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彼女が死んでいた  作者: 太郎
過去
8/13

二回目の春

 *


『外に出ない代わりに私はいんたーねっとを極めたわ』


 いきなり脇にパソコンを抱えた彼女が言ってきた。その顔は誇らしげで堂々としていた。


『そうなの?』

『そうよ。見てなさい』


 彼女はパソコンを下ろして僕に見せると、僕の膝に置いてから起動させた。ううん。僕は今起きたばかりだし、そもそも今日は平日だから会社があるんだけど彼女は気づいているのだろうか。


『こないだはこうやってケーキを買ったのよ』


 彼女がパソコンをひっくり返してケーキを購入しようとしている画面を見せた。無知な彼女がここまで出来るなんて称賛すべきだな。


『スゴいね』

『でしょう。あの時外に出て買い物出来なかった代わりにこれで買い物するってのはどう?』


 彼女が僕にパソコンを押し付けてきた。きっと彼女は僕の仕事のことを忘れているね。まあ、今日は早く起きたし少しなら遊んでも良いか。


『良いね。じゃあ、何買いたいの?』

『うーん……何があるの?』


 彼女が首を傾げた。首を傾げられても困るな。僕だって特に必要なものはないし何でも良いんだよ。でもそれを言うと彼女に怒られるから何か言わないと。


『女の子に必要なものを買ってみれば良いんじゃないかな?』


 僕も首を傾げてみた。するとまたまた彼女は首を傾げた。


『女の子に必要なもの……?』

『分からなかったら調べてみたらどうかな』

『そうする』


 カチャカチャと指を動かして彼女は「女の子 必需品」と打ちこんで検索した。彼女は見つけあげた言葉をゆっくりとあげてゆく。


『コスメ、ハンカチ、リップ、生理用品、家族の写真、裁縫道具、可愛らしい服装……難しいわね。特に家族の写真ってやつが』

『じゃあ、簡単なところから選んでいこうか』


 彼女は指を動かしたままこくりと頷いた。そして「コスメ 初心者用」と入力してから彼女の趣味にあうものを探して『あった』と言ってから手を止めた。


『どんなの?……おう』


 それは、セットの化粧品であった。彼女の所持金からしては安い値段だろうが、僕にとっては高いものだったから少し反応に困った。ところで女性はこんな高いものを買っているのだろうか。大変だな。

(そもそも彼女は何もしていなくても綺麗だから別に買わなくても良いのだけど、彼女の気がすむなら良いか)


『良いでしょ?』

『良いと思うよ』


 彼女は一旦僕に聞いてからまた指の動きを早めた。次々と色んなものを検索して購入ボタンを押していく。手慣れたものだね。でも僕は仕事があるからもう寝てられないよ。


『僕は今日仕事あるんだけど』

『……そう?いってらっしゃい』


 彼女は僕の方を一切見ないで手をひらひらと振った。彼女らしいっちゃ彼女らしいけどもう少し僕のことを見てほしかった。(まあ、いつもは彼女は寝ているから今日は良い方なんだろうな)


『いってきます』

『……ちょっと待って』


 彼女はパソコンを下ろしてから僕の方を振り返ってちょいちょいと手招きしていた。だから靴を履いていたけどわざわざ脱いで彼女のところまで歩いた。


『どうしたの?』

『……座って』


 立っているのが気にくわないのか、彼女は手招きしていた手を大きく動かした。たいして断ることもないから僕は片足立てて彼女の前に立った。


『これで良いかな?』


 彼女を見た瞬間、彼女の顔が近づいてきて頬に柔らかい感触がした。その感触が彼女の唇だと分かるのは彼女が赤い顔を離した辺りだけど、僕は突然のことに驚いていて固まったままだった。


『な、な?』


 彼女の顔も赤かったけど僕の顔も相当赤かったんじゃないだろうか。彼女が自ら僕にキスをしたなんて、そんな夢みたいなことが夢じゃなくて頭がおかしくなりそうだ。


『……いってらっしゃい』


 彼女は僕から目を反らしてパソコンに目を向けたから、ようやく僕も動き出した。


『いってきます』


 扉を閉めた瞬間に彼女がひらひらと手を振っていたのが見えた。まだドキドキする心臓を押さえながら会社に向かって足を進めていく。いつもよりも出勤が楽しい気がするのは彼女のキスのお陰だろう。



 彼女のいってらっしゃいのちゅーのお陰で時間が早く進み(恐らく僕の体内時計がおかしいだけ)いつの間にか帰宅時刻になっていた。

 家に帰る足取りが軽く、今にも飛んでいけそうだ。それくらい彼女のキスは嬉しいものだった。もしかしたら、この年でも一人暮らしという状態からも分かる僕の奥手精神から異常に嬉しくなっているのかもしれない。

 やっぱり相手が少女であれど女性からキスされるのは嬉しいのだ。相手が彼女に限らず……と言って彼女の事を好きな自分がいることをまだ認めようとしたくない自分がいるのが不思議だ。

 自分で思ってて何を考えているのか分からないけど彼女が少女で小学生であるってのが、自分を止めている事だと思う。

 きっと、それもこれも全て僕を制止させようとしているのは僕に残っている僅かな理性なんだろう。彼女を食べたくなるほど愛したり、彼女の過去を消したくなるほど嫌がったり人間の思考回路とは面白いものだ。

 うむ。自分で自分が分からないってのが一番強い思いだな。哲学的になったり、理性的になったり、下半身に全ての感情を預けたりなんとも酷いことをしでかしてきた僕だけど、そんな僕を彼女は受け入れてくれるから全て許されるんじゃないのかな?

 結果、面倒なことは投げ出して彼女に任せることにした。



『ただいま……うおっ』


 あまりの驚きで声をあげてしまった。なぜ驚いたのか、それは僕を見慣れない格好をした人が待っていたから。


『おかえりなさい』


 それはふりふりワンピースにエプロンを着た彼女だった。恥じらうように腕を後ろで組んで、彼女は僕の目の前に立っている。


『可愛いね、その服』

『ふんっ、褒めても無駄だから……』


 そう言いながらも彼女は照れているように感じた。いつも可愛らしいけど、こうやって綺麗に着飾っているのも可愛かった。(彼女のこんな姿は初めて見るから尚更綺麗だった)


『どうしたの?この格好』


 改めて彼女を観察すると朝とは一変していた。彼女の前髪はばっさりと切られていて(彼女が切ったから切り目はバラバラ)露になった顔は、メイクが施されていた。(これも彼女がやったんだろう。はみ出ている辺りが可愛らしい)服装はピンクと白をベースに首元と袖口にレースがあしらわれている。


『……ど、奴隷が喜ぶと思って』

『嬉しいよ(最高に嬉しいです。普段の彼女も好きだけどこんな彼女も新鮮で良い。えっと、今日は何か特別な日だっけ。僕の誕生日?過ぎたよね?)』

『心の声……?聞こえてるわよ。特になにもないけど、そんなに喜んでくれたなら良かったわ』

『どういたしまして』

『そんなところで突っ立っていないで中入れば?』

『ああそうだった』


 彼女は僕に背を向けて布団に転がったのを視界の端で確認してから僕は靴を脱いだ。そして彼女の横に寝そべってある重大な事件に気がついた。


『え、ちょ、まっ……んんん"!?』


 さっき扉を開けて彼女が待っていた時よりも重い衝撃が僕の全身を駆け巡る。僕は本当に夢を見ているんじゃないだろうか?そう思わせるほどそれは非現実的なことで、実際目の前にするまではテレビや本の中だけの話だと思っていた……がこうやって現実にある。


『何よ。背中が空いているだけでしょ?』


 背中だけじゃないから驚いているんだよ。身体の後方部全部が丸見えだからこんなに焦っているんだよ。彼女は普通のことの様に言っているけど、いろいろと丸見えなことを彼女は気がついていないのだろうか。でも、それだと着た瞬間に気がつくしな。わざとなのか?


『背中……だけじゃないし、君は下着を着用しない派に変わってしまったんだね。いや、僕的には良いんだけどね。君の将来的には危ないよね』

『じ、じろじろ見てたの……!?変態』

『見せてきてるんだから見ちゃうのは仕方がないよ』

『さいってー』


 彼女が僕に侮蔑の視線を送ってくる。だって、仕方がないだろう。誰だって自分の好きなモノ(僕が凝視していた部位の事ではなくって彼女全体って意味で)があれば見てしまうだろう。それと同じだ。


『最低で良いけど……その格好したのって何から情報を得たの?』

『聞きたいの?』


 彼女はうつ伏せになったまま僕の目を凝視する。何か彼女の服装に心当たりがあったから聞いてみたのだが、そのまさかなんだろうか?


『うん』

『あれ』


 彼女が僕の部屋の机の上にある雑誌を指差した。それは僕の予想通りのモノで長年僕と共に生活してきたものだ。彼女が見るにはまだ早い年齢制限かかっている筈のそれを、わざわざ僕の押し入れから出して見る彼女はスゴいと思う。

 ……その前に、何でこれは隠していたのにどうやって見つけ出したのだろうか?


『あれ……見たのか』

『奴隷はやっぱり変態ね。そんな破廉恥な雑誌を隠し持っているなんて』

『まあ、それは僕の趣味じゃなくて君の……』


 父親の趣味なんだよ。そう言おうとして口をつぐんだ。彼女は彼女自身の父親と僕が同級生だってことを知らないし知ってはいけないと思う。知って何かあるかは分からないけど、あったら困るしね。(このエロほ……失礼。この成人向け雑誌は彼がプレゼントしてくれたものだ)


『……私の趣味じゃないわよ。奴隷に喜んで欲しかっただけよ』


 柔らかい髪の毛を翻し僕から視線を外しごろごろと転がった。照れ隠しか分からないけどそんなに動いたら大事なところが丸見えなのを理解してほしい。


『……どうして僕に喜んで欲しいの?』

『私に言わせないでよ』


 ごろごろと転がりながらも言う彼女の赤い顔がちらりと見えた。これは……自惚れても良いのだろうか。だってそんな顔されたら勘違いしてしまうよ。


『言って欲しいのに』

『……しつこい。んー、私の足舐めるんだったら言ってあげても良いわ』


 彼女が机の上に座り込んで僕の顔の前で足をぷらぷらさせながら、僕を見下ろした。勿論僕に拒否権なんてないからこの足に吸い付くしかないんだろうけどね。最近は滅多にこういうことをさせてくれなかったから僕にとってはご褒美なのを彼女は知っているんだろうか?


『いただきます』

『ちょっ、食べるのは違うっ』


 彼女の親指に唇を押し付けると彼女が可愛らしい声をあげたから気分は高揚した。気分が上がり彼女の足を舐める舌はいつもよりも激しく動く。彼女の足には普段塗らないペディキュアが塗ってあって少し味が違った。初めて堪能する味わいであった。

 一瞬唇を足から外して彼女の顔を覗き見る。すると彼女は頬を染めていた。ああ、本当に彼女を食べてしまいたい。


『これもいんたーねっとを使って買ったのよ』

『今日買ったはずなのに届くの速いね』

『お金出したら数時間で届いたわ』

『スゴいね』


 会話を終了させて彼女の足に唇を押し付けようとすると彼女に制止された。


『ま、またするの?もう良いわよ。……言ってあげるから』

『ううん。大丈夫だよ、もう少し堪能するから』

『ちょ、何言ってるの?』

『へ?』


 そんなにおかしいこと言ったのだろうか。


『もう。……奴隷との思い出を作りたいと思ったからこんな格好したのよ。これで良いでしょ。教えたんだから足を離しなさい』

『もう少しだけで良いからー』

『私、変なスイッチ押しちゃったみたいね…もうっ。離しなさいよー』


 バタバタと彼女が足を交互に上げて僕の手から逃れようとするがそんな弱い力で負ける僕じゃない。ふふふっ。一回彼女が変なスイッチを押してしまったんだから責任はとってもらうよ。


『やっ!こしょばい……こちょこちょしないでよっ……ふぅぅー』


 僕がこしょこしょと指を彼女の足の上で動かすと彼女は過剰に反応した。上体を大きく反らして痙攣したり僕の頭を叩いたりといった風に。


『僕を止めてみたまえっ』

『奴隷の……っ……変態』

『その言葉は僕のエネルギーとなります』

『うぇー、どうすれば良いのよー……』


 彼女が本格的に嫌がっているような気がしたから、もっと嫌がる彼女を楽しみたかったんだけど、離してあげた。すると彼女は机の上で小さく身体を丸めて『もう触らせないから…』と呟いた。


『ごめんね、もうしないから。それでさ、思い出って何で?』

『もう、奴隷が思い出を作りたいと言ったんでしょ。だから、私が協力してあげるっていうのに……しっかり覚えときなさいよ』

『そうだね』


 僕が言ったと言われればそんな気もする。


『これからもこんな服装してほしいな』

『……やっぱり奴隷は変態よ。……仕方がないからたまにならやってあげても良いけどね』

『ありがとう』


 そうして変態になる予定のなかった平日は終わった。彼女が突然思い出を作ろうとしたのか僕はちゃんと理解することなく日々は過ぎ、徐々に夏が近づいてくる。そんなことも知らずに、時折見せる彼女の悲しそうな表情も分かろうとしないで僕は仕事に励んでいた。


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