表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女が死んでいた  作者: 太郎
過去
3/13

一回目の冬

 *


 あの暑い夏は一瞬で過ぎ去り冬が来た。

 紅葉が残る山にはゆっくりと雪が積もっていく。




 彼女に新たな変化が見られた。自分で作ったらしきケーキが置いてあった。以前僕の為にお粥(?)を作ってくれたこともあったが今回は違う。

 僕が家に帰ってきたときには、すでに並べられていたのだ。

 彼女は両手に絆創膏を大量につけていて、料理達と格闘したことを知らせる。(料理していてそんなに怪我する人なんて本当にいるんだ)


『ん』

『これ、どうしたの?』

『誕生日』


 思わず首を傾げてしまった。僕の誕生日は九月でとっくのとうに過ぎているから。


『あの人が、奴隷にあげたら喜ぶよってくれたの』


(あの人についてはあまり深くは聞かなかった。何故か、聞いてはいけない気がした)

 そう言った彼女の笑顔が、伸びてしまった髪の毛で隠れてしまっていたのが残念だ。今までにないほどの可愛い笑顔に違いない。


『ありがとう』

『感謝するのは当たり前よ』


 彼女の口角が上がった瞬間、僕の頭は彼女の両手に押し付けられ、ケーキへと落ちていった。

 ーーぼふっ

 目の前が暗くなって、状況を理解出来ない。だが、口の周りを舐めてようやく僕はケーキに顔を突っ込んだと分かった。

 顔をゆっくりと取り出すと、彼女が至って真面目な声で『奴隷のくせに誕生日なんてあると思っているの?』と囁いてきた。

(何故だろう。罵られているのだろうけど、彼女の声が真面目だからいつもよりも興奮する)

 生暖かいざらざらしたものが僕の瞼の上を、周りを這い回っていく。気持ち悪いと気持ち良いが融合したような変な感情が生まれた。


『開けて』


 彼女が口を開いた。きっと開けろと言っているのは瞳のことだと判断してゆっくりと開けると、鼻と鼻が擦れ合う位の距離に彼女がいた。

 薄い唇からチラリと動く舌には生クリームがついていた。それをゆっくりと飲んでいく。ただそれだけの行動なのに妙に艶っぽくて心拍数が増加する。

 もしかしてこの舌が僕の瞼を舐めたのかと思うと、年柄にもなく顔を熱くさせてしまった。


『喜ば、ないの?』


 きょとんとした表情で首を傾げた。その動作は最高に可愛かったが、妙に人形臭かった。


『あの人が、奴隷にはこうしたら喜ぶって教えてくれたのに』

『あの人って誰?』


 嫉妬している様に聞こえたかもしれない。まあ、その気持ちもあるがそれよりも僕は彼女に近づく人間が僕以外にいることに少し腹を立てただけだ。彼女の過去を知りたいが、知りたくない複雑な心境だ。


『あの人は……ご主人様みたいな……うん、そんな人。で、喜ばないの?』


 僕を奴隷とする主人(彼女)のご主人様というなんとも身分の高い人が登場した。僕の立場って一体何なのだろうか。ますます謎は深まったけど、取り合えず彼女に返事をした。


『嬉しいよ、喜んでる』

『ふぅん。……じゃあ、舐めて』


 細く白い指を僕の前に突きつけた。指にはうっすらと生クリームがついている。もしかして、これを舐めて良いのか?


『ん?舐める?』

『奴隷なんだから舐めるのは当たり前でしょ。それとも、ご主人様の指を舐めれないと言うの?』


 むしろ喜んでお願いします、な気持ちだけどそんな事を言ったら流石に引かれると思ったから自重して。にやにやを必死に抑えて次の言葉を繋ぐ。


『じゃあ、……いただきます』


 ーーちゅっ。

 軽く彼女の指に吸い付いただけなのに生々しい音が響いた。

 人差し指からゆっくりと舌を這わせていく。生クリームが付いていないところまでペロペロ。んー、彼女の垢の味がする。ほどよくしょっぱい。

 でも若いエキスがたっぷりでもう最高。爪と肉の間に舌を挟めてちろちろ動かすと、彼女の指が震えた。彼女はここが敏感なんだ。こんな最高な機会二度とないだろうし堪能しておこう。

 ……って、彼女の白魚の様な手を見て興奮してすぐに吸い付いてしまったが、この状態は大変に危険じゃないのか?

 もう二七歳を迎えるお兄さん(おじさんとはまだ言わせない)が少女の指をペロペロ舐めているんだ。もはや警察に見られて問い詰められても弁解の余地はない。

 彼女の小さな手を僕の手で包んで、手首まで舌を這わせたところで彼女に頭を押さえつけられて止められた。


『……そこには生クリーム、ついてない』


 そんなことは当たり前じゃないか。僕はただ君を舐めたかっただけなのだからっ!とは言わずに渋々口を離した。

 首を上げるときに長い前髪の隙間から見えた彼女の顔は桃色に色づいていた。僕の舐めたことに恥じらいを持ったのか、感じてくれたのかはどちらでも良い。発狂して転げ回りたい衝動に刈られる程彼女が可愛く見えた。


『僕のこれはどうするの?』


 まだ生クリームが大量に残った顔を指差しながら聞いてみた。全て彼女が舐め取って欲しい、もしくは、彼女が流すよと言って一緒にお風呂に入りたい。下心が満載過ぎてバレたら殺されそうだな。


『奴隷の目を舐めた時に、沢山の糖分摂取したからもう要らない』


 やっぱり僕の瞼は彼女が舐めてくれていたんだ。これからしばらく目の周りを洗うのは止めよう。彼女の唾液は国宝級だから。



 ところで、今日は世でいうX'masって日なのだそうだ。一人暮らしの時はそんな寂しくなる行事とは関わらない様にしていたが今は違う。彼女がいる。

(彼女っていうと恋人同士みたいな雰囲気があるけどそんな意味で彼女と使ったのではなくて。だけど彼女の事を彼女だって言えるような関係になりたいな。勿論、法に触れないような年齢になってからだけどね)

 今までとは違って、今日はクリスマスケーキを囲んで肉とかきらきらの料理を食べてきゃっきゃうふふする最高の日へと変貌した。

 ……クリスマスケーキではないが丁度誕生日用のケーキ(僕の顔拓付きで凹んでいる)があるからそれで代用しても良いだろう。

 一応クリスマスを祝おうと買ってきた小さな手羽先をテーブルの上に置く。すると、彼女が首を傾げた。


『奴隷も自分の誕生日祝うつもりだったの?』

『違うよ。今日は何日だか知ってる?』

『んー……十二月、いや一月三日だね』


 引きこもりと化した彼女に日付を聞くのはどうも酷だった様だ。ちなみに、彼女の部屋にはテレビがない。カレンダーもない。だから、日付を知ることは不可能に近い。

(僕の部屋には両方あるのだが分からないってことは入ってないんだな。うぅん、残念。って、何がだ)


『十二月二五日だよ』

『……それがどうしたの』


 当てられなかった事が不服だったららしい。そういえばさっきの日付を言うとき自信満々だった。やはり可愛いな。


『つまりね、今日はクリスマスなんだよ』

『くりすます……って?』

『……ほう』


 彼女はクリスマスを知らないのか。当たり前と言えば当たり前かもしれない。彼女の話や身の回りからも普通の生活を送っていないのがすぐに分かるから。

 まあ、知らないってことは僕に都合の良いような説明をしても許されるよな。彼女が大人になって知る様なことは絶対にさせないから。永遠に彼女を養い、僕のルールで囲って彼女に悟られないように監禁するから。


『クリスマスってのはね、恋人同士じゃない男女が裸になり暗闇の中に蝋燭を持って互いの隅々まで知り合うといった行事なんだよ』


(僕らの仲は奴隷と主人だから勿論恋人同士ではない。蝋燭をチョイスしたのは個人的な趣味と、ぼんやり見えるほうが興奮を増すから……まあ、明るいところでは彼女の裸は見たことあるしね)

 そう言うと彼女は顔を(髪の隙間から見えないから、おそらく)赤らめて目を反らした。裸になるのが恥ずかしいのかい?僕も恥ずかしいが彼女の裸を見られるならへっちゃらさっ!(興奮のあまり人格崩壊)


『ふぅん、残念。私達クリスマス出来ないね』


 首を傾げたことでふわりと髪が(なび)き彼女の笑顔が見えた。

 ズドーン!!!と、恋のキューピットが僕の心臓に矢を当てたと錯覚するほどの破壊力だった。

 だ、だ、だって……クリスマス出来ない=僕らは恋人同士って事だ。だから、僕達は恋人同士…なのか!?

 クリスマスを出来なくてもこんなご褒美が出るなんて思ってもいなかったぜ!!やっぱり彼女は僕の気持ちを簡単に持っていく。

 顔を両手で隠してごろんごろんとのたうち回っていたら、聞きなれない音がした。転がるのを止めて鞄の中を漁ると久し振りに携帯が光っていた。メールを受信したのだ。

(メールが来ることなんてほとんどないから着信音なんてとっくのとうに忘れていた)


『な、何それ……』


 携帯も知らない彼女は怯えていた。本当は携帯を彼女に近づけて怯える表情を堪能しようとしたが、久し振りの連絡を確認する方を優先した。


『よぉ、元気?』


 それだけだった。送り主は鷹翼(たかつばさ)……僕の小学からの唯一の友人。(自分でも言うのもアレだが、僕は小学から皆に虐められて嫌われていた)きっと気紛れで連絡したのだろうけど短い文面が彼らしい。

 頭がおかしくて、金持ちで、バカみたいに優しい奴で、真面目な男だ。小学から振り回されて来たけど、憎めない奴。僕なんかに構ってくれるのは彼ぐらいだから手放せないのかもしれない。


『元気だよ』


 それだけ送って携帯を鞄に戻した。本格的に彼女が怯えているし(最初の方は可愛らしい怯えだったけどだんだん睨みながら瞳を潤ませていた。それでも最高だけどねっ)彼女との会話を楽しみたかったから。


『大丈夫だよ、もう出さないから……ね?』

『ほんと?』

 天使が舞い降りてきたと錯覚する程の笑顔を見せた。

『うん。あのさ、クリスマスが出来ないってことはつまり、どういうことなのかな?』


 僕の中で自己完結はしていたけども改めて彼女の口から聞いて、楽しみたいのが僕という人間の性なのさ。

 心の録音機のスイッチは押した。いつ彼女が話しても良いように準備は万端だ。さぁ、来たまえっ。


『何でこんなこと言わせるのよ……私達が、ううー……奴隷と主人の関係だからでしょ!!』


 恥じらう彼女の姿を堪能できたのは最高だったが、結果僕らは恋人同士ではなかったようだ。

 いやしかし、彼女の頭の中では恋人同士とは奴隷と主人の関係であるとなっているのかもしれない。それでも良い。僕らの関係が普通じゃない特別の物であることだけで十分だ。

 その後、僕が買った手羽先を食べて一日を終えた。何とも最高に充実した日だった。

(彼女は手羽先を生まれて初めて食べたそうだ)



 *


 ごおんごおん、とテレビの中から除夜の鐘。(僕の部屋で年を越した)あっという間に年をまたいでいた。早くも過ぎていった1年のことを懐かしむ。彼女と夏に出会った時はこうやって一緒に過ごすなんて思ってもいなかった。

 彼女と一緒に日々を過ごして彼女のことをどんどん知っていく内に彼女と云う泥沼に嵌まって、もはや抜け出せない現状にある。だけどそれすらも受け入れたい。彼女が呼び起こすもの全てが彼女で、彼女を愛しているのだから。


『年、越したね』

『うん。また年を取れる』

『僕は年を取りたくないけど、君は取りたいの?』

『当たり前。早く大人になれるから』

『早く大人になって何したいの?』

『……あの人から抜け出す』

『あの人……こないだ言ってたご主人様のような人のこと?』


 本当は早く大人になって奴隷(僕のこと)と結婚したいのっ!なんて言葉を期待していた。


『そう。前だったらあの人を失ったら何もなかったけど……今は奴隷がいるから……』


 僕から目を反らして言った。何この可愛い小動物ぅぅっ。下心たっぷりだった自分を反省したい。


『僕を信頼してくれてるんだ。嬉しいよ』

『べ、別に……信頼してるとか……そんなんじゃないからっ』


 いきなりのツンデレ発動。彼女にはテレビも漫画も買い与えてないから世の情報は入手出来ないため(彼女のお金だけど最近は僕が管理している)このツンデレは彼女の天然のものだ。心の鼻血がブシャー状態。


『それでも良いよ。あと、その台詞をもう一度言いながら僕のことを踏みつけてくれない?あ、踏むときは踵で汚いものを見るような感じでお願いします』

『さいってー……』


 侮蔑の視線を送ってくる彼女。いきなり立ち上がったかと思うと短い足で僕のことを蹴り飛ばした。床に寝転がり彼女が僕の腹に足を乗せてから『ここじゃダメね』と言って僕の顔の上で仁王立ちをした。

(ふぁぁぁあっっ!!彼女は普段足首まで覆うほど長い黒いワンピースを着用していたから見たくても見えなかったパンツが…暗闇の中だけど見えてるっ。こ、これは何のご褒美ですか!?)

 彼女がゆっくりと僕の喉に足を乗せた。しっかりと踵でぐりぐり押す。首だから苦しいけどそんなのもお構い無しになるくらい最高の気分だった。ちゃんと僕の言ったことを実行してくれる辺りが可愛い。

 服の間からちらちら見える彼女の顔はにやにやとだらしなく緩んでいた。相当楽しいのだろう。僕も楽しんでいるから、互いがこんなにも楽しめるスポーツはないと感じた。


『死んで』


 笑顔で彼女が僕に囁く。少女の口から発せられた無邪気な言葉が僕の下半身を熱くさせる。彼女の言葉は故意なのか偶然なのか分からないけど僕の身体を熱くさせるのは何故だろうか。あ、彼女だからか。


『良いよ。君のためなら死ねる……』


 むしろ君のために死ぬことが出来るのなら本望だ。きっと僕なら死んでも君の守護霊(背後霊?)として彼女の一生を見届ける自信はあるし。


『……っ、バカじゃないの』


 彼女が僕の喉から足を離した。あー、もっと楽しみたかったのに。


『奴隷が死んだら、私が一人になるでしょ……』


 小さく呟いたのを僕は聞き逃さなかった。何でそんなにデレるんだ。可愛くて可愛くて我慢できなくなって理性が飛んでいっても君のせいだから。


『ごめんね』


 優しく彼女の頭に手を乗せてゆっくりと撫でた。最初は彼女に触れようとしただけで泣きそうな顔になっていたのに、今ではうっすら笑顔を見せる。それが僕を受け入れてくれようとしているみたいで嬉しくなった。


 そんな最高な一年の始まりだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ