●青木さん●
●青木さん●
「浪漫千里、十二歳。趣味は妖精さんとお話しすること、特技は、どんな生き物とでもすぐにお友達になれることです」
──そんな意味不明、しかも明らかにウケを狙ったとしか思えない自己紹介で、クラスメイトの度肝を抜いた千里は学校内で有名となっていた。良い意味で? いや、うん。おそらく良くはない意味で。
いつのまにか月日は流れ、季節を生き物や妖精と過ごしてきた千里も、いよいよ中学入学を迎えた。クラスの課外授業としてお花見をするなど、彼女にとっては楽しみなことこの上ない行事ばかり。だから千里は中学校が好きだった。
「ねえ、浪漫さん? 一緒に図書室で勉強しない?」
そう声をかけてくれたのは、同じクラスで、ななめ前の席に座る青木さんだった。ちなみに隣の席は縁があるのか阿部くんである。可哀相に。
「勉強? なんの勉強をするの?」
きょとんとする千里に少々驚きつつも、青木さんは五時間目に漢字テストがあることを説明した。範囲はめっぽう広く、漢字ワークの十ページ分ほどの量が出されるらしい。
「だから、一緒にどうかなって思って──」
「うん、いいよぉ、でも私、勉強ってどうやるか分からないの」
はい? 青木さんでなくとも首をかしげる発言だろう。パードゥン? さりげに帰国子女の青木さん。英語の授業はまだ二回しかやってないが、千里はその意味を理解した。やはり千里は知能が高い。
「──どういう意味?」
そのままの意味です。千里は生まれてこのかた、『勉強』というものをしたことがない。小学校の頃から、テスト前日になっても教科書すら開かず、ひたすら妖精さんと話し続け、うるさい! とお父さんに注意されても毛布にくるまって笑っていた少女である。
「授業中、ノート取ってないの?」
「ノート? ノートってなぁに?」
──お宅のお子さんが個性的で常識はずれなのは充分すぎるほど分かりましたから、せめて『ノート』くらいは一般常識として教えてあげましょう。通知表に書かれること必至。
「──じゃあ、テストの時っていつもどうしていたの?」
「妖精さんが答えを教えてくれるの! ここは四だよ、とか、太平洋戦争だ、とか。耳元でこっそり教えてくれるから、先生にも怒られないし」
凡人には理解不能であります。千里いわく、ずいぶん頭の良い妖精だとか。先生に怒られない云々より、そもそも他人には見えないのだからバレることはない。三年前、ダンゴ虫と戯れていた時、テストが百点だったと言っていた理由がようやく解明されたわけだ。
「そうなんだぁ……ねぇ、じゃあ私に勉強教えてくれる? 図書室は読書もできるし、行って損はないよ?」
それを聞いて千里は目の色を変えた。これは誰もが知っている話だが、千里と言えば読書家としても名が知れている。──え、初めて聞いた? 世界は意外と広いっていうことだ、うん。
「うん、行く。本読むの、好き」
入学してから千里は、教室か中庭を往復してばかりいる。それ以外の場所は授業以外に出歩くことはない。廊下を歩くことも滅多にない。移動教室もいつのまにかそこに座っているのだから、やはりワープできるほどの能力を秘めているのではないかと囁かれている。だから図書室にも入るのは初めてだった。
「浪漫さん、妖精が見えるって本当?」
廊下を歩きながら、おそらく学校中の人間が質問したいであろう問題を、青木さんは口にした。実際、それくらいしか会話のネタがなかったのである。
「うん、本当だよ。白いワンピース着ているの。──今も私の肩に乗っているんだ。どうして皆には見えないのかなぁ?」
そんなまさか幽霊じゃあるまいし、肩に乗っているなんて表現は恐ろしい。しかし、青木さんはだいぶ慣れたのか、羽は羽毛のような感じなのかと続ける。
「ううん。どっちかっていうと──そう、トンボみたいな羽。透けてて、キラキラしてるの。四枚あって、それで自由にお空を飛んでるの」
──妖精のイメージがトンボになってしまったことは言わないでおこう。
「私には見えないかな? 一度でも見てみたい」
勇気あるな、青木さん。私は見たいとは思わない──人間でなくなってしまう気がするぞ。
「うーん──私以外に今まで見えた人がいないから、よく分からないなぁ──ねぇ妖精さん、青木さんにはあなたが見えないみたい。どうして?」
困った時には妖精さん。おそらく千里は、どんな悩みも彼女に相談して乗り切ってきたのだろう。というより千里に悩みがあったのか──レストランでの注文決めだとかそんな類だろうけども。
「──そっか、わかった。あのね、青木さん。妖精さんがね、私とお友達になれば見えるって」
おおっと、恐ろしい提案だ、妖精さん。実を言うと、千里には友達が居ない。妖精は親友だが、人間の友達は誰一人として居ない。なぜか阿部くんは幼稚園からの付き合いというだけで、自分が千里の友達だと思い込んでいるらしい。ちなみに千里はそう思っていない。哀れ、阿部くん。
「うん! 友達になろうよ。ずっとそうなりたいって思ってたんだ」
「じゃあ、今から『オトモダチ』! 妖精さんに会えるね」
「あ! 今浪漫さんの肩に何か見えた! もしかして妖精さん?」
──こうして、ふたりは生涯親友として付き合っていくことになる。しかし、一番厄介なのは──。
「ねえ妖精さん、好きな食べ物は何──? え、メロン? 私も大好き!」
すごいぞ、青木さん、すっかり不思議ちゃんになってしまった。千里と同類──いやしかし、千里はもう寂しくないだろう。
──『親友』が二人も居るのだから。