Ep.8 前世に、向き合って
(4/16追記:活動報告を書かせていただきました)
我が家に合否結果が届いたのは、試験からおよそ一か月後である。
「準備は、いいか?」
「も、もちろんよ」
「だいじょうぶ」
届いた翌日。我が家には受験した三人と、固唾を飲んで見守るそれぞれの両親が一同に会した。俺とロゼは既に合否の書かれた二つ折りの紙を開くだけなのだが、ダグラスだけが封も開けていない。
「せーの、せっ!だからな。"せっ"のタイミングだからな」
「わ、分かったから早くしなさいよ。封開けなさいよ」
「ダグ、ビビってる?」
「ビビッてねーし!」
そう言ってビリッと届けを破って中から取り出そうとして――
「ん?どれ?多いんだけど」
「ぶっ。ふ、二つ折りになってるやつだよ」
――もうそれだけで分かってしまったようなものであるけど、この場は続けさせていただく。まだダグラスとロゼが分かっていないので。ついでに、二人の両親もか。我が両親は卒業生だけあってニコニコとしてる。
――あ、母分かってないわ。笑顔引きつってるし、手がすごい震えてる。
おっと。ダグラスがちゃんと出せたようだ。
俺たち三人は顔を見合わせて、それぞれ頷く。
「い、いくぞ。いっせーのー」
「「「せっ!」」」
開かれた三枚の紙には。
全てに、合格、の二文字がでかでかと書かれていた。
下の方には校長と思しき人の名前と、学校の判が押されていた。
「お、おー。おおおおお!?」
「よかった。よかったぁ……」
「とりあえず安心だ」
自分の合格にビビるダグラス。気が抜けて椅子に深く座り込むロゼ。何となく察してたけどちょっと不安だったので一安心の俺。
後ろではそれ以上にはしゃいでる親たち。それぞれ抱き合って、うちの両親にお礼してた。母は腰抜かしてますけど。泣きながら座りながら抱きしめられる母はもう子供にしか見えない。
――ん?あ。これって?おお。
「ダグ、ロゼ。下の方にもう一枚ない?」
「え?あ、あった」
「これ?」
「そうそう」
「「……特待生?」」
「みたいだね。俺たち」
俺の持つ紙には、『我が校の試験において非常に優秀な成績を修められましたので、オルト・シュヴァイツァを王立魔法学校の特別待遇生徒とします』と、合格の紙と同じように判が押されている。二人のにも、同じように書かれているだろう。
「これってすげーの?」
「合格者の中の上位二十名?らしいよ」
「……そ、それって私たちものすごいすごいってこと?」
物凄いすごいってこと。その通りです。親の皆様は絶句してます。
「成績は、開示されないか」
どうやら入学後に各自で聞きに来る形式のようだ。その時は受験番号必須らしい。
「聞く?」
「私は気になるから聞くわ」
「俺も一応聞く。動きの改善点とか書いてくれるの?」
「ないと思うな」
「……そうかー」
お前は入学試験に何を期待してるんだ。いつも通りでいいと言ったけど流石にいつもの訓練じゃないんだぞ。
「自分で見つけ出すのも練習よ、ダグ」
「なにっ。そうなのか?」
「だって自分で見つけた方が身に着くじゃない。おじさんから聞いての実体験よ」
ダグラスはロゼの言葉にとても感銘を受けたようで、早速取り組もうとしだした。
ので。
「それは後」
「いてっ」
頭にチョップをいれてそれを止める。
「とりあえずお祝い」
「あ」
早々に自分の合格祝いを忘れるダグラスは、将来大物になる。絶対。
「それじゃひとまず――」
『合格!おめでと~~~!!!』
そこからは、三つの家族合同の盛大なお祝いパーティーとなった。
学校に通うのに必要な物は各自で揃えることになっているのだが、辺境などの田舎では指定の物を揃えることが困難な場合がある。そういった生徒のために学校は、入学の一か月前から生徒の入寮の受け入れを始めている。
だから子供である俺たちは入寮までは何も気にしなくていい。出立の前の半月ほどは町の人々に顔を出したり、普通に魔法や剣の練習したり、砦まで行ったりしていた。アロンソからはお褒めの言葉を貰って二人は満足気だった。
アロンソは、むこう五年は王都に戻らずに辺境での哨戒と、最近入れ替わりでやってきた部隊の訓練があるので残るそうだ。最後の稽古と称して三対一の勝負を行ったんだが……やはり歯が立たなかった。『グループを組んでの実習もあるから練習しておけ』と言われてダグラスは早速翌日に連携の練習もしようと煩かった。『相手がいないとできないでしょ』とロゼにあしらわれて難を逃れたが。
お父さんお母さんの方々はお金の工面で少々四苦八苦してる。ただ、俺たちが特待生なのが幸いして予想よりは楽に済みそうらしい。
しばらく離ればなれになるからとのことなので、やることを終えてからの何日かはそれぞれ自分の家族と過ごす時間となった。
「オルトは、将来何になりたいかとか決まっているのか?」
出立の三日前。夕食の席で、父にそう尋ねられた。
母はこの場にいない。いつもなら自分で下げさせる食器を全て下げて、洗い物をしている。男同士での会話ということか。
「冒険者、王都の騎士、宮廷魔法士、研究者、教師。多分、オルトなら目指そうと思えばなんだって目指せるだろう。――英雄にだってなれる可能性がある」
「英雄?勇者じゃなくて?」
この世界の絶対強者と言えば勇者と魔王しか知らなかった俺に、父は"英雄"という新たな名前を俺に聞かせた。
「勇者も魔王も無き世に危機が訪れた時に、ふらりと現れる勇者に匹敵する救世主。それが英雄だ。ふと現れて世界を立て直して、またふらりと表舞台から消え去ってしまう。聖国が秘密裏にひっそりと召喚した勇者だという意見もあれば、そうでないという意見もある。まあ、よく分かってないんだけどね」
英雄。勇者に匹敵する救世主。誰が当てはまるのかを尋ねたら、父はいくつか挙げてくれた。驚いたことに、歴史を勉強していて出てきた名前が多かった。……いや、当然と言えば当然か。
「まあでも、英雄になるのは無理かもね。また勇者が召喚されるかもしれない。ここのところ国が動きつつある。各国とコンタクトをとって周辺の調査が始まってる。実際、アロンソがそうだよ」
「これ、内緒ね」と笑いながら言う父。内緒にするけど、それ漏らしたらいけない類のやつじゃないですか。というか父って結構偉い人なの?
俺が訝しげな目を向けると、ワザとらしい咳払いで無理やり空気を整えた。
「まあそれらは一旦置いておこう。それで――オルトはどうしたい?」
「……」
俺は意図せず沈黙する。父の目が、意外に強かった。
向き合わされている気がする。英雄なんて大それたものを引き合いに出されて、意識しないわけがない。父は一体、俺の何を見てきたのだろう。俺は何を見られてしまったのだろう。
「父さんは、母さんは、これから先一番成長するお前を見ることができないから。だから、聞いておきたいんだ。父さんと母さんの子、オルトがどんな道を進もうとしているのか」
見ているわけじゃないんだろう。ただただ、子煩悩なだけの良い父親なのだろう。知っている。十年一緒にいたのだから。
父に問われたのでなく、俺も俺自身に問おう。
俺は結局、どうしたい?
――争いなんてなかった世界から、争いの世界に引きずり込まれた十七歳の俺。
勇者をやらされて、ボロボロになって。
それでもなけなしの勇気で世界を救った。
――救ったのにズタボロにされて、何もかもが嫌で帰った。
生温い世界に帰ってきて、灰色だった。
途中まで、こっちもクソみたいな世界だと思った。
でも、もう一度勇気を与えてくれた。だから頑張れたのに。
その先も、また奪われたけど。
世界を救うなんて、もう嫌だ。
奪われる世界なんて、もう嫌だ。
俺がなんで、またこの世界に呼ばれたかは分からない。分かりたくもない。
でも、奪われてしまったものが全て、もう元に戻らないことは分かってる。
だったら、せめて――。
俺の中でようやく、答えが決まった。
「ただの騎士でいい」
「……そうか」
「ただの騎士でいたい」
依然として変わらない、力強い眼差しが、俺の心を見透かそうとする。
「じゃあ、ただの騎士で、どうする?」
「俺の大事な人だけを、助けたい」
――たとえ世界が滅びようとも。今あるものだけは、未来に得るものだけは、手放したくない。
「そう…か」
瞑目する父。その表情は複雑だ。不満気で、でも満足気で、期待外れで、期待通りで、――総じて誇らしげだ。
「じゃあお母さんのことは、守ってくれる?」
ふと後ろから柔らかく抱きしめられた。母だ。母はいつもと変わらない態度で、俺にそう尋ねた。
「当然」
「やった!」
「父さんもね」
「はは、ありがとう。だがまだまだ守られてやるわけにはいかないぞ」
笑いあう。一家団欒。これが続けばいい。他にもまだいくつかあるけど。それだけでいい。
世界は好きじゃないけれど、好きだった人たちと、この人たちは好きだから。
三日後。早朝。
魔法学校には、入学から六年間通うことになる。十歳から入れば卒業した時は十六歳になる。この世界の成人は十六歳なので、在学中に皆成人を迎える。ということは、十五歳まで子供の時期なのだ。俺たちは、子供時代の三分の一を親と離れて学校で過ごすことになるわけだが。
「オルト~元気でねぇぇぇ~!!」
「ぐ、くるじ」
「はいはい落ち着けお母さん。オルトが死んでしまう」
だから我が母が泣きついて離れてくれない。嬉しいんだけど、流石に学校には行かないと。
「も、戻って、これるときは、戻って、くるからっ」
「やくそくだからあああああ~~~!!!」
「メリー!オルトの顔が!顔が青いから!!」
いつもの倍は喧しくなっている我が家。さて、他の二人はどうだろうか。
「ダグ!これ絶対落としたりしたらダメだからね!もうこれ以上出せないから気をつけなさいよ!」
「分かったよ母ちゃん!流石にしつこいよ!」
「頑張ってこいよバカ息子!ヘマこいたらぶん殴るぞ!!」
「うっせー!父ちゃんなんか小指一本で倒してやるからな!」
「言ったなおい!!」
「喧嘩はやめなさい!」
ダグラスの一家はなぜか家族で喧嘩が始まってる。素手とはいえ、試験の先生と闘って十分粘れるダグラスを相手できるあの両親って一体なんなのだろう。
「ロゼ。知らない男には付いていくなよ。そういう時は二人を頼れよ。ああでもあの二人がロゼに手を出さないとも……ああ!!」
「あなた」「お父さん」
「すまない」
「でもロゼ?危なくなったらちゃんと二人を頼りなさいよ?私たちはもう何もできないから……」
「心配しないで。お父さんお母さんを、悲しませないから。……だから、無茶、しない!」
「「……。ロゼ~~!!」」「……。おとーさん!おかーさん!!」
ロゼの家は三人で抱き合っておいおいと泣いている。微笑ましいけど、声がかけ辛い。
「あ~っと。三人ともいいかな?」
そこに現れる救世主、父。やっぱり一番頼りになるのは父だった。二番はアロンソだ。
「まずもう一度言わせてもらうけど、合格おめでとう。まさか特待生にもなるなんて、父さんたちはお前たちを本当に誇りに思う。ここから先は、俺たちが手助けできるのも極々わずかになるけども、お前たちなら三人でやっていけると信じている」
父の言葉に真剣に耳を傾ける俺たち。いつの間にか、父母たちが並ぶようにして立っていた。
「そんなお前たちに、ささやかながら俺たちからプレゼントを贈りたいと思う」
母たちが前に出てくる。持っているのはそれぞれ異なった形や大きさの物。綺麗に包装されていて中身は分からない。
「はい。オルト」
「ありがとう」
受け取ったはいいけれど、どうすればいいか分からない。三人でどうするか目線を合わせようとして。
「開けてごらん」
と、父から声がかかった。
「またいっせーのでいく?」
「いや、さっさと開けようよ」
「お、おう……」
そんなやり取りの間にロゼが黙々と、ぺりぺりと包装を破る。ダグラスは引き裂くように一気に。俺はどうするかなやんで、綺麗に取り払うことにした。
中に、あったのは。
「……あ」
「これって……」
「あの時の?」
三人で俺の父を見れば、小さく頷いてみせた。
中にあったのは、魔法瓶。入試の前に見た、あの魔法瓶だった。
そしてもちろん、二人はそれぞれ、双眼鏡とペンだった。
「高ぇもん選びやがって。大事に使えよぉダグ!」
「ロゼがそれを使って、ちゃんと勉学に励めるよう祈ってるよ」
「オルト。ちゃんと大事に使うんだぞ?」
…………こんなサプライズ、あり?もう、出る寸前なのに。視界が歪んでくる。
「オルト、泣いてら……だっせ」
「ダグこそ、鏡見なよ……」
「ひっぐ。うえ、えぇ……」
荷物はもう、積んである。あとはそこの荷台に俺たちが乗れば、馬車は出発する。俺たちを送ってくれる商人の人たちと、護衛を務める冒険者の人たちがもらい泣きしてるのが見える。
足が動かない。三人とも。これ以上待たせるのは、迷惑になるのに。
「ほら、行け!」
「私が引き止めないうちに、行きなさい」
そんな背中を優しく強く、押してくれるのは二人。足が動いた。
もう、動ける。
ああ、やっぱり親って、すごいなあ。こんな俺でもそう思う。
ありがとう。
「……いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
足がなかなかあがらないけど、なんとか荷台に乗り込んだ。
ダグは二人に放り投げられて。
ロゼは二人に支えられて。
それぞれ、乗り込んだ。
ゆっくりと、馬車が動き出す。ゆっくりと、故郷から離れていく。
見えなくなるまで手を振った。ひたすら手を振った。見えなくなっても、しばらく振り続けた。
ありがとうお父さん。ありがとうお母さん。
二人には俺のこと、何にも話せてないけれど、それでも感謝しています。
やっと俺は、前世にけじめをつけることが、ようやくできました。
荷台の中に響くのは、小さな子供の嗚咽だけだった。
唐突過ぎるシリアス。こんなシリアスにするつもりじゃなかった……するんだったらもっと前々からちゃんと書けばよかった……。