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どうやら勇者やってた異世界に転生したらしい  作者: おばあさん
第二章『楽しい学生生活は』
22/26

Ep.20 幼馴染の女の子

もはや何も言うまい

 休日。午前十時の五分前。

 魔法学校前の魔導列車の駅前で、広場の時計を見ながら人を待っていた。

 あまり着ていなかった服を度々気にしながら、十の刻を過ぎてから更に五分ほど待っただろうか。

 彼女は、来た。


「――お待たせ!」


 真っ直ぐに伸びた緑の髪が、風の様に靡く。

 肩にかけたカバンを片手で押さえながら、もう片方の手を振る少女。

 見惚れるような笑顔の中、エメラルドと並ぶ輝きを放つ二つの瞳は、確かにこちらを向いている。


「ゴメン、オルト。ちょっと手間取っちゃって……」


 息を弾ませながら謝る少女。

 袖が少し透けた薄いブラウス、藍色のスカート。

 そこから覗いて見える、白く細い手足。子供のそれはとても嫋やかだ。


 俺は、笑いかけながら、彼女の言葉を否定した。


「大丈夫。俺も、実はさっき来たばかりだから」


「そ、そう? ……オルトにしては珍しいわね?」


「あはは……」


 彼女の懐疑の視線を、俺は苦笑して誤魔化す。

 まあ、少し遅刻したのは本当だったりする。

 十分前に着くのを予定して準備していたのだが、久々に私服と向かい合ってどうすればいいか試行錯誤していたら、出る予定の時間になっていた。


「ま、いいじゃん。気にしないでよ」


「……そう。なら、いいんだけど」


「そう、いいのいいの。だからほら」


 まだ訝しんでいるロゼの手を取って、俺は彼女を引っ張る。


「行こう?」


「……うん」


 照れながらはにかむロゼを連れて、賑わう王都の繁華街を目指して列車に乗り込んだ。






 今日は、ロゼと二人きりでお出かけである。デートと言えなくもない。

 だが十歳の俺たちには、お金の掛かかる遊び方というものはできない。

 なのでウィンドウショッピングが主だ。王都の一番規模の大きい商業区へ列車で向かって、そこを歩いて回る。

 一応、歩いて回る順序などの計画も練ってある。ただそれは三バカの勉強を見る合間になので、ちょっと練りが甘い。そこは臨機応変に行きたい。


 魔動列車に乗るのは三度目だが、そうなると流石に興奮も薄れるものだ。


「あ、そういえば」


「ん?」


 流れる王都の景色を眼下に、同じように景色を見下ろしていたロゼから話しかけられる。


「オルトは点数どうだったの? あの三人のばっかり気にしてたから、聞いてなかった」


「んー。地歴以外はちゃんと全部できてたよ。薬学は、取りこぼしが一つあったけど」


「うわ……もうやだオルト」


 ひどい言い草である。まだ点数のことなんて一言も言ってないのに。

 そう言うと。


「どうせ満点なんでしょ。今言ったもの以外は」


 なんて決めつけられた。まあ、事実なんだけど。


「まあ、次は勝つから。油断するんじゃないわよ」


「しないしない。……どうせまたスグに泣きついてくるヤツ来るだろうから、ある意味今から身構えてる」


「……ああ、ダグね」


 ロゼがふと、遠い目をする。

 なので俺もまた、昨日のダグラスの泣きっ面を思い浮かべる。


『ごべんなざいいいい!』


 泣きながら土下座をするダグラスの前で、俺たち二人は絶句したものだ。

 丸印のそこそこ多い答案の一番上。そこにも縦長の丸が書いてあったと思えば、一か所だけ空白の欄。


 ――名前の書き忘れによる、0点だ。


『あ、ありえんぞ……』


『な、名前書き忘れて、0点とか、あ、あっはは! ありえないし!』


 同じ数学のテスト用紙を持ったアリアとカリナもまた、ダグラスの失敗に絶句していた。いや、カリナは腹を抱えていたか。

 まあ、そんなわけで、ダグラス君は唯一数学だけ補習である。まあ、先生のお情けで課題は免除されたらしいが。


「私が教えた二人には何もなくてよかったわ。教えた甲斐があるってものよね」


 ロゼがフフンと上機嫌に笑う。カリナとアリアは全て余裕を持って赤点を回避した。


『ありがとうロゼ! ありがとぉー! ひゃー!』


『よーしよしよくやったわ。落ち着きなさい』


『もう今度からオルトじゃなくてロゼに頼むし。ちょー頼りになるしぃ?』


『媚の売り方がウザいからもう二度と教えたくないわね』


『そ、そんなっ!?』


 何があったのかは見ていないので分からないが、赤青緑の三原色娘の会話は半ば放心したダグラスを宥めながら少しだけ俺も聞いていた。

 ……なんとなくロゼの声が弾んでいるように聞こえたのが、少しだけ嬉しかったなあ。


 ……そういえば。


「ルーナとはちゃんと仲良くできてるの?」


「何よいきなり。仲良くできてるわよ」


 心外だと言わんばかりに、唇を尖らせて。


「ルーナのお陰で、大抵のクラスの人とは話せるようになったんだから。今ではもう、背中に隠れなくても話せるわ!」


 胸を張るロゼ。なんとなく俺には、ロゼがルーナの背中に隠れている様子、そして今尚ルーナの隣を離れられない様子が脳裏に浮かんだ。

 今、ルーナにお礼とお詫びの品を買うことを決めた。ロゼと仲良くしてくれてどうもありがとう。心の中でルーナに感謝した。






 王都で一番賑わう商業区。休日も相俟って、人の波は入学準備の時に足を運んだ区画で見たものと同じくらいであった。


「すご……今日、ただの休日でしょ?」


「これで特別な日とかだったらもうお祭り騒ぎだろうね」


 これは、前にやったように手を繋ぐしかないか。ダグラスがいないから進むのに不安があるが、しないよりはマシだ。


「ロゼ」


 呼びかけて、手を差し出す。それだけで俺がしたいことは、分かってくれるだろう。

 ロゼは躊躇いつつも、再び俺の手を握る。


「は、離したら……許さないから」


「離さない。絶対に」


 そう言って笑いかけたら、顔を真っ赤にしたロゼに足を踏まれたのだった。いてて。




 女の子の買い物と言えば、まあ服やアクセサリーを思い浮かべるだろう。実際、俺も前世では娘や妻の買い物に付き合えばそればかりであった。

 そしてロゼもまた、その例に漏れないようだ。


「ねえねえ! これとこれ、どっちの方が可愛い?」


「あー……右?」


「そっか。じゃあ、こっちとそっち?」


「ええ……なんかそれって似たようなのじゃ」


「全然違うっ!」


 はい、さようで。すいません。

 無言のままに前者を指差すと、嬉々としながらロゼはそれらを元の場所に戻していく。

 そういうの、あるよね。買わんのかい、みたいな。まあ、俺たちは元々買うつもりはない、という意思を最初から共有していたので、その点に関しては問題ない。

 ただ。


「ねえねえ! あれとあれだったら?」


 比較をするときに、俺に聞くのはちょっともう勘弁して。特に間違い探しレベルで相違が分からないやつ。

 あ、そっちとそっちだったら、ロゼに合う色を鑑みて前者がいいです。


「ね、ねえロゼ。そろそろ出ないと時間が……」


「もうちょっと待って。あとあれだけ!」


 それ、五回目。


 結局、その後もちょくちょく他の店でそんなことをする羽目になるとは、思いもしなかった。




「これだと、ちょっと大きいわよね」


 ロゼが先の曲がった杖を手にしながら、小さく唸る。「振り辛いわね」と、文句をつけて元の位置に戻した。振り易さとは、一体?


 ――現在、魔法杖マジック・ロッドの専門店に足を運んでいる。魔法杖とは、行使する魔法の効力を上げる。そういう効果を持つものを総じて魔法媒体マジック・ブースターとも呼んでいる。

 無論、用があるのはロゼだ。俺は接近戦が基本的にはメインだから、必要ないしね。まあ、俺の魔法の威力だと媒体ブースター要らずであるというのもある。寧ろ使ったらぶっ壊れるから無駄だし。


 俺は近くにあったシンプルなリングを手に取ってロゼに見せる。


「ロゼの戦闘スタイルなら、アクセサリー系統の方がいいんじゃない? 指輪とか」


「んー。それだと近づいてきた相手を殴れないじゃない?」


 ちょっとお嬢さん。物騒ですよ。


「殴る必要あるの? 逃げれば?」


 というか、ロゼの戦い方だとまず生半可な前衛じゃあ近づくことは困難でしょうに。それに、ロゼは元々接近戦は不得手だろう。最近のロゼの戦い方を見てないから一概には言えないが、ロゼに殴られるようなやつがロゼに近づけるはずない。

 そのことも言ってやると。


「そう、ね。確かにそうよね」


「本当にいざって時は、懐剣とか……どんなものがあるか分からないけど、魔法具とかの方がいいと思うよ」


 魔法杖はブルクハルトの使う様な杖とは違って、かなり耐久力や強度に欠けるしね。魔法媒体に使う木は頑丈じゃないのだ。


「そうね。そうしたらテイラー達に聞いた方がいいわね」


 頷いたロゼが、新たに手にした魔法杖を元に戻す。

 そうして二人で装飾系の魔法媒体を見るのだが。


「うわ、たかっ……」


「まあ、媒体になる金属は稀少らしいからね」


 並ぶそれらは、子供の俺たちには決して手が届かないような数字の書かれた値札ばかりだ。


「杖が買えるわけでもないけど、それにしても遥かに高いわね」


 ため息を吐きながら、しかしロゼはうっとりと眺めていた。


 装飾系のものには媒体の核として、宝石のような輝きを放つ鉱石が填められているものが殆どだ。純度が高いほど効果は高い。要するに強いほど綺麗。その美しさは、単純にジュエリー感覚で高級媒体を買い求める貴族もいるほどだ。


 そんな宝石を前にして、俺はどうすれば買えるお金を手に出来るかを考えていた。欲しいかどうかはともかく、そういうことを考えてしまう。


「三年生から学園用のクエスト受注あるから、それでなんとか手が届く……か?」


「あら? オルトこういうの興味あった?」


 呟いただけなのに、耳聡いな。嬉々としてロゼが食いついてきた。


「いや、ないけど……ああでも、こういうの嫌いじゃないよ」


「ふーん、そうなの。……誰かにプレゼントとかは?」


「どうだろ」


「あげる人いないの?」


「母さんにあげたら喜びそうだけど、流石にまだ考えたことないな」


「……他には誰も?」


「え?」


「なんでもない」


 嬉々として聞いていた様子から、ドンドン沈んでいくロゼ。

 何故かと俺が悩んだのは一瞬のこと。

 流石にこの年で、こういったアクセサリーの類はねえ。ませてるとかそう言うレベル越えて、無理。

 まあ自分でお金が稼げるようになったら、幼馴染に細やかなプレゼントぐらい、用意しなくもないけどね。




 お店から出て人混みを暫らく歩いても、ロゼは顔を俯かせていた。

 悪いけど、流石にちょっとイライラしてきた。人を押しのけて進むのに疲れてきて、丁度お腹も空いてきた頃だ。苛立ちも一入だ。

 こういう時は……と、あることを実行すべく俺は道の少し脇に逸れて、人の流れから逃れる。

 さあ……まだ俯いてるその顔、無理矢理にでも上げさせてもらおうか。


「えいや」


「にゅっ!?」


 ロゼの頬を摘まんで、伏せた顔を無理やり上げる。


「いたいわよ!」


「暗い顔する方が悪い」


 俺は悪くない! とふんぞり返る。ぶん殴られやしないかとハラハラしつつも、俺は口にする。


「折角の遠出だよ。そんな落ち込まれちゃ一緒に歩くこっちが困る」


「なっ……だって――」


「とにかく、わ・ら・え~~~!!」


「んむぅ!? いーひゃーいーーーー!!」


 ぐりぐりと頬を引っ張ったり押さえつけたり。ロゼの顔を弄ぶ俺。あ、意外と楽しい。


「ふはっ」


「にゃに笑ってんにょよ! こにょ!」


「いたたたただだだだ!?」


 ち、千切れる! 俺の頬が! ごめんなさい調子のってほんとすいません!

 俺は手を離してロゼの手を掴む。しかしこういう時のロゼは強い。引きはがそうとすると寧ろ痛い。


「ふん!」


「ぎゃっ!」


 最後に思いきり引っ張られて、ようやく俺の頬は解放された。

 ヒリヒリと痛む頬を抑え、涙をこらえながらロゼを見る。

 そっぽを向いた彼女の頬も、抓り過ぎたせいか少し赤かった。


「なんてことしてくれんのよ! 全く……」


「い、いやあ、だってさ」


「だってじゃない!」


 はい、ごめんなさい。俺が悪かったです。


「うう……ごめん……俺が悪かった」


「ホントよ。最初から素直に謝りなさいよ」


 明らかに怒っていると思われる声音に、今度は俺がしょんぼりとしていると。


「ふふっ」


 小さな笑い声。

 ……笑われた?


「な、なに?」


「い、いやね? なんか、オルトがしおらしいのって、ヘンだなって」


「へ、変って……」


 まあ、言われてみたらこういうのはあまりない気がする。怒られたりする時は、大体が父やアロンソだったし。


「ふふふ。ごめんね、落ち込んじゃってて」


「そうだよ。元はと言えばロゼが悪い」


「……ま、そういうことにしておいてあげるわ?」


 左眉をひくつかせながらも、笑って許して呉れたロゼ。

 それ、イラっとした時のサインですよね。ほんとすいません、許してくれてありがとうございます。


「さ、さて。もうお昼だよ。ちょっと向こうだけど、屋台もいっぱいあるから、なんか食べよう?」


 人混みの奥を指差して、見えない屋台へ向かおうと促す。

 気を紛らわせるのには食べるのが一番だ。人間そんなもんだし、ロゼなんて特に顕著だ。口にしたら本気で怒られるけど。


「そうね。お腹空いたもんね」


 ひょいとロゼは俺の手を取ると、悪戯っぽく笑った。


「エスコートお願いね、オルト」


 さっきまであんなに落ち込んでいた少女は、今ではなんだか余裕のある様子で。

 俺は少しだけ疑問に思いながらも、「もちろん」とその手を引いたのだった。




 たちどころに並ぶ屋台から漂ういい匂いは、空腹を煽るのには申し分ない。

 どの屋台もそれなりに列を作っていて、食べ物を買うのには中々時間がかかる。

 それを待つのも一つの醍醐味のようなものだと思えばいいのだろうが……流石にそれを何度もやってると、ちょっと嫌になってくる。


「オルト。それ、ちょっとちょうだい?」


「ええ? また?」


「だって美味しそうなんだもん。だめ?」


 うるうると瞳を揺らして、俺の食べ物を乞うロゼ。

 俺はもう何度目か分からないそれに、頭を抱えたい気持ちになった。


 ロゼの食いしん坊っぷりは、屋台エリアに入ってから大爆発だ。

 屋台スペースに入った途端、ロゼは直ぐに列に並び始めていた。

 それどころか『あ、そこのも欲しいからオルト並んできて!』とか使い走りにされた。

 使い走りにされたのは、まあいい。俺もいくつかついでにロゼに頼んだし。


 結構な量を買いこんで、『早く食べたい』とごねるロゼを落ち着けながら近くの広いスペースに移行。


 そして食べ始めて――十分程度だったか。


『美味しかった~!』


『!?』


 食べるのが早いロゼはそのぐらいで自分の分を完食してしまった。


 そうしたら彼女が後できることと言えば、俺の食べる姿を眺めるぐらいだ。

 

 そうなったらもうこうなるのは当然のことだろう。


『オルト……それ、ちょっとちょーだい?』


 可愛い顔してそんな風に言われたら、上げざるを得なかったのだ。

 一口どころか、もう一口もおねだりされたこともあったけど、上げざるを得なかった。


 なんだ。俺の甘さが原因か……?


「ちょーだいよオルト~」


「……これはさっきもあげたでしょう。我慢なさい」


「だって美味しかったから……」


 じーっと、俺が手に持つ串焼きを見つめるロゼ。ちょいと持つ手を振れば、視線はその後を追う。

 横、横。縦、縦。と見事に連動するロゼの瞳。そして俺の口に運べば――。


「ああぁぁ~……」


 このように悲しみにくれた顔をします。ちょっと楽しいです。


 ――不意にこの串焼きをロゼの口に突っ込んだらどんな反応をするだろう?


 ――いやそれよりも、上げようとして途中でやめたら、どんな反応をするだろう?


 それは、悪魔のささやきだった。考えてはいけなかった。

 まずい、好奇心が凄まじい勢いで沸いて出てきた。はたしてこれは、やっていいのだろうか?

 とりあえず一本食べよう。


「ああ!」


 そんな顔するなよ……そそるじゃないか。

 ああ、もう。

 『やりますか?』の後に続く選択肢が、俺の中で『ハイ』しかなくなってしまった。


「……最後の一本か」


「オルトぉ……」


 そんなに欲しいか、この串焼きが。全く、物欲しそうな顔しちゃって……。

 しょうがないなあ、とロゼに向かって差し出す。

 ロゼがパッと顔を輝かせてそれを取ろうと手を伸ばす――。


 ――やっぱあげない!


「ぱくっ」


「ああああああ!?」


 すっとロゼの手を躱して、串に刺さっていた肉四つ、一気に口に入れました。

 ああ、美味しい。二重の意味で。見てくださいこの悲壮が全面にでたこの顔。

 咀嚼に時間かかっちゃうけど、やった甲斐があったもんだ。


「……」


 あかん。ぷるぷると震えている。後始末をしっかりしておかないと後が怖いな。

 傍らの袋から焼き菓子を取り出して、俺はそれを口が開きっぱなしのロゼにねじ込んだ。


「んぐっ!?」


 ロゼは驚きつつも、口に入ったソレをもごもごと噛みしめる。

 そして次第に、とろーんと幸せそうな顔で。


「おいしい」


 と一言いただきました。それは何よりです。

 調子に乗ってもう一つ差し出したら、ぱくっと食いついてきた。餌付けしてる気分だ。


「おいしい~」


「……もういっか」


 俺はそのまま、ロゼに餌付けすることにした。

 お腹も膨れつつあったし、いいかなって。


 途中で一口食べてみたけど、その焼き菓子がかなり美味しくて悔しい思いしたのは後の祭りであった。




 人の流れが緩やかになりだした頃には、既に時刻は十七時を過ぎていた。


「流石に、歩き疲れたわね」


「そうだね。俺も久々に疲れた」


 本当に久々の疲労感である。この怠さを味わうのは、一体いつ以来だろう。

 想い起そうとするより先に、ロゼが微笑とともに俺を労った。


「ふふ。お疲れ様。今日はありがとう」


 人の流れが少なくなった今、ロゼは俺の隣にいた。

 ロゼは、ずっと俺の手を握っていた。今も尚、離す気はないようだ。


 茜色に染まる石畳を、人の行く方とは逆に向かって歩く俺たち。

 屋台の多くは一旦店仕舞いをして、夜の開店に向けて準備をしだしていた。始まるのは一時間後くらいだろうが、その頃には俺たちは列車に乗っているつもりだ。


「夜の王都。いつか歩いてみたいわね」


 恐らく、夜の帳の落ちたこの道を想像しながら、ロゼが言う。


「そう? 何度か駆け回ったじゃない」


「あれは数えないわよ。絶対!」


 俺が茶化すと、ロゼはぶんぶんと俺の腕を振りながら抗議した。

 自分で言っておいてなんだが、確かにアレは数えたくないな。大して記憶もないし。


 一日を振り返りながら、とうとう魔動列車の駅が見えてきた。

 その頃には夕陽は落ち込み、夜の闇が広がろうとしていた。


「……」


 俺はゆっくりと、繋いだ手を離した。


「あ……」


 消え入りそうなほど、幽かな声。

 そこに孕んだ彼女の感情に、俺はまだ、気づかないでいよう。


「――ここまで来たら、もう大丈夫でしょ?」


 なんでもないように笑う俺を、ロゼはどう思っているのだろうか。


「……そもそも途中から必要なかったじゃないの、バカ」


「そうだね。忘れてた。あはは」


「このっ……!」


「待った待った“グー”はなし! ごめんって!」


 握る拳が微かに震えるのは、怒りか悲しみか。些かながらの、喜びか?

 俺だったら、悲しいかな。


「……でも、ありがとう。今日は楽しかったわ」


「なら、よかった」


 俺たちは笑いあう。

 彼女の浮かべた笑みの美しさは、消えそうな儚さを纏っていて。

 何故かは分からないけど。

 ロゼのことを初めて、綺麗だなって思った。


「……さあ帰ろう」


「そうね」


「また明日から授業だ」


「明日は実技があるわね。そうだ明日から――」


「ロゼたちも“こっち”でしょ? 聞いたよ。なにかしたの?」


「そう。あのね、ダグとブルクハルトったらね――」


 他愛無い会話をしながら、帰路を行く。

 なんでもない風を装うのは、間違ったかもしれない。意外と辛いや。




 でも、俺たちは一切心の内を出すことなく――明日を迎えて、いつもの生活を送りだした。

お待たせしてすいません。字数のわりに、あまりデートっぽくないかもしれないです。



20141231_『十二歳から』→『三年生から』に変更。及び、不評が多かった件の場所をちょっとマイルドにしてみました。

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