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第7話 高慢な王女との出会い――選択を誤った先に待つ絶望

王都ルミナスは、俺が今まで見たどの街よりも壮大だった。


 高い城壁に囲まれ、石造りの立派な建物が立ち並んでいる。街の中央には巨大な王城がそびえ立ち、その威容は圧倒的だった。


「すげえな……」


 リョウが感嘆の声を上げる。


「さすがは王国の首都ですね」


 エルナも目を輝かせている。


 俺たちは王城の正門で身分証明を済ませ、謁見の間に通された。


 謁見の間は豪華絢爛で、天井には美しいフレスコ画が描かれ、巨大なシャンデリアが光を放っている。


 玉座には威厳のある中年の男性――国王陛下が座っておられた。


「よく来てくれた、アキト一行よ」


 国王の声は重厚で、王者の風格を感じさせる。


「ブライヤ村での活躍、見事であった。300人の村民を一人も失うことなく救った手腕、まさに英雄と呼ぶにふさわしい」


「恐縮です、陛下」


 俺は膝をついて頭を下げた。


「さて、早速本題に入ろう」


 国王の表情が厳しくなる。


「魔王軍が二正面作戦を開始した。明日にも、この王都ルミナスと辺境の重要都市リベルタスを同時攻撃してくる」


 俺たちは息を呑んだ。


「リベルタスは鉱山都市で、王国の鉄鋼生産の7割を担っている。また、辺境諸国との交易の要でもある」


 カインが顔を青くする。


「つまり、リベルタスが陥落すれば……」


「資源供給が断たれ、王国の国力は致命的な打撃を受ける。しかし、王都が陥落すれば、王国そのものが終わりだ」


 国王は苦渋の表情を浮かべた。


「軍事力を分散すれば、どちらも守り切れない。どちらか一方を選ばざるを得ない状況だ」


 その時、謁見の間の扉が音を立てて開いた。


「父上、失礼いたします」


 現れたのは、息を呑むほど美しい少女だった。


 金色の髪、青い瞳、整った顔立ち。まさに王女と呼ぶにふさわしい気品と美貌を持っている。しかし、その美しい顔には、どこか冷たさも宿っていた。


「アリシア、お前も来たのか」


「はい。話題の英雄様を一目見たくて」


 アリシア王女は俺たちを見回した。その視線は興味深そうだが、明らかに値踏みするような上から目線だ。


「あなたがアキトさんですね」


 アリシアは俺の前に立った。


「ブライヤ村での活躍、素晴らしいと聞いております」


 そこで一度言葉を切り、俺を頭の先から足元まで観察するような視線を向けた。


 アリシアは一歩、近づいた。


「あなたがアキト。評判は聞いているわ」


 扇の影で、青い瞳がわずかに揺れる。


「……失礼を承知で申すけれど、学びの差は残酷よ。私たちは帝王学で国家単位を習うの」


 言い切った後、彼女は小さくため息をついた。


「ただ――一つの村を誰一人失わず救ったと聞いた。机上では習わない答えだわ」


 誉め言葉のはずなのに、刺のある言い回し。


「庶民だから、ではなく。私が知らない現場を、あなたは見ているのね」


 その瞬間、俺の中で何かがカチンと来た。


 庶民の出身でも、って何だよ。教育を受けていないって、まるで俺たちが劣等種みたいな言い方じゃないか。


「教育を受けていないから立派じゃないとでも?」


 俺の声は冷たくなっていた。


 アリシアは少し驚いたような顔をしたが、すぐに高慢な表情を浮かべた。


「そういう意味ではありませんが……」


 アリシアは扇子を優雅に広げながら言った。


「やはり生まれや教育というものは大切です。王族や貴族は幼い頃から帝王学や戦略学を学びます。庶民の方々とは、背負っている責任の重さも、知識の深さも違いますから」


「責任? 俺たちだって人を救うために命がけで戦ってる」


「それは認めます」


 アリシアは扇子をパタパタと仰ぎながら、まるで子供を諭すような口調で続けた。


「でも、一つの村を救うのと、王国全体を治めるのでは、規模が違います。国を治める重責は、やはり王族や上級貴族にしか分からないものなのです」


 アリシアの言葉に、リョウも苛立ちを見せた。


「俺だって貴族だぞ。没落貴族だけどな」


「没落……」


 アリシアは少し困ったような顔をしたが、すぐに同情するような表情を作った。


「それは大変でしたね。でも、きちんとした教育は受けていらっしゃるでしょうし、きっといつか再興できますよ」


 慰めているつもりなのだろうが、その口調は完全に上から目線だった。


 エルナもリョウの隣で、不快そうな顔をしている。


「とにかく」


 アリシアは扇子を閉じて、父である国王の方を向いた。


「今回の件は国家の命運がかかっています。感情論ではなく、理性的に判断していただきたいものですね。庶民感情に流されることなく」


 アリシアはそう言って、父である国王の隣に立った。


 俺は内心で怒りがふつふつと湧いてくるのを感じた。庶民感情って何だよ。人を救おうとする気持ちを、そんな風に言うなんて。


「アリシアの言葉は少し厳しいが……」


 国王が苦笑いを浮かべた。


「彼女なりに国のことを思っての発言だ。どちらを選んでも、大きな犠牲が出る。それを理解した上で、決断を下さねばならない」


 俺は考え込んだ。


 王都かリベルタスか。


 アリシアの高慢な態度にはムカつくが、言っていることには一理ある。


 王都を守れば、王国の中枢は安全だ。国王や貴族たち、多くの民衆の命を守ることができる。


 しかし、リベルタスが落ちれば、資源供給が断たれ、長期的には国力が衰退する。


 逆に、リベルタスを守れば資源は確保できるが、王都が落ちれば王国そのものが終わる。


 どちらを選んでも、誰かが犠牲になる。


 でも、やはり王国の中枢を守ることが最優先じゃないか? アリシアの言う通り、国が滅べば元も子もない。


「王都を守ります」


 俺は決断した。


「リベルタスも大切ですが、王都が陥落すれば元も子もありません」


「賢明な判断です」


 アリシアが満足そうに頷いた。扇子で口元を隠しながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


「やはり正しい判断ができる方ですね。庶民の出身でも、基本的な論理的思考はお持ちのようで安心いたしました」


 このやりとりを見て、エルナとリョウがより不快そうな表情を浮かべるのを俺は見た。


 国王も安堵の表情を浮かべる。


「では、明日の戦いに備えよう。アキト一行には王都防衛の要を任せる」


 こうして、俺たちは王都防衛戦の準備に入った。


 しかし俺は気づかなかった。この選択が、王国全体を破滅に導くことになるとは。


 そして、あの高慢な王女が、やがて俺たちの最も大切な仲間の一人になることも――


* * *


 翌日の戦いは激戦だった。


 魔王軍の主力部隊が王都に襲来し、城壁を取り囲んだ。オークやオーガだけでなく、ワイバーンやドラゴンまで現れた。


 しかし、俺たちの活躍もあって、王都の防衛は成功した。


 敵は撤退し、王都は守られた。


「やったぞ!」


 リョウが勝利の雄叫びを上げる。


「王都は安全ですね」


 エルナも安堵している。


 アリシアも笑顔で俺たちに歩み寄ってきた。


「素晴らしい活躍でした。やはりあなた方に頼んで正解でした」


 アリシアは扇子を優雅に広げながら続けた。


「庶民の方でも、適切な指導があればこれほどの戦果を上げられるのですね。今後の参考になります」


 まだ言ってる。この人は本当に根っからの高慢ちきなんだな。


 しかし、その時だった。


 一人の兵士が血相を変えて駆け込んできた。


「陛下!大変です!リベルタスが陥落しました!」


 謁見の間に衝撃が走る。


「何と……」


 国王の顔が青ざめた。


「住民は?」


「全滅です……魔王軍は容赦ありませんでした……5万人の市民が……」


 リベルタス全滅。5万人の住民が……。


 俺の選択の結果だった。


 アリシアの顔からも、血の気が引いていく。


「5万人って……」


 しかし、事態はそれだけでは済まなかった。


「陛下、さらに報告があります」


 別の使者が現れた。


「リベルタスの鉱山がすべて破壊されました。鉄鉱石の採掘は当分不可能です」


「また、交易路も遮断されました。辺境諸国からの物資供給が完全に断たれています」


 次々と悪い報告が続く。


 数日後、事態はさらに深刻化した。


 資源不足により、王国軍の武器製造が停止した。


 食料不足により、民衆の不満が爆発した。


 そして、ついに……


「陛下!王都で暴動が発生しています!」


 兵士が駆け込んできた。


「民衆が『リベルタスを見捨てた王に従えるか』と叫んでいます!」


 窓の外から、怒号と炎の光が見える。


 王都の街が燃えている。


「そんな……」


 アリシアが愕然としている。今まで見たことがないほど動揺していた。


「私たちの判断が正しかったはずなのに……なぜこんなことに」


 王都を守ったはずなのに、結果的に王国全体が崩壊に向かっている。


 内乱は激化し、王城にも暴徒が押し寄せた。


「アキト……俺たちの選択は間違っていたのか?」


 リョウが絶望的な顔をしている。


「私たちは……何のために戦ったんでしょう……」


 エルナも涙を浮かべている。


「こんな結果になるなんて……」


 カインも頭を抱えている。


 王城の扉を叩く音が激しくなった。もう長くは持たない。


「すまない……私の判断が……」


 国王が謝罪の言葉を口にした時、扉が破られた。


「王を倒せ!」


「リベルタスの人々を見殺しにした王など!」


 民衆が雪崩れ込んでくる。


 俺たちは剣を抜いて応戦したが、数が違いすぎる。


 アリシアを庇おうとした時、俺の背中に刃物が突き刺さった。


「がはっ……」


 血を吐きながら倒れる俺を見て、仲間たちが叫んだ。


「アキト!」


 でも、もう遅い。


 暴徒たちは容赦なく襲いかかってきた。


「なぜ……なぜこんなことに……」


 アリシアが呆然と呟いている。


「私たちは正しい選択をしたはずなのに……」


 王都を守ったはずなのに、すべてが破滅に向かっている。


 意識が薄れていく中で、俺は最後に思った。


 間違えた。王都だけ守っても意味がなかった。


 リベルタスの5万人を見捨てたことで、民衆の信頼を失った。


 結果的に王国全体が崩壊してしまった。


 両方救う方法があったはずなのに……


 世界が暗闇に包まれた。


* * *


 次の瞬間、俺は王城の謁見の間に立っていた。


 国王の前で、まさに選択を迫られた瞬間に戻っている。


 死に戻ったんだ。


「どちらを選んでも、大きな犠牲が出る。それを理解した上で、決断を下さねばならない」


 国王の言葉が繰り返される。


 今度は違う。


 王都だけを守っても、結局は民衆の反乱で王国が滅びる。


 王都かリベルタスかの二択じゃない。両方救う方法があるはずだ。


 そして何より……


 俺は扉の向こうを見た。もうすぐアリシアが現れる。


 あの高慢で嫌味な王女が。


 でも、前回の最期に見た彼女の絶望した顔を思い出すと、なぜか胸が痛んだ。


 彼女も、王国のことを本当に思っていたのかもしれない。


 今度は、彼女の考えも変えてやる必要があるな。


 前回の失敗を活かして、今度こそ最善の道を見つけてやる。

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