第15話 影の宰相が背負う
ミラの死から三日が経った。
カインはまだ立ち直れずにいたが、それでも前を向こうとしていた。
「ゼルガを追う」
俺は仲間たちに告げた。
「奴の真の目的を知る必要がある」
「でも、どこにいるか……」
エルナが心配そうに言った。
「王都の隠れ家を知ってる」
カインが口を開いた。
「連絡を取っていた場所だ。そこに行けば何か分かるかもしれない」
俺たちは王都の外れにある廃屋に向かった。
扉を開けると、そこには意外な光景が広がっていた。
部屋中に書類が散乱している。まるで、急いで何かを探していたかのようだ。
「これは……」
アリシアが一枚の文書を拾い上げた。
「『灰の飢饉対策決裁文書草案』……未提出?」
俺も文書を確認した。そこには驚くべき内容が書かれていた。
『予測される事態:火山噴火による3年間の日照不足』
『農作物収穫量70%減少』
『推定餓死者数:王国人口の40%(約200万人)』
「200万人!?」
リョウが息を呑んだ。
「こんな大災害が起こるっていうのか?」
文書には必要な対策も詳細に記されていた。緊急食料備蓄倍増計画、地下農業施設の建設、近隣諸国との食料輸入協定、人口分散計画。
「でも、これ……」
エルナが気づいた。
「過去3回提出されて、全部却下されてる」
国王のコメントも残されていた。
『杞憂である。そのような大災害が起こる確率は低い』
『民衆を不安にするだけの机上の空論』
「ゼルガは、本当にこの災害が起こると信じていたのか」
カインが呟いた。
「だから、独自に準備を進めていたのかもしれない」
その時、奥の部屋から物音がした。
俺たちは警戒しながら近づいた。
そこには、ゼルガがいた。
彼は椅子に座り、疲れ切った顔で俺たちを見た。
「君たちか……もう逃げる気力もない」
ゼルガの机の上には、小さな靴と手紙が置かれていた。
「それは?」
「弟のリオンの物だ」
ゼルガは優しく靴を撫でた。
「もう、助からない。薬も底をついた」
手紙を開くと、震える文字で書かれていた。
『兄さんへ。僕の病気のことで無理しないで。兄さんが幸せならそれでいい』
「お前も……家族を守ろうとしていたのか」
カインが複雑な表情で言った。
「ああ。だが、それだけじゃない」
ゼルガは別の書類を取り出した。孤児院への匿名寄付の領収書が大量にあった。
「孤児院の病気の子供たちにも、薬を送っていた」
「なぜそこまで……」
エルナが驚いた。
「私は悪だ。それは認める」
ゼルガは苦笑した。
「だが……」
彼が続けようとした瞬間、また喀血した。
「うっ……」
ゼルガは喉を押さえて苦しんでいる。
「また呪いが……」
カインが心配そうに見守った。
「話したくても……体が……」
ゼルガは苦しみながらも、断片的に過去を語り始めた。
「5年前……弟のリオンが死にかけていた時……」
彼は血を吐きながら続けた。
「国王に……何度も災害対策を……提案したが……全て却下された……」
ゼルガの目が遠くを見つめる。
「その時……現れたのが……時の管理者クロノス……」
「クロノスが現れた?」
カインが驚いた。
「奴は……言った……『未来を見せてやろう』と……」
ゼルガの体が震えた。呪いと戦いながら、必死に言葉を紡ぐ。
「俺は……見た……灰色の空……餓死する人々……200万の……死体の山……」
一同が息を呑んだ。
「クロノスは……契約を持ちかけた……『この未来を回避する方法を教える』……『代わりに……お前の魂の一部と……真実を語る自由を差し出せ』と……」
「それで契約を?」
「弟を……救いたかった……そして……200万人も……」
ゼルガはさらに続けた。
「クロノスは……時間を超えて……情報を集めている……まるで……何度も同じ時を……繰り返しているかのように……」
(まるで、俺の死に戻りのように?)
俺は内心で驚いた。クロノスも時間に関する能力を持っているのか。
「奴は言った……『この世界には……運命を変えようとする者がいる』……『その者と……いずれ出会うだろう』と……」
ゼルガは俺を見つめた。
「もしかしたら……それは君のことかもしれない……」
彼の声がどんどん弱くなっていく。
「クロノスは……ただの災害を……知っているだけじゃない……もっと大きな……計画が……」
「どんな計画だ?」
「分からない……契約の呪いで……それ以上は……」
ゼルガは激しく咳き込んだ。
「ただ……一つだけ……」
最後の力を振り絞って、ゼルガは言った。
「クロノスは……『最適解を探している』と……言っていた……『何度でも……やり直せる者を……探している』と……」
(俺のことか?)
背筋が寒くなった。クロノスは俺の死に戻りの力を知っているのか。
ゼルガの首筋に、古い魔法の刻印が浮かび上がった。
「この呪い……古代の契約魔法……」
彼は血を吐きながら続けた。
「私は……時の管理者と……契約を……」
ゼルガは震える手で、古い羊皮紙を取り出した。
『時の管理者クロノスとの契約』
『指定された未来の回避』
『代償:魂の一部と、真実を語る自由』
「期限……灰の冬まで……残り2年……」
ゼルガは苦しそうに呟いた。
「君たちのような純粋な心には……理解できないだろうが……」
彼の目から涙がこぼれた。
「時には……悪人になることが……最も多くの人を救う道なのだ……」
「どういう意味だ?」
リョウが詰め寄った。
「冬は……もっと悪い……もっと残酷だ……」
ゼルガは必死に言葉を紡いだ。
「私の手が血で濡れるほど……あの子らは死なずに済むんだ……」
また激しく喀血する。
「もう……限界だ……」
ゼルガは椅子から崩れ落ちた。
「待て!まだ聞きたいことが!」
俺が支えようとしたが、ゼルガは首を振った。
「君たちには……まだ分からないだろうが……」
彼の声は掠れていた。
「本当の敵は……灰の冬そのもの……」
「灰の冬って何なんだ!」
「火山が……いや、それ以上は……」
ゼルガの体が痙攣した。呪いが彼の命を削っている。
「時の管理者は……既に動き出している……」
「君たちが……別の答えを……見つけることを……祈る……」
最後の力を振り絞って、ゼルガは俺の手を握った。
「君たちなら……きっと……別の道を……」
ゼルガの手から力が抜けた。
「ゼルガ!」
エルナが治癒魔法をかけたが、もう遅かった。
影の宰相ゼルガは、真実を語れぬまま息を引き取った。
「この人も……犠牲者だったのか」
アリシアが悲しそうに呟いた。
「悪役だと思っていたけど……」
「みんな、大切な人を守ろうとしていただけなんだ」
カインが拳を握りしめた。
「ミラも、ゼルガの弟も、みんな……」
俺は散乱した書類を見回した。
ゼルガが必死に準備していた災害対策。時の管理者との契約。語れなかった真実。
「灰の冬……本当に来るのか?」
もしゼルガの予測が正しければ、2年後に王国は滅亡の危機を迎える。
「ゼルガの研究を引き継ごう」
カインが決意を込めて言った。
「彼が命をかけて準備したものを、無駄にしたくない」
「そうね」
エルナも頷いた。
「みんなを救う方法を、きっと見つけられる」
窓の外を見ると、空が曇り始めていた。
まるで、これから来る嵐を予感させるように――




