みんな忙しくて当然よ。そういう時期だしね」


 妖怪の山の一角、霊緋は綾音の元を訪ねていた。


 ここが最後だったのだが、綾音も今夜は新聞記事の印刷で忙しいらしい。


「普段なら喜んで宴会に来るのに、今日に限って揃いも揃って来ないだなんて……」


「うーん、一日ずらしたら?」


「それが出来たら苦労しないわよ」


 その一言に綾音は腕をくんで考え事を始める。


 そう、今日は霊緋にとって特別な日だ。


「あ、霊緋の誕生日!」


「ご明察……はぁ」


 何となくだが、綾音には霊緋が落ち込んでいる理由がわかった。


 忙しいのは知っている、でも自分の誕生日ぐらい覚えておいて欲しかったのだ。


 多分、誰ひとりとして彼女におめでとうの一言をかけなかったのだろう。


 霊緋の気持ちがわかってしまっただけに、二人の間に気まずい空気が漂う。


 やがて日が沈みだすと、霊緋はふらふらと山を降りて行った。


 綾音もせめてふもとまで送ると言ったが、霊緋は静かに首を振って一人で行ってしまう。


「……ねぇ、ちょっとかわいそうじゃない?」


 綾音は振り返ると、誰もいない空間に向かってしゃべりかけた。









 霊緋は結局、人里には降りずにそのまま神社へと戻っていた。


 神社に続く階段に腰掛ける霊緋は、ゆっくりと上ってくる月を見つめてぼーっとしている。


「誕生日おめでとう、私……なんて言ったらまるで痛い子みたいになるわね」


 ため息をついて立ち上がると階段を上って、縁側から社に入った。


 もらった物は台所において、自室に寝転がる霊緋。


「別に寂しいわけじゃない……わけじゃないもん」


 夕飯も食べず、風呂にも入らないで頭を覆って眠りについた。






まだ食べたらだめよ?


   追加って紫が持って来てくれるんだっけ?



しー! 静かにしないと霊緋が起きるよ


   おい椿、香澄姉、カンナを取り押さえろ、甘味類を全部食われるぞ!


よし、そろそろ霊緋を起こしましょ?


   俺はどうなっても知らないからな紫






「…………?」


 外が騒がしい。


 誰かいるんだろうか……。


 まだぼんやりとしている頭を振ると、霊緋は襖を開けて外に出る。


 そこには、どちらが霊緋を起こすかで言い争いをしている紫と桔梗の姿があった。


「あ……」


「え?」


「あんたたち、何やってんの?」


「え、えーと、その……」


「ええい、まどろっこしい! 霊緋、こっちに来い!」


「あ、ちょ待っ……」


 桔梗に引きずられるようにして外に出る霊緋。


 そこには、幻想郷に住むたくさんの人達がつめかけていた。


「あ、やっと起きたね。もうみんな少し飲んじゃったよ」


 新聞の印刷で忙しいはずの綾音は霊緋に気付くと、近付いて写真を撮った。


 写真にはきっと、マヌケな顔をした霊緋が写っていることだろう。


「霊緋さん、誕生日おめでとうです!」


「ま、一応祝ってあげるわ。感謝しなさい」


「お誕生日おめでとうございます」


 椿、カンナ、香澄の三人はそれぞれ持っていた杯を持ち上げる。


 そのほかにもたくさんの妖怪や人間が神社に来ていた。


「え? え?」


 わけがわからないといった顔をする霊緋。


 そこにフォローするように桔梗が近付いた。


「騙すつもりはなかったんだ。もちろんみんなお前を祝う予定だったんだけど……」


 そこで桔梗は境内のある一点を指差した。


 そこにはいつの間に逃げたのか紫が何食わぬ顔で酒をあおっている。


「紫がお前をびっくりさせてやろうってんでみんなで口裏合わせてたんだ」


「そうそう、紫がどぉーしてもって言うから仕方なくね」


 そこに見兼ねた綾音も桔梗のフォローに入った。


 そう、紫はサプライズパーティーを開こうとしていたのだ。


「ほらほら主役さん、費用は紫持ちなんだから食べないと損だぜ?」


 霊緋の肩をポンポンと叩いて宴会の中心に入っていく桔梗。


 霊緋もようやく状況が把握出来たのか、軽く頷くと綾音に連れられて中へと入った。



  ありがとう、みんな









 後日、主犯の紫が霊緋にこってり怒られたのは言うまでもないと思う。


 まあでも、霊緋も楽しそうにしてたし結果オーライ!


 あ、俺もさすがに後片付けは手伝ったぜ?


 じゃなきゃ俺にまで陰陽玉が飛んで来るからな。


 宴会からみんないなくなった瞬間、あれは多分もう見られないだろう。


 なかなか良い体験をさせてもらったぜ!



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