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第9話 奇跡の完全勝利――王都も辺境も救った最強連携戦術

アリシアの提案は、確かに興味深かった。


「民衆の皆さんの知恵と、私たち王族の権力、そして私たちの実力を組み合わせるのです」


 アリシアは真剣な表情で説明した。もう以前のような高慢さは微塵もない。


「ただ、問題は戦力をどう分散させるかです。王都とリベルタス、両方を同時に守るには……」


「実は、一つアイデアがあります」


 鉱山技師の男性が地図を広げた。


「この鉱山の坑道は、想像以上に広範囲に広がっているんです」


 地図を見ると、リベルタスの地下には蜘蛛の巣のように坑道が張り巡らされている。


「昔、この鉱山はもっと大規模でした。王都建設の際の石材も、ここから供給していたんです」


「本当ですか?」


 アリシアが身を乗り出す。


「王都の建設史にそのような記録が……確かにありました。でも、まさか今でも坑道が繋がっているなんて」


「つまり?」


 俺が尋ねると、鉱山技師は地図の端を指差した。


「古い採掘跡が王都の南東約15キロの地点まで延びています。そこから王都までは徒歩でも2時間程度の距離です」


「2時間……」


 カインが考え込む。


「それなら、戦況に応じて戦力を移動させることも可能ですね」


 カインがそう言った時、俺は彼が少し安堵したような表情を見せたことに気づいた。なぜだろう? 何か別のことを考えているようにも見える。


「ただし」


 鉱山技師が注意深く言った。


「古い坑道なので、大人数での移動は危険です。せいぜい10人程度が限界でしょう」


「十分です」


 アリシアが決断した。


「私の王女としての権限で、王都の軍に指示を出します。そして、状況に応じて私たちが必要な場所に駆けつける」


 俺は作戦を整理した。


「まず、両方の戦力配置を確認する。そして、劣勢になった方に俺たちが向かう」


「でも、連絡手段はどうするんだ?」


 リョウが心配そうに言う。


「僕の魔法で何とかなるかもしれません」


 カインが前に出た。


「短距離なら、魔法で簡単な合図を送ることができます。ただし、詳細な情報は無理ですが」


 カインの魔法知識は確かに優秀だ。しかし、俺には彼がどこか上の空のような気がした。


「光の合図のようなものですか?」


 エルナが尋ねる。


「そうですね。『援軍が必要』程度の簡単なメッセージなら送れます」


 作戦の概要が固まった。


 まず、アリシアが王都に緊急連絡を送り、防衛準備を指示する。


 同時に、リベルタスでは地下坑道を整備し、移動ルートを確保する。


 そして、魔王軍が攻撃を開始したら、劣勢になった方に俺たちが坑道を使って駆けつける。


「ただ、王女である私がこんな危険な作戦に参加するなんて……」


 アリシアが少し迷いを見せた。


「大丈夫です」


 俺は彼女を見つめた。


「さっきの戦いで、アリシアの戦闘能力は確認済みです。それに……」


 俺は民衆たちを見回した。


「民衆の心を理解した王女だからこそ、みんなも安心して戦えるはずです」


「ありがとうございます……」


 アリシアは少し頬を染めた。


 その時、エルナが俺を見つめていることに気づいた。


「アキトさん……」


 エルナの声には、困惑が込められている。


「さっきの戦術も、今の作戦立案も……普通だったら、そんなに短時間で完璧な計画を立てられるものでしょうか?」


 またか。エルナは相変わらず鋭い。


「まるで……何度も同じ状況を経験しているような、そんな感じがするんです」


 エルナの疑念が明確になってきた。これはまずい。


「考えすぎだよ」


 俺は苦笑いを浮かべた。


「ただ単に、慎重に考えただけだ」


「でも……」


 エルナがまだ何か言いかけた時、街の見張りが叫んだ。


「魔王軍接近! 戦闘準備!」


 議論は中断された。しかし、エルナの疑いの目は確実に強くなっている。


* * *


 翌日、魔王軍が再び現れた。


 今度は王都とリベルタス、両方に同時攻撃を仕掛けてきた。


「来ましたね」


 アリシアが緊張した面持ちで言う。


 俺たちは丘の上から両方の戦況を観察していた。


 リベルタスには相当な大軍が向かっている。オーク200体以上、オーガも10体近い。


 一方、王都方面には比較的小規模な部隊が向かっているようだ。


「リベルタスの方が厳しそうですね」


 カインが分析する。


「王都は城壁も厚いし、正規軍もいる。しかし、リベルタスは民兵が主力だ」


「よし、まずはリベルタスを全力で守り抜こう」


 俺は決断した。


「王都に異変があったら、カインの合図で分かるはずだ」


「了解です」


 カインが頷く。


 戦闘が開始された。


 しかし、民衆の戦いぶりは俺の想像を超えていた。


 鉱山技師たちは爆薬を使って魔物を吹き飛ばし、農民たちは農具を武器にして必死に戦った。


 そして何より、アリシアの存在が大きかった。


「みなさん、左翼が手薄になっています!」


 アリシアが的確に指示を出す。


「私が左翼を支援します。皆さんは中央を固めてください」


 アリシアの指示に従って、民衆たちが動く。


 彼女の言葉には、前回のような上から目線はもうなかった。代わりに、民衆への敬意と信頼が込められている。


「王女様の言う通りだ!」


 民衆たちも、アリシアを心から信頼している様子だった。


 戦況は徐々に俺たちに有利になっていく。


 しかし、その時アクシデントが起こった。


 オーガの予想外の動きで、アリシアが吹き飛ばされたのだ。


「アリシア!」


 俺が駆け寄ると、アリシアは肩を押さえて苦しそうにしていた。


「すみません……初陣だったので、読みが甘くて……」


「無理するな」


 俺はアリシアを安全な場所に避難させようとした。


「いえ!」


 しかし、アリシアは立ち上がった。


「まだ戦えます。この人たちを見捨てるわけにはいきません!」


 アリシアの瞳には、強い決意が宿っていた。


「民衆の皆さんが命をかけて戦っているのに、私が逃げるわけにはいきません」


 その姿を見て、俺は感動した。


 これが本当の王女の姿なんだ。


 民衆の知恵と、アリシアの統率力、そして俺たちの実力が見事に連携した。


 その時、カインから光の合図が来た。


 王都方面で赤い光が3回点滅している。


「『援軍が必要』の合図です」


 カインが報告する。


「王都も危険な状況のようですね」


 しかし、リベルタスの戦況も緊迫している。


 俺はアリシアを見た。


「アキトさん」


 アリシアが俺の視線に気づく。


「王都に行ってください。ここは私たちで何とかします」


「でも……」


「大丈夫です」


 アリシアの目には強い意志が宿っていた。


「民衆の皆さんの力を、私は信じています。そして、彼らも私を信じてくれているはずです」


 俺はアリシアの成長を感じた。


 最初は高慢だった王女が、本当の意味で民衆と心を通わせるようになったのだ。


「分かった。リョウとエルナ、俺と一緒に王都に向かおう」


「カインはここに残って、通信を続けてくれ」


「承知しました」


 俺たちは地下坑道に向かった。


 坑道は薄暗く、足場も悪かったが、鉱山技師が案内してくれたおかげで迷うことはなかった。


「ここが坑道の終点です」


 約2時間の移動で、王都南東部の地下に到着した。


「地上への出口はあそこです」


 階段を上がると、王都の街外れに出た。


 王都の城壁では激しい戦闘が続いている。


「急ごう!」


 俺たちは王都の城門に向かって走った。


 王都の戦況は予想以上に厳しかった。


 魔王軍は小規模だが、その分機動力を活かした巧妙な攻撃を仕掛けてきている。


 俺たちは王都の守備隊に合流し、魔王軍を押し返した。


 リョウの剣技、エルナの治癒魔法、そして俺の戦術判断が見事に機能した。


 1時間ほどの戦闘で、王都の魔王軍を撃退することに成功した。


「よし、今度はリベルタスに戻ろう!」


 俺は地下坑道を通って、再びリベルタスに向かった。


 リベルタスに到着すると、戦況は意外にも安定していた。


 アリシアの指揮の下、民衆たちが見事に連携して魔王軍を押し返している。


「アリシア、すごいじゃないか!」


 俺が声をかけると、アリシアは嬉しそうに振り返った。


「皆さんが素晴らしいんです! 私は指示を出しているだけです」


 しかし、俺には分かっていた。


 アリシアの指揮能力が、民衆たちの力を最大限に引き出したのだ。


 俺たちも戦列に加わり、魔王軍の残党を完全に撃破した。


「やったぞ!」


 民衆たちが歓声を上げる。


 同時に、カインから王都方面の安全確認の合図も届いた。


 青い光が2回点滅している。『安全』の合図だ。


「信じられない……」


 カインが呟く。


「王都もリベルタスも、両方とも完全勝利だなんて」


「みんなのおかげだ」


 俺は仲間たちと握手を交わした。


 特に、アリシアの成長と指揮能力には心から感動した。


* * *


 戦いが終わった後、俺たちは街の広場で休憩していた。


 夕日が美しく、平和が戻ったリベルタスの街並みが見える。


「アキト」


 アリシアが俺の隣に座った。


「今日、多くのことを学びました」


 アリシアの表情は、以前の高慢さが完全に消え去り、代わりに深い思慮深さと謙虚さが宿っていた。


「民衆の皆さんの力、家族への愛、故郷への想い……それらがどれほど強いかを、改めて知ることができました」


「アリシアが変わったからだよ」


 俺は微笑んだ。


「君が民衆と同じ目線で戦ったから、みんなも君を信頼したんだ」


「あなたという方は……」


 アリシアが俺を見つめる。


「一体どれほどの経験を積まれているのですか? その判断力、戦術眼……まるで何度も同じような危機を乗り越えてきたかのような」


 またその話題か。


「運が良かっただけだよ」


 俺は慌ててごまかした。


「それに、みんなが完璧に役割を果たしてくれたからだ」


「でも……」


 アリシアがまだ何か言おうとした時、エルナが心配そうな顔で俯いていることに気づいた。


「エルナ、どうかしたか?」


「あの……アキトさん」


 エルナが俺を見上げた。その目には、明らかな困惑があった。


「今日の戦いでも、またあの時と同じことが……」


「あの時?」


「ブライヤ村の時です。まるで魔物の行動パターンを事前に知っているかのような……」


 エルナの声が小さくなる。


「普通の人だったら、あんなにピンポイントで敵の弱点を突けるものでしょうか? まるで……まるで何度も同じ戦いを繰り返して学習したかのような……」


 やばい。エルナの観察力が鋭すぎる。


「考えすぎだって」


 俺は苦笑いを浮かべた。


「ただの勘だよ。それに、カインの魔法知識とかリョウの戦闘経験とか、みんなの力があったからこそだ」


「そうでしょうか……」


 エルナの疑念は完全には晴れていない。


 その時、カインが少し離れた場所で、何かをじっと見つめていることに気づいた。


 彼の手には、小さな魔法石のようなものが握られている。


「カイン、何してるんだ?」


 俺が声をかけると、カインは慌てて魔法石を隠した。


「あ、いえ……ちょっと魔力の残量を確認していただけです」


「そうか」


 しかし、カインの表情には明らかに動揺があった。まるで何かを隠しているような。


 夜になり、俺たちは街の宿で休憩していた。


 部屋に戻ろうとした時、廊下でアリシアとばったり出くわした。


「あ、アキトさん」


 アリシアが慌てたように振り返る。


「どうかしたか?」


「いえ、その……」


 アリシアは頬を薄っすらと赤く染めながら俺を見つめた。


「あなたに、とても感謝しています。そして……」


 アリシアは一度言葉を切って、勇気を振り絞るように続けた。


「もしかして、私は……あなたのことを……」


 その瞬間、宿の1階から慌ただしい足音が聞こえてきた。


 エルナが心配そうに階段を駆け上がってくる。


「大変です!カインさんが……!」


 俺たちは慌ててカインの部屋に向かった。


 カインは窓際に立ち、月明かりの下で何かの魔法陣を描いていた。


「カイン、何してるんだ?」


 俺が声をかけると、カインはビクッと振り返った。


「あ、アキト……その、月の魔力を調べていただけです」


「月の魔力?」


 エルナが首をかしげる。


「こんな夜中に?」


「ええ、月光には特殊な魔力が含まれていて……」


 カインの説明は曖昧で、明らかに取り繕っているようだった。


 魔法陣の痕跡を見ると、これは月の魔力調査のものではない。むしろ、通信魔法の痕跡に見える。


「カイン……」


 俺が問いただそうとした時、カインが急に苦しそうに顔を押さえた。


「頭が……痛い……」


「カイン!」


 俺たちは慌ててカインを支えた。


「大丈夫、ちょっと魔力を使いすぎただけです」


 カインは苦笑いを浮かべたが、その表情には深い苦悩が隠されているように見えた。


「すまない……心配をかけて」


 その夜、俺は眠れずにいた。


 カインの怪しい行動、エルナの鋭い疑念、そしてアリシアの告白未遂。


 仲間たちとの絆が深まる一方で、新たな問題も生まれ始めている。


 特にカインの様子が気になる。


 彼が隠していることは何なのか。


 そして、妹のミラに本当に何かが起こっているのではないか。


 俺は窓の外の二つの月を見上げながら、複雑な気持ちで夜を過ごした。


 完全勝利を収めた今日だったが、なぜか心の奥に不安が残っていた。


 この不安が、やがて俺たちを大きな試練へと導くことになるとは、この時はまだ知る由もなかった。

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