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彼女が死んでいた  作者: 太郎
鷹翼と過ごした日々
10/13

小学生

 本編は終わりましたが、続編です。主人公は僕なのは変わらずですが絡むのは彼女じゃなくって彼です。(この表現だと誤解を生みそうですが、最後まで読めば分かると思います)

 

 前にも言ったことがあると思うが、鷹翼は異常者だ。僕もロリコンという名の異常者ではあるが、彼は僕を遥かに上回る異常者なのだ。


 彼と初めて出会ったのは小学生の時。その頃から彼は危険な匂いを漂わせている男だった。彼との出会いは小学一年生のことではあるがあの頃の記憶は今でも忘れることが出来ない。

 学校について初めて隣の席となったのが彼。ボサボサの顔のほとんどを覆う長い髪の毛。明らかにおかしいと思う程白い肌。整った顔立ち。最初は女の子かと思っていた。

 教科書が配られて先生に『後ろに名前を書きましょうね』と言われて、皆がペンを手にとって書く中僕と彼だけは止まっていた。

 まあ、僕には色々と名前を書きたくない理由があったからね。思い出すのも嫌だけど。でも、隣の彼も名前を書こうとしないのは不思議だった。

 もしかして僕と同じ系統の人か気になって『どうしたの?』と彼に聞いて机を覗いた。すると、机の上にある筆箱の中には筆記用具が一切入っておらず綺麗に研がれたナイフが入ってた。

 彼はそのナイフを見てずっと固まっていたらしい。勿論、僕もナイフを見て固まった。しかし、ふいに彼は口を開いた。


『あれ、ぇ?間違え、て、持ってきた、ぁ』


 彼はまるで人形の様にこてん、と首を傾げてナイフを握りしめた。いや、ちょっと待てよ。何故握る必要がある。それにナイフは基本台所にあるものなのに、どう間違えたら筆箱に入れてしまう。

 ぐるぐると疑問が頭の中を飛び交う中、行き着いた結論は(この男、危ない!!)だ。しかし困っている(無表情だから分からないが)彼を放っておく訳にはいかない。


『……僕の鉛筆。使う?』


 僕は筆箱の中に入っている鉛筆を取って彼に見せた。


『あ、ー。使、う』


 彼は頭をかきながら僕が用意した鉛筆を無視して、僕が使っていた鉛筆を取り上げて使い始めた。

 ん?と疑問が浮かんだが反論して面倒なことになるのを避けたかったから取り合えず黙っていた。


 そんな奇妙な出会い。

 入学式での会話がきっかけで彼は僕を気に入ったのか、どんな時にも僕に構ってくるようになった。友達が出来た!と最初の一日は喜んだが、よくよく考えるとこんな危ない人間と友達になっても嬉しくない。

 それにクラスの皆は彼は危ない=そんな彼と過ごす僕も危ないという判断に陥ったらしく、僕に関わる人間はいなくなった。

 あ、いや、彼だけは僕につきまとう。そもそも彼が原因なのだから僕の友達になる責任はあるだろう。なってくれないと僕が一人になってしまう。


 何故か分からないが、何回も席替えがあったはずなのに一年生の間じゅう、ずっと隣の席は彼だった。席替えはくじであるから故意でなるはずないのに、少し怖かった。

 二年生になっても彼と同じクラスであった。二年目となると流石に彼のことが理解してきた。

 第一に彼は言葉を話すのが苦手だ。全てが片言で変なところで区切ったり、言い淀む。筆談だと素早く行える(字は結構綺麗だった)のだが話すとなると変になるのが不思議だった。

 ある時、彼に『何故そんな話し方するの?』と聞いてみたことがある。たしか学校の昼休みだったような気がする。

 聞いて暫くすると彼はいつもの能面の様な顔を歪ませて発狂した。


『なぁっぽえっなぁぁぁぁっっ!?』


 理解の出来ない言語と大きすぎる声が頭を痛くさせた。ぶるぶると全身を震わせてから大きく頭を振る、奇妙な光景だった。その人間離れした行動に全身に恐怖が走る。

 彼が頭を振る度に、びしゃびしゃと液体が飛び散る。それは彼の体液で真横にいる僕に盛大にかかったが、拭うこともせず友人の奇行を見守っていた。

 ただただ、意味もなくごめんごめんと呟くがその呟きよりも大きく彼は叫ぶ。次第に彼の叫びを聞いて先生がやって来た。焦った表情で僕と彼を見比べては止めようと試みる。


『ど、どうしたの、鷹翼くん?』


 先生が彼に手を伸ばした瞬間、彼はナイフを手にとって先生に突きつけた。先生は『ひいっ!?』と無様に啼くが、僕は酷く冷静な気持ちでまだ筆箱にナイフを入れてたんだなとか考えていた。

 髪の間から体液にまみれた彼の顔が覗く。彼の目はただ一人、先生に的を決めてナイフを強く強く握りしめて、刺そうと振りかぶった。


 ーーざしゅっ


 生々しい音と共に教室が騒がしくなる。皆、先生を見習ってもっと静かにしようよ。別に被害を受けてないんだから騒ぐ必要ないだろ。

 ボタボタと落ちる体液によって白いタイルは赤く染め上げられる。それが何か綺麗で心奪われて呆然と眺めていた。

 すると先生がやっと正常な意識を取り戻したのか、僕の身体を引き寄せて『大丈夫!?手が、血が!』とか言っていた。

 血……?ああ。なるほど。この流れ落ちる液体は僕のものなのか。知らず知らずの内に僕は先生を庇おうとしていたのだろうか。いや、違うな。

 僕は彼を守りたかったのだ。この先生が刺されたら彼が傷つくような言葉を言うだろう。それが怖かったのだ。

 僕は何ともない様な平気な顔を見せて彼のナイフを取り上げてから言った。


『もうすぐ授業が始まるから席につかないとな』 


 すると彼はぐしゃぐしゃに乱れていた表情を戻して平然と言った。『そ、うだ、な』と。うん、被害者と加害者が納得したのだからこれで万事解決。

 ……なはずなのに、先生や生徒は喚いて僕らの周りを彷徨いた。しかし、僕らが相手をしないことをさっすると不思議そうな顔をして各自席に戻って行った。

 ズキンズキンと痛む傷口を押さえながら僕は考えていた。もう二度と彼の話し方について質問しないと。余計なことを言わないと。あと、自分はもう彼と同じ考えを持ち始めているということを。


 それからは彼が怒る(発狂する?)様な言葉が分かったから、細心の注意を払って彼と接するようにした。

 すると彼の感情が乱れることはなくなったので、僕に大きなダメージがくることはなくなった。が、やはり彼も子供なので、子供のイタズラというものをした。

 子供のイタズラとは後ろから驚かせたり、筆箱にカエルをいれるとかそんなものだと思っていた(今思うと苛めにも感じられると思うが、あの頃の僕は何を考えていたのだろうか)。

 が、彼は普通の子供ではないので特有のイタズラを僕に与えた。まあ、でもいつもは無表情な彼が僕にイタズラするときだけは笑顔(口角が数ミリ上がって、声が高くなる)になるから僕は止めろと言えない。

 何だかんだ、彼のことを嫌がってはいたが心の中では彼が喜ぶことをしたいという思いがあったのだろう。

 だけど、僕が一番痛い思いをした彼のとびきりのイタズラは今でも記憶に残っている。むしろ、脳の中に残っていると言うよりは身体に刻み込まれていると言った方が良いかもしれない。



 あれは小学六年生の夏休み。

 僕の家電が突然なった。その時は父が家を出ていたから家には僕、一人だった。だから僕は電話に出ることが出来なかった。

 父は『知らない人からの電話に出るな』という教えを口にする人だったのだ。しかし、その時の僕はその言いつけを忘れて電話に出た。


『もしもし……?』

『よ、お』


 何度も聞いたことのある声が僕の耳元で聞こえて、思わず受話器を落としてしまった。けどすぐに冷静に戻って拾い取ってから同じ言葉を口にする。


『もしもし』

『お前、は、もしもし、さん、か』


 彼の言うもしもしさんの意味は分からなかったが取り合えず笑ってから、『何故電話してきたの』と聞いた。


『遊、ぼ』

 彼は僕の返事を待たずに次の言葉を言う。

『外、で、待つ』

『へ?』


 ーーツーツーツー……

 電話は切られた。まったく何だったのだろう。と首を捻りながら考えてみると、彼に電話番号を教えてないはずなのに何故知っているのかという疑問が出てきた。

 それと、外で待つってどういうことなのだろうか。

 その言葉のままの意味で外で待ってるから一緒に行こうぜ!みたいなことなのか。だとしたら、彼は何故僕の家を知っているのか。

 それとも彼の家の外で待っているということなのだろうか。だとしたら、彼の家まではどう行けば良いのか。(彼の家には何度か行ったことがあるが全て彼に仕えてる人の送迎だった)

 どちらにしようが大量の疑問が沸き上がってくる。もう、彼と知り合ってから五年にもなる。だから、彼との生活に疑問は持たない様にしていたが、流石に持ってしまう。

 まあ、彼とのことに疑問なんて持たずに行動するのが一番だ。そう思って僕は服を着替えて外に出た。


『や、ぁ』

『おっ……はよう』


 彼は扉を開けてすぐ前のところで立っていた。まさかの前者だったとは……でもこれで自分で行く必要はなくなったからラッキーだと考えようか。


『な、んだ。その、顔。行、くぞ』


 そのまま彼に連れて行かれる様にして僕は、彼の家へとついた。勿論送ってくれたのは彼に仕える男の人だった。

 何度見ても慣れない位、大きくて暗い彼の家はお化け屋敷ですよと言われても信じれるなぁと門の前で思う。

 そりゃこんなに暗くて日の入らない家に住んでいたら、真っ白い肌になるよなぁ。と彼を見ながら呟いた。

 本当に、彼が女性だったらすぐに惚れるくらいの美しさだ。僕と同じ性別(+精神異常者)にしておくのが勿体ない。まあ、彼に似た女性はお断りだが。


『……ぃたっ!』


 びしぃっと、伸びた草が腕に当たって小さい傷をつけた。今は夏だから半袖のせいであちこち切れているが、その中でも大きな傷となった。

 ペロペロと舐めながらその傷を癒しながら、ふと気づいた。彼がいない。僕は、この広い草原の様な彼の庭で迷子になってしまった。

 ぞくぞくと、恐怖が全身を走る。今まで彼がいたからこんな広いところも潜り抜けることが出来たのに、彼がいないと、僕はここを抜け出せない。

 何があるのか、何がいるのかも分からない、怖い場所でただ一人。僕はかつてない程の恐怖にみまわれていた。

 その時。突然背後から草花を踏み潰してこちらに向かってくる様な、ガサガサ……という音が聞こえてきて、僕の足は極限まで震え立つことさえも出来なくなった。


 ぺたりと地面に座り込み音の正体を見ると……ライオンだった。


 いや、こんな状況で冗談とか言う余裕もないからこれは本当に現実にあることらしい。実際に体験している僕だけどそんな実感が沸かない。

 だって普通の家の庭にライオンがいるはずないじゃないか。しかも、それが放し飼いされてるとも思わない。……あっ!この家は普通の人などいなかったのだ!

 それなら仕方がないかもしれない……って、そんな訳にもいかないだろうが。何この状況。僕、絶対死ぬよね。頭を尋常じゃない位大きなライオンが舐めているんだよ。それじゃあ結果は一つだよね。

 ああ。彼の家になんて来るんじゃなかった。でも、平凡な僕が友人の家でライオンに襲われて死ぬという平凡じゃない死に方をするのだから、良いことなのか?

 ……って、僕は大丈夫か!?あまりにも酷い状況過ぎて考えていることがおかしくなってきてるぞ。それに、このライオンはいつまで僕の頭を舐めれば気がすむんだ。

 ふと冷静になってそのライオンを見ると凶暴そうな顔はしているけど、舐めているのはじゃれているだけなのかもしれない。

 そう思って側に生えていた木の枝を引きちぎり振り回すと、ライオンは目を輝かせてその枝めがけて飛び込んできた。

 その被害は大きくて、その枝が折れるだけでは済まなく枝を持っていた僕の腕まで引っ掻かれてしまった。勿論相手はライオンであるから、可愛い怪我では済まない。


 ライオンが僕の腕から取った枝で遊んでいるのを呆然と眺めながら腕を押さえていると、後ろから音がした。また、ライオンか!?と身構えたがいたのは彼だった。


『ぽち、下がれ』

 彼はライオンの背中を叩きながら言った。すると、ライオンは反応して茂みの中へと消えていった。けど、僕の不安が全てなくなる訳じゃない。


『今の……ライオンか?』

『んー、ぽち』


 彼は首を傾げながら言った。名前を聞いている訳じゃないんだが……と突っ込みを入れるのすら面倒で、取り合えず愛想笑いをしてから『絆創膏貸して』と言った。

 到底絆創膏で覆って治るような傷には見えないけども。


『痛、い?』

『そりゃ勿論』

『んー、良かっ、た』


 彼は広角を少し上げながら呟いた。『ぽち、を、調教して、おいた、かい、が、あっ、た』と。ん?調教?もしかして仕組んでいたのか?とか疑問が残るが、可愛いイタズラで済ませようという結論に至った。


『あー、あー』


 彼が大きな声をあげると再び茂みが揺れて、僕らをここまで連れてきてくれた運転手でもある、執事さんが現れた。


『こい、つ、診て』


 彼は僕を指差して男に言うと、男はすぐに僕を抱えて彼の家の中へと連れていってくれた。

 彼は優しいなぁ、とこんな仕打ちを受けても思える自分の精神を不安に思ってしまった。


 あの時の腕のキズは今でも残っている。枝を持っていた腕についたライオンの爪の後。あの記憶はずっと僕に刻み込まれている。

 けど、そんなことをされたが僕はずっと彼と過ごしてきた。結局、最後まで六年間同じクラスだった。

 それも仕方がないか。先生方も彼の様な異常者のセーブ役は僕しかいないと判断したのだろう。実際にそうだしね。


 卒業式の日。

 僕と彼以外の皆は大泣きして小学校の別れを惜しんだ。当然の様に僕は惜しむ様なことが一切なかったから、取り合えず場の空気に合わせて俯いていた。

 どうせ中学に入っても同じなんだから、泣かなくても良いのに。と、子供にしてはスレた発想をしていた。

 それは彼も同じで隣で不思議そうな顔を浮かべては僕に『お、前も、泣け』と強要した。その行動の理由は分からないけど。

 別に彼も同じ中学に入るのは知っていたから、その場しのぎの涙を出すためにも一分近く目を開けていようという無駄な挑戦をしていた。


 そんな、小学生時代。



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