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英雄のコドク  作者: RK
2/4

守護王の話

 英雄の話をしよう。


 彼の英雄は鉄壁の守りを誇った。

 彼のいる要塞は一度たりとも進入を許したことがなかった。

 彼は要塞の中に避難した民や守りを固める兵達の希望であった。

 攻めることが得意でない英雄ではあったが、守りを任せれば誰もその牙城を崩すことは出来ない。

 攻め込まれることなく、略奪もされず、嵐が過ぎ去るのを待つだけでいい民や兵たちは気楽なものであった。

 反面、そこへ攻め込まなくてはいけない敵国の兵たちは絶望していた。

 攻め込まなければ要塞を落とすことは出来ず、攻め込めば兵を悪戯に消耗する。

 そして、兵を消耗すれば上層部からの圧力が掛かり、逃げだせば殺される。

 逃げるも、攻めるも死しかない。

 守る側にとっては英雄であるその英雄も。

 攻める側にとっては絶望の化身でしかなかった。

 だから英雄は現れる。

 その絶望を払う為に。

 英雄と英雄は引かれあう。

 そして互いの希望がどちらかの未来を焼き尽くすのだ。


 では、ある英雄の話を始めよう。



 # # #


 キャスレイグという国がある。

 別名城塞国家と呼ばれるその国は大きい国ではなかった。

 むしろ周辺国家と比べてしまえば取るに足らない小さな国であったと言える。

 ただ小さい国であれば、周辺の大きな国に媚び諂えば生きながらえることも出来ただろう。

 事実、キャスレイグはそうして生きながらえて来た国家だった。

 そこに住む人々はそれが当たり前だと知っていた。

 生きるためには仕方がないのだと、そしてそれが一番居心地がいいのだと。

 時折面倒な要求さえ凌げば不自由などなく、他国からの侵略からは守ってもらえるのだと。

 昔から続いてきたことは、これからも続いて行くのだと、誰もが思っていた。

 だが、それはたった一つのことで歯車は外れてしまうのだと、人々は知らなかった。

 その知らせは王を喜びで震えさせた。


「我が国にある鉱山から大量の金が発見されただと?」

「これで我が国の発言力も大きくなりますな!」

「そうだな!キャスレイグの未来は安泰だ…」


 キャスレイグ17世は良くも悪くも平凡な人物であった。

 適度に人を疑い、適度に向上心がある。一言で言えば凡夫である。

 しかし、彼は悪人ではない。聖人君子とまでは言わないが彼は善人であった。

 金脈を発見した彼はその事実を隠して自分の私腹を肥やすわけでもなく、国の繁栄と国民の為におしみなく使うことに決めていた。

 そう、彼は凡夫であった。一定以上の財貨は彼の眼にとっては沢山という括りにしか映らず、それゆえにそれがどれほどの価値があるのかを見誤っていた。

 彼は馬鹿正直に金脈の事を喧伝してしまった。

 他国にとって、キャスレイグは小さな国家ではなかった。

 金を持った恰好の鴨。

 庇護を求め、大国の傘下に加わったはずのキャスレイグはその大国に裏切られたのだった。

 

「王!アーヴァイロンから大軍が押し寄せてきています!」

「なんだと!?」


 キャスレイグは小さな国家だった。

 人口は3万人。そして兵士はたった8千人。

 その8千の兵でさえ、普段は農民であり、有事に限って徴兵される農兵だった。


「このままではキャスレイグは滅ぼされる…!」


 王は自身の先見の無さを悔やんだ。

 王は自身のふがいなさに憤った。

 無い知恵を絞りだそうと考え抜き、藁にもすがる思いで文献を漁り知識を求めた。

 だが、アーヴァイロンの軍はざっと見ただけで10万。

 10倍以上の兵力にどう立ち向かえばいいのだろうか?

 絶望に心を蝕まれながらも凡夫である王は諦めなかった。

 出来うる限りの事をやろうとし、出来うる限りのことを指示した。

 彼は凡夫ではあったが王としての最後の務めは果たそうとしていた。

 自身の命を差し出してでも、民の命を守ろうと心に決めていた。

 もしかしたら鉱夫として使いつぶされてしまう命かもしれないが、ここで殺されてしまえば未来は無い。

 死ななければ未来はあるのだ。死んだ方がマシ、そんな言葉を王は認めたくはなかった。

 その王の姿勢に民は心を打たれた。

 兵は圧倒的な大軍を目の前にしても、誰ひとりとして逃げ出さなかった。

 キャスレイグは小さな国家である。

 要塞国家と呼ばれるように、深く幅のある堀が壁の外に設えられている。一々橋を下ろさなくては渡れなくて面倒だと不満が上がっていた。

 そして高く聳える壁は、侵略の恐怖を忘れていた国民からは日光を遮る邪魔者扱いだった。

 しかしそれらは一転して国民を守る要となった。


 アーヴァイロンにとっては取るに足らない弱小国家を捻り潰すだけの簡単な仕事であるはずだった。

 大軍を前に敵の士気は無いも同然、最初から勝負はついているはずだった。

 だが、蓋を開けてみればどうだ?

 虫けらだと思っていた敵は扉を固く閉ざし、堅牢な壁の中に籠ってしまった。

 深い堀を埋めるには時間がかかる。また、埋めている間は無防備になる工兵に対する攻撃が激しく、なかなか攻撃に移れない。

 この大軍を相手に、敵は堅実に、冷静に出来ることを一つ一つしてきているのだ。

 短期決戦で終わる予定だったこの戦いの終わりは見えていた。

 それは、アーヴァイロンの軍が撤退すると言う番狂わせという結末で。

 短期決戦で終わらせる予定だったアーヴァイロンは食料などの物資を必要最低限しか用意していなかった。10万の兵の兵糧は尽き、じわじわと削られていく兵力、終わりの見えない消耗戦にアーヴァイロンの兵たちの士気は次第に下がっていったのだった。


 この話は周辺各国に伝わった。

 小国であるキャスレイグが大国アーヴァイロンの軍を退けた、と。

 キャスレイグはそれにより周辺国家を味方につけた。逆にアーヴァイロンは力を失いつつあった。

 キャスレイグ17世は大軍を退けると言う奇跡を起こした英雄として守護王と呼ばれるようになる。

 守護王と呼ばれた英雄はその後、幾度となく侵略を退け続けた。


 この話だけを見れば、ハッピーエンドに見えるだろう。

 だが、現実はここでは終わらない。

 英雄がもたらした奇跡は希望を生むだけではない。

 新たな絶望を生みだすと言うことを、世界は気付いていない。

 衰退したアーヴァイロンはキャスレイグに対して恨みを抱く。

 アーヴァイロンの行く末を憂いた者達が、傾いた国を立て直す為にも奔走することとなる。

 そして、月日は流れ、歪められた認識によって新たな希望、アーヴァイロンにとっての英雄はこの世に生まれ落ちた。

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