第3話 300人の命か仲間の命か――俺が選んだ絶望の結末
ブライヤ村に到着したのは、朝日が昇り始めた頃だった。
のどかな農村風景が広がっている。麦畑が風に揺れ、牛や羊がのんびりと草を食んでいる。子供たちの笑い声が聞こえ、村人たちが日常の作業に励んでいる。
平和そのものの光景だった。
「本当にここに魔物が?」
リョウが首をかしげる。
「依頼書に偽りはないはずだが……」
その時、カインが急に立ち止まった。
「待て。この魔力反応……」
カインの顔が青ざめる。
「これは……尋常じゃない」
次の瞬間、森の向こうから太鼓のような音が響いた。
ドンドンドンドン。
それは太鼓ではなく、大群の足音だった。
「みんな、あそこを見ろ!」
俺が指差した方向から、黒い影の大群が現れた。
オーク――人間より一回り大きく、筋肉隆々とした緑色の魔物が、列をなして行進してくる。
1体、2体……数を数え始めたが、途中で諦めた。
軽く200体はいる。
そして、その中には一際巨大な影も見えた。
「オーガだ……」
カインが震え声で呟く。
「オーク200体以上、それにオーガが5体……こんな大群、聞いたことがない」
村人たちも異常に気づき始めた。悲鳴が上がり、人々が慌てて家に駆け込んでいく。
「すぐに村から避難させないと!」
エルナが叫んだ。
「無理だ」
カインが絶望的な声で言う。
「300人の村人を全員避難させる時間はない。あと10分もすれば魔物が村に到達する」
その時だった。
「俺が時間を稼ぐ!」
リョウが剣を抜いて駆け出した。
「リョウ、待て!」
俺の制止も聞かず、リョウは魔物の大群に向かって突撃していく。
「貴族の誇りにかけて、村人を守る!」
リョウは勇敢だった。剣を振るい、オークの数体を斬り倒していく。
しかし、相手は200体の大群だ。
「リョウ!危険よ!」
エルナの警告と同時に、オーガの巨大な棍棒がリョウを襲った。
ドゴッ!
鈍い音と共に、リョウの体が宙を舞った。
「がはっ!」
リョウは木に激突し、そのまま地面に崩れ落ちる。胸から血が溢れ、意識を失っていた。
「リョウ!」
エルナが駆け寄る。
「治癒の光よ!」
エルナの魔法でリョウの傷は塞がったが、意識は戻らない。内臓にもダメージが及んでいるようだ。
「また…また私は誰かを救えない…」
エルナの目に涙が浮かんだ。
「昔も…孤児院の子を救えなくて…今度はリョウまで…」
その間にも、オークの大群は村に向かって進軍を続けている。
俺は迷った。
リョウを村まで運んで治療すれば、彼は助かるかもしれない。
しかし、その間に魔物は村を襲撃し、300人の村人が犠牲になる。
村を守るために戦えば、リョウは死ぬかもしれない。
どちらを選んでも、誰かが犠牲になる。
「カイン、エルナ!リョウを村まで運ぶ!」
「でも、村の人たちは……」
「構うな!仲間を見捨てるわけにはいかない!」
俺たちは意識不明のリョウを担いで村に向かった。
その選択が、地獄の始まりだった。
* * *
村に着いた時、オークの大群も同時に到達した。
「ギャアアアア!」
村人たちの悲鳴が響く。
オークたちは容赦なく村を襲った。家々に火を放ち、逃げ惑う人々を次々と――
農夫のおじさんが、必死に家族を庇おうとしていた。しかし、オーガの一撃で――
子供を背負って逃げようとしていた母親が、オークの群れに囲まれて――
俺は目を逸らしたくなった。しかし、これが俺の選択の結果だ。
「村の中央広場に封印石版がある!」
村長が血まみれになりながら叫んだ。
「あれが破壊されれば、魔王の影響がこの地域全体に……」
村長の声は、オーガの咆哮にかき消された。
封印石版――古い石でできた碑のようなものが、広場の中央に立っていた。そこから淡い光が発せられ、魔物の動きを若干鈍らせているようだった。
しかし、オークの数体がその石版に向かっている。
「止めないと!」
俺はリョウを仮設の救護所に預け、石版に向かった。
しかし、既に遅かった。
ガシャーン!
オークの武器が石版を打ち砕く。
瞬間、空気が重くなった。
魔物たちの動きが活発になり、さらに凶暴性を増す。そして、森の奥から新たな魔物の群れが現れた。
石版が魔物の活動を抑制していたのだ。それが破壊されたことで、この地域の魔物が全て活性化してしまった。
村の破壊は加速した。
家々が燃え上がり、畑は踏み荒らされ、村人たちは――
「もう…だめだ……」
エルナが絶望的に呟いた。
「リョウは何とか安定したけれど、村は……」
300人いた村人のうち、生き残っているのは50人程度だった。そして、その数も刻一刻と減っていく。
さらに悪いことに、活性化した魔物の群れは他の村や街にも向かい始めた。
俺の選択が、被害を拡大させてしまったのだ。
オーガの群れが、ついに俺たちのいる救護所を見つけた。
「逃げよう!」
俺たちは意識不明のリョウを担いで逃げ出した。しかし、オーガの足は速く、あっという間に追いつかれる。
「もう逃げ切れない……」
カインが振り返った時、オーガの巨大な拳が迫っていた。
「みんな、すまない……」
俺は最後に仲間たちの顔を見た。
エルナは泣いていた。カインは歯を食いしばっていた。リョウは意識を失ったままだった。
仲間を救おうとした結果、仲間も村人も、全てを失うことになった。
オーガの拳が俺たちに迫る――
世界が真っ暗になった。
* * *
次の瞬間、俺は立ち上がっていた。
朝日が昇り始めた頃のブライヤ村。
のどかな農村風景。麦畑、牛や羊、子供たちの笑い声。
死に戻った。
「そうか……審判が始まったから、巻き戻り地点が固定されたのか」
俺は女神の言葉を思い出した。
審判――正しい道を選べという試練。
仲間を取るか、村を取るか。
その選択を間違えれば、全てを失う。
でも、今度は違う。
俺には死に戻りの力がある。失敗を学習し、最適解を見つける力が。
「今度こそ、全員救ってやる」
俺は拳を握りしめた。
仲間を救うか、村を救うか。
今度こそ、この難しい選択に答えを見つけてやる。