表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女が死んでいた  作者: 太郎
過去
6/13

二回目の秋

 *


 彼からのメールが着てから二ヶ月が過ぎた土曜日の朝。何とも寝起きは最悪であった。隣に彼女が寝息をたてながら横になっていたのを眺めていた辺りまでは良かったのだが、今日遊ぶと予約をたてた彼からのメールを見て一変した。


『今日、俺の、家に来い』


 それだと待ち合わせとか必要ないものな、それは名案だ……とか言わないからな?あいつの家といったら良い思い出は一つもない。

 無駄に広すぎる家で彼とはぐれて迷子になり一日誰にも見つけられることなく彼の庭で夜を明かしたこともあれば、彼の飼っているライオンに襲われ死にかけたり、彼の父親の愛人とかいう女性と彼がいたしている所に遭遇したり(僕を遊びに誘っといてそんなことに精を出さないで欲しい)散々だった。

 そんな僕が散々な目にあっている間彼は終始笑顔だった。僕が酷いことをされるときの彼の笑顔は作り物ではなくて、心の底から笑っているように見えた。

(こちらとしては迷惑極まりないが唯一の友人が喜んでいるからそんなに強くは怒れなかった)

 朝っぱらから大きく溜め息をつくと隣に寝ていた筈の彼女がモゾモゾと動き始めた。


『……ん、今日……仕事じゃないんじゃないの?』


 寝起きの彼女の声は蜂蜜が絡まっているのかと思わせるほど甘ったるく、僕の疲れた心を柔らかくしてくれた。


『ごめんね、起こして。今日は仕事じゃなくて友人と遊ぶんだ』

『友達……いたんだぁー……』


 彼女はそう言った後暫く黙ったと思えば、寝息をたて始めた。ん?友達いたんだ……って言ったよね?ほとんどゼロに等しいけどいるにはいるよ。し、心外だなー。

 今度は寝ている彼女を起こさないように立ち上がり着替えて遊びに行く準備を始めた。一応家に邪魔する訳だから手土産として僕の部屋に落ちていたお菓子を鞄に詰め込む。賞味期限は大丈夫、多分。(自信がないから確かめないけど、あいつなら何食べても死なない様な気がする)

 そして最後に彼の家に行くということでもしものことも考えて彼女に一口メモを残した。

<今日の夜御飯は冷蔵庫に入れてあるからチンして食べて。もし、僕が明日になっても帰ってこなかったら机の上にあるお菓子を食べて飢えをしのいでね>



 ─ゴォーンゴォーン


『ははっ……』


 相変わらず彼の家はおかしい。今のゴォーン……という音はチャイムの音だ。結構大きな音で近所迷惑になるんじゃないかと思ったが彼の家から近所の家までは3キロ程離れているんだった。

 何度も聞いたこのチャイムの音はまだ慣れない。それどころか久しぶりに聞いたせいか、軽く引いている。一体これを作った人は何を考えていたのだろうか。

 チャイムを押してから二十分程経っただろうか。ようやく家の中から音が聞こえ始め門が解錠された。しかし、開いたのはまだ門だけで肝心の家の中に入れる扉は開かれていない。

 金持ちなだけあって家に入るだけで一苦労だ。

 きっと家の扉を開けられるのも二十分後とかになるんだろうと思いながら門を潜り抜け坂を上り、疲れながらも家の前に着くと彼が立って待っていた。


『お前、来るの、遅いぞ』


 彼には目の前で何分も待たされたあげくに坂を登らされた友人を(いたわ)る気持ちは宿っていないようだ。


『はぁ……はぁ……ご、ごめんっ』


 そんな彼に慣れて謝る僕も僕だと思うけど、これは小さい頃からの習慣だから仕方ない。


『入れ』


 彼は小さい頃からコミュニケーション能力が欠けていたが大分回復しているみたいだった。昔だったら彼とこんなにもスムーズに会話出来ることはなかった。

 唯一の友人が成長してくれて自分の事の様に嬉しくなった。

 成長と言えば、外見も成長した。昔から綺麗な顔立ちではあったが大人になった分しゅっとして芸能人かと思わせるほどのイケメンとなった。話さなければスゴくモテるだろう。

 柔らかい黒髪は鼻先まで伸びていて、その髪の隙間から見える大きな猫眼、白い肌。全てが良い方向に成長していて少し驚いた。ただ、少し心に引っ掛かるのが彼が誰かに似ているような気がすること。どこかで見たことがあるような、ないような。……僕の気のせいだろうか。


『うん』


 僕は家の中に入る彼の背中を追いかけて家に入っていった。

 久し振りに入った筈の彼は昔と変わらず埃っぽくて気持ち悪い雰囲気だった。全体的に暗いし彼の部屋に行くまでの廊下は長すぎるし、遠くでピアノのBGMが流れているし改めてこんな家に住めるなと感心してしまった。(失礼だが)

 ようやく着いた彼の部屋はとても奇妙なレイアウトだった。昔は昔でおかしかったが今は別な意味で変な野郎だとは知り思わず『ぐっ……』と呻いてしまった。

 僕を呻かせた正体は壁から床から部屋を全体を覆う真っ白な幼女の写真達。下が見えないほどの薄暗い部屋なのにそれらだけは綺麗にライトアップされている。それらの写真をざっと見る限り全ての写真において白い肌を晒している。……つまりは全裸ということだ。僕は友人にこれを見せられてどんな反応をすれば良いのだろうか。


『俺の、部屋。どう?』


 彼にしては珍しく声のトーンが少し上がっている。(彼は感情を顔に出さないから僅かな声の調子の違いで判断しなくちゃいけないと小学の時に学んだ)自分の奇妙な趣味を見られて興奮しているのか?僕は部屋一面に貼られた幼女の写真を見ながら言った。


『綺麗だね』


 全力でこの趣味をキモいと言えないのは、賛同出来なくはない僕がいるからだ。もしかして、彼女のことを美しいと思い彼と似た感情を抱く僕にはキモいと言う資格なんてないのかもしれない。


『だろう。俺の、芸術だ』


 彼は自分が作ったかの様に誇らしげに両手を広げて部屋全体を見渡した。僕には一回も見せたことない恍惚な表情を出すということは相当この子達を気に入っているんだろう。

 しかし、気になるのは皆どことなく彼に目元や頭髪が似ているということ。彼は自分の容姿に似た幼女に興奮するのだろうか……まあ、性癖は人それぞれだし僕がとやかく言う必要もないか。


『適当に、そこら辺に、座って。俺は茶、出すから』


 彼に促され僕は出来るだけ幼女の写真が置かれていない床に座った。やっぱり写真とはいえ幼女を尻に敷くのは何だか悪い気がするから。

(少し彼が茶を出すと言ったことに驚いた。今までに一回も出そうという態度は出さなかったのに、成長したんだな)

 ……座ったのは良いのだがこの部屋は最高に居心地が悪い。尻がもぞもぞする。それに彼女よりも年下の女の子の未発達な体であったとしても、何か……こう、キテしまう。

 僕は最低な変態野郎だ。いつの間にかロリコンになってしまっていた。しかし正常者の道に戻りたくても一度踏み外してしまったために二度と戻れない。……やっぱり僕は彼をキモいと言う資格なんてないな。

 もしかして僕と彼という正反対だと思っていたはずの人間性は意外と似ていたのかもしれない。そうすると僕も彼と似たような性癖を持つことになるのだが、流石にその称号は僕にはまだ早い。

 だから僕は邪心を振り払う為にも眼を瞑って般若心経(はんにゃしんきょう)を唱え始めた。(般若心経にこだわりはないが一番煩悩を滅することが出来ると思った。ところで般若心境ってどんな意味があるのだろうか)


『仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相……』

『お前……疲れて、る、のか?』


 彼がいつもと少しも変わらないトーンで聞いてきた。友人の奇行を目の当たりにしているのだから少しは動揺して欲しいとは思ったが、彼が動揺することなんて不可能だと思ったから眼を開けて平然な顔をした。


『いや、何も……あ、持ってきてくれたんだ』


 眼を開けると彼が茶色いお盆を持って立っていた。何故座らないでキョロキョロしてるのかと思ったが彼が机を探しているのだと判断した。

(彼の部屋は幼女グッズやら写真やら奇妙な物はあるのだが洋服ダンスとか机とか肝心な物が見つからない)

 彼が小さく『これで良いか』と呟き色んな物が重なった山の様な所から一つの台を取り出してきた。暗いからよくは見えないが膝下よりも小さいくらいの卓袱台(ちゃぶだい)に見えた。

 しかし近くに寄ってくる内に彼の手が持つ卓袱台が歪な形がしていることに気がつき、それが卓袱台ではないことを悟った。


『な、に……それ』


 あまりの驚きで声が震えてしまった。彼が手に持っていたのはスク水+ツインテール+四つん這いの幼女だった。彼が髪の毛を掴んで持ち運びしているからもしかしてと思ってそれに触れると木で出来ていることが分かり一安心した。


『テーブル』


 さも当然のことの様に言う彼だが彼の常識とは一体どうなっているんだ。僕はこんな形のテーブルなんて見たことないよ。てか、どこで売っているんだ。

 彼はゆっくりとテーブル(彼曰く)を置いてからお盆の上に乗っけていた物を降ろしたが、僕はそれを見てまた驚かされた。彼はさっきお茶を持ってくると言っていた。うん、まあそれは合っているんだけど入れ物が普通の男の家にあるような物ではなかった。

 僕が彼を置いたものを見て止まっていたのに気がついたのか、彼は僕に説明してくれた。


『あ、これ、哺乳瓶、だから』


 すまないが説明されなくてもこれの名称くらいは知っていた。説明して欲しいのは彼がどのような意図で、これにお茶を入れて僕に持ってきたのかだ。その点については全く理解できない。

 だが、彼が僕と哺乳瓶を交互に見るから仕方がないから哺乳瓶でお茶を飲んだ。普通のお茶のはずなのだが哺乳瓶で飲むとなると味が変わるという新しい発見をしてしまった。

 彼も僕が飲むのを見届けてから哺乳瓶に口を付けた。豪快に飲んでいるが彼には羞恥心という感情がないのかと少し不思議に思った。

 しかしこの哺乳瓶には何か違和感がある。明らかに使用された後があるのだ。口を付けるところに前からついていたような噛み跡がある。誰か使用していたのではないだろうか。この哺乳瓶の色からして女の子様だがこれは彼の趣味で彼が使っていたのだろうか?

 大きな疑問が湧いたから僕は彼に質問した。


『これって、誰か使ってたの?』


 勿論、俺が使っている奴だよ☆なんて言葉は期待していない。せめて元々そんなデザインなんだ、未使用だよ。とか言って欲しい。

 彼は一瞬僕から眼を反らして(髪に隠れてるから確かではないけど)ゆっくりと囁くように言った。


『使ってた、よ』


 心臓が取れるかと思うほど大きく高鳴った。(悪い方向で)ま、まさか彼が使ったとか言わないよね?


『俺じゃ、ないけど、ね』


 こんなにも彼の言葉で安堵したのは生まれて初めてだ。何故こんなにも哺乳瓶に口を付けた相手にこだわっているのかは自分でも分からないが、彼が使っていたのを僕に使わせていたとなると今まで築いてきた友情的な物が崩れると思ったから。


『誰?』

『それ、聞くの?』


 彼の声のトーンが少し高くなった。僕との会話にどこか興奮する点はあったのだろうか?僕には理解できない。


『聞かせて』

『おう……』


 彼は勿体ぶる様に口を開いて言葉を発した。


『俺の娘のだよ』


 珍しく彼が流暢に話せたと思って驚いていたら更に驚く内容だった。友人に子供が出来たのは凄く嬉しい。しかも彼だから尚更嬉しい。彼はこんな性格だから結婚しないで生涯を終えると思っていた。(失礼だが)


『いつのまに、結婚、した?』


 今度は僕が片言になる番だった。それくらい驚いていた。今日は彼に何度も驚かされたが一番の驚きがこれだ。


『いや、してない』

『じゃあ何で』

『知らない、女、捕まえて、産ませた』


 彼の口振りだと彼は当然の事をしている様に思えた。社会ではそんなこと許される筈もないのに世間知らずの狂ったお坊ちゃんには普通のことに感じたのだろう。

 誰も咎める人がいないってのが一番の要因だろうな。


『そっか……子供は?』


 言うと彼は首を傾げた。何をバカなこと言っている?とでも言いたげに口角を少し下げた。そして、彼は人差し指をつきだし天井に向けた。当然僕の視線は上にいくがそこにあるのは写真だけ。

 この写真の少女が子供……?そっか、彼の娘だと言われれば最初に見たときの違和感が全て消えた。誰かに似ていると思っていたがまさか彼の娘だったとは。しかし何故に全裸の写真をセレクトしたのだろう?あとこの部屋を埋めているのは一人の少女だけじゃない様な気がする。皆、彼に似ているが微妙にそれぞれ違う。

 その写真をずっと眺めていたら彼が静止させていた手を部屋全体を指差すように弧を描いて止まった。


『ぜぇーんぶ、俺の、造った、モノ』


 小学生が上手に出来た自由研究を母親に自慢するシーンを思い浮かばせる言い方には、酷く恐怖を感じた。確かに彼の遺伝子によって成形された子供達だけど、造ったという言い方はないと思う。しかし彼には理解出来ない。

 そんな言い方をしてはいけないと教わっていないから、心の中は間違った方向に進んでしまっている。子供同然だ。

 彼の口振りから判断すると彼は彼女達を玩具としてしか利用しなかったんだろうな。(この部屋にある写真から見ても分かるように)彼には彼女達は自分が造った玩具(モノ)にしか見えなかったから。

 前から彼はおかしい人間だというのは重々知っていたがこんなにも酷く壊れた人間だったとは知らなかった。僕は薄々気がついていたのかもしれないが、これならいっそ知りたくなかった。

 唯一の友人が犯罪者と化していたなんて知りたくなかった。


『どれか、いる?』


 彼はこてん、と首を傾げた。その仕草は人形の様で一瞬誰かを思い出させた。ま、さか、ね。


『子供は親のモノじゃないんだよ?』

『何で?俺は、父親の、玩具(モノ)、なのに?』


 彼の声のトーンが少し下がった。僕ら普通の人間にとっての常識と彼の家で(はぐく)まれた常識は全く違う。そのことを知っていて尚、僕は彼の常識を否定してしまった(意図してないが、彼はそう捉えた筈だ)。少しも傷つける気持ちはなかったと今更弁解しても遅い。彼の声が低くなったら最後、暫くは彼の気持ちは落ち着かなくなる。

 咄嗟(とっさ)に側にあった荷物を取って胸に構える。どんな攻撃がきても耐えられるように……しかし。


『そう、否定、するのか』


 彼の声のトーンが正常に戻った。いつもだったらこのまま発狂して落ちているモノを手当たり次第に掴んでは僕に向かって投げつけている、はずなのに。今日は違った。何が、彼の気持ちを落ち着かせた?彼が大人になった証拠なのだろうか。


『怒らないのか?』

『何で?当然の、こと、なんだろ?俺は、怒らない、よ。それより、時間大丈夫、か?』


 彼の言葉ですぐに時計を見た。丁度夜の九時を回った所だ。朝早くに出たとはいえここまで来る時間や、待たされた時間があったから結構時間は過ぎたようだ。(恐らく彼の家で滞在した時間よりもここまで来て待った時間の方が長いと思う)


『僕は大丈夫だけど、もう出ないと家の人に迷惑になるよね』

『いや、お前が、大丈夫、じゃないか、ら、帰れ』


 彼が強く僕の背中を押して部屋を追い出した。何だろう、これは新手の嫌がられている表現方法なのだろうか?分からないけど取り合えず彼の機嫌を損ねないように静かに玄関まで歩いていく。


 ─ぼふん

 玄関に着いて扉に手をかけた時だった。背中に何か柔らかい物がぶつかる感触がした。後ろを振り返って下を見ると人形だった。軽く黄ばんでいて目が飛び出し所々綿がはみ出ている。元はクマさん人形だったのだろうがボロボロで気持ち悪い。


『何?』


 これを投げた主、彼に聞いてみた。彼は不思議そうに唇に力を込めて言った。


『プレゼント』

『……ありがとう。じゃ僕からもプレゼント』


 彼の意図はよく分からないけど取り合えず感謝。このクマを貰って僕が喜ぶと思ったのだろうか?正直嬉しいという感情は少しもない。だから賞味期限の危ういお菓子を彼に投げた。


『じゃ、気を、つけて』


 彼は僕が投げたお菓子を片手で上手にキャッチした。

 彼が細い掌をヒラヒラと振って僕を見送った。彼に見られたことを確認してから前を向いた瞬間、彼が声を発したのに気づいてもう一度後ろを向いた。大分歩いたから彼との距離が遠くて微かにしか声は聞こえなかった。しかし少しでも聞こえてしまったその言葉は僕の心の奥底までも冷たくした。

 だけど聞こえないフリをして僕は逃げた。走って家に帰る。彼女に早く会いたい。僕のこの心を癒して欲しい。熱い思いを胸に抱いて。



『はぁ……はぁ……』


 家に帰って扉を(彼女の部屋の方の扉)開けた瞬間、目に飛び込んで来たのは彼女の寝顔だった。しかし彼女は布団の上で寝ているのではなくて机に顔を乗せて寝ていた。机の上には食べかけの料理があって彼女はフォークを握っていた。恐らく食べている途中で寝たんだろう。


『僕を起きて待っててくれようとしてたって自惚(うぬぼ)れても良いのかな?』


 彼女の柔らかい髪を撫でると白い肌が覗いた。柔らかくてぽよぽよしてていつ見ても可愛い。その大きな猫目も好きだよ。人形みたいな所も不完全な所も大好きなんだけど、ねぇ……

 彼女の好きなところを思い浮かべる度に彼が邪魔をする。それは俺が造った玩具(モノ)だ、と僕に囁いてくる。違う、彼女は彼女で彼と一切関係はないはずだ。偶々彼と彼女は血縁関係があると思わせるほどそっくりなんだ。僕にそう言って聞かせるが僕は納得しようとしなかった。

 彼と彼女はこんなにも似ているのにどうして僕は今まで気づかなかったんだろう。気のせいだと逃げてきた結果大きくなって帰ってきてしまった真実は、僕が背負うにはあまりにも大きすぎるよ。


『ほわぁー……?お帰りなしゃい』


 彼女がうっすらと眼を開けて僕の首元に手を伸ばして絡み付いた。彼女の甘い体臭が僕の鼻孔を(くすぐ)る。少し汗の混じったこの臭いすらも僕は好きになっているのに、どうして?


『ただいま』


 僕は彼女の背中に手を回した。



『俺の、大事な、お姫様に、よろしく、ね』


 鷹翼が最後に残した言葉が頭の中で、再生されたと同時に大粒の涙が頬を伝った。



『どぉして泣いてるの?友達と喧嘩でもしたの?』

『いや、違うんだ。何でもない、何でもない』


 ボロボロ、涙は落ちて布団に染み込む。溶けて、全て、彼女への愛情も思い出も消えてしまえば良いのに、なんて考えて、余計に涙を落とす。

 こんな時に限って力一杯彼女を抱き締めても、彼女は反抗しないで大人しく僕の腕の中にいるから、更に心が痛くなる。止めてよ、せめて怒ってよ。

 そうしたら僕もきっぱり君のことを諦める気になるから。ね、嫌いにならせてよ。僕の力では君を嫌いになれない。


 だって、君が彼の……鷹翼の娘だって知っても僕はこんなにも好きでいるんだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ