表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女が死んでいた  作者: 太郎
はじまり
1/13

三回目の夏

グロテスクな表現があるので、苦手な方はご遠慮下さい。

 ーー8月上旬


 外は酷く暑くて額から汗が流れ落ちる。ハンカチで拭っても消えぬそれらは家に入った瞬間引っ込んだ。 (僕の家はボロアパートで玄関開けてすぐ居間が見えるタイプだ。だから玄関開けた瞬間に、ソレに気がついた)

 手に持っていた旅行バックが音を立てて落ちた。その音や、セミの声すらも聞こえなくなるほど僕は動転していた。ミンミン、騒いでいたはずなのに今の僕には静寂だけが訪れている。

 それは何故か。原因のソレを見た。




 彼女が一面赤黒い世界の中、横たわっていた。




 赤い飛沫の様なものが天上から壁、絨毯まで覆い独特の臭いを発していた。例えるなら、血の生臭いにおい。

 靴を脱いでから彼女の周りの赤い物に触れる。遠くから見たらほぼ黒に近かったけど、近くで見ると赤かった。しかし、それは液体ではなく個体であったことから時間が経っていることを悟る。

 赤黒い個体はパリッと音を立てて取れた。確認の為にも口に含んでみる。うん、鉄の味。これは血だね。

 ゆっくりと血の塊を舌で転がして吟味してから飲み込んだ。彼女の味がするから、絶対この血は彼女の物だ。


 改めて彼女を観察。

 彼女は綺麗な身なりをしていてばっちりメイクをしている。そこでまず疑問。彼女はスウェット&ジャージや黒いロングスカートを好む女性だ。(両方、体を締め付けられなくて楽だと彼女は言っていた)

 一度僕のために着てくれたことはあったが(これよりも過激な服装だった)、それは思い出のためだった。今回は分からないけど、彼女がこの服を着ようとする気持ちが分からない。

 髪の毛もそうだ。綺麗に纏められている。睡眠と清潔にするを天秤に掛けたら瞬時に睡眠を選ぶことの出来る彼女が何故、こんな格好を?

 全く理解できない。


 彼女の左の手には薄い紙が一枚握られていた。それを抜き取って見ると『つばき』と書かれている。

 僕の友人の中に『つばき』なんていない。男か女か性別すら分からない相手が腹立つ。最期に彼女がソイツのことを考えてたってだけで嫌だ。

 最期まで僕を想ってて欲しかった。ああ。ムカつく。


 右の拳にがっちりと握られた包丁がきっと凶器であろう。首元に大きく抉れた後があるからそこに向かって、ブスリ。刺してから包丁を抜いて、血が噴水の様に飛び散った。……んじゃないだろうか?


 大体の彼女の死因と現状は把握できた。しかし、重要なのは他殺か自殺か。そこが一番気になる。

 彼女は極端に外に出ることを嫌う。(嫌っているというよりはどこか怯えている様に感じた)だから人との関わりはないから必然と恨まれることもない。つまり他殺は有り得ない。

 だが、そうすると自殺しか残らない。だが自殺だと僕に何かしらの不満があったことになるから、そんなことは認めたくなくてどうしても他殺にしたい。

 まあここで矛盾が生まれる訳だが、この矛盾なんか無視して犯人探しをすることにした。僕自身が犯人だなんて思いたくないからね。


「彼女を殺した人ねぇ」


 僕と彼女を知りうる人の名前をあげていこうと指を広げてみた。取り合えず僕の唯一の友人の鷹翼を数えて親指を折った。あとは彼女との会話によく出てきたあの人を数えて人差し指を折った。次に僕の知ってる人……ううん、こんな時に交友関係の少なさが分かってしまうな。

 この交友関係のなさから犯人と思わしき人が極端に限られてしまう。嬉しいような、悲しいような。でもあいつではないで欲しい最低なバカな奴だけど最高に良い奴なんだ。だけどそうすると残りは一人なのだがそいつの名前すら知らないから困る。


「誰だろうね」


 手をあげながら言ったけど犯人は名乗り出てくる様子もなかった。


 安らかに眠る彼女の額を優しく撫でた。いつもの温もりはなかったけど、抵抗せずに触らせてくれるのは今回が最後だろうから沢山撫でる。(最近反抗期気味だったしね)

 病んでいて、愛情表現が普通の人とは違った彼女だったけど。僕の事だけは愛していたみたいなのに(自信を持って彼女は僕を愛していたと言えないのが辛い)犯人はどうして彼女を奪ったのだろうか?


「殺してやる……」


 彼女を刺したナイフを取り、想像の犯人向かって突き立てる。男か女かすらも分からない相手だけど。殺したい。彼女を殺したんだから。

 殺さないと気がすまない。彼女への気持ちに気がついたのに。全てを知って逃げることを止めようと決意したのに。犯人はそんな僕の気持ち全て奪っていった。


「誰に殺されたの?」


 彼女の返事はない。ゆっくりと鳴る時計の音が静かな部屋の騒音と化していた。暫し俯いて考えてから顔をあげた。彼女の声が聞こえた気がした。僕に何か伝えたいの?……そうか、分かったよ。犯人を僕に見つけ出して欲しいんだね。

 君の為に見つけ出すよ。そして、君の目の前でソイツを殺してあげる。そうしたら、君は喜ぶよね。還ってくるよね。声を発さない彼女を見つめ僕の念を送った。届いてるかな、僕の思いは。

 ところで犯人探し……どうすれば良いんだろう。とりあえずこんな夏の中に彼女を一人にさせるのは嫌だから部屋で出来ることで……そうだ。彼女と昔交わした会話に彼女を殺した犯人のヒントが隠れているかもしれない。だから過去を振り返ろう。



 彼女と出会った日。

 彼女と戯れた日。

 全てが昨日の事の様に思い出された。

 暖かく彼女が笑っているような気がする。


 僕は彼女がいつも寝ていた布団に倒れこんで横にいる彼女を見ながら天井を仰いだ。ミンミンと五月蝿いセミが再び帰ってきて、僕らをあの日を連れていく。

 手に持っていたナイフに付いていた彼女の血液と僕の汗が混じってぬるりと滑った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ