第2話 敵は、体育倉庫にあり
あれから、数日が立って俺の所に彼女からメールがきた。
題名 先日はお世話になりました
先日はお世話になりました。こないだ自転車にぶつかった者です。そのときは、本当ご迷惑をおかけしました。体調の方はよくなりましたか?それで、お礼の方なんですけど、今日の放課後当たりにどうでしょうか。場所は、高校の近くの電車の駅の前にある喫茶店ワシントンでよろしいでしょうか。お返事まってます。
なんとも、そつのないメールがやってきた。絵文字も一つもない。絵文字くらい使っても良いような気がするのだが。まぁ、初めてメールする相手に絵文字は使わない主義なのかもしれない。
そういえば、気がついたことがある。俺は、彼女の名前をしらない。たしかに、彼女と赤外線通信で連絡先を交換したが、後で確認したら名前が未登録だった。だから、実をいうとさっきメールが来たときに一瞬誰だかわからなかった。よし、俺の些細な目標として名前を聞く。今回のミッションはこれでいこうじゃないか。よし、とりあえず「わかりました」と返事だけはしておこう。
そして、時間はあっという間にすぎ、放課後。学校のチャイムが今日は少し変わって聞こえた。
俺は、さっさと帰る支度をし、何にかのクラスメイトにさよならを言った。そして、下駄箱でうわばきから靴に履き替えた。やっぱ、高校生はローファーだよなとか二年生になっても少々思う。
喫茶店ワシントン。名前くらいは知っていたが入ったことはない。ワシントンかぁ……マスターはアメリカでも好きなんだろうか。入った瞬間にアメリカの星条旗と国歌がじゃじゃじゃんじゃーんとなるんじゃないかと少し期待した。しかし、その期待はあっけなく裏切られた。
喫茶店ワシントンの前に着くと、彼女が立っていた。彼女は、先日とは打って変わってカーディガンの色はピンクだった。これもまた似合ってる。どうやら、俺はカーディガンフェチなのかもしれない。
あ。いけない。女の子を待たしてしまった。こういう所が五連敗中の男たる所以なのか。反省した。
「あ、どうもー」
俺は、景気のいいような挨拶をした。
「わ、わざわざすいません……」
またしても、華奢な声だった。
「いえそんな。意外と楽しみにしてたんですよ」
いや、意外じゃない。かなりだ。なぜならば、あの連絡先を交換した日から、寝ている時間以外、毎日一時間置きくらい携帯をチェックしていたのだから。
「そうでしたか。それはよかったです。もう少し、早くご連絡できればよかったのですね。申し訳ないです」
一瞬ドキッとした。自分の心が読まれているような気がしたからだ。実際は、彼女も早く連絡しようか迷っていただけだ。決して俺の携帯確認頻度についてコメントした訳ではないだろう。
「それじゃ、入りましょうか」
ドアをあけるとからんからーん、ドアベルがなった。内装は特段変わったものではなかった。全体的に茶色を基調とした店内で、シャンデリアがラグジュアリーな印象を演出していた。どこにも、アメリカの話はででこなかった。マスターもふつうのおっさんだったし。
「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか」
大学生くらいの女性が注文を取りにきた。
「えっと……」
ま・ず・い……。俺は、こういう雰囲気の喫茶店は初めてだった。放課後に行く所の定番は、某ハンバーガーチェーンとかファミレスとかばかりだ。決まった男友達と300〜400円で何時間も居座るのだ。そんなことは、ここでは通用しないだろう。まして、ドリンクバーなんてものは存在しない。そして、俺は天井で回っている扇風機のような羽の物体がものすごく気になっていた。なんであれは回っているんだ……。いけない。そんなどうでもいいことを考えている場合か。注文だ。注文を決めないと……
「それじゃ……このクリームソーダで……」
よし!無難!良いぞ!なかなか無難なチョイスだ。コーラを頼んだらお子様だろう。かといって、コーヒーや紅茶は俺は苦手だ。オレンジジュースなんて喫茶店ぽくはない。だとすると残るはクリームソーダだ。きっと、メロンソーダにまん丸のアイスクリームがのってやってくるに違いない。
「じゃあ、わたしはこのロイヤルティーで。レモンとミルクですか?じゃあ、ミルクのほうでお願いします」
大人かー!!み、み、ミルクティーですって……。クリームソーダな俺……。
「あ、あとこのハニートーストを二つください」
俺は、完全に子供な気がした。きっと、彼女はよくこういうお店にくるのだろう。背伸びしてしまった自分は哀れだった。いや、落ち込む必要は無い。俺は、こういうことを学んで成長するんだ。うん。頑張ろう。
「そう言えば、お名前をお聞きしてなかったんですが……」
「ええ、そうでしたか!?ああ、すいません……。わたし、携帯に名前を登録していなかったんですね……」
顔が真っ赤になっていた。いちいち可愛いじゃないですかまったく。ピンク色のカーディガンと赤いメガネがが相まって、全身が赤っぽく見えた。
「改めまして……、ええ、私は森本ユキと言います。特に変わった名前じゃないんですけどね。あと、学年は三年です」
なんと。先輩でしたか……。ならば、少々の子供っぽいところも見逃してくれるのではないだろうか。しかし、年上か……。見えない。正直まだ中学生と言われても見た目的にはなんら問題はない。顔がとても幼い。ドジっ子に見える。
「3年なんですか!へぇ。てっきり年下かと。あ、俺も詳しい自己紹介はまだでしたね。俺は新藤タケルです。学年は二年ですね」
「森本さんは、こういう所よく来るんですか?」
「いや……、実は初めてなんですよ。ちょっぴり背伸びしちゃいました……。いつも言ってるところなんてファーストフード系とかファミレスが大半ですよ。見栄っぱりでした……」
また、照れている。かわいい……。って、初めて!?初めてで、あの落ち着いた注文……。やっぱり、女性は俺らのような男とは違ってすぐに大人になるんだな…。うん。
「そ、そうなんですか。ははは。俺は、たまに来ますよ。先週も違うお店に……」
こら。なにホラを吹いているんだ。先週行ったのは、ラーメン屋だろ。
「ええ!本当ですか。私、喫茶店とかものすごく興味があるんですよ……。今度紹介してくださってもいいですか?」
「ええ……全然良いですよ。ははは」
まずい。ホラ話が発展しそうだ。これは、話題を変えないと。
「まぁ、喫茶店は今度紹介するとして……」
話題を変えようとしたら、注文した商品がテーブルに到着した。
「お待たせしました。クリームソーダとロイヤルミルクティー、ハニートーストとがふたつですね。ごゆっくりどうぞ……」
ナイスタイミングだった。これで、なんとかホラ話の発展は免れそうだ。しかし、クリームソーダ。今度は違うものにしよう。コーヒーとか飲めるようになろうか。まずは。
「わぁ…美味しそう…いただきます。」
彼女は、宝石を見るように目を輝かせながら手を合わせて言った。たしかに、ハニートーストはいい具合にハチミツがかかっていて、宝石みたいだった。
「い、いただきます……」
俺も、慌てて食べ始めた。食べてみると、やはり美味しかった。旨い。旨い。
しばらく、無言が続いた。あまりのハニートーストの美味しさに二人とも心を奪われてしまったからだ。しかし、彼女が次に口を開いた時、ハニートーストの味は俺にとって忘れられないものになった。
「あのぉ……」
「はい?なんですか?」
「いや、実はお願いがあるんですよ……」
彼女は、とても申し訳なさそうな目をしていた。そして、上目遣いで俺を見ていた。まさか……。これは、世に聞く噂のアレではないだろうか。いけない。まだ心の準備ができてない。思わず、つばを飲み込んでしまった。
「な、なんですか。いや、確かに最近会ったばかりではありま……」
俺が話している最中に、話を遮って彼女は話してきた。
「今週末に、私と一緒に体育倉庫の怪物を倒してもらえますか!」
ん?怪物を倒す?何を急に言っているんだこの人は。
「怪物ですか……。えっと、それはゲームかなにかですか?森本さんてゲームとかやるんですね。いやぁ、実は俺もゲームについては少々うるさくてですね……」
「違います!ゲームなんかじゃありません!体育倉庫に怪物がいるんです。でっかいネズミのような怪物が。」
わけがわからなくなってきた。
「その怪物が最近になって現れて、悪さをしはじめたんです。そのせいで、体育倉庫にある道具をしようすると怪我をする生徒が続出することになってしまったんです!だから、一刻も早くアイツを退治しないと……」
彼女の目は真剣そのものだった。俺の目は瞳孔が開いたまんまだった。
「えっと……つかぬことをお聞きしますが、どこでそんな情報を?普通の人はそんなことを知らないような気がするのですが……」
はっとした表情を彼女は浮かべた。どうやら言い忘れていたことがあるようだった。
「わ、私は森本ユキです。そして、高校に住う悪魔やら怪物の悪さを退治するようなこともやっておりまして……」
「はぁ……」
俺は、いよいよ頭がおかしくなってきたのかと思った。
「と、とにかく、また日が近くなったら連絡します!」
「は、はぁ……」
「じゃあ、私がお勘定を払って行きますので!新藤さんはゆっくりしていってください!」
「は、はぁ……」
俺は、よくわからないことに巻き込まれたらしい。
女の子とぶつかって、いい気になっていたらこれだ。なんか話が旨すぎるとは思ったのだ。うん。仕方ない。だって俺なんだから。とりあえず、俺は残りのハニートーストを食べた。やっぱり旨かった。目の前にあるハニートーストは半分くらい残っていた。ロイヤルミルクティーも半分くらい。
クリームソーダのアイスクリームをかき混ぜた。アイスクリームはメロンソーダとまざり、濃い緑の色から黄緑色に液体の色を変化させた。俺の気持ちもなんとなく、色が変わった気がした。
「あ。そういえば、これってお礼で呼ばれたんじゃなかったっけ。やられたわ」