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どうやら勇者やってた異世界に転生したらしい  作者: おばあさん
第一章『子供でいられるのは一瞬』
6/26

Ep.5 生まれてかれこれ早十年

6/11魔法名を変更しました

 転生してから、早十年が経つ。


 およそ五年前。自分の境遇に打ちひしがれた俺は三年とちょっとほど本当に子供のように過ごした。本当の力を隠すこと以外はほとんど考えずに過ごしていた。

 今思えばゆっくり過ごしたいと言いながら、俺は相当生き急いでいたように思える。自分の死についての整理もできないまま、今の環境に分不相応な適応をしようとしたらパンクするに決まっていた。それこそもっとゆっくりじっくり自分について考えておくべきだった。生まれてから二年俺がじっとしていたら、好き勝手してた三年でもっと能率よく調べられただろうに。

 ちなみにその好き勝手していた三年は、精神的にはアラフォーの大人とは思えないようなことを多々やってのけているので説明は省かせてもらう。


 その後、あることをキッカケに俺は正常な思考能力を取り戻した。

 それは俺とダグラスの二級魔法セカンドの暴発だ。実際のところ、暴発させたのはダグラスだけであり、俺はそれを打ち消すために知識だけで知ってた二級魔法セカンドを無理矢理に無詠唱で放ったのだ。

 俺とダグラスは訓練場に赴く度にアロンソまたは他の騎士監視の下に模擬戦を行っていた。そして子供になって負けず嫌いが出ちゃった俺は何度もダグラスを打ち負かして、業を煮やしたダグラスが使ったこともない二級魔法セカンドを放った。それを目の当たりにして命の危機を感じた俺が幼児退行を止めて舞い戻ったのだ。

 思考が戻ってからそれを目の当たりにして、『こいつはやべえ』と冷や汗が出た。俺が打ち消してなかったら訓練場は消し飛んでアロンソでも重傷は免れなかった。他にいた騎士も十中八九は死んだだろう。だから俺自身も暴発を装ってそれを食い止めた。アロンソにはめっちゃ怒られた。いつもは優しく頭を撫でてくれるアロンソだがその時ばかりは拳が降ってきた。

 その後精一杯の謝罪をしてから、今回みたいになるのは嫌だからちゃんと教わりたいとダグラスと二人でアロンソに頭を下げた。ダグラスと話し合った末の結論だ。と言ってもほとんど俺がダグラスを説得(思考誘導とも言うかもしれない)しただけだが。

 ダグラスと俺の願いに、アロンソは頷いてはくれた。けれどそこにある条件を付けてきた。それは『十歳になる時に試験を行うから、それに合格して見せろ』とのことだ。そこからはよくある修行パートだ。俺にとって一番退屈な時間でもあった。時折ダグラスが詰まったらサポートするなりして暇をつぶしたが、そんなに教えることもなかったし本当に退屈してた。そして誕生日がダグラスの方が早いせいで、今日まではもっと退屈になったのだが。


 少し余談になるが、ぶっちゃけ言ってダグラスは天才だ。俺のようなチートなどではない純粋な、しかも大成するタイプのそれだ。剣も魔法も教わる端からみるみる吸収していって、アロンソが『試験(王都の騎士隊による選抜試験だ)を受けにくるヤツらと遜色ないな』と嬉しそうに呟いているのを聞いたほどだ。そんなダグラスに俺は片手の指程度しか負けたことがないので、その言葉には俺も含まれていたけど。

 ちなみに、全く話に出てきてないロゼに関しては母曰く『同年代では上の下』らしい。彼女は魔法士タイプなので途中から砦には来なくなり、母に教わっていた。……だが俺としては彼女もまた別の天性の何かを持っていると思う。どんなと言われると答えられないが、少なくとも母やダグラスのような"感性でなんでも出来るタイプ"ではないと思う。


 話を戻そう。と言っても回想することはもうない。だから今のことを話そう。


 今日、この日は俺ことオルトの誕生日である十二月二十八日である。

 いつもは鍛錬に励む騎士がチラホラといるはずの訓練場には俺とアロンソの二人しかおらず、他のみんなは端っこの方で待機してる。ギャラリーにはなぜか父と母、ロゼまでいる。ダグラスも習ったばかりの二級魔法セカンドの練習はしないでギャラリーに混じってる。

 何が言いたいかというと、つまり今から試験である。試験内容は単純明快でアロンソとの一騎討ち。俺がアロンソに一太刀入れれば俺の勝ち。俺の負けはギブアップのみ。無論手加減はしてくれるそうだが……王都の騎士隊長を相手に戦うなんて実際のところ難易度ベリーハードである。


「準備はいいか?」


 目の前で静かに佇むアロンソ。その目にはいつもの優しさはなく、氷のように鋭い。いつも通りを心掛けているのだが、あんな目で見られ続けるとうっかり五割増しの威力でぶっ放しかねない。平常心。平常心。


「いいよ」


 返答して構える。そしてアロンソもまた構えをとる。視界の端で人が動いている。恐らく審判だろう。思考からシャットアウトしてアロンソを隈なく見つめる。

 俺が動いたところで先手を取るのは間合いや速力の関係で難しいだろう。だからどうにかして相手の攻撃を捌かないといけない。できるだけ意表をつくようなやり方、後の先をとれるようなやり方で。だから初動を見逃してはならない。


 初手は剣か、魔法か。どちらだ――。


 「始め!」


 アロンソが駆け出した。そこらの魔物ザコとは段違いのスピードで迫ってくる。その口は固く結ばれている。このまま剣か?


 いや、違う。


「≪イシクル≫」


 小さく口先が動く。だろうと思った。俺の前方からせり上がるようにして先の潰れた氷柱が迫ってくる。心臓を貫く位置だ。右にずれながら体を捻る。同時にアルトボイスが響く。


「≪グライス≫」


 ――足元を掬う気か!

 駆けるアロンソを中心に地面が急速に凍りつく。応じる手はあるが今は使えない。身体能力で体勢を立て直すのは不可能。アロンソが迫る方が早い。俺はそのまま転ぶ。

 転ぶ俺にアロンソは剣を掲げる。その目と構えには容赦がない。寸でのところで止めるんだろうけれど、これはちょっと恐ろしいな。アロンソの腕が動こうとする――それだけで軌道は読めた。


「≪イシクル≫!」


 氷柱の魔法を唱える。起点は"俺の額"。狙いは"腕の通過点"。イメージは"早く細く"。基礎魔法コモン毎の決められた基本形成に逆らわないようにしながらイメージと魔力を整えてやる。するとほら。


「っ」


 俺の額から真っ直ぐ伸びた細い氷柱がアロンソに向かう。伸びた先が丁度、振り下ろされる腕を貫くと見抜いたアロンソは俺への攻撃を中断して氷柱を砕いた。それだけ時間があれば十分だ。


「≪スノーム・スプレド≫!!」


 唱え終えた直後から組み始めていた魔法陣を起動して、扇状に広がる吹雪を放つ。そうすれば、手加減をしているアロンソの応手は限られてくる。


「≪イシクル≫」


 出てきたのは氷柱と言うより氷の壁。三角形のような形をしていて辛うじて氷柱と呼べなくもないようなそれ。俺は出てきたそれに手を触れると、新たな魔法陣を用いて魔法を放つ。


「≪イシクル・ローグ・サーザン≫!!」


 長さ三メートルは超える氷の棒を向かい側へ無差別大量に生み出した。

 ――至近距離からの吹雪からここまでが、俺が練り上げた策の一つだ。


「……合格だ」


 柔らか味を帯びたアルトボイスが向かいから聞こえてくる。


「後手に回ろうとするなど愚かだと、教え込むつもりだったが……してやられた。つい、加減を少し解いてしまった」


 その口ぶりからして、迫る氷を斬ったのだろうな。こちら側から見えないけれど、破片が散らばっているのがちらほら見える。

 パキィン!と甲高い音が鳴ると、横からアロンソが笑みを携えて出てくる。


「よくやった」


「……ありがとうございます」


 こんな風に褒めてもらうのはいささか複雑な気分になる。だって俺チートだし、ねえ?


「オルトーーーーー!!!」


 ギャラリー側から迫ってくる金髪。我が母。避けるのは可哀そうなのでされるがままになるが、苦しい。遅れてやってきた父に頭をはたかれるまで母は離してくれなかった。


「よくやったなオルト。流石は俺の息子だ」


 代わりに父はわしゃわしゃと俺の頭を撫でまわす。「私も撫でたいぃー」と凄い悔しそうに涙目になってる母にボコスカ叩かれているが父は無視している。


「ありがとうお父さん」


「今日は精一杯祝おうなー!みんなも!」


 父が顔を向けた先にはダグラスとロゼ。ダグラスはにっこにこしながら、ロゼは――なんかちょっとボーっとしながらこっちに来てる。


「さっっっっすがだぜオルト!!!それでこそ倒しがいがあるぜ!」


「……望むところ。返り討ちだ」


 いつの間にか彼の目標にされちゃってる俺。だがまあ、かかってくる分には構わん。相手しよう。

 

 なんかしおらしくなってるロゼを見る。視線が合った途端に顔を伏せて手先をいじりだす。


「す、すごかった。なんていうか……えっと!陣の構成がキレイで、早くて、あーうー……――もう!」


「ぐえっ!」


 混迷を極めたロゼによる理不尽な暴力が、(無自覚だが)最強を目指すダグラスを襲った。いや本当に理不尽。背中を思いきり叩かれて苦しそうだ。彼女一体どうしちゃったの。


「オルトがカッコ良かったのよねー。ロゼちゃん」


「べ、べつにそういうんじゃ……」


「げほ、なに?ロゼはオルト好きなの?」


「うっさい!」


「ぶっ!」


 余計なこと口にしたダグラスに二打目が叩き込まれる。というかなに?カッコ良かった?どこが?俺しょっぱな転んでカッコ悪い様になったと思うんだけど。惚れる要素皆無だよね?


「オルト!」


「はい!?」


「そういうのじゃないから!!絶対!!!」


 お、おう……。


 俺は頼れる父とアロンソに助けを求めるべく視線を向けるが。


「ごめん。父さんも、そういうのは理解しきれてない」


「俺も、分からないな。すまないオルト」


 ううん。いいよ、俺も分からないから。


 疑問が残ったが、とにかく俺の十歳の卒業試験のようなものは、一応無事に合格という形で終えることが出来た。






 お誕生日会というものは、転生した俺にとっては一向に馴染めないものであった。


「十歳と合格おめでとー!」


「いえーい!」


 俺以上にはしゃぐ母と子供二人。母なんて電気バチバチ言わせてて危ないったらありゃしない。


「もう十歳かー。来年には三人とも王都だな」


 感慨深げに俺たちを見る父。


 王都、王都かあ。十歳になったから、王都の魔法学校に入学できるんだっけ。


「で、でも!入学試験に受かるとも限らないからねー?」


 そう。母の言うとおり入学試験に受かればの話なのだけど。

 十歳というのは、魔法学校の入学試験を受けることのできる年齢なのだ。ちなみに上限は十二才まで。試験は一年に一度なので、人生で三回しか試験を受けることはできない。そして、魔法学校と言うのは卒業できれば将来安泰がほぼ確約されるエリート校だ。試験の難易度も高いし、倍率も相当高い。

 だから母が軽く脅しをかけてくるのは当然のことなのだ。だが、しかし。


「この三人なら問題ないさ。ロゼちゃんは俺たちがずっと見てきたし、ダグ君とオルトはアロンソのお墨付きだ。後はちょっと筆記の勉強さえすれば、実技でどうとでもなるさ」


「本当!?おじさん!」


「ちょーっと魔法と剣の訓練をお休みする日が増えるけど大丈夫だぞ!」


「えー!やだー!」


 訓練する時間が減ると知って早々に駄々をこねだすダグラス。対してロゼは勉強のことがなんなのかわかってないみたいだ。


「算数とか、歴史とか。あとは魔法式とかだよ」


「そうなの?」


「うん」


「なら全然大丈夫ね!」


「ねえ魔舞は?魔舞は!?」


「"勉強"にはないよ」


 俄然やる気を出すロゼと、反対にやる気がみるみるなくなっていくダグラス。とりあえずダグラスの勉強嫌いが確定した。学校の定期試験とかのギリギリになって俺たちに泣きつくところまでがもう予想できた。


「みんな王都に行っちゃったら、さびしいなあ……」


 今にも泣き出しそうになっている母。そんな風にされると困る。


「おばさん……」


「元気出して?」


「……」


「こら。オルト達が困ってるだろ」


「だってぇ。グズッ」


 そうしてとうとう泣き出してしまう母。宥める父。顔を見合わせる子供三人。なんだこの誕生会。


「ほらほら。あとでいくらでも泣けばいいから今はお祝いするぞ。十歳の誕生日なんだ。ちゃんとしないと」


「分かってるけど……。とっても嬉しいんだけど……」


「とにかく。今は無事に十年間、健やかに育ってくれたことに感謝しよう。その幸せは俺たちと、何よりオルト自身に噛みしめてもらうべきだから」


「……うん」




 ……。




『誠……!生きて、生きてたのか!全くどこ行ってたんだ!心配してたんだぞ!』


『――こんのバカ息子!!!心配掛けて~~~!!!』


『ってわー!母さん!バットはやめよう!そんな涙でぐっしゃぐしゃにしながらバットを振りかぶるのはさすがにダメだ!』


『だって!人の心配をよそにひょっこり帰ってきて!!!』


『言いたいことも怒りたい気持ちも分かるけど!それでもそいつを振り下ろしたらダメだって!誠が生きていて嬉しくないのか!?』


『嬉しいに決まってるでしょ!!どうしようもないくらい嬉しいわよ!』


『なら、今はそれだけを噛みしめよう。誠が生きていてよかったと。それで、誠自身にも『ここに帰れてよかった』と思わせてやるんだ。精一杯抱きしめてな』


『……わかったわよ!嬉しさのあまり絞め殺しても知らないから!このバカ誠!愛してるわよ心配したわよ!』




 ――心配、かけたなあ。俺が死んでから、あっちでは何年経ってるかわかんないけど。二人とも、どうしてるのかなあ。二人とも既に余命幾許もないと言われていた身だった。『五十半ばで、孫の成人も見れずに死ねるかと』気力で生きていたような化け物のような、奇跡のような両親だった。『成人するまでは死んでも生きてろよ』と軽口叩いてた俺の方が先に死んでしまうなんてどういう運命の悪戯か。二人はそんな俺を笑っているだろうか。怒っているだろうか。悲しんでいるだろうか。俺が死んでから二人は、一体。


「お、オルトも泣いてる!?」


「ええ!?」


 結局のところ、十年経っても俺は俺自身のことを全く整理できてない。オルトとして生きようと思っているけれど、忘れられない、忘れたくない記憶が邪魔をする。


「おばさん……オルト……うう」


「ロゼちゃんも!?」


「な、なんだよ。わけわかんねえよ。ぱーてぃーだろ……」


「ダグ君まで……?」


 俺の十歳の誕生日会の初めは、そこにいた五人の内四人が泣いてしまうという極めて稀なものとなった。

 その後、ダグとロゼの両親が我が家にやってきてやっと事態が収拾。そこでようやくちゃんとした誕生日会に戻ることが出来た。


 そして俺は、早いうちに前世への未練にけりをつけなければならないと、心底思った。

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