Ep.2 元勇者の魔法講座
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魔法名を以下のように変更
ラフェル→ブレーゼ
ジエーラ→フリーゼ
魔法。
この世界ではほとんどの人が扱える力。唱えれば火とか水とか風とか土とか、いろいろなものが物理法則を無視して出てくる優れものだ。
用途は様々。庭を破壊したりする攻撃の魔法や、重いものを運ぶために力を強くする補助の魔法や、飛んでくる鉄拳から身を守るための防御の魔法なんかがある。これらは全て母が使っていた魔法だ。
ではそれはどうやって使うのか。そのやり方はいろいろある。母が使っていた魔法陣を用いたりだとか、特定の動きをしたら発動するとか。けれどそれらも、発動のためには一つ決まった動きがある。
それは声に出すことだ。
「≪イグニト≫!」
ごう、と拳に炎を纏うダグラス。そしてそれは数秒の後に消える。
「ぎりぎりよんびょう?」
ロゼがそう口走ると、ダグラスは悔しそうな顔をする。
「でもおれのがおおきかった!」
「そうだね」
ダグラスの言い分に俺が適当にフォローするとロゼはちょっとむくれた。
「≪ブレーゼ≫!」
強い風が俺たちに吹き付ける。この程度、俺はなんともなかったけど、八秒ほどしてダグラスがたたらを踏んだ。
「わたしのかち!」
「なんだとー!!」
「喧嘩はよせよー?」
今にも取っ組み合いそうな二人に父がやんわりと注意する。母はニコニコ顔を潜めて、少し真剣な表情でダグラス達の魔法を見ている。
あの"母、中庭を雷で粉砕事件"から半年ほど経過した。この半年間は、とにかく魔力の扱い方を覚えるために費やされたと言ってもいい。
初めは、母が作った魔法陣に魔力を流し込んで正しく起動できるようにすること(父監修の下、しっかりと比較的に安全な魔法が用いられた)。次に、基礎魔法の三級魔法を自分で発動させてみること。発動出来たら、それをどれだけ小さくてもいいから出来るだけ長く維持すること。そして、全力で発動させて長く維持すること(これは今二人がやってた)、といった流れで魔法を練習してきた。
これらは全て目安となる時間は俺を含めて三人とも終わったので、現在の訓練内容は今までやってきたことの総復習である。……なんて言うが、要は好きに魔法を発動させてみろってだけである。目標も何もない。
ふと、こちらを見る視線に気づく。母が心配そうにこちらを見ていた。それもそうだろう。俺はこの場ではあまり魔法を使わない。その上訓練のスタートが二人より遅れてしまったから、俺が付いていけてるか心配なのだろう。
先ほど俺も終わっているとは言ったけど、実は母には見せていないのだ。だからこれは母の思惑としては、俺が追いつくための時間でもあるようだ。
――そうそう。俺は最初の訓練を終えた後はしばらく二人とは違うことをしていた。理由は、教えてくれる騎士様がまだ到着してなかったからである。
だからその間は、父と剣の訓練をしていた。元勇者の俺にとっては遊び程度にしかならなかったけれど。ただ、子供のフリをするのには少しばかり疲れてしまった。……別に久々に持った剣に少しはしゃいでしまったからでは断じてない。
そうして二か月ほど待って、ようやく騎士様が到着なさった。その騎士様は俺に氷属性の三級魔法を教えてさっさと砦に行ってしまった。
彼曰く、「十分使いこなせるようになったと思ったら、一度見せに来い」と。見る前から完璧だからさっさと教えろという話なのだが、言えるはずもないので黙って頷いた。
さて。俺が何故、黙ってこんな訓練を受けてるフリなんかしてるのかと言われれば、(父母に悟られたくないのもあるけどそれは置いておいて)子供たちの平均を知りたかったのと、氷属性の魔法の正しい発動の仕方が知りたかったという二つの理由があった。おかげでなんの障害もなく二つは知れた。
本当はそれだけで終わると思っていたのだが、なんと騎士様が俺に魔法の基礎学問書をくれた。そのおかげで知りたかったことが更に知れた。これはかなりの僥倖であった。母の書室に怒られるのを覚悟で忍び込まないと読めないと思っていたのだ。
基礎なのでかなり浅いとは言え、今の魔法の進展具合を知ることが出来た。いくつか説明しようと思う。
基礎魔法と属性についてだ。
まず基礎魔法とは、魔法を学ぶにおいて一にして十の魔法と呼ばれる程にその重要性が高い魔法だ。魔法を使う者の差を生むものの一つは基礎魔法の熟練度であるとはこの世界の至言である。
その基礎魔法の数が俺の知っている数の倍以上は増えていた。その数、全部で百十八個。まさか百個を優に超えるとは思ってもみなかった。
次に属性。属性はそれぞれに異なった性質を持っている。そして得意とする属性は人によって違う。それは遺伝もしない完全なランダムである。だからこの世界には火の一族とか伝統ある水の家系とかは存在していない(はずだ)。
その属性の数は五つあり、≪火≫、≪水≫、≪風≫、≪土≫、≪光≫である。――というのは千年前の話。
その属性も三つほど増えていた。≪氷≫、≪雷≫、≪闇≫だ。いつ増えたのかは分からない。氷はおそらく、俺がいなくなってすぐだと思う。
ちなみに≪光≫と後の三つはまだ使い手の少ない希少属性らしい。じゃあ≪氷≫と≪光≫が使える俺って一体何者だって話だ。……勇者だよ。
訓練に飽きてきたらしいダグラスがぼやいた。
「あーあ。はやく二級魔法とかおしえてくれないかなあ」
「わたしたちじゃまだむりだよ」
ダグラスのわがままをロゼがたしなめるが、その目には若干の賛同のような期待が混じっていた。ここは口を挟んでおくことにする。
「まだ三級魔法もちゃんとつかえないから、むりだよ」
そう俺が言うとダグラスは、「ちぇ!」と不満を訓練にぶつけ始める。ロゼも俺に同意するけれど、ちょっとだけやる気が削がれてしまっているようだ。
三級魔法や二級魔法とは、基礎魔法の階級のことである。この階級が一つ上がるだけで、魔法の難易度は飛躍的に上がる。威力なんかも比例してとんでもなく上がる。
だからもっと扱いに慣れるまでは、二級魔法には手を出させてもらえないだろう。
ついでに補足すると、基礎魔法の階級は三級魔法・二級魔法・一級魔法と、特級魔法の四つである。
三級魔法と二級魔法を全て使えれば一流。一級魔法を使えれば超一流。特級魔法に関しては天才でも使えるかどうか危うい規格外の魔法だそうだ。
「わたし、まほうじんがつかいたい」
風で木の葉を弄びながらロゼが言う。数秒経って散り散りになるそれを眺めて、俺は母が言ってたことを思い出した。
「ロゼ。それ」
「え?」
「それがさんじゅうびょうで、まほうじんだって」
「えっ、ほんと!?」
「おかあさんがいってた」
そう言うとロゼは集中して魔法に取り組みだした。いい集中だ。多分今日中に二十秒は超えそう。
さて、今度はロゼがやりたがっている魔法陣について説明しようと思う。ついでにその前に、基礎魔法についてもちょっと補足しておく。
この世界で一生使っていく基礎魔法は、実は一般的には十にも満たない。
基礎魔法は百十八個もあるが、ほとんどの人が得意な属性は一つであるのと、一級魔法以上はもはや使える方が珍しいからだ。バリエーションを増やすために得意でない属性の基礎魔法を練習する人も中にはいるらしいが、どんなに修練を重ねても威力が激減するため、得意なものの修練に身を置く方が断然いい。
けれど、その程度のバリエーションで戦場に立った所で何の意味があるだろう。武器を主軸において戦う騎士はもしかしたらそれで十分なのかもしれないが、魔法士と呼ばれる魔法を主軸に戦場を駆ける者達にはそれは致命的なのだ。
だから、それを補うための技術が存在する。それが魔法陣。それと魔舞というものもある。
魔法陣は魔法士に、魔舞は魔法も並行して多用するタイプの騎士に好んで使われる。
魔法陣や魔舞は、単純な威力の強化や元々の魔法と違った動き、はたまた微弱だが別の属性を付け加えたりなど、基礎魔法にあらゆる要素を付け加えるものだ。よって、一つの基礎魔法にバリエーションがグンと増やされる。
それに付随して魔法の階級も変動する。そういう場合は総合階級と呼び方も変化する。
戦場の矢面に立つような魔法士は、それらを駆使して敵を倒す。元宮廷魔法士の母さんは、そのエリートであるというわけだ。よく失敗はするけども。
ご近所話みたいな雰囲気からいきなり総合二級魔法ぶっ放せるわけだからエリートであるのは間違いない、はず。まあ今はその話は置いておく。
そしてその魔法陣や魔舞についてだが、これらも千年の間に一段と奥が深いものになっていた。
魔法陣は、魔法文字によって魔法式と呼ばれるものを書き、それらを組み合わせて成り立っている。
魔舞は体の局所に魔力を纏い、一定の動作をなぞり、繋げることで成り立つ。この魔法式と動作が魔法の変化に重要なファクターであるわけだ。
そしてそれが千年前から三倍以上増えた。
元々これらは基礎魔法ほど多くない数ではあったが、いかんせん基礎魔法とは違って習得自体はそれほど難しくもないしどれでも一生使える。
しかも組み合わせはセオリーはあれど、使い手によっては無限通りにあるので三倍増というのはぶっちゃけとんでもない話なのだ。
たとえば――。
「オルト。おれは?」
ふて腐れたようにダグが俺に話しかける。――ああ、そうか。あの言い方だと自分はまだまだだと言われたような気もするか。しょうがない。
「ロゼとおなじ。……でもりょーてにできたら、じゅうびょうでいいかも」
魔法の維持には自信のないダグラスにはそう言ってやると嬉々として取り組み始めた。
ちなみに、母はそんなこと一言も言ってない。これは勇者やっていた頃に魔法を教えてくれた魔法使いの爺が言っていた。
どうもこれは技術や難易度的には、なんにも変わりないんだと。ただ、十秒という少ない時間でやる気にさせるだけであるらしい。現にダグラスはやろうとしている。
「……りょうてって、どうやるんだ?」
だがやり始めてすぐにダグラスが首をかしげる。それもそうだ。やり方なんて誰にも教えてもらってないのだし。
子供に自分で気づけと言うのも少し酷なので、見せてやることにする。言い訳は一応できる。
「まりょくを、とちゅうでわけるんだって」
手のひらを上にして両手を出す。ダグラスの視線がしっかり手に向いているのを確認して、唱える。
「≪フリーゼ≫」
パキパキと音を立てながら手の上に氷が出来上がっていく。気を抜くとバカでかい氷塊が一瞬でできてしまうので、ゆっくりと。
五秒して、一口大の氷が両手に同時に出来上がった。そして一言。
「きしさまが言ってた」
完璧な言い分である。俺が騎士に習いに行っていることを利用してできる、なんの違和感もない行為だ。
ちなみに母達には放任されていることを話してない。四か月弱、騎士様に度々習いに行っていると思い込んでいる。その方が色々と≪都合がいい≫から。まあ、一応行ってもいるんだけど。
実際に目の当たりにしてダグラスは何かつかんだらしい。目を瞑って集中している。
よし、と両手を出して魔力を操作するダグラス。ファーストチャレンジ。結果は如何に。
「≪イグニト≫!」
幼さ故に高さの目立つ気合いの一声。その後にゴウ、と。火が勢いよく灯る。その数は、二つ。あらまあ。
「ダ、ダグすごい!」
それに気づいて、ラフェルの維持を解いたロゼが声をかける。それと同時にダグラスの火も消えた。
保てた時間は一秒強。それでも、二か所に同時に火を灯したのは事実。まさか一回でやってみせるとは思わなかった。
「ど、どんなもんだい……!」
「いっかいでできるなんて、すごいよ」
彼の成果を純粋に賞賛する。この子、もしかしたら結構才能あるかもしれない。
新しいことをやってみせたせいか、ダグラスの息は少し荒い。集中力と使った魔力量が問題だろう。そんなダグラスに母が駆け寄る。
「ダグ君。今の両手の火は自分で考えたの?」
小さくダグラスは首を振る。
「オルトが。きしさまからきいた、って」
こちらを向いた母にこくりと頷いて見せる。
「さんじゅうびょうできたら、まほうじんっておかあさんいってた。きしさまにいったら、『りょうてでじゅうびょうとどっちがいい?』って。おなじことだって」
「まあ」
『次の内容を聞かれちゃってたのねー』と苦笑する母。言いふらしてごめんなさいね。でも下手にやる気を削いだままだと変な方向に走り出しそうだから、餌をまいておかないと。
「オルトの言うとおり、次は魔法の細かい操作の練習よ。ロゼちゃんはさっきみたいに葉っぱを三十秒回してみせて。ダグ君は……さっきのでいいわ。十秒灯してみせて」
「はーい!」
二人は返事すると各々練習に取り掛かる。そして母はこちらを向いて申し訳なさそうに言う。
「オルトはしばらくは今まで通りでいいかしら」
「いいよ」
ごめんなさいねと謝る母。そんな母に俺は見せつけるように手を出す。
「オルト?」
「≪フリーゼ≫」
母の疑問には答えずに、氷を生み出す。けれどただの塊を作ってるのではない。
俺が作っているのは、先端の尖った細長い氷。――氷柱だ。
ゆっくりと出来上がっていくそれを見て母が目を丸くしている。それもそうだろう。二か月遅れて始めた子供が、もうここまで来ているのだから。後で課そうと思ったことを、目の前でやって見せているのだから。
きっかり十秒かけて出来上がった三十センチ程の氷柱を握って、母に言う。
「まってるあいだ、きしさまのところにいってるから」
――決まった。そう思った瞬間、流石我が子と母にきつく抱きしめられた。母の豊満な胸に初めて殺されるかと思った。