Ep.21 学校訪問?
大変永らくお待たせいたしました。
「――始め!!」
高らかに響いた合図とともに、俺は足を強く前へと踏み出した。
進もうと前のめりになる俺の体。それを突如として強風が阻む。
しかしそれでも俺は踏み出す。更に前傾の姿勢を取り、極力抵抗を失くして邁進する。
「≪フリーゼ≫」
進路に氷の礫を数個、置く。それらは瞬きの間に閃光と共に蒸発して消えた。
俺は迷うことなく立ち込める白煙の中に突っ込む。
「≪リンフォス≫」
その直前に強化の魔法を瞬間的に用いて加速する。水蒸気はかなり熱いが、属性で性質が多少異なる強化の魔法の恩恵もあって、熱は殆ど感じない。
白煙を抜けて剣を下段に構える。目の前には、杖の先を下げて構える金髪の少年。どうやら突っ切ってくることは予測済みであったようだ。
俺の間合いに入る――寸前。下がっていた杖が跳ね上がり、こちらへ急激に伸びてくる。
普通に避け切る――には今の俺では遅い? なんと、これはビックリ。
「ふっ!」
プランを変更。只管に速く振るうことを意識しながら、杖を払い除けるように剣を左に振り上げる。同時に体を右に逃がしながら、なんとか杖への直接の接触を回避。
振り上げた剣をそのままに、杖を伸ばし切って隙だらけな彼を斬り捨てようと薙ぐ。
――そして唐突に吹いた、向かい風。
予想外の風に、体が揺らぎそうになる。しかしそれをなんとか押し留めて剣を振るう。
「≪マグネト≫」
しかし、薙いだ剣は触れることすら叶わず空を切った。
「……へえ」
相対していた男は、既に間合いから数歩先へと退いていた。僅かな音もなく、颯爽と。
磁力の魔法で重力を擬似的に失くし、そしてその身を突風に任せたのだろう。そしてそれは恐らく、俺が浴びた風よりも強いものだ。
俺は少年の奥にいる、緑の髪の少女をチラリと見た。……どういうコンビネーションだよ。
「ふっ!」
思考する最中、再び迫る突き。それを剣で弾こうとして――。
「はっ!」
「ちっ」
俺へ届く遥か前に杖の先は明後日の方を向く。
フェイントだ。完全に乗せられた。というか油断した。
杖はその勢いのままに、下手側で俺の足を薙ぎ払わんと杖が唸る。
「≪シャデル≫」
足元であるなら防御は容易い。“硬さ”を意識して、氷柱の魔法を行使する。
そこに出来た意識の隙間を縫って来るように。
「――≪エアハン≫」
「!!」
微かに聞こえた呪文に、対応する間もなく横殴りにされる。大きい風の塊は不可視で、魔力を視ないと対応しづらい。
大したダメージではなかったものの、吹き飛ばされた。僅かに滑空する俺。
金髪の少年は、それを黙って見ているはずもなく。
「≪ライグト≫」
「≪シャデル≫! ≪グライス≫!」
稲妻を氷柱でギリギリ阻む。直後に行使した魔法で地面を滑り距離をとる。
「≪エアハン・ビガー≫」
「くっ!」
今度はどうにか魔力の反応を捉えた。だが、右方から迫る特大の塊はあまりにも大きく、受けることでしか対処ができない。踏ん張らず、飛ぶようにして力を逸らす。
「≪マグネト≫――」
「≪ブリーゼ≫。≪エアハン≫」
「――≪サンデル≫」
磁力+追い風で再び急速に迫る金髪の少年。
ほぼ同時に迫る風塊を避けた先は、落雷の着地点。
落雷を切り払い難を逃れるが、手に痺れが残る。
そして――閃く杖の一突き。痺れ故、剣の動作は、遅い。
……こりゃあ、敗北ですわ。
「フゥッ!」
心の中で負けを認めたと同時に、俺は杖を弾いた。――先ほどまでまるで動かなかった、その剣で。
「っ! ロールズ!」
「分かってるわよ!」
目の前の男が、これまで以上に気を張った。遠くでは、魔力が高まる反応がある。ギアを上げたことに、気づいたようだ。
喜ぶ前に警戒に移ったのは、賞賛に値する。勝負には負けた。だが――。
「試合に負けるつもりは毛頭ないからな……?」
「≪エアハン・ビガー≫!」
「≪ライグト≫!」
同時に迫る風塊と、稲妻。
「シィッ!」
故に、一振りで同時に斬る。当たり前である。
予測の範疇だったか、驚愕の色はそう濃くない。うん、いいね。
「――≪リンフォス≫!」
完全な迎撃の姿勢を見せ、強化の魔法で微弱な紫電を体から放出する金髪の少年。
その奥で、大きな魔法の準備のために、風の魔力を肥大させる緑髪の少女。
その二人に、俺は。
「≪フリーゼ・モーデル・ケイプ≫――耐えてみせろよ?」
冷笑とともに、鉄と氷の剣を手向けよう。
「――はい、俺の勝ち」
「くっ……」
ところどころ刃毀れを起こした鉄の剣を、ブルクハルトの喉元に付きつける。
彼は悔しそうにしながら手にした杖を下ろし、両の手を上げる。
俺の数メートル後方では、足を完全に凍らされて氷柱に囲まれたロゼが、同じように手を上げていた。
よし、俺の勝ち。
「お疲れ様。正直、ここまでやるとは思わなかった」
「負けたがな。……しかし勉強になった。感謝する」
剣を下ろして魔法を解除し、目の前のブルクハルトを労う。
勤勉で礼を欠かさない彼は、悔しさこそそのままだが敗北をしっかりと受け止めたようだ。
「ほんと、オルトには勝てないわね……」
「あはは。ロゼもお疲れ様」
「笑ってんじゃないわよ。でも、付き合ってくれてありがとね」
ブルクハルトとは違い、呆れた様子の強いロゼが寄ってくる。ただ恐らく、内心ではブルクハルト以上に悔しがってると思われる。
最近、ロゼのそれがポーズでしかないことがあるということを、カリナに教わってたりするのだ。戦闘中の『隙あらば仕留める!』と言わんばかりの鋭い目つきも見ると、『ああ、確かに』と思わされる。……幼馴染なのに付き合いが半年そこらの女の子にそういった面で負けると少しショックだ。ダグラスに教えたら『知らなかったのか……?』とレアな呆れ顔を頂いたのもまたショックだった。
「あの時はこう動いた方が……」
「でもそうすると出せる魔術が……」
既にあーだこーだと戦術議論に入ってしまった二人は放っておいて、俺は別の方へと視線を向ける。
そこにあるのは、アリアの怒涛の拳撃を、只管に長剣で捌き続けるダグラスの姿が。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
「うおおおお! やべええええ!」
これでどっちも笑いながらやってるから戦い大好きっ子は怖い。流石にダグラスは冷や汗を垂らしているが。
「ほらほらほらほら!」
「あっ、まっ、フェイクは!」
「待たんぞ我はぁぁ!!」
「ひゃああああ!」
ちなみに、アリアは手加減の練習。ダグラスは守りに徹する練習だ。多分、そうだ。きっとそうだ。
「オルト君」
曲がった背筋が思わず伸びるような、凛とした声に呼ばれる。そちらを向けば、本日、態々付き添いをしてくれた俺の苦手な先生がそこに。
「サラ先生。今日は態々、ありがとうございます」
避けようと思ってたのに、なんだかもう深くかかわってしまったサラ先生。彼女が、タイトスーツに真顔で近づいてくる。
「いえ。私も五・六組の特待生の戦闘訓練は見ておきたかったので、気にしないでください」
「ですが、夏季休暇中でしょう? 先生は何か予定とかは?」
「貴方が帰省しないと知って粗方片付けましたよ」
「は、ははは……」
現在、学校は所謂夏休みというやつだ。学校の施設は解放されているが、授業などは一切ない。だから殆どの生徒が学校の寮から離れて、帰省している。
残っている生徒は少数だ。近いから帰る必要がなかったり、どうしても帰れなかったりなど、理由は様々だ。
俺、ダグラス、ロゼもその少数派の中にいる。本当は帰るつもりであったのだが。
「それに、貴方のお母さんがこちらにお顔を出すのでしょう? なら、学校長の私が挨拶もしないでいることはできません」
「……そう、ですね?」
――両親がこちらに来るから、俺が帰る意味があまりないのである。残りの二人は、俺が帰らないと知って帰らないと決めたと言う我が儘だが。まあ、子供とはそういうものだろう。
「まさか、あのメリー・クライシスが母になるなんて……あの魔法脳が突然魔法士を止めたと思えば、そんなところに。世の中、分からないものですね」
「お知り合い、で?」
「魔法士としての同期です。私の方が年下ですが……この学校での同学年でもありました。競い合った仲です」
目を伏せる彼女は、何を思い浮かべているのか。
「懐かしいですね……そう言えば、彼女の伴侶は……ん? 姓がシュヴァイツァ?」
ぶつぶつと何かを呟いたかと思えば、俺のことをまじまじと見つめる。俺――というよりは、俺の頭髪を見ているのか?
「……どうして今まで気づかなかったのでしょう」
「はい?」
「オルト君。貴方のお父さんはもしかして――」
「「オールトー!!」」
サラ先生の声を遮る、元気っ子二人の叫び。運動着がボロボロのダグラスと、綺麗なままのアリアだ。
「戦ろうぜ!」
「我も我も!」
「……はぁ。えっと、先生、もう一度お願いできますか?」
「審判ですか? いいですよ」
いや、そっちじゃない。そっちじゃないけど……もういいか。
「……お願いします」
――本日二度目の二対一は、初っ端からギア上げて戦って勝利したことだけを記しておく。
後日。
「オールトー!」
「ぐぶぅ……!」
「会いたかったわー! 元気してた?」
学校の校門。飛び掛かる母を受け止めて窒息の危機に陥る俺がここに。誰か助けて。
そんな俺を余所に、母は俺の後ろの二人に笑顔を向けている。
「二人も、元気だった?」
「おう! すごい元気!」
「病気の一つもないわ!」
「良かったー! 二人のお父さんお母さんに伝えておくわね」
「めっちゃ元気って伝えて!」
「私お手紙書いたから、持って行って欲しいの!」
「あら。じゃあ後で預かるわね。今だと忘れちゃうから」
……俺を忘れないで。本当に死んじゃう。
母の腕をタップしてどうにかこうにか気づいてもらう。離してもらって――すぐにまた抱きしめられた。やめて。
「んー。ちょっと大きくなったわね。でも、ダグ君ほど見た目に出ないわねー」
なんで分かるんだこの母さん。そんなにベタベタと触られているわけではないのに、どうしてだろう?
「ま、お母さんだからね!」
俺から少し離れた母がニッコリ笑顔で俺の心を読んで、根拠のない理由で胸を張る。……読まれた理由は分かる。表情に出てた。
そして三度抱きしめられて身動きが出来ないようになる。ああもうなる様になればいいさ。
「メリー」
だが、その一言で母が“ビクゥッ!”と固まった。母はギリギリと錆びた機械の様に顔を上げ、今まで視界に入れていなかった彼女をようやく知覚した。
「あ、あれ……?」
「どうしました?」
「おかしいな。……サラちゃんだよね?」
「そうですよ。ああ良かった。忘れられていたかと思いましたよ」
「サラちゃんがいる……なんで?」
「学校長ですから」
一拍。二拍。三拍。そして。
「えええええええええ!?」
煩いと思ったのは、耳元で叫ばれた俺だけではなかったようだ。ダグラス、ロゼ、そしてサラ先生も耳を塞いでいた。
「うそっ!? 学校長なの!? なんで? なんで!?」
「元生徒で元級友で元同僚の疑問ではない筈でしょう。私はアナタに何度か話しましたし、噂にもなっていたはずです。……それを耳にすることもなかったのですか」
「……なかった、です」
「……そうですか」
抱擁は緩んでいるが密着しているため、母の心拍が上がるのが手に取るようにわかる。サラ先生の表情は伺えないものの、彼女の声音からして母がそうなることは分からなくもない。
「まあ、そうですよね。私が学校長就任前に色々とドタバタしてる最中、何も言わずに貴方は忽然と姿を消してましたからね。知らないのも当然です」
「あ、ははは……」
「そしてオルト君の母親が貴方であることを知ったのはつい先日のことです……アルバート君は壮健で?」
「あれ? それは知ってるの?」
「推測です」
「そ、そっか。ええええっと……あ、アルは元気よ。今はお、王城にいるわ」
あの母が、父に怒られている時と同じぐらい委縮している。その気持ちは分からなくも……いや、流石にビクビクし過ぎである。
でも、母のことだからなぁ……どうせ、色々やらかして先生に怒られてたんだろうなあ。
サラ先生はそんな様子の母にため息を吐くと、少しだけ柔らかい声を掛けた。
「別に説教をしたりはしませんから、怯えた目で見ないでください」
「ほ、ほんと?」
「本当です。……久しぶりに会った友人ですからね」
「さ、サラちゃん……!!!」
母がようやく俺から離れると、感動か何かで震えながら先生に抱きついた。旧友同士の熱い抱擁だ。
「うっ……メリー、ちょっと苦しいです……」
「サラちゃんに抱きつくとおっぱいが凄いなあ~」
何を言ってるんだ母よ。それはアンタもだよ。
「何を言ってるんですか貴方は! それは貴方もでしょう!?」
「そうかなぁ?」
スタイルの良い妙齢の美女同士が熱烈に抱き合うこの光景……う~ん。流石に十歳児には目の毒じゃないか……?
チラリと、二人に目を向けてみるが。
「先生とオルトの母ちゃん、仲良さそうだな!」
「……」
心配した俺がバカでした。バカはバカのままでした。
ただ、ロゼがじーっとその光景を、無表情で見ているのは怖い。……怖い。
「先生、お母さん。中入ろう。ここで話すのもなんだから」
「あ、そうね!」
「そうですね。じゃあ、校長室でいいでしょうか?」
「……恐れ多いので研究室でいいと思います」
とりあえず、場所を移して話すことになったのだった。




