第2話 4人の運命が交差する時、真の冒険が始まる
街の門をくぐった瞬間、俺は異世界の現実を改めて実感した。
石造りの建物が立ち並び、行き交う人々の服装は完全に中世ヨーロッパ風だ。魔法らしき光を放つ街灯が道を照らし、空には相変わらず二つの月が浮かんでいる。
「ここが『リベルタス』の街か」
門番に聞いた街の名前を呟く。どうやら王国の中でも大きな都市らしい。
とりあえず宿を探さないと。そう思って歩いていると、街の向こうから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああ!」
女性の声だ。
「助けて!誰か!」
俺は迷わず声の方向に走った。死に戻り能力があるとはいえ、困っている人を見捨てるわけにはいかない。
路地の奥で、信じられない光景を目にした。
銀色の髪をした美しい少女が、小さな子供を背中に庇いながら、巨大なゴブリンに追い詰められていた。ゴブリンは俺が森で出会った魔物よりは小さいが、それでも人間より一回り大きい。
少女は白い僧侶服を着ており、手には木の杖を握っている。
「治癒の光よ!」
少女が杖を振ると、温かな光が溢れた。しかし、それは攻撃魔法ではなく回復魔法のようだ。ゴブリンには全く効果がない。
「くそっ、攻撃魔法が使えない!」
少女は歯噛みした。
その時、背後から勢いよく飛び出してきた人影があった。
「貴族の血を引く俺が助けてやる!」
金髪で整った顔立ちの青年が、剣を構えてゴブリンに突撃していく。服装を見ると、確かに貴族っぽい装飾が施されている。
「リョウ・フォン・アーデルハイト、参上だ!」
青年――リョウは勢いよく剣を振り下ろした。
しかし――
「がっ!」
ゴブリンの反撃の一撃で、リョウは壁に叩きつけられた。
「リョウさん!」
少女が心配そうに声をかける。どうやら知り合いらしい。
ゴブリンは今度こそ少女に襲いかかろうとした。
(やばい!)
俺は近くに落ちていた石を拾い、ゴブリンの頭に投げつけた。
「おい、こっちだ!」
ゴブリンの注意が俺に向く。
だが、正面から戦っても勝ち目はない。俺には死に戻り能力はあるが、ここで死んだら街の前まで戻されてしまう。それでは少女たちを救えない。
そうだ、頭を使おう。
俺は路地の構造を素早く確認した。ここは袋小路で、ゴブリンの逃げ道は俺がいる方向しかない。
「君たち、俺の後ろに下がって!」
俺は少女とリョウ、それに子供を自分の後ろに庇った。
ゴブリンが襲いかかってくる。
俺は横に飛び退きつつ、足元にあった油の壷を蹴り飛ばした。油がゴブリンの足元に広がる。
「今だ!」
俺は街灯の火を油にかざした。
瞬間、油に火が移り、ゴブリンの足元が炎に包まれる。
「グオオオオ!」
ゴブリンは慌てふためいて、炎から逃げようと街の方向に走っていく。そのまま街の向こうに消えていった。
「やった……」
俺はほっと息をついた。
「すごいです!」
少女が目を輝かせて駆け寄ってきた。
「僧侶のエルナです。ありがとうございました!」
エルナ、か。確かに僧侶らしい清楚な美少女だ。
「俺はアキト。たまたま通りかかっただけだよ」
「いや、見事だった」
リョウも立ち上がってきた。少し頭を打ったようだが、大きな怪我はないようだ。
「俺は正面から突っ込むことしか考えてなかった。君のような頭脳戦は思いつかなかった」
「リョウ・フォン・アーデルハイト。改めてよろしく頼む」
リョウは恥ずかしそうに頭を下げた。見た目は熱血漢だが、意外と素直な性格のようだ。
「ところで、なんでゴブリンなんかがこんな街中に?」
俺の疑問に、エルナが答えた。
「最近、魔物の出現が増えているんです。この子も、孤児院から逃げ出した子で……」
エルナの後ろから、小さな男の子が顔を出した。7歳くらいだろうか。
「お姉ちゃん、怖かったよ」
「大丈夫よ、レオ。もう安全だから」
エルナは優しく男の子を抱きしめた。この光景を見ていると、彼女がとても心優しい人だということが分かる。
「魔物の出現が増えている、か」
俺がそう呟いた時、背後から声がかけられた。
「興味深い魔法反応だね。君、変わった魔力を持っているようだ」
振り返ると、そこには黒髪の青年が立っていた。年齢は19歳くらいだろうか。知的な雰囲気を漂わせている。
「僕はカイン・エルフェンベルク。元宮廷魔法師の息子だ」
カインは俺を興味深そうに見つめた。
「君の魔力、普通の人とは明らかに違う。まるで……時間に関係する魔法のような感じがする」
俺は内心で驚いた。死に戻り能力のことを見抜かれたのだろうか。
「時間魔法なんて、僕も理論でしか知らない。実際に使える人がいるとは思わなかった」
カインは目を輝かせている。研究者特有の探求心だろう。
「あの、時間魔法って何ですか?」
エルナが首をかしげる。
「簡単に言えば、時間を操る魔法だよ。でも、伝説上の魔法で、実際に使える人はほとんどいないとされている」
カインが説明すると、リョウも興味深そうに聞いていた。
「それで君は、なぜここに?」
「ああ、街の魔物騒動を調査していたんだ。最近、魔物の行動パターンが異常でね」
カインは真剣な表情になった。
「普通、魔物は人里から離れた場所にいるものなんだが、最近は積極的に街に現れるようになった。何か理由があるはずなんだ」
その時、街の中央広場の方から、大きな鐘の音が響いた。
「緊急招集の合図だ」
リョウが立ち上がった。
「何かあったのか?」
「冒険者ギルドからの招集だね。おそらく、魔物討伐の依頼だろう」
カインが推測する。
俺たち4人は顔を見合わせた。
「行ってみるか?」
俺の提案に、他の3人も頷いた。
こうして、俺たちはギルドへと向かった。偶然出会った4人だが、なぜか息が合っている。これも運命なのかもしれない。
ギルドに着くと、大きな掲示板の前に冒険者たちが集まっていた。
そこには、緊急依頼の張り紙が貼られている。
『ブライヤ村魔物討伐依頼 報酬:金貨50枚 危険度:B級』
「ブライヤ村か」
エルナが呟いた。
「知っているのか?」
「ええ。以前、孤児院の子供たちの治療で行ったことがあります。小さいけれど、とても平和な村でした」
エルナの表情が曇る。
「その村に魔物が……」
「よし、俺たちで受けよう」
リョウが提案した。
「4人でパーティーを組むんだ。ちょうどバランスも良い」
確かに、剣士、僧侶、魔法使い、そして俺。典型的なパーティー構成だ。
「俺は賛成だ」
「僕も同感だね」
「私も一緒に行きます」
全員の意見が一致した。
「それじゃあ、正式にパーティーを結成しよう」
リョウが手を差し出した。
「4人で力を合わせて、この世界の人々を守ろう」
俺たちは4人で手を重ねた。
この瞬間、俺たちの運命が繋がった。
女神が言っていた「正しい道」を見つけるため、そして仲間と共に歩むため、俺の本当の冒険が始まろうとしていた。
そして夜、夢の中で声が聞こえた。
答えを他者に渡せば、君はもう”選ぶ者”ではない。
観測は壊れ、巻き戻りは短くなる。