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彼女が死んでいた  作者: 太郎
おわり
9/13

三回目の夏

 *


 ジリジリと暑い日差しが照りつける夏。

 起きたくもないけど布団からも出たくない日曜日、突然僕の携帯がなった。相手は勿論分かっている。唯一の友人の彼だ。今度はなんだろうか?


『今から旅行に行こうか』


 彼らしい突飛な行動だ。暑いし丁度三連休だし断る理由もないから僕はすぐに返信した。


『良いよ』


 横に下着で寝ている彼女を見ながら待っていると、暫くして携帯がなった。彼からの返信だ。


『じゃあ、俺の家来て』


『分かった』


 待てない性分の彼を待たせることは出来ないから僕はすぐに支度を始めた。彼女の為のご飯を何個か作って冷蔵庫に入れてから、旅行バックに必要なものを詰め込む。

 そして家を出るって時に彼女に足を捕まれた。寝ていると思っていたから心臓が飛び出る程驚いた。


『おはよう』

『……いっちゃ……や』


 甘い声が僕の足元から聞こえるのは不思議な感覚だった。彼女の甘い声が僕を旅行に行かせないようにしたのは一瞬で、僕は無惨にも彼女の手を振り払うように足を動かした。


『ごめんね。鷹翼からの呼び掛けだから行かなくちゃ』

『あの人でしょ……?だから、ダメなの……』


 彼女はあの人という言葉をどの意味で使っているのだろうか。彼女がご主人としていた人なのか、僕の唯一の友人のことなのか。

 そもそも、彼女は鷹翼の娘であるから、彼女から見た主人は鷹翼なのか?だとしたら、両方同じ人物になるが、……考えすぎか。


『うん、あの人だよ。でもね、僕が行かないとあいつなら僕を殺すかもしれないから行かないと駄目なんだ』

『分かってる……行かないで……』


 彼女は僕にすがるように止めてくる。こんな彼女を見るのは初めてだ。必死に僕を止めてくるのは何でだろう。

 僕が旅行に行く相手が自身の父だと、知っている筈もないのに。この後自分が殺されることなんて知る筈もないのに。


『僕もそうしたいよ』


 座って彼女の頭を撫でると、彼女の顔がはっきりと見えた。彼女は泣いていた。


『泣けるようになったんだね』

『……奴隷のお陰よ』

『それは良かった。なら、僕が……』

『だめっ!』


 彼女は僕の言葉を遮るように叫んだ。息をあらげて身体を揺らしている。涙でべちゃべちゃに崩れた彼女の顔が、いつになく幼く見えた。


『それ以上言ったら……怒るわよ』


 僕がいなくなっても平気だね。

 そう言おうとしたのが分かったのだろうか?


『奴隷が必要なの。奴隷が居ないって考えただけで怖いの……あの人に捨てられた時の事を思い出すから。居なくなって欲しくないの……っ!』


 ヒステリックに彼女は乱れ僕を叩く。彼女の思いが言葉が、全身に突き刺さり旅行に行きたくないという思いを強くさせる。そして、弾けた。


『そんなこと言われたら僕も行きたくないなって思うよ』

『ならっ』

『でも、無理なんだ』


 彼女の顔は地獄に落ちたかのように酷い表情をしていた。そんな顔をしないで欲しい。断ったら君まで危ない目にあうかもしれないんだ。だから、守るためだと思って許して。


『僕は、君を守らなくちゃいけないんだ……ごめんね』

『ちょっと、待って!私は守ってもらわなくたって良いのっ!私が、私が奴隷を守りたいの……!』


 僕は彼女の言葉を無視して歩いて外に出た。彼女の僕にすがる声が聞こえたのに聞こえないフリをして歩く。ごめんね。僕が君が僕に固執するように仕向けたのにその思いを裏切った。



 いつもの様に彼の家に向かい呼び鈴を鳴らすが、彼は出てこない。どうせ用意とかしていないんだろうな。彼がこうやって来ないのはいつものことなのに今日の僕は無性に苛々していた。

 どうせ待つんだったら彼女ともう少し一緒にいれば良かった。そうしたら彼女だって機嫌を直してくれていたかもしれない。

 ……そうだ。彼だったら出てくるのはまだ先になるんだろうから、一旦彼女の元に帰ろう。そう思い彼の家を後にして家の門まで出た時、彼に出会った。

 彼は車に乗っていて(恐らく運転は執事だろう)後部座席の窓を開けながら、僕を睨んだ。牽制するかの様な表情であった。


『どこか、行く、つもり?』

『……いや、何でもないんだ』

『そう。なら、乗って』

『うん』

 僕は彼の横に乗り込んだ。

『今日は、楽しみだ、ね?』

『うん楽しみだね。今日はどこに行くの?』

『うーん。礼文島、にでも、行く、つもり、だよ』


 彼の調子はおかしい。出会った瞬間から思っていたのだが、彼の声のトーンはいつもよりも高いし楽しそうに聞こえる。その原因は何だか分からないが僕に関係があるのじゃないだろうか。


『じゃあ、さっきまで出掛けていたのは今日の旅行のため?』

『まあ、そんな、ところ』

『ふぅん』

『楽しみだ、ね』


 さっきも言ったこの台詞を言いながら彼の口角が上がった。笑顔とは思えない怖い表情で思わず僕は身震いをしていた。彼のこんな顔は初めて見る。


『旅行は何日する予定なの?』

『何日が、良いか、な?早いと、楽しみが、減るし、ね。じゃ、五日間、にしよ、うか』


 彼は人形のような動作で首を傾げた。その姿を見て人形であった彼女を思い出された。一刻も早く帰って彼女に会いたい。


『楽しみだ、ね』


 彼は再度呟いた。


 *


 彼との旅行は五日間という日は変わらなかったんだけど、僕にとっては異常に長く感じた。見ているところは全て綺麗だったのだが、その綺麗な風景を見る度に彼女の事を思い出した。そして、外に出ない彼女の為にも沢山の写真を撮った。

 礼文島から帰ってきて、僕らの町の駅に着いていた。彼だけは執事が運転する車に乗り込んで帰る予定だったのだが彼は言った。


『乗って、け、よ。送るか、ら』


 彼の誘いを断ることなく僕は車に乗り込んだ。


『ありがとう』

『おい、あそこ、まで、送れ』


 彼は執事に命令した。が、奇妙な点が。なぜ、彼が僕の家を知っているかだ。僕の部屋に彼を招待したことは一度もない。彼の事だから金を使って調べたんだろうけど、彼のこういうところは無性に怖くなる。


『あ、ここで良いです』


 執事に言うと車を止めてくれたから、僕は降りた。すると彼がゆっくりと手を振りながら言った。


『楽しんで、ね』

『うん、ありがとう。執事さんもありがとうございました』


 二人に軽く会釈してから僕は彼女の待つ部屋へと向かった。そして、─現在。過去を振り返ってみて、ただ一つの答えを導き出した。



 うっすらと目を開けると彼女が生き返っていて、今までのことは嘘だよ。私は死んでないよって微笑んでいることはなく、彼女は重い瞼を開けることはなかった。


「楽しんで、る?」


 ものスゴく聞いたことある声がどこかからした。この声はおそらく僕の友人の鷹翼の声だ。しかしその声の主は見えない。


「どこに……いる?」

「ここだ、よー」


 彼はいきなり扉を開けて靴のまま入り込んできた。ずかずかと彼女と僕の部屋に入ってくるな。何で、僕の部屋に入ってくる。何で笑顔なんだ。何で楽しんでいるように思えるんだ。何で、何で。

 沢山の疑問が頭を巡りすぎて言葉にすることもままならない。しかし一番の大きな疑問を口にした。


「何で彼女を殺した」

「あれぇ?分かっちゃ、った?」


 彼はかくんと首を傾けて歪な笑みを見せた。ぞくりと寒気が走る。もしかしてと思っていたけど、本当に当たらないで欲しかった。彼は狂っているけど良いところもあるのを知っているから、信じたくなかった。


「いつ殺した」

「うぅん。話すの、苦手、だから、手紙、書い、た」


 彼が僕の目の前に小さな便箋を僕に向かって投げた。


「俺、の、初めての、手紙だか、ら、泣くな、よ?」


 最後にてへっと(無表情で)付け足してから彼女の横にいる僕の目の前に座った。僕は便箋を拾って開封し、中を見る。


『親愛なる友人(おもちゃ)

この手紙を見てるってことは俺の玩具(モノ)が壊れているのを発見しているってことだね。お前が大切にしていた玩具取られて悲しんでいるところを想像するだけで僕は楽しくなってきたよ。

俺は人間の苦痛に歪む顔が大好きなんだ。だから沢山の玩具(こども)を造って俺は遊んでいたんだけど、どれも暫くしたら壊れてしまうんだ。お前ほど俺を楽しませることが出来る玩具は造れなかった。

だから俺は思ったんだ。俺を楽しませることが出来るのはお前しかいないって。ってことで俺はお前の最高に落ち込む方法を考えて見つけた。これを十二年計画と命名しようか。

お前はずっと俺にいてくれるってことは俺の顔が好きなんだろ?だから、俺そっくりの造った玩具を飼育して送り込んだ。そこら辺の手配は金を使えばなんとかなったさ。そして、お前は思った通りに俺の作戦通りに玩具を好きになって手放したくないと思った、だろ?

お前が玩具を好きになったのをを見計らって俺は玩具の回収にここまで来てやったっていうのに……玩具は俺に抵抗しやがった。俺が飼育(そだてて)してやったのに俺に噛みついたから、回収するのは諦めて壊すことにした。まあ、どうせ回収しても壊すんだから良いしね。

旅行に行くって誘って家に玩具を残した隙に、家に入った。すると玩具は最期ならって言って妙に着飾ったんだよ。玩具が綺麗にしたって玩具なのは変わらないのにね。で、覚悟が出来たって言うから俺は刺した。血をいっぱい飛ばしたのは良いんだけど、何かアクセントが足りないから俺の名前を書いた紙を手の中に入れといたんだけど効いた?

(僕の思いなのだが、初めて鷹翼の名前を知った。付き合いは長いが何故か彼の名前を知らなかった)

そんな感じでどう?大切な玩具を傷つけられた気分はどう?傷ついている?悲しいでしょ?落ち込んでいるでしょ?怒っているでしょ?その顔を俺に見せて。俺を興奮させて。そのために玩具を壊したんだから、ね?

お前の友人より』



 手紙を読み終わってから顔を上げた。彼は僕の返事を待っているかのように目を輝かせている。


「ど、う?」

「彼女は鷹翼にとっての何?」


 彼の言葉には返事せずに僕は彼に質問をした。僕は彼の口からこのことについて聞きたかった。この手紙は全て嘘だと思いたかったから。(人間ってあまりにも現実離れしたことは嘘だと思いたくなるんだね)しかし、返答次第では僕のすることは限られてくる。


「勿論、玩具だよ」


 変わらないトーンの彼の声は僕に衝撃を与えた。やっぱり彼は変わらなかった。つまり、仕方がないけど僕のやる仕事は一つ。彼女に誓ったからね。


「そう……今までありがとう」

「これからも、でしょ?」


 彼がこてんと首を傾けているのを視界に入れながら僕はずっと握りしめていた彼女を殺したと思われるナイフに、力を込めて立ち上がり。全ては彼女の為に。

 僕はナイフを大きく振りかぶって唯一の友人に向かって。

 突き立てた。

 僕の頭の中は複雑な感情が入り乱れていた。僕が人を刺している。犯罪だ。捕まる?死刑?彼女を殺したやつを殺そうとしてる。正当ボーエイ?鷹翼は、彼で、彼女の父親で、ご主人様と呼ばれてて、あの人で、彼女を縛り付けていた奴で、全ての原因?つまりは犯人なんて彼と僕しかいなかったってこと?分からない。鷹翼が。彼が。彼女が。僕が。全てが理解できない。理解したくない。

 そんな風に僕の頭の中は乱れているのに僕の動作はスローモーションかの様にゆっくりとしていて、彼の顔がよく見えた。僕に刺されるってのに、彼は、笑顔だった。

 首に突き立てたナイフを引き抜くと、大量の体液が弧を描いて彼から流れ落ちる。異様な光景だが、一瞬綺麗だと思ってしまった。(僕は異常じゃないはずなのに)

 暑い日には最も必要としていない生温い彼の体液が僕に飛び散り、視界を赤くさせる。とても不快だ。彼女によく似ている彼が見せる笑顔がこんな形でなんて、腹が立つ。


「お前の、その、顔が……見たかっ、た」


 崩れ落ちていく彼の顔は人形じゃなくて、能面のような微動もしない顔じゃなくて、屈託のない笑顔だった。こんな場面なのに似合わない笑顔で、僕のやったことが正しかったのかと錯覚してしまう。

 彼女の横、つまりは僕に向かって倒れてきた彼を支えることは出来なくて重さによって後ろに倒れてしまった。倒れてからすぐに確認したが、彼女を踏んでいなくて安心した。

 彼を退かそうともぞもぞ動き回ろうとするのだが彼の重さによって、なかなか動けない。彼女に向かって君を殺したやつを殺したよって伝えたいのに伝えることが出来ないじゃないか。

 彼の顔が僕の近くにあるせいで彼の体液がかかり、彼が息をしていないことが必然的に分かってしまう。彼女のための達成感はあるのだが、やはり虚しかった。凄く大きな穴が空いてしまったようだ。

 唯一の友人と、彼女を一辺になくしてしまったのだからそれは当たり前なんだろうけど、とても寂しい。当然だけど、彼を殺しても彼女が戻ってくることはないし二つのお気に入りを失った悲しみはデカイ。


「……っく……うう……うぁぁ」


 僕は哭いていた。二人の死体に挟まれながら、一人で。これからのことも、生きていくことも辛くて、自分がしてしまったことの罪が重すぎて、全てが怖くて、哭いていた。

 そしてひとしきり泣いた後、彼から離れようと胸ぐらを掴むと彼の服の内ポケットから便箋が出てきた。さっきとはまた違った便箋だった。

 外側を見ると、僕への手紙のようだから見ることにした。ゆっくりと開封すると中から白いメモ用紙が落ちてきた。僕はそれに目を通す。


『やっほー。二枚目の手紙でドキドキするね。何て、嘘だけど。まあ、本題に入るとこれを読んでいるってことは俺は死んでるってことだ。良かったね、おめでとー。

ところで、お前には何も残ってないって思ってる?そんな訳ないだろ。お前が彼女と呼んで好んでいた玩具に似た俺の玩具達が沢山あるじゃねーか。今までそれは俺が管理してきたが、管理者が居なくなったんだから面倒見てくれるよな?

まあ、お前なら見てくれるって信じているよ。あと俺の家も金も玩具の家に置いといた金も全てやるよ。どうせ使わないんだし使うやつが使った方が良いよな。

そんじゃ、俺の玩具とお幸せにー』


 最期まで彼らしい自由な内容だった。


「バカじゃないのか……?」


 僕は何もない。彼女もいなくなって、一人になった。だけど彼の玩具と呼ばれる子供達は誰かを必要としている。それは僕じゃないと思うけど、僕が行っても良いんだ。

 なら、彼の家に行って子供達を救わないと。

 僕の心には一つの希望が生まれた。それは彼女を失ったことによる穴を埋めるためでしかないにしても、こんな僕に目標が出来たのは素晴らしいことだった。

 彼女にお休みのキスをしてから僕は子供達を救うために外に出た。何だか帰ってきた時よりも空気が清んでいるような気がした。

 アパートの前には彼のお付きの執事がいて僕を待っていた。まさに僕が来るのを知っていたかのように。執事に言われるまま僕は車に乗り込み、彼の家へと向かう。


「子供達は……僕の玩具になるのか……」


 自分でも意図してなくぼそりと呟いた言葉は恐らく執事には聞こえなかっただろう。慌てて咳き込み何もなかったかのように装った。



 負の連鎖は始まったばかりだ。



 

お付き合い頂きありがとうございました。

自分でも予定していなかった終着点&キャラぶれぶれで驚きました。それなのに読んでくれた方本当にありがとうございました。


内容自体はこれで終了ですが、時間があれば続きを書かせて頂きたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。

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