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●ダン子ちゃん●

   



   ●ダン子ちゃん●


 

 周囲からの千里のイメージが、なんとなく『空想・想像・妄想』で決定づけられてしまったあの日から6年。彼女は小学4年生になり、相変わらずの日々を送っていた。

しかし、6年という年月は意外と長いもので、その間に愛する祖父は天使になり、何だかよく分からないが天国でハーモニカを吹き続けているとか何とかかんとか。もちろん、この発言は千里によるものである。

「やあーい、やあーい! ロマンチスト、ロマンチスト! 浪漫千里はオバケが見えるぞお!」

 ──うふふ、オバケじゃないよねぇ、妖精さんだっていうのに、阿部くんったら。そう、私の隣の席の子だよ。まったく、馬鹿でアホで顔も見たくないったらありゃしないよね、あはは。

 ずいぶん酷いことをとろけそうな笑顔で言ってのける千里は、やはり6年経っても千里である。それよりも阿部くん、ロマンチストの意味を知っているのかな?

「おい! 無視かよ! ひとりで何をブツブツ言ってんだよ、このロマンチスト!」

 ──え? うるさい上にうざったいから、魔法で消しちゃうって?

ふふっ、駄目だよ、それなら私がやるよぉ。それに、そんな下らないことに魔法を使うなら、駅前のケーキ屋さんのモンブラン百個出して! おいしいんだよぉ。

 さりげにずいぶんなことを交える彼女は、やはり浪漫千里である。

うん。

「おい、こら! 浪漫、聞いてるのかよ!」

 振りかぶって──投げた! 阿部の見事なストレートが浪漫選手の

後頭部にヒット! 浪漫選手、泥が洋服にまで飛び散って、大変なことになっております!

 ──と、泥ダンゴをぶつけられて、ようやく千里は振り返った。妖精

との会話を中断したらしい。昨日は運悪く雨だったため、千里に当たったボールは、充分すぎるほど水分を含んでおり、首筋から服の中までびちゃびちゃ、どろどろになってしまった。

「わあ、妖精さん、濡れなかった? ──そっか、良かった! えへっ」

 はい、マイペースな千里さんです。やはり6年経とうと、何年過ぎようと変化の様子を見せない。

 いじめっ子でガキ大将の阿部くんが暇を持て余していたせいで、すべては始まった。

 体育館裏にある桜並木の下で妖精と世間話をするのが日課となっていた千里は、いつものように根元に座り込んで、他人には見えぬ存在に話しかけていた。

 話が弾んできた頃、千里のスニーカーに登ってきたのはダンゴ虫だった。生きとし生けるもの全てを愛している千里は、弾き飛ばすことなく手のひらに取って、小一時間いじり続けていたのだ。そこへやって来たのが鼻水垂らしたガキ大将だったのである。

「で、なあに? 阿部くん」

「おまえ、気持ちわりいヤツだな。女のくせにダンゴ虫なんかいじって楽しいのかよ、ばあか!」

 指差された先は、千里の白くて小さな手のひら。そこには少々の泥が付着しており、身体を丸めたダンゴ虫が転がっていた。なんて可愛らしい──そう思うのは無論、千里だけであろう。

「だって、こんなに可愛いんだよ! 見て、この子ね、『ダン子ちゃん』 

っていうの。ほら、この背中の丸まり具合といい、色といい、もう可愛くって最高!」

 一体、地球上にダンゴ虫の形状を可愛いなどと褒める人間が存在

するだろうか──いや、千里の他にあと2人くらいは居そうな気がする。研究者とかで、うん。

 そんな千里の発言に、案の定、阿部くんはドン引き。苦虫を噛み潰したような顔で、嫌悪を通り越し、拒絶反応を起こしそうになっている。

哀れ、阿部くん。

「──おまえ、頭、大丈夫かよ……」

 その心配も当然である。しかしながら、千里の手に負えないところは、空想にふけってばかりいることでも、マイペースすぎて自己中心的な点でもない。

「──え? この間やった国語・社会・算数・理科のテスト、全部百点だったよ?」

「──嘘だろ! おまえ、どっからどう見ても馬鹿にしか見えねえじゃん!」

 失礼な言い草である。──え、展開からして普通、馬鹿だろうって?

常識の通用しないのが浪漫千里であります。それに、馬鹿と天才は

紙一重、うむ、納得。

「それで、何か用? 遊んでくれるのぉ?」

 気の抜けるようなのんびり口調。今度はダンゴ虫を自分の腕に登らせて楽しんでいる。その瞳は、心底ダン子を愛でるものだった。

 阿部くんはすぐさま逃げ出したくなった。お母さんに泣きつこうにも、ここは学校。すんでのところでこらえ、捨て台詞を吐いた。

「ばーか! 誰がおまえなんかと遊んでやるか! 独りでダンゴ虫でも

いじくってろ!」

 特に阿部くんの言葉にはダメージを受けない千里。ひらひらと手を

振りながら、うん、じゃあね、と阿部くんの背中を見送った。

 阿部くんはちょっぴり傷ついた。ここまで人間の言葉が通じない相手

は初めてだったからだ。

「ダン子ちゃん、私のお家来る? バナナ食べようか!」

 ハンカチに包まれ浪漫家にやって来たダン子は、その日のうちにお母さんに捨てられた。


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