第6話 仲間たちの秘めた想い――王都への道で明かされる過去
ブライヤ村を出発してから三日が経った。
王都までは馬車で一週間の道のりだ。緊急招集の手紙を受け取ってからは、可能な限り急いでいるが、夜間の移動は危険なため、街道沿いの宿場町で休憩を取っている。
焚き火を囲みながら、俺たちは今後のことについて話し合っていた。
「魔王軍の二正面作戦か……」
カインが難しい顔をしている。
「王都と辺境を同時に攻撃するとなると、兵力を分散せざるを得ない。どちらかは守り切れない可能性がある」
「俺たちにできることがあるかな」
リョウが不安そうに言う。
「あるさ」
俺は断言した。
「この前のブライヤ村でも、最初は無理だと思ったけど、結果的に全員救えたじゃないか」
「そうですね」
エルナが微笑む。
しばらく沈黙が続いた後、リョウが遠くを見つめながら呟いた。
「それにしても、故郷のことが気になるな……」
「リョウさんの故郷って?」
エルナが尋ねる。
「アーデルハイト領だよ。まあ、今はもうほとんど何も残ってないけどな」
リョウは苦笑いを浮かべた。
「没落貴族って言ったろ? 父が事業に失敗して、領地の大半を借金の担保に取られちまったんだ」
リョウの表情が曇る。
「兄さんが跡継ぎなんだが、病弱でな。政務も軍事も全然駄目なんだ。このままじゃ、残った領地も……」
リョウの拳が握られる。
「だから俺が外で力をつけて、いつか家名を再興してやろうと思って家を出たんだ。時間がないんだ、本当は」
「大変だったんですね……」
エルナが同情的に言う。
「でも、実は……」
リョウが照れくさそうに頭を掻いた。
「故郷にローラっていうメイドがいるんだ。俺が小さい頃からずっと世話をしてくれた優しい女性でさ」
リョウの表情が一瞬だけ、とても優しくなった。
「父が事業に失敗した時も、ローラだけは俺たちを見捨てなかった。給料を減らされても、文句一つ言わずに家族のために尽くしてくれたんだ」
「素敵な方ですね」
エルナが微笑む。
「でも、家が没落してから、ローラの立場も苦しくなっている。使用人としての将来も不安定だし、俺が強くならなければ彼女を守ってやれない」
リョウの声に焦りが混じる。
「だからこそ急がないといけないんだ。俺が強くなって、ちゃんとした地位について、ローラに想いを伝えて……彼女を幸せにしてやりたいんだ」
「まあ!恋人さんですか?」
エルナが目を輝かせる。
「い、いや!まだそういう関係じゃないよ!でも……いつかは」
リョウの顔が真っ赤になる。意外と純情なやつだ。
「でも、もしかしたらローラは俺のことを弟にしか思ってないかもしれないし……」
リョウが急に不安そうな顔をした。
「弱い俺なんて、男として見てくれないかもしれない」
「そんなことないですよ」
エルナが励ます。
「だからこそ頑張らないといけないんだ。ローラのためにも、家族のためにも。時間がないんだ、本当に」
リョウの決意のこもった言葉に、俺たちは頷いた。彼の焦りと愛情の深さが伝わってくる。
今度はエルナが小さくため息をついた。
「私も……故郷の孤児院のことを思い出します」
エルナの表情が暗くなる。
「私は神官長の娘として、恵まれた環境で育ちました。でも、10歳の時に大きな失敗をしたんです」
エルナは膝を抱えるように座り直した。
「その年、孤児院で疫病が流行しました。たくさんの子供たちが高熱で苦しんでいて……」
エルナの声が震える。
「私は神官長の娘だから、基本的な治癒魔法は使えました。だから、みんなを救えると思っていたんです。神様が私に力をくださったのだから、絶対に救えるって」
「でも?」
俺が促すと、エルナは涙を浮かべた。
「一人だけ、どうしても救えない子がいました。私と同い年のユウという男の子でした」
エルナの手が震えている。
「最期まで私の手を握って、『エルナお姉ちゃん、ありがとう。神様にお祈りしてくれて』って言ってくれました。でも……」
エルナは袖で涙を拭った。
「神様は何もしてくれませんでした。私の祈りも、魔法も、何も届かなかった。それで分かったんです……もしかしたら神様なんて、本当はいないのかもしれないって」
重い告白だった。
「それから決めたんです。神様に頼るんじゃなくて、もう二度と目の前で誰かを失わないように、自分の力で人を守るって。だから治癒魔法ばかり勉強して、攻撃魔法は苦手になっちゃいましたけど……」
「エルナ……」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「君は十分頑張ってる。その子も、きっと君に感謝してるよ」
「本当に…そうでしょうか。私、時々思うんです。本当に神様なんているのかなって」
エルナは小さく微笑んだが、その目には深い迷いがあった。
焚き火の音だけが響く中、今度はカインが口を開いた。
「僕も、家族のことが気になります」
カインの声は静かだった。しかし、どこか切迫したものを感じる。
「父は元宮廷魔法師でしたが、『危険すぎる魔法研究』という理由で宮廷を追放されました」
「危険な魔法研究?」
リョウが身を乗り出す。
「禁呪に近い領域です。生死を操る魔法、魂に干渉する魔法、時間や運命すら歪める術……確かに危険ですが、使い方次第では多くの人を救うこともできる分野でした」
カインは複雑な表情をしている。
「父が追放された時、僕には14歳の妹がいました。ミラという、とても可愛い妹です」
「ミラは生まれつき体が弱くて、でもいつも僕の研究を心配してくれるんです。『お兄ちゃん、怖い魔法は使わないでね』って」
カインの表情が優しくなるが、同時に苦痛も混じっている。
「僕はミラに約束しました。『大丈夫だよ、ミラ。僕は人を守る魔法しか研究しないから』って」
「良い妹さんですね」
エルナが微笑む。
「ええ。でも……」
カインの拳が握られる。
「最近、ミラからの手紙が来なくなりました。いつもは週に一度は届くのに、もう三週間も音沙汰がない」
カインの声に不安が滲む。
「ミラの病気は少しずつ悪化していました。普通の治癒魔法では限界があって……もし僕が父の研究を受け継いでいれば、禁呪級の治癒魔法を使えれば、ミラを完全に治せるかもしれないんです」
カインは俺たちを見回した。
「でも、ミラとの約束がある。それに、禁呪は……使えば使うほど魂が蝕まれるという話もあります」
カインがそう言った時、彼の瞳の奥に一瞬、何か暗いものが光ったような気がした。
「でも……」
俺が促すと、カインは小さく頷いた。
「もしミラに本当に何かあったら、仲間を守るために力が必要になったら……その時は、約束を破ることになるかもしれません。ミラには申し訳ないけど」
重い話だった。カインの表情には、深い葛藤と……何か決意のようなものも感じられる。
みんな、それぞれ大切な人や、守りたいものを抱えている。
リョウはローラと家族のために時間と戦い、エルナは救えなかった子の想いを背負って信仰に疑問を抱き、カインは妹との約束と、でも妹を救いたい気持ちの間で苦しんでいる。
そして俺は……
「俺には、お前たちほど重い過去や大切な人はいない」
俺は正直に言った。
「でも、だからこそ思うんだ。お前たちがどれだけ強いかってことが」
俺は仲間たちを見回した。
「それぞれが大切なものを背負いながら、それでも他の人のために戦っている。そんなお前たちと一緒にいられることを、俺は本当に誇りに思う」
「アキト……」
エルナが感動したような顔をしている。
「お前って、たまには良いこと言うんだな」
リョウが照れくさそうに笑った。
「まあ、僕たちは良いチームですからね」
カインも微笑んでいる。しかし、その笑顔のどこかに影があるのを、俺は見逃さなかった。
その時、宿場町の方から馬の蹄の音が響いてきた。夜中だというのに、何者だろう?
やがて、王都の紋章を付けた騎士が現れた。
「アキト殿一行はいらっしゃいますか!」
「こちらです」
俺が答えると、騎士は安堵の表情を浮かべた。
「緊急事態です!魔王軍が予想より早く行動を開始しました。王都と辺境の街リベルタスへの攻撃が、明後日にも始まる可能性があります」
「明後日!?」
カインが驚く。しかし、その驚きの中に、なぜか少し安堵したような表情が混じっているのを俺は見た。なぜだろう?
「はい。国王陛下は、どちらか一方しか守れないかもしれないと……」
騎士の表情は深刻だった。
「一刻も早く王都へお越しください。陛下がお待ちしております」
また難しい選択が待っているのか。
王都かリベルタスか。どちらか一方しか救えないという状況。
でも、今度は怖くない。
仲間たちの想いを知って、絆がさらに深まった。
リョウの家族とローラへの必死な愛、エルナの失いたくない気持ちと信仰への疑問、カインの妹への複雑な想い。
みんなで力を合わせれば、きっと今度も全員を救う方法が見つかるはずだ。
「よし、すぐに出発しよう」
俺は立ち上がった。
「今度こそ、絶対に全員救ってやる」
「ああ!」
「はい!」
「そうですね!」
仲間たちも立ち上がる。
その時、カインが少し遅れて立ち上がったのを俺は見た。彼の手に、小さな通信用の魔法石のようなものが握られているのが一瞬見えたような気がしたが……きっと見間違いだろう。
それぞれが大切なものを背負いながら、俺たちは王都へと急いだ。
どんな困難が待っていても、俺たちなら乗り越えられる。
大切な人たちの想いを胸に、俺たちは夜道を駆け抜けた。
しかし俺は知らなかった。
仲間の一人が、愛する人を救うために、既に危険な道を歩み始めていることを――